IF54話 更生

 期末試験で学年82位となり、着実な成績の上昇を確認出来た。比較的運動に比重を置いた学生生活を続けているけれど、カオリに勉強を教えて貰っているおかげで勉学の苦手科目がかなり克服されていた。


 ハルカさんの具合もいいようで、クリスマスの翌日に最終検査があり、その結果が良ければ退院となるそうだ。食事制限はしばらく必要らしいけれど、家族揃った年越しができそうだと喜んでいた。


 シオリの受験勉強は佳境を迎えていた。シオリは元々合格圏の実力があったけれど、カオリによって苦手を克服された事でかなり余裕をもって受験に望めそうになっていた。

 それに比べてユイはボーダーライン上らしく少し不安そうだった。しかし、ゲームでは合格出来ていた訳だし、カオリに勉強を見て貰っているので滑り込めるんじゃないかと思っている。


 オルカのアメリカ行きは無くなっていた。父親から長々と言い訳のような手紙が来たそうだけど最初の数行を読んで、そのままお婆さんに渡したらしい。オルカは心の中も父親と決別しているようだった。


 オルカは、ユイが父親と義母の2人から可愛がられている様子を見て、自身の境遇に疑問を持つようになっていたらしい。だから父親から離れた方が良いと俺が言ったとき、目が覚めたような気持ちがしたそうだ。


 オルカは、父親との事より依田とのクリスマスデートの方に関心があるらしく、カオリと2人でデート用の服を買いにショッピングに出かけた。

 こういう時は、男である俺や依田がついていって荷物持ちをさせられるものだと思うのだけれど、クリスマスイブの日のサプライズの衣装を選ぶためらしく、ついて来られたら逆に困るものだったようだ。

 そんな事をうっかり俺にオルカが口を滑らせてしまったので、俺も少し古ぼけていた長年愛用していたジャケットとセーターをこっそりと新調する事にした。カオリがサプライスしてくれるのに、俺がそのままだったらまずいだろうとおもったのだ。


 カオリとオルカの、今井物産とのイメージキャラクターとしての契約は先月の途中から始まったらしいけれど、撮影の特別報酬もあったそうで、それなりのお金が振り込まれたらしい。2人はそれを使ってショッピングをしたそうだ。

 カオリは両親に退院後に行って貰おうと旅行券を買っていた。両親への今まで育てて貰った事への恩返しも兼ねているらしい。

 オルカも、お婆さんにマッサージチェアを贈るため家電ショップに行って注文したそうだ。


 小金を持った途端、買い物依存症になってしまう人もいるようだけど、自身のためだけに散財する様子は無いので安心した。自身のステータスに合わせた生活というものは確かにあるけれど、平民の学生である俺達がそれをするのは、恥ずかしい事だと思っているからだ。


 俺は時々「竜頭」に呼ばれて権田達と話をしている。あの時のように牛乳をガブガブ飲み過ぎるような事はしていないけれど、最初の1杯は牛乳で乾杯するのが定番になっていた。

 店に牛乳を1本は冷蔵庫に入れておくようになっているらしい。そして店では牛乳を使ったオリジナルカクテルが作られ、結構人気となっているそうだ。


 最初にこの店に来た時のような貸し切りにはしていないため、他の客が入って来るのだが、その時に、ウォッカのコーヒー牛乳割りをミカさんが客に強請っているのを見かけるようになった。

 カルアミルクはコーヒーリキュールの牛乳割りなので製法が違うけれど、似たような味がしそうな飲み物がこの店で誕生しているようだった。


「シャッターに絵を描く件に、俺等も参加させて貰いてぇ」

「あぁ、全然手が足りていないらしいから、助かるんじゃないかな」


 ショッピング街のシャッターに絵を描く事は、少しづつ参加者を増やしていたけれど、ショッピング街が広いのでメイン通りの半分に目処が立った程度の状態だった。


「親父に相談したら、地元のローカルニュースに取り上げるって話が出てきた。話題になれば、参加者はもっと増える筈だ」

「それは良いな!」

「親父は俺らの学校の理事もしてんだ。こういった活動に参加してるってアピール出来る事は学校の株をあげるから、どんどんやれって感じなんだよ」

「なるほどな、そっちの学校は周囲にあまりいいイメージが無いから、そういったものの払拭をしたいわけか」


 権田の親父って事は、あの家の親分だよな。学校の理事ってそんな事もやっていたのか。


「あー・・・そっちのイメージは別にそのままで良いんだ。不良だろうが受け入れてるってのは悪名だが、そいつらに更生のチャンスをやるって意味の美名でもあんだよ。こういった街の美化活動への参加は更生している奴らの姿を外に見せるまたとないチャンスって訳だ。だから噛ませて貰いてぇって話になるわけだな」

「なるほどな・・・」


 確かゲームの3作目でも校長が似たような事を言ってるシーンがあったな。だから、主人公もライバルキャラと喧嘩をして風紀委員に捕まる事があるのだけれど、その時は城址公園でボランティア清掃をさせられていた。


 姉妹校は懐の深い校風をしているのようだ。俺達の学校の方が偏差値は高いけど、あの高校も上位陣は結構高い学力していると聞く。家庭の事情があってグレてた元々能力のあった奴が、高校で更生して勉強に目覚めたりしてるんだろう。

 姉妹校は、犯罪を犯し少年院に入りそうな人物を、その手前で抑止したり、埋もれた有能な人材の掘り起こしをするなど、街にとっては結構重要な役割をしている学校なのかもしれないな。


「そういえば、シャッターに落書きしようとした奴が、悪夢にうなされるようになったって噂があるけど本当なのか?」

「あぁ間違いねぇな。そのうち1人がウチの生徒だからな」


 そういえば、以前サクラが捕まえた落書き未遂犯は姉妹校の奴に命令されて描かなければならなかったと言い訳してたらしいな。


「その内1人って事は複数いるのか?」

「監視カメラの設置に反対していた市議会議員の息子もそうなったようだぞ」

「なんだその議員。息子の醜態を隠すために反対していたのか?」

「それは分からねぇが、周囲にそう思われるのは間違いねぇな」


 なるほど、市議は自身の主義に従い発言していたけれど、息子がそれに反した行動をしていただけって事もある訳か。


「ショッピング街ってそんな心霊スポットがあったのか?」

「確かに戦国時代はここの近くも戰場だったし、先の大戦では軍港と海側の工業地帯に空襲はあった。だがそんな場所なんて日本中にあんだろ?」

「確かに」

「どうせ夜のシャッター街の雰囲気にビビっちまったとかじゃねーのか?」

「まぁ確かに照明が落ちたあとのショッピング街は少し雰囲気があるな。強い風が吹いた時にに、ガシャンとシャッターからデカい音が出た時はビクッとなるしな」

「あぁ、どうせそんな目にあって怖がってんだろ」

「なるほどな・・・」


 無人のシャッター街は、昼間とのギャップが大きくて結構怖いんだよな。特に早朝はシーンとしていて、自分の足音が妙に響くんだよ。


「そういえばこの前はありがとうな」

「あぁ妹の事か、俺が出しゃばるまでも無かったようだがな」

「シオリのやつ、男の人に庇われたの初めてだって喜んでたんだよ」

「なるほど・・・あの腕っぷしなら知ってる奴はわざわざ庇わないな」


 最近女らしくなって来たシオリはナンパされる事が増えてきた。この前もうちに来ていたユイを駅前のバスターミナルまで送るついでにショッピング街の方を通ったら、質の悪い大学生ぐらいの男達5人に声をかけられたらしい。


 シオリは1人でいたなら問題なさそうだったそうだけど、ユイを庇っている状態だったので困ってしまっていたらしい。けれどそこをたまたま通りかかった権田がそいつらを撃退してくれたそうだ。


「シオリは庇われたとだけ言ってたが戦ったのか?」

「あぁ、さすがに俺と木下と石川の3人で5人同時に制圧するのは無理でな。1人が妹の方に向かいやがったんだ」


 あれ?妹からは権田から庇われたと聞いてただけだぞ?木下や石川もいたのか?女性を庇ったのに認識して貰えないって伝えるのはなんか可愛そうなので言わないでおいたほうがいいな。


「・・・シオリは小柄で一見弱そうに見えるもんな」

「それが蹴りで金的したあと下がった顎を掌底でかち上げるなんてなかなかエグい反撃しててな」

「あー・・・それは痛そうだ」

「ありゃあ顎砕けてたな。しばらくまともに飯が食えねぇだろうよ」


 舌噛んでたらさらに酷い事になってるだろうな。ただ強姦されそうになった女性が相手の股間を蹴り上げて不能にしたあと目に指を突き刺し失明させたって事件でも正当防衛が認めらて過剰防衛には問われなかったって判例があるらしいからな。顎が砕かれた程度なら余裕で無罪だろう。

 昏倒している相手に追撃したら過剰防衛だろうがな。


「まぁ正当防衛だし問題ないな」

「あぁ、俺が手を回すまでもなくお咎め無しだよ」


 さすが将軍家の縁者。そういった事も出来るらしい。


「今度シオリがお礼に来たいってよ」

「別にそんなもんは要らねぇよ」


 権田は硬派そうだしそう言うだろうな。


「まぁ受けてくれ、次にここに呼ばれた時、時間があえばシオリも連れて来るからさ」

「この店に中坊連れて来んのかよ」

「あんた達も中坊の頃からここに来てただろっ!」

「そうなんですか?」

「俺ぁ男だから良いんだよっ!」

「良い訳あるかいっ! ほんとお酒まで棚から勝手に取っていってさっ!」


 権田達が飲んでる酒はトモコさんが許可を出しているものでは無いらしい。そういえば水や氷も同席している舎弟の誰かが補充していた。

 牛乳やお茶やスナックなどはトモコさんは出してくれるけど、お酒関連だけは権田達が自分でカウンターに入って運んできていた。

 権田はトモコさんに金を払っている様子なので、ちゃんと店の売り上げには貢献しているようだけど、トモコさんは権田達がお酒を飲むこと自体には反対しているようだった。

 権田達とトモコさんの関係はなんか不思議な間柄だ。権田から「ガキの頃からの知り合いだ」と言われたけど、それだけでは無いような気がしているんだけどな。

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