IF52話 未成年の壁

 「マサヨシさんのプロジェクトが軌道に乗ったら、課長に昇進して給料が増えるって言われたのが最近嬉しかった事だわ」というお袋の言葉を引き出した対価に、シオリに3000円を援助をするという理不尽な目にあった翌日、珍しく定時で帰宅した親父にオルカの事を相談してみた。


「なるほど・・・確かにあまり良い親子関係とは言えないかもな」

「うん、それでオルカを経済的に自立をさせて父親から離れさせたらって思ったんだよ」

「なるほど・・・ただオルカさんはまだ16歳だよな?」

「同級生で6月生まれらしいから16歳になってるね」

「未成年者のそういった契約には、基本的に保護者の同意が必要なんだ。この場合はその父親だな」

「こんな娘の事を考えてなさそうな親でも?」

「親としての責任を全く果たしていないわけでは無いだろ、養育費や学費は出しているんだろ?」

「養育費はわからないけど学費は出しているらしい」


 未成年の壁か・・・。


「カオリちゃんの場合はマサヨシさんの同意が得られたから出来たんだ。ミノルがサクラさんのお爺さんの所でバイトする時も、母さんが同意書を書いただろ?オルカさんはその父親から同意を得る必要があるが出来そうか?」

「分からない・・・」

「カオリちゃんとオルカさんをイメージキャラクターにするって話はミノルの言うように会社で通りそうな話だ、広報部の奴が広告宣伝費に余剰が出てると言ってたしな。だがオルカさんの同意だけでは会社は受けられないな」

「なるほど・・・」


 今井物産は一部上場企業だからコンプライアンス的なものが不明なものは同意できないのだろう。それにしても広告宣伝費に余剰があるって、随分と羽振りの良い話だ。


「2つ手段はあるな」

「それはどんな方法?」

「1つはオルカさんが結婚して親元から籍が外れた場合だ。まぁ結婚することに保護者の同意が必要だから無理だと思うがな」

「オルカの恋人は同級生だから、どちらにしてもまだ出来ないよ」


 女性の結婚可能な年齢は16歳だけど、男性は18歳だ。それに未成年の婚姻は保護者の同意が必要だから、どっちにしてもオルカの父親の同意が必要になってしまう。


「次はオルカさんの意思で保護者を変更する事だな。お婆さんを保護者にするという手続きを終えた後、お婆さんの同意を得られれば会社と契約は出来る」

「なるほど・・・」


 以前、ユイに話した事がある、子供が親を捨てるやり方か・・・。


「その辺はオルカさんとちゃんと話した方が良いな。会社の顧問弁護士に相談しておくから、もしオルカさんとお婆さんの同意が得られるなら、こちらでその辺をサポートしよう」

「分かった、話してみるよ」


 オルカが精神的に父親と決別できなければ出来ない話だな。経済的に自立させ決別させるという方向で考えたけど、順序が逆らしい。

 その辺の説得は依田とした方が良いかもな。それでも足りないのなら、オルカが四姉妹だと言った、カオリとシオリとユイで囲むという方向に考えた方が良さそうだ。


△△△


「なるほど、それで僕はどうしたら良いんだい?」

「依田には、オルカに「年末年始は一緒に過ごしたい」と言って欲しいんだ。クリスマス、正月、新春学校別駅伝とイベントが続くんだ。オルカが近くにいたほうが嬉しいだろ?」

「それもそうだね」

「後はこっちで説得していくから後ろで賛成して欲しいんだ」

「うん、分かったよ」


 カオリとシオリにオルカを説得する話をしたあと、シオリがユイに電話をし、あと最後の一押しとして依田にオルカ説得の立ち会いをお願いした。

 人数を増やしたのは、オルカの説得もあるけど、オルカのお婆さんに、オルカを支える人がこれほどいるんだと思って貰いたかったからでもあった。


「依田もOKだぞ」

「じゃあ次はケンタと今井さんね」


 ケンタは水泳部仲間で同じコース仲間というだけなので俺と被ってしまうけど、今井は中学校時代からのオルカの友人らしいので是非にと思った。中学校時代の父親と暮らしている時期のオルカを知るものとして説得して貰いたかったからだ。

 オルカの話を聞く限り、父親は仕事であまり帰ってこず、あまり楽しい生活では無かった事を聞いていたので、オルカの中学校時代を知る今井ならそれが良く分かるだろう。


 ケンタはすぐに応じてくれた。その後説得に向かった今井も応じてくれた。今井は口下手らしく、少し躊躇していたけれど、ケンタにお願いされて応じてくれた感じだ。ただし同じ同級生である文芸部の古関フミコの方が口がうまいので、ちゃんと説明するなら一緒のほうが良いと言っていた。


 古関フミコはゲームでのヒロインの1人で文芸部の女生徒だ。文化祭では官能的な冊子を作ったとかで生徒会に没収されていた。


 説得に行く日は、県営プールの循環ポンプの点検とやらで練習が無い日に決めていた。カオリもオルカも高校の校庭で練習する筈なので、その間にシオリも高校の前まで来れる筈だ。


△△△


「あれ?シオリちゃん、ユイに会いに来てたの?」

「ううん、オルカに会いに来たんだよ」

「えっ?私に?」


 どうやらシオリは間に合ったらしく、俺とカオリと依田とケンタと今井と古関と共にオルカの家にゾロゾロと歩いて向かっていると、オルカの駄菓子屋の前でユイといるシオリが待っていた。


「今日は、オルカとオルカのお婆さんの説得に来たんだよ」

「説得?」

「あぁ、前言った俺が親父に聞いてみるって言った話を進めたいんだ」


 オルカは首を傾げ少し沈黙したあと目を見開いた。


「あれ本気だったの!?」

「あぁ、オルカを親父さんから独立させるつもりだよ、ほら依田も言ってやれ」

「僕も水辺さんは独立した方がいいと思う。綾瀬さんの話を聞く限り、田中君の会社は変な事を条件にしないみたいだしね」


 親父の会社は、引退したタレントとその周辺スタッフを嘱託で会社に招いた芸能部門を持っていた。

 カオリについては、会社のオリンピック応援のイメージキャラクターと並行して、マサヨシさんのブランドモデルとしてもカオリを起用するつもりで動いていて。親父やマサヨシさんも最近忙しそうにしている。

 カオリは最近マサヨシさんのデザインした服を着て撮影会を行っていた。際どい衣装とか嫌なものは無く面白い経験だったとカオリは言っていたので、会社は悪くない環境を作ってくれているのだと思う。


「それに僕は年末年始を水辺さんと過ごしたいんだ。クリスマスのデートをしたり、一緒に初詣に行きたい。それに新春の学校別駅伝でも応援に来て欲しいんだ」

「う・・・うん・・・私もカケル君といたい」


 うん、オルカは落ちた感じかな。条件の話は後で親父の会社の人にして貰う事にして、まずは前向きになって貰う事が大事だからな。


「お婆さんに話をしたいんだが大丈夫か?」

「うん、お婆ちゃん、今の時間は店の整理をしていると思う」


 あぁ、店はもう閉まっているのか。明かりがついていたから営業時間かと思ってしまった。

 確かにもう暗くて子供がお菓子を買いに来る時間じゃないもんな。


「お婆ちゃんただいま〜」

「おかえり」

「みんながお婆ちゃんに話があるって」

「聞こえてたよ。ワダツミさんから独立って何をするんだい」


 どいやら店の前で話していた事がお婆さんの耳に聞こえてたいたらしい。

 オルカお婆さんの説得はカオリにして貰う事になったので、俺はカオリに頷き俺たちの前に一歩出て貰った。


「オルカには、私と同じように、今井物産のオリンピックのイメージキャラクターになって貰いたいと思うんです」

「カオリさんと同じ?」

「えぇ、私やオルカはオリンピック代表候補として注目されています。これから様々な勧誘があると思っています。そういう人達に対抗できるよう大人のバックアップが必要だと思うんです」

「・・・そういうものなのね・・・私はそういう事に疎くて・・・ごめんなさい」

「いえ、普通そうだと思います」


 身内に急に有名人が生まれそうって言われてもどうすれば良いかなんて普通は分からないよな。


「それでどんな事が必要なのかしら?」

「はい、田中君のお父さんが務める今井物産はオリンピック応援企業として名乗りをあげています。私はそのイメージキャラクターというものに起用されています」

「イメージキャラクター・・・」

「テレビCMに出てくるスポーツ選手みたいなものだと思って下さい」

「オルカは有名人になっちゃうのね」

「えぇ・・・オルカの実力では避けられないでしょう」

「そうなのね・・・、楽しく泳いでいるようだし、賞も取ってて凄いとおもってたけれど・・・そうなってたのね・・・」


 オルカのお婆さんは、オルカの水泳での活躍をあまり知らないようだ。まだオルカは強いライバル選手がいるため、国内1位になっていない。注目度でいえば国内の選手層が薄く既に現在の今季国内1位の記録を持つカオリの方が注目が高かった。

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