IF51話 壁ドン
「カオリをどうやって褒めたら良いと思う?」
「何で私に聞くの?」
「他に相談できそうな相手がいなかったんだ」
「・・・まぁ・・・そっかぁ・・・・」
女性を褒める語彙について少しだけ考えても良く分からなかったので、同年代であるシオリに相談してみた。
前世では「I love you」を「月が綺麗ですね」なんて翻訳する文豪がいた通り、日本人は恋人を褒める時の語彙が少ない。戦後、多少は欧米的な文化が入って来て変わりつつあるけれど、この世界の日本は第二次世界大戦に相当する大戦で無条件降伏しておらず、古い日本の文化が残っており、語彙力も少ない状態が維持されていた。
「ほら少女漫画とかでキャーキャー言われる男とか出て来るだろ?ああいう奴って好きな奴にどんな事言ってるんだ?」
「あー・・・、恋愛系の少女漫画の主人公って、大概顔が良くてカッコいい男の人に最初から惚れてるんだよ。だから男の人に何か言われて好きになったとかそういう描写は殆ど無いかな」
「意味が分からなんだが・・・」
「ほら・・・この漫画だと・・・、ほら第1話から主人公が同級生の男の子が好きでしょ?」
「確かに・・・えーっと・・・なるほど・・・不良っぽくて喧嘩が強くてスカしたカッコ良さがあるっていうのが惚れてる理由か?」
「1話をパラっと読んだだけで良く分かったね、でも確かにそんな感じだよ」
少し斜め読みしただけだけど内容薄かったからな。
「そして男の子の方が愛を囁いたのが・・・ここ・・・」
「あれ?最終話?しかも・・・これだけ?」
そこに描かれているのは、1話目と随分作画が違ってもはや別人に見えるけれど、メインキャラクターみたいなので主人公と主人公が惚れた男がいる場面だった。
何故か、一面の花畑にへたり込んでいている主人公に立て膝のスタイルで頬に手を添えて、「お前の事をちゃんと見ているから」言っている男がいて、主人公も目から涙を流して「うん」と言っているシーンだった。
主人公は日本の女子高生だったのに、何故か洋風のドレスを着ていて、男は頭に王冠みたいなものを被っているので。どういう展開になったらこういう場面に行き着くのか不明すぎるけど、15巻も続いているので、色々イベント的な事があってそうなったのだろう。
けれど、こんなに場面の変化が起きる出来事があったのに、その中で男が主人公の女に愛を囁いたのが最終話のほぼ巻末だけだったというのは驚きだ。これが人気だという事は、男性は女性には特に愛情表現をすべきでないという事が答えになるのだろうか。
「このヒロインは何でこいつを好きだったんだ?」
「クラスで一番カッコいいと思ったからだよ」
「一目惚れって事か?」
「多分」
「・・・意味わからん」
「だよねぇ・・・でも大人気の漫画で、アニメ化もされたんだよ?」
「・・・つまり恋人に褒め言葉を言う必要は無いって事なのか?」
「そんな訳ないじゃん」
「・・・どっちだよ・・・」
「少女漫画を参考にするのが間違ってるって言ってるんだよ」
「じゃあ何でそんなの読むんだよ」
「・・・何でだろう・・・?」
シオリは古本で漫画を買うタイプではないので、このシリーズを買うのに1冊320円だから4800円も使った事になる。シオリのお小遣いが月3000円だから約1月半の収入をそこに費やした事になる。
「自分が相手にした事に気が付いて貰えるっていうのが嬉しいっていうのはあるよ。例えば髪切ったら「綺麗になったね」と言われたり、新しい服を着たら「似合ってるよ」って言われたりさ」
「なるほど・・・、そういえばシオリも最近髪切ってたな、似合ってたぞ」
「取って付けたように、しかも過去形で言われても、全然嬉しくないんだけど」
「そっか・・・難しいな・・・」
要は気が付いた時にすぐに言うって云うのが大事って事なんだな?
「こういうのは新鮮さが大事なんだよ。髪切って初めて会った日とか、新しい服を初めて着た日に言われないと意味が無いんだよ」
「なるほど・・・」
予想は当たっていたらしい。
「あとは最近サプライズ的なやり方が流行ってたりするんだよ」
「サプライズ?」
「ほら・・・そうそうこの漫画の11巻のここらへん、この壁をドンとやって女の人を壁に追い詰めて顎をクイっとやって「お前から目が離せねぇ」って奴」
シオリは別の作品らしい漫画を取って俺に見せた。そこには、前世でも壁ドンとか言われてたやつが描かれていた。
どうやら同じシーンを描く奴はこの世界の日本にもいるらしい。壁ドンは世界を渡ろうとどこにでもついてくるような常識的な恋愛描写なのだろうか。
「今までそっけなかったのに急にこういう態度されるとドキドキしちゃうんだよね」
「ドキドキって・・・吊り橋効果か何かか?」
「吊り橋効果?」
こっちの世界では、吊り橋効果を研究した心理学だか生理学だかの先生はいないのかな?
「吊り橋の上とかで鼓動が早くなると、恋愛によって鼓動が早くなっていると錯覚するって効果の事だよ。スキーで怖い思いをすると一緒に滑っている男がカッコよく見えるゲレンデマジックとか、リゾート地の海で開放的になると男のチャラさが気にならなくなるリゾートラバーとかもあるらしい。そういった普段とは違う環境による興奮状態で恋に落ちた男女が、日常に戻った時相手を見たら落胆するそうだよ。だから極限化で結ばれた恋人同士は長続きしないって言われたりするんだ」
「詳しいね・・・」
前世で見た外国の映画に、そんな事を言っていた作品があったからな。確かそこで結ばれた主人公とヒロインは、次回作ではその話を裏付けるように別れていたっけ。
「お兄ちゃんとカオリちゃんは今更ドキドキし合うとかないんじゃない?」
「確かにそうだな・・・」
「そういうのって倦怠期っていうんだよね」
「・・・そうだな・・・」
高校1年の恋人同士が既に倦怠期ってヤバく無いか?
「お兄ちゃんとカオリちゃんは、もう初々しい恋人達とかにはなれないんだよ」
「・・・なるほど・・・」
「だから長年連れ添っているのに仲が良いカップルに聞くほうが良いんじゃないかな?」
「なるほど・・・」
まず頭に思い浮かんだのはマサヨシさんとハルカさんだ。でもマサヨシさんやハルカさんに聞くのは、「お宅のお嬢さんと最近倦怠期だけどどうしたらいいですか」と聞くようなものだ。「娘を幸せに出来ないなら消えろ」と言われそうで少し怖い気がする。
「お母さんに聞いてみたら?「最近お父さんに言われて嬉しかった事何?」ってさ」
「お袋か・・・」
最近少し危ない所があったけど、基本的には仲の良い夫婦だからな。参考になるかもしれない。
「分かった、早速聞いて見るよ、ありがとう」
「えっ?」
「えっ?」
「冗談で言ったんだけど・・・」
「冗談?」
「普通、息子が母親にそんな事聞く?」
「・・・聞かないな・・・」
「気持ち悪くない?」
「少し気持ち悪いかもな」
前世の記憶がある俺にとっては、親父とお袋に対して父親と母親という感覚が薄い。だから時々こうやって親子としての感覚がズレてしまう事があった。
「その辺は娘である私が聞けば変じゃ無いからさ、後で聞いておくよ」
「ありがとうな」
「いえいえ〜」
「何だその手は?」
「少しだけ資金の援助をば・・・」
「・・・いくらだ」
「これだけ・・・」
シオリは3本指を立てた。
3000円か・・・。定期的にバイトして収入がある俺には大した事は無いけれど、お小遣いだけでやり繰りしているカオリには大金だ。
「何で必要になったんだ?」
「この前の模試のあとで自分へのご褒美にケーキ買ったんだけど、モンブランとタルトタタンといちごのショートで悩んでさ」
「全部買ったわけか・・・」
でも1個400円ぐらいだよな。3000円欲しい理由には苦しいぞ?
「来週ユイの家で勉強会しようって話になってるけどお菓子代が心許ないんだよ」
「なるほど・・・」
何で勉強会でお菓子代が必要なのかと思わなくもないけど、友人の家に行くときに財布の中が寂しいというのは心許ないという気持ちは分かる。だから俺は請求通り3000円の援助に応じる事にした。妹が、ユイみたいな良い子と友達になる事は嬉しい事だし応援の意味を込めて奮発しようじゃないか。
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