IF50話 語彙
依田の推薦もあり、学校別新春駅伝の選手として選ばれ、放課後の練習は走り込みを優先するようになった。
10人の選抜された選手の内1年生は、俺と依田とサッカー部の佐野とバスケ部の八重樫の4人が選ばれていた。まず、1学期に行われたスポーツテストの1500m走の早さ順に1年生と2年生から20人が選ばれ、その後の5キロ走の結果で10人に絞られた形だ。
10人に選ばれると体育の成績を無条件で1つあげると説明を受けた。ただ体育の成績が5段階の5ばかりのスポーツマンばかりなので、その特典はあまり意味が無かった。
「田中は最長区間でも問題無さそうだな」
「毎日17㎞ぐらい走っているからな、10キロ前後ぐらいは問題無いぞ」
「ほんと、田中も依田もその走力だけでサッカー部でも通用しそうなんだよな」
「そういうもんなのか?」
「90分元気に走り続けたり、相手のディフェンダーの裏から走り込んで蹴れる奴ってのは充分すげぇんだよ」
「そうなのか・・・」
なんかサッカーの選手って、ドリブルとかリフティングとか足技が器用な人しかなれないんじゃないかと思っていたけど違うのかな?
「足技が得意である必要はあるんだが、ボールに追いつけなければその技を生かす事も出来ないだろ?」
「確かにそうか・・・」
もし俺がサッカー部に入っていたら、佐野とコンビを組んで全国優勝とかしていたのかな。確かゲームでは、若い時の行動の選択でカオリが高校で入る部活を変えられるのだけれど、カオリをサッカー好きにするとサッカー部のマネージャーになった筈だ。
カオリと同じ部活に入ると固有のイベントがあり、専用グラフィックが見られるのだけれど、サッカー部に入った時の蜂蜜レモンを差し出して来るブルマ姿のカオリが雑誌上で投票されたランキングで1位になっていた。
その次が茶道部に入って野点をしている和装のカオリで、その次が水泳部に入ってプールサイドから上がって来るカオリだった。
その雑誌社の企画で販売されたそのブルマ姿のカオリと、水着姿のカオリと、和装のカオリの限定フィギュアが、ゲーム販売後20年後ぐらいにかなり高額でネットオークションに出されていたっけ。
「佐野君、お疲れ様」
「ありがとうな」
佐野と付き合っている飛鳥が、佐野にタオルを差し入れていた。飛鳥は音楽部員で、サッカー部に所属している訳では無いけれど、試合をこまめに観戦したり、時々部員に差し入れをしたりしているそうだ。
「依田君も田中君もお疲れ様」
「ありがとう」
「サンキュー」
佐野に続いて俺と依田にもタオルを差し入れてくれた。飛鳥が肩にかけているスポーツバッグにはタオルがいっぱい入っているようだ。
「八重樫君は・・・ごめんね」
「いや・・・気にしないでくれ・・・」
八重樫は下手に女子生徒が相手をすると早乙女が嫉妬をしてヒステリックを起こしてしまう。飛鳥も最初は八重樫にタオルやスポーツドリンクを差し入れていたけれど、一度それによってヒステリックを起こした早乙女を見て、八重樫には差し入れないようになっていた。
嫉妬と言えば、カオリも最近嫉妬したかのような行動をとるようになった。オルカやシオリに嫉妬する事は無いようだけど、同じクラスの女子と話をすると少し機嫌が悪くなった。そしてサクラと話している所を見つかると、ジッと見られるようになった。どうやらカオリはサクラを強く警戒しているらしい。
確かにゲームでは他のヒロインのデートに誘われて応じたり、一緒に帰ったりすると不満度というゲージがあがり、一定値を超えると何故か全ヒロインの好感度が急激に低下した。だから本命以外のヒロインに対してもそれなりに不満を抑える対応をしなければならなかった。
けれど、そういう事をすると出て来るのが、節操の無い事が嫌いな今和泉だった。もしかしたらこの前襟元のバッジを見てそのまま帰った時は、俺に小言を言いに来ていたのかもしれない。だけど俺はずっとカオリに一途なので、嫉妬されたり小言を言われる事は不本意だなと思ってしまう事だった。
最近、そういった不本意な悪い噂の発信源は放送部の真田ではないかと疑うようになっていた。火の無い所に煙は立たないというけれど、本当に火が無い筈の真田の周囲で煙が立つからだ。
ただどう追及して良いのか良く分からなかった。下手に突っ込めば自意識過剰だと言われかねない事だからだ。
その辺をカオリと相談しようと思ったけれど、最近のカオリは他の女生徒の話をするだけで不機嫌になってしまうので出来ないでいた。
ゲームでも好感度が高いヒロインほど不満を溜めやすいという仕様になっていたので、どうやらカオリが好感度が高い状態に突入してすぐに不満を溜めやすい状態になっているのだろう。
そういえばゲームの3作目では最初から好感度が高く必要能力値のパラメータが低い幼馴染のヒロインが登場していた。1作目の幼馴染のヒロインであるカオリが高難易度だった反動かのようなチョロインっぷりだった。
ただし他のヒロインを攻略しようとすると、そのチョロインの不満がすぐに溜まり所謂悪い噂が出回りまくる事や、他のヒロインの攻略の条件を整えた時にはそのチョロインも攻略条件を満たしてしまうと言った事が起きるため、最終学年の卒業式の告白イベントが運ゲーになったりしていた。
俺は一貫してカオリ狙いなので、カオリがチョロインとなっていても問題には思わないけれど、現在はそれに近い状態だと思って周囲に接するように考えた方がいいかもしれない。
△△△
「へぇ・・・アメリカに行くんだ」
「うん、お父さんが来なさいって言うんだよ」
「あの国体の時に来てたダンディな人か・・・」
「かっこつけてるだけだよ。私はあの髭してるお父さんは嫌い」
「ふーん・・・でもあっちの方だとああいうのが流行ってるんじゃないのか?」
「そうかもしれないけど、お父さんがあっちに合わせる理由が分からない」
「それは郷に入れば郷に従えって奴じゃ無いのか?」
「そうだろうけど、何かやなの」
「それはちゃんと言わないと駄目なんじゃないのか?」
「ハイハイって言うだけで聞いてくれないんだよ」
「子供扱いなのか・・・」
海外赴任というのは大変だろうと思うけど、確かにオルカの状態って言うのは結構変だよな。物心つく前から母方の祖母に預けられ、時々帰って来る父親と暮らすだけ。中学校の3年間は長めに暮らしたけれど、高校の時はそのままオルカを置いて渡米した。父一人娘一人の家庭にしてはあまりに交流が少ない。優しい祖母がいるから成立しているけどそうでなければ孤児院にでも放り込まれていそうな境遇だ。
「もう片方の祖父母はいないのか?」
「お父さんの方のお爺ちゃんとお婆ちゃんの事?」
「あぁ、あっちのお婆ちゃんは母方なのか」
「うん」
「そっちの親戚は何も言わないのか?」
「あの人たち嫌い」
「えっ?」
「お母さんの事を馬鹿にしてるんだよ。女を産むだけで死んだ弱い女だって言ってたのを聞いた事があるんだ」
「・・・酷い奴らだな・・・」
親父の実家の祖父も、こんな感じの男尊女卑的な事を平気で言う人だった。
「私が水泳で活躍するようになってから親戚面して来たり、養子にしてやると言って来た叔父がいたけど、絶対に応じる気は無いんだ」
「ごめん・・・変な聞いちまったな」
オルカは喋りながら涙を流していた。普段は元気でポンコツで悩みなどあまり無さそうだけど、色々抱えて生きていたんだと初めて知った。
でもそういった親戚がいる家なのにオルカの側にいて守らない父親っていうのは、随分と胡散臭い奴だな。見た目の印象で、ダンディでいい人そうだなんて思ったけれど、そう思わない方が良さそうだ。
「アメリカに行かないっていう事は出来ないのか?」
「えっ?」
「こっちにいた方が楽しいんじゃないのか?初めて彼氏が出来た年のクリスマスや年越しだぞ?駅前のイルミネーションにデートに行ったり、初詣に行ったり、遊園地のナイトパレードに行ったりした方が良いんじゃないか?」
「うん・・・」
「それともアメリカで豪華なパーティ的なものがあったりするのか?」
「でっかいデパートでおもちゃを買って貰ったぐらい・・・」
「なんじゃそりゃ」
「だってお父さん年末年始も仕事してるんだもん」
「はぁ?休みじゃないのに呼ぶのか?その間オルカは何をしてるんだ?」
「テレビ見てるかおもちゃで遊ぶかデリバリー呼んでた」
呼んでおいて放置か?デパートに連れてってクリスマスの義務を果たしたとかそういう奴か?それって随分と寂しい父親だな。
「うん、依田にそれ伝えて、絶対にアメリカに行かせないようにする」
「えっ!?」
「父親しない父親なんて捨てて良いんだぞ?」
「でも学費払って貰わないと・・・、水泳するのだってお金かかるんだし・・・」
「生活費か・・・」
「うん・・・」
俺達はまだ子供だし、経済的に縛られるのは仕方ない事だけれど・・・。
「オルカは経済的に自立した方が良さそうだな・・・」
「えっ?」
「うん、親父に相談してみるよ」
「何の相談!?」
「カオリが親父の務めている会社の五輪応援のイメージキャラクターをするって話があるんだよ。どうせなら同級生のオルカとペアはどうかって提案してみるんだよ」
「芸能人になるって事!?」
スポーツ選手出身の芸能人は確かにいるけれど、それは現役引退した後だ。スポーツ番組に出て人気者になる人もいるけれど、それでも芸能活動をしている訳ではない。
「あー、有名人になるって意味では同じかもな。でも水泳で活躍してプロスポーツ選手っぽくなれば、おのずとそうなるだろ?そういう時に、ちゃんと大人にバックアップして貰わないと危ないじゃないか」
「危ないの?」
「信頼できる所にしないと騙されて変な契約されちゃうぞ?例えば水着モデルの撮影会とかさせられて嫌らしい男達に囲まれたりさ」
「水着モデルの撮影会・・・」
なんかオルカってポンコツだし騙されかねないんだよな。国内1位の選手じゃなくて、そこまで注目浴びて無いからそういった誘惑少ないだろうけど、その内そういった話がいっぱい舞い込んで来るようになると思うんだよな。
「オルカは可愛いんだし、綺麗系のカオリと並んでも毛色が違うから、見劣りとかそういうの気にする必要が無いだろ?」
「かっ・・・可愛い!?」
「なんだ、依田には言われて無いのか?」
「素敵な人とは言われた・・・」
「なるほど・・・」
素敵な人ね・・・依田って女性を褒める時に語彙が少ないよな・・・。まぁ俺も人の事言える程、カオリをほめる時に色んな言葉をかけられて無いけどさ。
もしかしてカオリに嫉妬されるのは、俺の語彙の少なさから来てたり・・・。
人のふり見て我がふり直せ。俺も少し反省しなければならないかもしれない。
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