IF49話 ミルク
「権田は死線をくぐりたいのか?」
「分からねぇ、ただ器があんたよりちいせぇと言われて納得できなかったんだ」
「小さいといけないのか?」
器の大きさという意味は何となく分かるけど、小さいと言われて納得できない意味が俺には理解出来なかった。
「俺ぁ、その内権田を率いる立場にある。器がちいせぇと思われたくねぇ」
「なるほど・・・外の目を気にしているんだな」
「あぁ・・・俺たちゃぁ、面子を大事にするからな。器が小せぇ奴には誰もついて来ねぇ世界だ」
「なるほどな・・・」
面子か・・・。随分と難儀なものを大事にしている世界にいるんだな。
「それはその立場になった時までに器を大きくすれば良いものじゃないのか?」
「確かにそうだが、俺ぁこいつらに、お前らの上はスゲェ奴だと示し続けてぇと思ってんだ」
「なんだ、既に大事なものを背負っているじゃないか」
「・・・そうだが、何であんたみたいな器にならねぇ?」
俺みたいな器と言われても俺には分からない事だからな・・・。
「俺の器が大きいか小さいか俺には分からない。俺は器の大きさを気にして生きたりはしていないからな」
「・・・そうか・・・」
俺は俺と権田に同席している5人に聞いてみた。
「お前ら5人は権田を慕っているんだよな?」
「勿論!」
「当たり前だ!」
「俺らの頭だぞ!」
「当然だろ!」
「聞くまでもねぇ」
「俺は守りたいものの為なら、相手が大きいとか小さいとか関係なく戦おうと思っている。権田は大事なものを守る時、相手の器の大きさを見て戦うか戦わないのか決めるのか?」
「そんな事はしねぇ!」
「いつらの前で戦う時、相手の器が大きくても逃げないんだろ?」
「当たりめぇだ!」
「今までそういう目にあった事は?」
「実戦ではねぇ・・・」
確かに道場の模擬試合では格上の相手と戦う事自体はあるな。権田も同じような経験はあるようだ。
「多分それが死線で、俺と権田はその目にあってるかどうかってだけの差なんじゃないのか?」
「・・・そうかもしれねぇ・・・」
権田は最初ソファに深々と腰を下ろしていたけれど、いつの間にか前かがみ気味に身を乗り出していて、俺の目をまっすぐ見ていた。
「大事なものを背負っているなら、そういう時が来るかもしれない。器というのは良く分からないが、その時に逃げないという気持ちの事かもしれないぞ?」
「・・・」
「まぁ俺は、心配させちまった親父から、何故逃げなかったんだと言われちまったがな。俺みたいな平民にとったら、面子なんかより、みんな元気で楽しくしている事が大事なんだ」
「プッ・・・」
真剣な目をしていた権田が、一気に緊張を解き噴き出してしまった。弛緩した空気が流れた事で、全員で爆笑を始めてしまった。
「ママ~買って来たわよ~・・・って何こいつら笑ってんの?」
「ミカ、7つのグラス牛乳入れてあいつらに持って行ってやりな」
「・・・???」
ミカと呼ばれたトモコさんにそっくりな派手目の化粧をした女性が入って来て、カウンターの上にコンビニのマークが印刷された袋を置いた。
「1本しか買って来なかったから7杯も入るかな・・・」
「氷を入れてカサマシしな」
「はーい」
俺達の前に7杯の氷が浮かべられた牛乳の入ったグラスがコースターの上に置かれ。俺達は乾杯をしてそれを一気に煽って飲んだ。
「久しぶりに飲んでみるとうめぇな」
「こうやって飲んだのは中学校の給食以来かもしれん」
「たまには良いな」
「不思議と酔いが冷めて頭がハッキリしてくるな」
「トモコ! これからは店にミルク置いてくれ!」
「はいよ」
「何こいつら・・・」
「クククク・・・」
何か面白くなって笑ってしまった。
トモコさんが、ミカと呼ばれた女性に「ちょっと追加でミルクを買って来るから、こいつらの相手をしてやりな」と言って店を出て行ったので、俺達はミカと呼ばれた女性を同席させてなんか旧知の親友かのように話をした。
△△△
「えっ?ミカさんってトモコさんの娘なの!?」
「そうなのよ。ママは若作りの化粧して、私はケバ目の化粧しているから同じくらいの見た目になってんのよ」
「わははは! 最初はみんな姉妹だと思うんだよな!」
「すっぴんの時に会うと全然違うんだけどな! 特にミカは15歳ぐらいに見えるしよ!」
これは驚きだ。トモコさんとミカさんはほとんど年齢差を感じない見た目だったからだ。
「私、20歳なんだけどさ、時々18歳以下だと思われて警察から職質受けんのよ。だから見た目をケバくしてるんだ・・・、あとママはスッピンだと結構歳食ってるからね」
「そんな事言って良いのかよ」
「良いよ良いよ、だって私の彼氏が、私よりママの方が良いって言い出して、別れる事になりそうだしさ」
「トモコさんに取られたのかよ!」
「ママは相手していないけどね~。ママはパパに操立ててっからさ」
「そんならトモコさん恨むの間違ってるだろ」
「でも悔しいじゃん」
「まぁそうだけどよ・・・」
野郎だけでむさ苦しかった席が、ミカさんのあっけらかんとした空気によって華やいだものになっていた。こういうお店の女性は私生活を明かさないものだけど、どうやら店員と客という関係というより、それより近い間柄になっているらしく、気さくに私生活の事を話していた。
「ミカの彼氏っつうと、あの中年オヤジだろ?」
「あれでも25歳だよ?羽振りが良いし紳士的な客だったから彼氏にしても良いかなと思ってOKしたんだけどさ~、まさかママ狙いだったとはねぇ」
「25歳にしては頭いってんな」
「ほら、禿はあっちが凄いって言うじゃない?だからちょっとは期待したんだよね」
「違ったのか・・・」
「うん・・・」
あっけらかんと話をし過ぎだろ。そういう事に初心らしい、権田の他に、俺に小野田だと自己紹介して来た奴が真っ赤な顔をしているぞ。
「意外と初心なんだな」
「おっ・・・女に現を抜かすなんて軟派な野郎がする事だっ!」
「そうだそうだ」
石川と自己紹介して来た、河川敷で俺と戦わなかったもう1人は、顔自体は赤くなっていないけれど、真っ赤になって叫ぶ小野田に同意するよう頷いていた。
「お前ら女に幻想抱きすぎ」
「素直で可愛いのは最初だけなんだよな」
「きゃはは! そうそう、最初はみんな猫被ってんのよ。そして男はコロっと騙されんの」
5人の中では飛びぬけた貫禄を持つ木下と、顔立ちがとても整っている徳井と自己紹介して来た奴は、女で何か痛い目にあった事でもあるのか、初心な主張をする2人に水差すような事を言っていた。
俺も女性に幻想を抱く方だから、こういう夢を壊す事はあまり聞きたくない。
権田は真っ赤なまま黙ってしまっているけれど、本当に免疫が無いんだな。何故にこういう女性が接客するような店を待ち合わせ場所に指定したのだろうか。
「ミカっ! あんたこの店潰すつもりかい?もっと男に夢見させることを言わなきゃダメだろ!」
「だってこいつらもう私の正体しってんだもん」
店の扉を乱暴に開けて入って来たトモコさんが、入ったと同時にミカさんに対して雷を落とした。
「それでもだよっ! 外まで聞こえてたんだよっ!?誰が聞いてるのか分からなんだよっ!?それに、そこの兄さんは初見だろう!?」
「だってこいつ指輪してるし、ガチの本命がいるんだもん!」
「本命がいようが子供がいようが、店の中では客も店員もシングルなんだよっ!」
「は~い・・・」
なんか、トモコさんの怒鳴り声の方が外に聞かれてはいけない事なんじゃないのかな。こういう店の事情はなんとなくはそうだろうと思っていたけれど、店員の口からは聞きたくない言葉だぞ。
権田も真っ赤から真っ青になったてるけど大丈夫か?
その後追加された権田達とミルクで乾杯をしながらかなり打ち解ける事が出来た。
権田達は、「これもイケるぞ」と言いながら、高そうなウィスキーをミルクで割るという勿体ない飲み方をしていた。翌日二日酔いと下痢で苦しみそうだなと思ったけれど、そういった事も経験だと思って、俺は黙って見守っておいた。
酒を牛乳で割ると、かなりの度数が高くても飲みやすくなってしまう。けれど度数が高い事は同じなのですぐにアルコールが回って足に来てしまう。そして乳脂肪は消化に悪いので腹を下したり吐いたりする。そしてそれがとても臭い。
前世のスーパーの店長時代も、「店長の驕りでしょ?」とか言ってパカパカとカルアミルクを飲んだパートのおばちゃんが、酔いつぶれて・・・。
いやもうあの時に事はあまり思い出さないでおこう。店でクリーニング代やらなにやら言われて、その場で結構痛い出費をさせられたし、なんとかおばちゃんをタクシーに乗せて送ったら、何故か家じゃなく実家があったらしい隣の県まで行ったようで、「店長のせいで親に怒られた!」と変な言いがかりをつけられた挙句、高額なタクシー代を請求されてしまったという嫌な記憶しかない。
先にお暇して店を出たけれど、牛乳を飲み過ぎたため、腹がタポタポしており、腹もギュルギュルと鳴っていた。俺も悪ノリして1リットルぐらいは飲んでいた筈だ。
走る事が出来ず速足で家まで戻った。そして、傷むお腹を抱えながらすぐにトイレに駆け込む事になってしまった。
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