IF48話 死線

「はいリューズです」

「俺は田中ミノルと言います、権田さんはそちらにおられますでしょうか」

「少しお待ちください」


 電話の横にある番号にかけると、軽快な音楽が背後で流れるお店にかかった。一瞬間違えたかと思ったけれど、どうやら合っていたらしい。


「権田だ」

「田中ミノルです。俺に会いたいと伝言があったようですけど、合っていますでしょうか」

「そうだ」


 この前の応対の声に比べて、随分と荒っぽい口調をしていた。前は対外向けの態度だったのだろう。これは相手に合わせた口調みした方が良いだろうな。


「それでどこに行けば良いんだ?」

「ショッピング街、鈴蘭通りは分かるか?」

「あぁ、あの特徴的な形の街灯がある通りだろ?」


 指定されたのは夜のお店が多く並ぶ通りだ。足元を効率よく照らすためか街灯の支柱の先端が弧を描くように90度曲がり、横になった支柱の先端に丸い球が形の電灯が3つ垂れ下がるように配置されているスズラン灯といわれる街灯が設置されているため、周囲から鈴蘭通りと呼ばれるようになった通りだ。


「その通りでその辺の客引きにリューズと言えば分かる筈だ、今から来て貰いてぇ」

「夕飯の後で良いか?」

「構わねぇ」

「じゃあ1時間後ぐらいだ」

「待ってるぜ」


 あの家でバッジは貰ったが、同世代ぐらいの権田リュウタの舎弟になったつもりは無いからな。この時点で屈したらまたカオリを差し出せなんて言われた時に抗う気概を示しにくくなるだろう。


 △△△


 時間的と場所柄的に制服で出歩く訳にもいかないので、ロードワークに出かける際の格好で出かけた。バッジを付けるか悩んだけれど、持っている事が分かっている相手にわざわざ見せびらかす必要も無いと思って付けなかった。


 夜にロードワークする事は、冬シーズンで、朝の天候が悪くてロードワークをしなかった時にする事があるので、家を出る時にお袋に見られたけれど、「あまり遅くならないようにね」と言われた程度で怪しまれなかった。


 軽く柔軟したあとゆっくり目にショッピング街の方に走っていった。空を見ると、とっくに日は暮れている時間だけど、まだ終電時間ではなく街に活気があるため、空がボヤッと明るく、元々少ない秋の星々をかき消し、晴れているのに殆ど見えなかった。


 ショッピング街に入ると日用品を売る店は既にシャッターを下ろし店じまいをしていた。昼間は綺麗にされている街が、シャッターのイタズラ書きによって汚されたようなものに変わっていた。

 駅前から神社に向かうメイン通りから田宮道場の方に向かう通りを曲がり、3本目の通りに鈴蘭のような形の街灯があり、そこが通称鈴蘭通りと呼ばれていた。

 スナックやバーや風俗店やラブホテルがあるので、ショッピング街の中で居酒屋の多い城址公園側に曲がった食い倒れ横丁と言われる通りよりも眠るのが遅い通りだった。


 鈴蘭通りにでて、サンドイッチマンをしながら客引きをしている男性にリューズという店を聞いたら、ビルの横に突き出す形で店がアクリル製で背面の照明が点灯する看板のある店の2階だと教えられた。

 そのビルの横の看板を見ると「竜頭」にカタカナで「リューズ」とフリガナが振られた黒地に赤文字の看板が確かにあった。

 看板の照明が点灯していないので、店は開いていない事を示しているのだが、俺を呼び出したという事なので無人では無いのだろう。


 店の扉の上にも表の看板と同じような背面からの点灯式のアクリル製の看板があったがこちらも点灯していなかった。ただし店内からは音楽の音がして人の話し声も聞こえて来た。

 扉には鍵がかかっておらず明けると扉の内側につけられたベルがチリリと鳴った。大きな音で鳴らされている音楽に消されて聞こえないんじゃないかと思ったけれど、ちゃんと音が通っていたようで、25歳ぐらいに見える派手な化粧の女性がドアの方にやって来た。


「権田に言われてやってきた田中だ」

「奥で待ってるわ、入って」

「あぁ」


 店の中は薄暗かった。若い奴らが騒ぐようなタイプの店ではなく、大人向けのしっとりした客が楽しむような雰囲気も感じる作りをしていた。


 奥の一番広い8人ぐらいがゆったり座れる区画に、屋敷で見た権田が一番奥に座りこちらを見ていた。女性は同席しておらず、あの日俺やカオリやシオリを囲った木下を含めた5人も座っており、目に前には酒の瓶とアイスペールと水差しが置かれていた。同年代だと思うのだけれど、彼ら酒を嗜んでいるようだった。


「来たな」

「呼ばれたからな」


 5人が立ち上がり通路側に出て、俺を権田の隣の席に座るように誘導したので、その通りに座った。


「話づれぇな、少し小さくしてくれ」

「へいっ!」


 権田が上の方のスピーカーを指さしてそう言うと、木下が唯一の店員らしい俺を席に案内してくれた女性に向かって「トモコさん! 音楽を小さくしてくれ!」と叫んだ。


「何か飲むか?」

「ミルクで」

「「プッ!」」


 権田の舎弟達らしい5人の内3人は噴き出してしまったが、権田の真剣な目にその顔を改めて真剣な顔に戻った。

 俺は未成年だから酒は飲まない。ロードワーク後は牛乳を飲む事にしているので俺はそれを言っただけだ。こういう時に見栄を張って強い酒を頼む奴もいるのだろうけれど、俺にはそんな見栄は要らない。それで相手が侮るならそれで良いと思っている。

 侮りは隙を生むのでむしろ好都合な事だった。だから真剣な目をした奴が4人もいるので、俺は隙は無いと思って当たる必要があると思う事にした。


「トモコ! ミルクはあるか!」

「・・・無いわよそんなの・・・、コーヒー用のクリームしか無いわ」


 前世ではカルアミルクというカクテルが流行っていて、酒を売っている店にもミルクは置いているものだったけれど、この世界では無いらしい。


「豊島! 牛乳買ってこい!」

「へいっ!」


 権田は噴き出した内の1人で、通路側に一番近い席に座っている豊島と呼ばれた男に牛乳を買ってくるように命令した。


「丁度ミカが家を出る頃だから買って来て貰うわよ」

「豊島、出なくて良い」

「へいっ」


 ここの5人は権田に完全に服従といった感じなんだな。すごい雰囲気を纏っている奴なので、自身の肩書だけじゃなく実力でも圧倒して舎弟にした感じなのかもしれない。


「ミルクの用意はねぇんで、少し待ってくれ」

「あぁ、変なもの注文して悪かったな」

「構わねぇよ」


 酒は飲んでいるようだけど、タバコを吸ってはいないのか灰皿は置かれていなかった。

 トモコと呼ばれた店員はカウンター側で煙を揺らせているので、権田達の酌まではしていなかったのかもしれない。


「それで話って言うのは何だ?」

「・・・あんたと腹を割って話して人となりを知りてぇと思ったんだ」

「人となり?」

「あぁ、親父は俺よりあんたの方が強ぇと言ったんだ」

「体格的にあんたに勝つのは難しそうに思うが・・・」

「腕っぷしという事じゃねぇ、タマの取り合いになった時に俺の方が負けると言いやがったんだ」

「タマの取り合いね・・・、俺は人を殺した事なんか無いんだが?」


 前世を含めれば結構な時間を生きているが、さすがに人を殺した経験は持っていない。人の死に目にあった事が3回程度ってぐらいだ。


「俺ぁ、あんたを見ると体が震えやがるんだ。親父はそれは背負っているものの差だというし、山岡は死線を経験した差だと言った。俺ぁそれなりの舎弟達を持っていて、それなりに背負っていると思っているし、それなりの喧嘩の場数も踏んで危なねぇ目にも合って来た。そんな俺が何であんた相手に震えるのか分からねぇんだ」

「背負っているものに死線ね・・・」


 背負っているものとして思い浮かんだのはカオリの顔で、次に浮かんだのがシオリだった。幼いころから俺が守らなければと思い続けている2人だ。少し昔だったらシオリが1番だった気がするけれど、シオリは精神的にタフだと最近分かって来たし、カオリは今心が弱くなっているので、カオリが先に頭に浮かんでしまった。


 死線として思い浮かんだのは、実際に俺は一度死んだ経験を持っているという事だった・・・もしそういう人が纏っているものが持つ何かがあるとすれば、それは不可抗力というものだろう。


「あんたは、小学校6年の時に、大事なもん守るために大人3人と戦ったと聞いている」

「あぁ! あの時か!」


 確かにあの時はカオリとシオリを守らなきゃと必死だったな。実際に10日間も意識が戻らなかったみたいだし死線だったといえばそうなのかもしれない。ただ我武者羅に抵抗し、最後に欲をかいて気絶させられ、気が付いたら病院のベッドの上で、疲労や痛みは殆ど無かったので、死線と聞いても頭に思い浮かばなかった。


「他にも何か越えた覚えがあんのか・・・」

「あぁ・・・まぁ不可抗力だが死にかけた事があるな・・・」


 海に溺れて本当に死んだ経験だけどな。

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