IF47話 字面
病院での手術と言うと、手術室の前で家族が待っていて、「手術中」と書かれた赤いランプが消えたあと部屋から出て来た先生に「妻は大丈夫ですか!」と言いながら旦那が迫る様なシーンを思い浮かべるものだけど、ハルカさんの手術の場合は、無菌状態の維持が優先されるため、ガラス越しの病室を車いすに乗せられ出ていくハルカさんをみんなで見送り、ストレッチャーに乗せられた眠ったままのハルカさんが戻って来るのを待つというものだった。既にハルカさんの免疫細胞は放射線で破壊されているらしく、菌に対しては外部からの薬物で対処しているだけで、非常に弱い状態だったので仕方ない事だった。
その後、スタッフからマサヨシさんとカオリが先生に呼ばれ、喜びの表情を浮かべて2人は戻って来た。その表情だけで結果はある程度予想する事が出来た。
話を聞くと、経過次第ではあるけれど、手術自体は問題無く成功したらしい。
麻酔をかけられているハルカさんが起きるのはいつになるか不明という事だったけど、マサヨシさんとカオリはそのままハルカさんが起きるまで待つらしいので、田中家の4人はそのまま先にお暇し、途中で買った持ち帰り寿司を食べてささやかな手術成功のお祝いをした。
翌日、カオリからハルカさんから目覚めていると聞いたので、学校帰りに病室を訪ねた。
先に連絡をして不織布の服を着てからガラス越しにハルカさんの見える部屋に入ると、ハルカさんは元気に起きていてテレビの時代劇を見て笑っていた。
「こんにちわ」
「・・・良く来たわね、嬉しいわ」
俺がガラス窓の前にマイクの横のボタンを押して、ハルカさんの病室内のスピーカーに声を届けると、ハルカさんも自身のベッドの脇のボタンを押して自身の声を控えの部屋の小さなスピーカーに送り返して来た。
「今は俺だけですか?」
「お昼後にサユリさんが来ていて、3時ぐらいにシオリちゃんが来たわよ」
お袋とシオリが既に来ていたのか。もしかしてガラスのこちら側の花瓶に生けてある花は2人が持ってきたものなのかな?
「今は1人ですか」
「まだあの人がいるわ、昼あとに来てずっといたんだけど、目の下のクマがすごかったから寝るように言ったのよ。だから今は付き添いの人用の仮眠室に行ってるわ」
お昼後からずっと病院にいるって事?確か昨日はハルカさんが起きるまでいたんだよな?
「随分と元気そうで安心しました」
「えぇ、少し腰の方に鈍痛があるぐらいで、体は結構平気なのよ」
「退院も早い感じですか?」
「それは血液検査の結果次第らしいわ、やっぱ他人のものだしちゃんと定着するかは分からないそうなの」
ハルカさんに移植されたのは自身の弟のもので、型がぴったり一致しているので拒絶はほぼ起こらないし、綺麗に定着するだろうと言われていた。けれどそれはハルカさんには伏せられているため、こういった型どおりの説明を受けているらしい。
「みんなハルカさんが早く戻るのを待っています」
「えぇ、私も早く戻りたいわ、やっぱ病院というのは食事が美味しくないし、同じ部屋にずっといるというは辛いのよ」
「少しの辛抱ですよ、元気になったらお互いの家族揃って旅行しましょうって親父が言っていました」
「良いわねっ! それで何処に行こうって事になってるの?」
「次の連続ドラマのロケ地である越中県に行こうって話になってます」
「まぁ! 海の幸が美味しい所ね!」
日本は海に囲まれているので、海なし県でない限りは海の幸が美味しいい所だと思うけど、ハルカさんは何をもって美味しい所だと言ったのだろうか。ハルカさんは京都からこの街に来たらしいけれど、もしかしたら昔そこにも住んでいた事があるのかもしれない。
ハルカさんのお見舞いには持ち込む事が制限されてしまう。食べ物は無理だし、花もガラス越しに見えるように飾るぐらいしかできない。本なども新品のものに限られるし消毒する必要があった。
前世ならスマホやタブレットを持ち込み楽しむ事が出来るけど、病室の壁にあるテレビをリモコンで操作して見るぐらいしか楽しみが無いらしい。
「ミノル君来てたのか」
「マサヨシさん右側の後頭部に寝癖が付いてますよ」
「ははは、熟睡し過ぎたかな」
「あまり無理しないで下さい」
「明るいハルカを見れるのが嬉しくてねぇ」
「お店は閉めていたんですか?」
「午前中だけ開けていたよ。水曜日の午後はお届け物をする日で店を閉めるしね。御用があっても留守電があるから大丈夫だよ」
お昼後すぐに来てたって事だし、届け物は無かったのかな?
「仕事はちゃんと続けて下さいね、御贔屓にして下さる方あっての店なんですから」
「ははは・・・」
自営業だから店の開け閉めは自由なんだろうけど、疎かにし過ぎるのも良くないよな・・・。マサヨシさんをそう窘めながらもハルカさんは嬉しそうだから良いんだけどさ。
△△△
「ただいま、遅かったのね」
「ハルカさんの様子を見に行ったんだよ」
「元気そうだったでしょ」
「あぁ、マサヨシさんも嬉しそうだったよ」
「えっ?まだ居たの?私が1時過ぎぐらいに行った時にも居たわよ?」
「なんか病院の仮眠室で寝てたみたいよ。俺がハルカさんと面会した時に戻って来たみたい」
「お店大丈夫なのかしら」
「ハルカさんに嗜められてたよ」
「薄利多売なお店じゃないし、そんなに頻繁にお客様が来る事も無いんだろうけど・・・」
「留守電があるから大丈夫なんだって」
「そういうものなのかしら?」
「さぁ?」
俺も前世は社会人が長かったけど、自営業の経験は無いからそこら辺は良く分からないんだよな。
「という事はカオリちゃんは1人なのかしら?」
「今日は県営プールの方に行ったから、戻りは8時ぐらいになるんじゃないかな」
「そうなの?」
あそこは夜7時過ぎまで練習しているらしいからな。駅前に近い運動公園内にあるとはいえ、着替えて歩いて帰って来たら、それぐらい遅くになってしまうだろう。
「お腹空かないのかしら?」
「軽く食べてから行っているらしいよ、ただそれだけじゃ足りないだろうね」
「そうなの?じゃあ戻って来る時間に呼ばないとね」
「その時間にはマサヨシさんも帰って来るんじゃない?」
「そうね、じゃあ2人前用意しないとね」
「親父の分は良いの?」
「お昼に一度戻って来て出張に行ったわ、飛騨の方に用件が出来たんだって」
「マサヨシさんのブランド関係の仕事かな?」
「じゃないかしら?」
自分の旦那の食事は不要で、隣の旦那の食事を用意するって字面だけだとかなり怪しい関係に聞こえるな。
「お兄ちゃんおかえり~」
「こらっ! バスタオルだけで出るなんてはしたないぞっ!」
「お兄ちゃんに言われたくないなぁ、それに下はつけてるよ?」
「俺は男だから良いんだよ、シオリは女の子なんだからな。もし突然玄関の扉が開いたら見られちゃうぞ?」
「はーい」
まったく、シオリも最近結構発育が良くなっているし、もう少し自覚を持つべきだと思うんだがな。
「そういえば権田さんから、今度会いたいって連絡あったよ、あとでかけて欲しいって言われた番号のメモ、電話の横に置いてあるから」
「権田って権田リュウタの事か?」
「うん、若い声だったからそうだと思う」
「バッジ返せとかかな?」
「あはは、なんかすごいバッジみたいだね。クラスの華族の子がいきなり私に対して挙動不審になってたよ」
「そっちでもか・・・」
将軍家の身内っていうのは伊達ではないらしいな。田宮道場でもなんか驚かれたし、珍しく教室に用事があったらしい今和泉が、俺の襟元を見て目を見開いたあと、頭を下げてそのまま去っていったからな。
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