IF46話 バブリー

 11月に入り、カオリとオルカは放課後に県の選抜者として県営プールに行って泳ぐようになった。

 他の部員達は、月、水、金の放課後に部で借りているプールでの練習以外は、地道にグラウンドで自主練となるけれど、やはりつまらないため部員の参加率はあまり高くなかった。その辺は学業優先な学校なので各自の裁量に任せられているため仕方ない事だけど、少人数で練習を続けるというのはなかなか寂しかった。

 特に今日は2年生が修学旅行に行っていて不在だし、朝から土砂振りでグラウンドが使えず校舎内練習となるため、参加者は俺とケンタの2名だけだった。


「ケンタ、体曲がるようになったな」

「うん、オルカに言われて柔軟頑張って来たからね」

「やっぱ継続は力なんだな」


 今日は校舎内で階段の上り下りでの下半身の鍛錬をメインにしていた。

 最近冷え込んだ日が続いたからか、廊下に使われている緑のリノリウムが冷たいけれど、オルカからもきっちりとストレッチをするように言われているので念入りにしていた。


 校舎内では野球部やサッカー部や陸上部や男子ハンドボール部や女子ラクロス部と女子ソフトボール部も校舎内で鍛錬をしていた。そのため廊下や階段で訓練をする際は譲り合いとなっていた。

 基本的には南側校舎で女子ラクロス部と女子ソフトボール部と陸上部が練習し、サッカー部と野球部と水泳部が北側校舎でする感じになっていた。


 野球部は校舎の渡り廊下の所でバットの素振りをしていていた。すっぽ抜けて窓ガラスを割らないものかと思うけれど、そういった事故があったとは聞かないので大丈夫なのだろう。

 サッカー部は4階の廊下でダッシュ訓練をしていた。廊下は走るなという校則があるけれど、慣習としてこういう時に運動部が廊下で走る事は許されていた。

 夏場は雨が降っても外で泳いでしまう水泳部と違い、サッカー部はこういう校舎内での訓練に慣れているらしく、掛け声も揃い整然と練習をしていた。参加人数も結構多いらしい。

 そのサッカー部の掛け声の合間から、綺麗なピアノの演奏が聞えて来ていた。4階の奥に音楽室があるので、そこから流れて来ているのだろう。もしかしたら佐野と最近付き合いを始めたという飛鳥という女生徒が、佐野の練習にエールを送るために演奏をしているのかもしれないと思った。


「やっぱ・・・スタミナは・・・ケンタの方が・・・あるなぁ」

「専門・・・だからね」

「結構・・・走り込んで・・・スタミナ・・・ついて・・・いるつもり・・・なんだがなぁ」

「泳ぎ込んだ・・・量は・・・僕の方が・・・あるからね」


 1階から屋上の階段までの往復ダッシュを10セットしたのだけど、俺の方が先に失速してしまった。ケンタの方が身長が高く体重も多いので俺の方が体が重いという言い訳も出来なく完敗だった。


「ふぅ・・・平坦を走ると俺の方が早いのに、こういう坂道系の負荷練習だと、後半モロにスタミナの差が出てしまうな」

「ミノルは僕みたいにスタミナ寄りじゃなくバランス型だからね」

「オルカといいケンタといい、いったいどんな心臓積んでるんだろうな」

「オルカは安静時の脈拍が1分間の41回だってさ、僕はこの前測った時58回だね」


 人の安静時の脈拍数は1分あたり60回から80回と言われているので、オルカやケンタはそれだけ優秀な心臓を持っていて、少ない脈拍数で体に血液を行きわたらせられるという事になる。ちなみに俺は安静時65回なので少し優秀といった程度の心臓だ。


「オルカは1拍で1リットルぐらい血液送ってそうだな」

「血液って4リットルから5リットルらしいよ」

「じゃあ1分間に10周も血液が循環しているんだな」

「あはは、そうなるね」


 冗談を言い合っている内にかなり息が整って来たので、立ち上がり階段のダッシュに戻る事にした。


「明日太ももが筋肉痛になりそうだね」

「それだけ良い練習が出来てるって事だろ」

「まぁそうだね」


 普段からどんなに練習していても、慣れていない運動の時にはいつもより激しい筋肉痛が起こる。階段の上り下りは水泳や平地のランニングでは余り鍛えられないのか、既に1セットの時点で足の筋肉が結構張っていた。

 朝のロードワークをもう少し起伏の多いコースにして、足の負荷を増やすようにしようと心に決めていた。


△△△


「お帰り~、プリンあるよ」

「ただいま、お袋は?」

「ハルカさんのお見舞いに行った、新しい病院はガラス越しに面会出来るんだってさ」

「へぇ・・・」


 坂上病院にはVIPルーム的な病室があるらしく、ハルカさんはそこに移っていた。無菌室だけどガラス越しに面会出来るとか、VIPルームというだけに設備的に充実しているのだろう。来週にも手術が行われるとの事で、現在最終の検査を行っている状態らしい。


「ただいま~」

「お邪魔します」


 お袋が帰って来たと思ったら、後ろからカオリも家に入って来た。


「いらっしゃい」

「病院で会ったから連れてきちゃった」

「お母さんお腹空いた~」


 最近お袋がカオリを家に連れて来る事が増えている。お袋の中では既にカオリは嫁となっているらしい。


「今日はすき焼きにするわよ」

「わーい!」


 お袋はカオリが来る事になったため、見栄を張って普段より良いものを用意する事が多くなっている。スーパーのレジ袋から出したのは、普段買っているような特売肉では無く、出羽県産と書かれた結構高級そうなすき焼き専用の肉だった。


「親父は?」

「なんかマサヨシさんと会社の方で打合せをしてから帰るから遅くなるんだって」

「あぁ、もう動き始めているんだ」

「えぇ、こういうのは早くした方が良いんだって」


 親父が会社で進めていたマサヨシさんを顧問にしたブランドの立ち上げは、ハルカさんの件が片付いても継続で行う事になったらしい。

 元々マサヨシさんは飛騨県の方から独自のルートで高級シルクを仕入れており、その材質の良さも評価されていたそうだ。そのシルクを生産している人が住む地域が最近世界遺産に登録されていて、会社はその近くの温泉とスキー場とゴルフ場がある地にマサヨシさんのブランドの工房を作り、金持ちにその世界遺産観光を含めたパッケージで売り出そうと考えているらしい。

 マサヨシさんもハルカさんの退院後は、空気の綺麗な場所に住まわせてあげたいと考えていたらしく、カオリが高校を卒業した3年後あたりを目安に、その工房に移るという計画に乗り気になっていた。

 かなりバブリーな話なので、その計画は大丈夫なのかと思うけれど、マサヨシさん側に負債が背負わされるという話では無いそうなので、俺は特に意見を言うつもりは無く見守る事にしていた。

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