IF45話 反則

 スポーツ大会の3日前に秋雨前線が北側で消滅し、気圧配置が冬型になって気温が一気に低下してしまった。

 その日にプールの水の循環が停止される事が決まり、水泳部は完全に冬シーズンに突入した。


「走るの伸びるようになったな」

「うん、水辺さんに言われてフォーム改造したおかげだよ、疲れやすいから400mはこのフォームでは持たないんだけどね」


 グラウンドでのトレーニングが増えた事で、依田から100m走に誘われたのだけれど、依田は50m先もぐんぐん伸び、俺ではついて行くことが出来ない速さで走るようになっていた。


「という事は11秒は切るようになったのか?」

「うん、追い風であれば全国の標準タイムを上回るようになったよ」


 確か高校生の100m走の全国の標準タイムは10秒5ぐらいだと聞いた事がある。そこまで行くともう本職でしか到達しないタイムになってくるだろう。


「依田の方が先に全国デビューしそうだな」

「うん、フォームが固まれば、多少の向かい風でも超えられるようになると思うよ」

「来年は樺太県か・・・俺も行きたいなぁ」

「田中君も結構記録伸びてるんでしょ?」

「でもまだ全国標準には遠いかな。プールでの練習も減ってしまうから、夏場に比べてスタミナが鈍るしな。強豪校は屋内のプールを持っていて通年で泳げる環境を持っているんだよ」

「そっかぁ・・・」


 まぁカオリやオルカのように強化選手として選ばれるぐらい早くなれば、県営プールでの冬季練習に参加できるんだけどな。そのためにも全国標準を突破して県代表になる事が最低条件となるが、今の俺やケンタではまだ遠く及んでいなかった。


「じゃあ俺は走り込みの方に行くから」

「うん、ありがとう」


 依田は短距離走者としてダッシュ練習の方を重点的に反復していた。俺はこの冬季で筋力とスタミナを鍛えようと思っている。特に下半身の鍛え方が課題だと感じていた。特に自由形や背泳では推進力としてはキックよりもプルの方が大きい。けれどキックは体幹が動きにくいので速度の底上げする効果が高い。プルは大きな推進力を生み出すけれど姿勢が崩れて水の抵抗を大きくしてしまうからだ。

 オルカは「キック2,プル8の気持ちで泳いでいるよ」と教えてくれた。オルカのその言葉通り、オルカは少ない手のかき数で、恐ろしく伸びのある泳ぎ方をしている。それだけ体が伸びている時の水の抵抗が少ない型になっているため、速度の底上げ効果のあるキックの方が重要性が高いのだろう。

 ただしキックは筋肉量が多い足を激しく動かすので、プルに比べて酸素の要求量が多く乳酸も体に溜まりやすい。毎日の長いロードワークで培われた心肺機能と下半身によってオルカのその伸びのある型は支えられているのだろう。

 さすがに俺はオルカのように毎日50km走るのは出来る気がしないけれど、放課後グラウンドで走り込みをする事はとても意味がある事だと思っている。


「結構差をつけられてたね」

「あぁ、もう走りで依田に追いつける気はしないな」

「うん、後半にすごく伸びるようになったもんね」

「オルカは走る方も専門家だったんだな」

「私はあまり瞬発力が無いから短距離走は苦手だけどね、でも走る事は好きなんだよ」

「走る事もだろ?」

「そうだね〜」


 オルカは楽しんで運動をしている。それに対して俺はカオリに追いつくためにと理由をつけて走ったり泳いだりしている。オルカのように、走ったり泳ぐことそのものを楽しいとは思っていなかった。

 親父に「楽しいのか?」と聞かれたのはまさにその事だったんだと分かって来た。体を動かしていて楽しいというなら、体育の授業でバスケやサッカーをしている時や、道場で武術の鍛錬をしている時の方が楽しい。

 それでもカオリと並ぶことを目指す事は辞めない。カオリの背中を追いかける事が俺のモチベーションになっているからだ。


「足が止まってるわよ」

「はーい」


 俺に追いついて来たあと話しかけて来たオルカに、カオリが追いついて来て忠告して来た。俺はペースを落としていないけれど、オルカにとってはペースを落とした状態になっているからだ。


「カオリは追い抜か無いのか?」

「私はクールダウンするわ」

「そうか・・・」


 オルカが先に進んだけれど、今度はカオリが俺に並走してきた。俺にとってはクールダウンにならない速度だけど、カオリにとっては違うようだった。まだまだ俺はカオリに及んでいないようだ。


 カオリはグラウンドを5週ほど俺と並走して走ったあと、ゆっくりと歩き始めたため俺と離れた。


 カオリは胸が揺れて痛いらしく、それをサポートする下着をつけているらしいけれど、それでも走る事はあまり好きでは無かった。


△△△


 スポーツ大会の日、サッカーは時間の関係上ひと試合20分で行うものだった。その間で決まらなかったらPK戦で決着をつける方式だった。

 1回戦目で当った1年3組には依田がゴールを決め1対0で勝ったけれど、次に当った1年にしてサッカー部のエースになっている佐野を擁する8組の猛攻を抑える事が出来ず、俺達は2点決められて敗退してしまった。

 負けたクラスはもう出番が無いので、他のクラスの試合を見学するか、帰宅時間まで教室で駄弁っているしか無かった。


 俺はバスケチーム側の応援に行くという名目で体育館に行き、カオリの応援をした。体育科では、丁度オルカのいる8組と試合をしており、デュースでの延長線に突入していた。どうやら実力が拮抗しているらしい。


「おう、さっきはいい試合だったな」

「俺達が0-2で負けたのにいい試合なのか?」

「シュートの数では1組の方が多かっただろ、作戦ではお前たちの勝ちだよ。特に依田の縦の飛び出しは反則だぜ、あれに決定力が伴ってたら、うちでも即レギュラーだ。俺もなんとか個人プレーで点を取ったが、守備が結構固くて苦労したぜ」


 次の試合まで時間があるのか、8組の佐野が体育館で女子バレーボールの試合を観に来ていて、俺に話しかけて来た。


「あの作戦を考えたのは田村だよ」

「やっぱりか、田村は足が遅くてフィジカルも弱いんだが、試合を組み立てる力はあるんだよ」

「そうなのか?」

「あぁ、田村はうちの監督に匹敵するぐらいのサッカーマニアでな、面白い戦術を思いついたりするんだ。だから監督は最後のベンチ枠に田村を入れて、自身と対等に試合中の戦術を話せる相談役として考えているらしいぞ。それに田村は左利きで、ポストプレイのキッカーとしては俺の次に上手いしな」

「そうなのか・・・、それは今までの努力が報われたって感じだな」

「あぁ、田村はサッカーが好きって部分はすごいものがあるからな」


 そうか、田村は小中と報われないサッカー少年だったけれど、高校で報われたのか。


「俺たちの女子が負けちまったな」

「俺たちの雪辱を果たしてくれた訳だ」

「なるほど、そうなるのか・・・」

「佐野は次の試合は良いのか?」

「あぁ、昼あとだからな、次は2年生相手だぜ」

「そうか、じゃあ俺も応援に行くよ」

「おうっ!」


 佐野は俺の肩をむんずと掴んでから手をヒラヒラさせて体育館を出ていった。相変わらず握力がつえぇな、肩が少し痛いぞ。


「私達の試合ちゃんと見ていた?」

「俺が来た時は最後のデュースになった時だよ、だから最後しか見ていないぞ?」

「佐野くんと話し込んでいたみたいだけど?」

「あぁ、俺達は佐野の8組に負けたんだよ」

「あら、それなら私たちが仇を取った感じなのね」

「そうなるな」


 1組は、男子のバスケチームも女子のソフトボールチームも既に敗退しているから、仇はまだまだいるけどな。


「カオリに負けちゃったよ〜」

「1組にな、負けたのはカオリにだけじゃ無いだろ」

「だってカオリにサービスエースを7本も連続で決められたんだよ?」

「・・・なるほど確かにカオリに負けた感じだな」


 カオリはスポーツ大会でも大活躍だったようだ。


「あの落ちるサーブと伸びるサーブと曲がるサーブは反則だよ〜」

「あら、そんな反則聞いた事ないわ」

「うぇぇぇん」


 確かにバレーボールのルールでは反則では無いんだろうな。でもスポーツ大会で素人の集まりの生徒に使うのは反則的なプレイかもしれない。

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