IF44話 秋雨前線
「おはようミノル」
「おはようカオリ」
「今日はお弁当を作って来たわ」
「弁当?いつもじゃないのか?」
「ミノルの分もよ」
「えっ?」
それで今日はお袋からお弁当が渡されず、そういう日には渡される購買のパン代も無く、「大丈夫でしょ?」とニヤニヤした顔で送り出されたのか。バイト代のおかげで購買のパン代程度どうにでもなるので、気にしなかったけれど、あのニヤケ顔の意味はどうやらお袋とカオリの間で何かしらの裏取引によるものだったようだ。
「それはありがとう」
「ううん、婚約者になったんだし、もっと早く作るべきだったわ」
「そうか?」
カオリの手作り弁当を食べられるなんて嬉しい限りだけど良いのだろうか。
「カオリ、無理をしなくても俺はカオリから離れないぞ?」
「弁当ぐらい2人分作るも3人分作るも手間に大差は無いわ」
「あぁ、マサヨシさんのも作ってるのか」
「えぇ、お母さんが体調悪くした日から作っているわ」
「そうだったのか・・・」
確かにハルカさんが入院したあとも、カオリは弁当を持参していた。考えてみたら、ハルカさんが入院したあとは、家事とかをカオリがずっとやって来たんだろうな。
「何か手伝える事があったら言ってくれよ?」
「えぇ、大丈夫よ」
ハルカさんが体調を悪くした日以降も、カオリの弁当の出来に変化があったようには見えなかったし、服にシワが寄るとか髪が跳ねていたりとかそういった事も無かった。
俺はそれを、カオリは普段通りに出来ているとしか思っていなかったけれど、考えてみればカオリにかかっている負担は、物凄く大きくなっていたんだと今になって気が付いてしまった。
「ハルカさんへの説明はうまくいったのか?」
「えぇ、お母さんは、国内にドナーが見つかって、移植手術を受ける病院に移るって話を信じているわ」
「適合した人がいたのか?」
「えぇ、お母さんの弟さんが適合していた事が昨日分かったそうよ」
それはすごい朗報だな。兄弟関係は一番適合率が高いそうだけど、それでも25%ぐらいらしいしな。
「じゃあすぐに転院するのか?」
「その辺は引き継ぎもあるから今しばらく時間が必要らしいわ。いま、お母さん用の病室の徹底的な無菌化をしているそうなの」
「ハルカさんは、完全に免疫が無くなってる訳じゃ無いし、滅菌程度の部屋で良かったんじゃ無いのか?」
「なんか、一度お母さんの免疫細胞を放射線で破壊する必要があるらしくて無菌化した部屋が必要らしいわ。そうしないとお母さんの免疫が、移植した骨髄を異物だと判断して定着しない事があるそうなの」
「そういう事があるのか・・・」
良く内臓の移植手術とかでうまくいかない時に言われる拒絶反応的な奴が起きるって事なのかな。
「手術は早ければ来月に行われるらしいわ。元々身体への負担はそこまで大きくない手術らしいし、お母さんも体調が悪くなってからそこまで経って無いから、すぐの手術に耐えらる身体らしいの」
「という事は退院もすぐなのか?」
「骨髄が定着して、血液中の免疫細胞が一定値に達したら退院出来るらしいわ、体の痺れや麻痺が残った時はリハビリが必要らしいけど、多分長くはかからないって言っていたわ」
なんか明るい話ばかりだな。今日は秋雨前線の影響か、どんよりとした曇り空が広がっているけれど、そんな雲は吹き飛ばしてしまうぐらいいい話が続いている。
「雨降らないと良いわねぇ」
「そうだな、グラウンドが泥濘むと靴と体操着が汚れるんだよな・・・」
11月にスポーツ大会があり、男子はバスケかサッカーの二択で選ぶ方式で、体育の授業はその参加種目毎に分かれるし、休み時間や放課後にも少しだけチームで集まって練習するようになった。
圧倒的にバスケは希望者が多かったので、背の高い順に選ばれる事になり、俺はサッカーの方に割り当てられる事になった。俺の背は170cmと決して低くは無いのだけど、何故かうちのクラスは背が高めの男子が多くて。バスケ希望者の中では低い方に該当してしまったからだ。
まぁ、俺は成長期が遅くまだ身長が伸びているので、もしかしたら今測れば背の高い方に入れたかもしれないけれど、そこは公平に4月に行われた身体測定の結果だけで判断されたので仕方なかった。
「私はバレーボールだから平気よ」
「カオリは背が高い方だもんなぁ」
女子もソフトボールとバレーボールの2択だったのだけれど、男子を見習ったのか背の高い方がバレーボールに出るという分け方をしていた。そしてカオリは身長が168cmと女子生徒の中では高い方なのでバレーボールの方に選ばれていた。
その決め方にチンチクリンの早乙女が文句を言っていた。早乙女は多分、体育館で試合している八重樫を見やすい、同じ体育館で試合するバスケットボールに出たかったようだけど、女子のやっかみもあって賛成多数で否決される事になってしまった。
八重樫って結構イケメンだし、女子たちに人気があるんだよな・・・。
△△△
「ゴール前走って!」
「うわっ! ペッペッ!」
「泥が目に入ったっ!」
小雨は降る中のサッカーの授業は泥試合の様相を呈してしまった。
クラスの中で唯一のサッカー部員である田村がリベロというポジションで司令塔をし、足の早い俺と依田をツートップにしてカウンターを決めるという作戦でやっていた。
サッカーの事は良く分からないけれど、味方がボールを取ったら全力で走って、上がってきたボールに追いついて、相手ゴール目掛けて蹴るという作戦は分かりやすくてすぐに馴染めた。
ただ、泥濘んだグラウンドに足を取られて滑るわ、跳ねた泥が目に入るわ口に入るわで今日の練習は結構大変だった。体操着どころか下着も全てグッチョリと濡れてしまったので、換えの下着を持ってないので下は水着でも着て帰った方が良いかもしれない。
この秋雨前線が北に位置するようになると、プールで泳ぐことは出来なくなりプール納めとなる。水泳部の冬シーズン到来は間近となっていた。
「オフサイドトラップには注意してね」
「はいよ」
「了解」
守備を固めた味方が自陣地で相手のボールを奪ったあと、俺と依田の走る方に向かってボールが蹴り上げるのだけれど、そのボールが蹴られた時に俺や依田の前に相手チームの選手がゴールキーパーだけだとオフサイドと言われる反則行為でファールになってしまうらしい。
とはいっても審判役も素人がしているので、その判別が出来ないのかファールが取られる事は無いのだけれど、サッカー部の田村はきちんとルール通りの戦術を厳命していた。スポーツ大会の当日は、サッカー部員が審判役をするので、ちゃんとファールを取られるからというこちらしい。
田村は小学校の時から少年サッカーをしてきたけれど、今まで一度も公式試合に出た事が無いらしい。けれど部活は休まずずっと参加するほどサッカー好きで、だからこそサッカーに対する姿勢はとても真面目だった。そんな田村の指示だから俺や依田も真面目に聞き、きちんと田村の戦術通りに動く練習をしていた。
そのおかげか、授業で対戦している2組には連戦連勝で、当日結構良いところまで勝ち上がれるのでは無いかと思っていた。
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