IF41話 タマの取り合い(親分視点)

 今日は儂の兄弟分に頼まれて、兄弟分の姪を家に招いた。ただしこれも経験だと思いリュウタにその責任を任せていた。だから儂はその場には出ず今日はいないという形を取った。そのためリュウタのお目付けの意味で、その兄弟分の姪たちの案内役を俺の腹心の中で最も人を見る才がある山岡に命じていた。


「山岡、お前にはどう見えた」

「綾瀬様がお連れになった少年ですが、伊闕の鯉と思われます」


 伊闕というのは大陸にある鯉が昇ると竜になるといわれる滝のある地の事で、そこの鯉と言う事は大器を持つと言っている比喩だ。


「おいおい竜になる器だっていうのか。それは高過ぎる評価じゃねぇか?」

「彼は身内に引き込むべき人物です。リュウタ様の相方にすべきです」


 儂の兄弟分の姪が大器である事は事前に調べて知っていた。だからリュウタのお相手にと考えもした。しかし兄弟分に男児がおらず後継者となる嫡男が不在であるため、その兄弟分の姪を養子にして婿を分家から迎える計画があると聞いたので断念た。だがその兄弟分の姪が連れた少年がリュウタを超える大器であるとは驚きの言葉だと思った。リュウタは儂よりも大器を持つと思っていたからだ。


「そこまでの麒麟児ってか?」

「えぇ・・・私程度では底が見えませんでした」

「なに!?」


 山岡がそこまでの事は言う奴はかなり珍しい。大戦を生き抜き戦後復興を支えた偉人や、皇家や将軍家の支柱となっている方や、大組織をその魅力で従える兄弟分の親であり田宮家当主をしているゲンサイ殿ぐらいだ。一代で巨万の富を築いた大会社の創業者でもそうは言わない。リュウタへの評価も伊闕への道を迷っている鯉だと、兄弟分の姪御が連れた少年より低く評しており、底についても「御当主様より大きいと思います」と言う程度だ。


「田中様は大戦でいくつもの死線をくぐり抜けた方と同じ空気を持っています。以前綾瀬様を誘拐しようとした犯人を撃退した時に死線を彷徨ったそうですが、その時に纏ったものかもしれません。その程度で纏えるとしたら底がどうなのか想像できませんでした」

「あぁ・・・あの儂の兄弟分が処分したあの事件の時か・・・、確かにあの歳にしてはすげぇ事をしたと思うが、命のやり取りという感じでは無かったようだしな」

「えぇ・・・」


 まぁあの事件は、田宮家当主のゲンサイ殿が親父に紹介して店を手配させた、京都で冷水を食っていた呉服屋の娘が誘拐されそうになったという事件だ。店を手配するのに儂も見ていたので一応知っていたが、特に興味は持っていなかった。

 ただ、あの誘拐事件の時に、兄弟分が直接指揮を取り、犯人を処分したので、そんなにその呉服屋が大事なのかと思っていた程度だった。しかし、今回、その呉服屋が結婚した相手が兄弟分の失踪していた姉だと知り、あの事件は兄弟分の姪御が誘拐されそうになった事件だと知る事になった。


「リュウタ様も田中様の器を感じているようです。伊闕への道も田中様を道しるべに早く辿りつくことでしょう」

「おいおい、奴は儂の兄弟の縁者だぞ?儂が先に手を出したら兄弟の不興を買うだろ」

「身内に引き込む程度は問題ないのではないでしょうか。田宮の本領は西日本ですから東日本にある間は我々の身内として遇すると言えば名分が立つでしょう」


 山岡の奴は相当そいつを買っているらしい。


「そこまでパッとする奴じゃ無かったんじゃねぇのか?」

「えぇ、調べた所では、あの学校に入れた学力は優秀ですがそれでも中位です。スポーツはそこそこ優秀という程度。どちらも綾瀬様に比べたら平凡という感じです。田宮流の武道を嗜んでおりますが、中の上の腕前だと評価されていました」

「妹の方が上だとも言われていたんだったよな?」

「妹相手にする時は手を抜いて時折負けていたので、そういう噂を立てられていただけのようです。腕前だけでいえば上とは言えないけれど、精神性でいえば師範クラスで、実戦を積ませれば道場を1つ任せても良いそうです」

「本当の秘蔵っ子ってのは、妹じゃなく兄の方だったって事か?」

「いえ、田中様はあくまで身内を守るために鍛錬しているだけで、武術自体にはあまり関心が無いそうです。そういう意味ではシオリ様の方が意欲が高いそうで武術家向きなんだそうです」

「なるほど・・・」


 武道を志すには、時には馬鹿にならなければならねぇ。けれど田中は背負うものが多くて馬鹿になれないタイプなんだろう。そういう奴が武の頂に届く事はねぇが、そういう奴が弱い訳ではねぇ。そういう奴は、背負う物の為に何が何でも勝ちを拾おうとするし、そういう時には馬鹿には思いつかない手段を講じて来る。例えば敵前逃亡なんかがそれに当たる。勝てる時が来るまで逃げて逃げてひたすらと勝機を待つのだ。そうまさしく、我らが神である権現様がなされたようにだ。


「まだ実践を伴わないヒヨッコではあるんだよな?」

「えぇ・・・」


 今一度、山岡に対して田中を否定し、再考させてみる。山岡はとても賢い、こうやって否定の種を与えると、それを元にいくつもの否定要素を脳内に巡らせ始める。それでも肯定を貫くなら田中は本物だとみて良いだろう。


「・・・私は田中様の周囲に大器が集まり過ぎているという違和感を感じていました。桃爺様や桜爺様が高く買われている様子でしたし、御学友も高い器を持つ方が多かったのです」

「そりゃ、あの学校だし大器が多いもんだろ」

「はい・・・」


 あの学校は県下でも1つ飛びぬけた学校だしな。京都や武蔵府にある学校に比べたら少し劣るらしいが、それでも大器が集まりやすい。桜爺と桃爺に可愛がられているのも、孫娘の同級生だからだろう。兄弟分の姪っ子や、同じ水泳仲間に優秀な奴がいるって話だったが、別に交流があってもおかしくない。


「兄弟分の姪っ子に惹かれて集まったとかじゃねぇのか?あの美貌に才能だぞ?」

「それもあると思います。でも今日話しあいのあの場を支配していたのは田中様でした。綾瀬様は場の雰囲気に飲まれて青ざめておりました。桜爺様や桃爺様は田中様をフォローする心づもりだったようですが、田中様の様子から不要と判断し、話し合いの場には同席しませんでした」


 桜爺と桃爺が来るとは聞いてたが同席しなかったのか・・・。あの2人がお守り不要と判断するならそれなりの相手であった証明にはなるな。


「奴の家はそういう場に慣れている家なのか?」

「いえ、彼は完全に平民の出です。父親は今井物産の営業三課の係長、母親は主婦です。しかし、この家の家人だとしても恥ずかしくない対応を淀みなく最初からして来ました。私と同世代かそれ以上かと思うような貫禄もありました。とてつもないカリスマです。大器達は田中様のそういったカリスマによって集まっているのでは無いでしょうか」

「おいおい、そこまで高く買うかよ」


 成績は優秀ではあるがそこまでパッとしねぇ。家柄だって家格の低いその辺によくある奴らだ。たまたま兄弟分の姪っ子の婚約者をしているのが平民のガキじゃねぇって、そんな事あり得るのかよ。


「私は身内に引き込むべきと思います」

「どこまで引き込むべきだ?」

「バッジを渡すべきでしょう」

「直参を許すっていうのかっ!?平民のガキだぞっ!」

「今日来た3人に帰りまでに渡すべきです」

「なっ!」


 完全に引き込む気じゃねぇか! 権田のバッジは今日来たばかりの相手に手土産みたいに渡せるような軽いもんじゃねぇぞ!?それに、奴やその妹に渡すだけならまだしも、兄弟分の姪っ子にまで渡すっていうのは、兄弟分にナシつけとかねぇと関係に亀裂が入りかねねぇ事だ。


「今日はリュウゾウ様が立ち会うべきでした」

「儂はいないことになってるから出れんぞっ!」

「出ていれば私の言う言葉の意味が分かったと思います」

「・・・本気なんだな?」

「はい」


 儂は山岡の目を信じている。人を見る目では儂より優れているからだ。山岡の目を信じなければ、儂はあの地獄のような抗争を乗り切れなかったし、その後に疲弊した組織を立て直す事など出来なかっただろう。


「分かった、山岡にバッジを預ける、色は・・・」

「紫1青2です」

「分かった・・・」


 山岡は、バッジの中でも一番高い意味を持つ金章の縁取りの色が紫の奴を1つ要求しやがった。場によっては小刀より意味を持つ奴だぞ。


「リュウタにも紫を渡したと伝えてくれ」

「分かりました。多分すぐにご理解されると思います」

「あぁ・・・」


 紫は儂が直接そいつを見込んで渡したという意味になる。小刀と違いバッジは当主が亡くなった際は返納する必要があるし子孫にも継承は出来ない。しかし、当代の当主である儂に見込まれたという意味になるので、嫡男であるリュウタだって疎かに出来ない相手という証明になる。青より下ならまだ配下の推薦で渡す事もあるけれど紫は本当に別格だ。


 今回は、リュウタがしでかした事の尻拭いだし、親である儂が出たとあってはリュウタのためにならんと思い任せたんだが失敗だった。

 あとで部屋の録音だけでも聞いておくか・・・。


△△△


「親父! あいつを俺にくれっ!」

「あいつって誰だ?」

「あの田中だよっ!」


 山岡から俺が田中に紫を渡したって聞いたらしいリュウタが、儂の所に奴が欲しいと直談判して来やがった。


「紫の意味は分かるだろ?」

「くそぉ! 横から取られたっ! 親父はずりぃんだよっ!」


 どうやらリュウタじゃ自身の舎弟として田中を欲しかったようだな。しかし儂が直接見込んで渡したという意味を持つ紫の場合は、渡す訳にはいかない。


「そんなに凄かったのか?」

「あぁ、俺は初めて同年代を相手に震えちまった。謝罪の場じゃなければ勝負を挑んでみてぇし、いい勝負をするなら兄弟になりてぇ」

「お前ぇも山岡みたいな無茶を言いやがって」


 儂はあの抗争の鉄火場を潜って今の貫禄を得たが、リュウタの年の頃にはリュウタに比べたらかなり見劣りする出来だった。親バカかもしれんが、器のデカさでいえばリュウタの方が儂より上だと見ている。

 そんな大器であるリュウタは早熟でもあった。だから同世代で自身より上の存在に出会わず奢ってしまっている部分がある。それに強さの判断基準を腕っぷしの強さにしていやがる。強い個はカリスマとなり集団を形成するが、個でいる時は集団に負ける。それを反抗期が酷かった中学校の頃に指摘したら、小粒な奴らばかり集めてお山の大将をしやがった。最近は落ち着いて、木下や石川のようななかなか骨のある奴を従えるようになって来たが、それでもまだ勘違いしているし、自信過剰な部分が鼻につく事がある。この驕りは足元を掬う危ないものだ。何度か注意をしているが、まだ完全には反抗期を終えてねぇので聞きゃあしねぇ。

 でももし田中が山岡の見立て通りの奴ならリュウタの鼻をポッキリ折って、増長を抑えてくれる相手になる筈だ。山岡のいう通りリュウタが登るべき滝に辿りつくのも早くなるだろう。


「田中はリュウタの配下に収まるような器じゃねぇ、一度相手の方が上だと思って奴を見てみろ」

「はぁ!? 俺の方が弱いってぇのか!?」

「ルールのある試合ならお前が勝つかもしれねぇな。だがタマの取り合いになったらお前は負ける。それが分からねぇようなら手前ぇはまだその程度って事だ」


 儂は少しリュウタを煽ってみる事にした。山岡が言う大器だとしたらぶつけた方がリュウタが磨かれると思ったからだ。


「まさか俺が震えちまったのは・・・」

「魂の方でブルっちまったんだよ。ただ手前ぇはまだタマの取り合いをした事がねぇから気が付か無かったんだ」

「奴はタマ取り合った事があるっていうのかよっ!」

「今日一緒に来た婚約者と妹を誘拐しようとした3人に向かっていって死にかけた事があるんだとよ。小6のガキの時分だぞ?そんなガキが大人3人に勝ったんだ。手前ぇが小6の鼻垂れの時にそれが出来たか?」

「・・・出来ねぇと思う・・・」

「奴も命より大事なモノ背負ってなけりゃあ出来なかっただろうよ。手前ぇはまだ、それぐれぇ大事なもん背負った事がねぇんだ」


 死線をくぐり抜ける時に、大事なもん背負っている奴は強ぇ。タマの取り合いになった時の気迫で負けて格下にやられちまう可能性だってある。

 リュウタは下手に腕ぷしが強ぇから自身より強い存在に立ち向かって死線をくぐるなんて経験をした事がねぇ。儂なら今でもリュウタの壁になれる強さがあるが、どうしてもあいつの影がチラついてしまって手加減してしまう。しかも儂の威圧をリュウタは慣れちまってあまり効かねぇ。

 「親っていうのは子には勝てねぇし子は親の思い通りにはならねぇもんだ」と親父が儂に言っていたが、リュウタを見てその通りだなと思い知らされる。


 田中はリュウタの舎弟を3人同時に相手しても制圧するほどの強さがあるらしい。リュウタの腕っぷしは同世代では飛び抜けてやがるが、田中はある程度は拮抗しているんだろう。どちらにしても、リュウタと田中がぶつかればどんな反応になるにしてもリュウタにとっては勉強になる筈だ。

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