IF42話 後ろめたい気持ち
「どうじゃった?」
「非常に有意義な話でした」
「そうじゃろうな・・・」
どうやら爺さん達は、ハルカさんの境遇を知っていて、今日どんな話をされるのかも把握していたようだ。
「爺さん達って何者なの?」
「唯の植木屋と造園屋じゃよなぁ?」
「ちょっとだけ腕が良いぐらいかのぅ」
「絶対に違うよね?」
「ホッホッホ」と「カッカッカ」と笑いながらニコニコしている爺さん達を見て、本当に不思議な感じがする。もう悪を懲らしめて諸国漫遊する御隠居にしか思えない。そして多分サクラは毎回入浴シーンがあるクノイチ的なポジションだろう。
「じゃあ帰ろうかの」
「そうじゃの」
藤の間でお茶を飲みながらのんびりしていた爺さん達が立ち上がったので、桜爺さんの車が置かれている場所まで山岡さんに案内して貰った。広いので慣れないと確かに迷いそうな屋敷だもんな。
「こちらを納めて下さい」
「これは?」
「お三方が当家の身内だと示すものが入っております」
駐まで俺達を案内してくれている山岡さんの後ろからついて来る人が、一抱えある玉手箱の様なものを抱えているなと思っていたのだけれど、どうやらその中には俺達へ手渡すものが入っていたらしい。爺さん達を見ると頷いたので遠慮せず受け取った方が良いらしい。
「御当主様が下賜する小刀程の効力はありませんが、東日本にいる限り滅多な事は起きない程度の力はあるものなので、外向きの御用の際は身に着けて下さい」
「ありがとうございます」
東日本にいる限りって凄い効果だな。それより効果がある小刀ってどういうものなんだろう。
桜爺さんの車に乗り込み屋敷を出ると、桃爺さんが俺達が渡されたものについての説明をしてくれた。
「ミノルたちが渡されたのは、多分権田家の身内だと示すバッジだ。服の襟元などにつけると良いぞい」
「分かりました」
バッジを襟元に付けるってやっぱヤクザの構成員みたいだな。
「権田家は将軍家に近い家じゃから、軍や警察に強い影響力があるからの。海軍は公家の派閥が強いらしくて効力が薄いそうじゃが、普通に暮らしていく分にはかなり強い味方となるの」
「なるほど・・・」
平民が海軍に関わるなんてまず無いもんな。
「何かトラブルがあった時、警察で課長級以上の役職にこのバッジを見せればかなり優先して事に当たってくれるの」
「すごいですね」
「このバッジを見ても理解出来ないという事は、大した後ろを持たないという証明でもあるからの、遠慮なく制圧しても問題は無いんじゃ。ただ皇家や公家には効果が無いから、西日本では効きにくいと覚えておくんじゃぞ」
「充分過ぎると思います」
そういえば今和泉の婚約者は京都に住む公家の女性だって聞いた事があるな。今和泉には効果が薄いかもしれないな。
「こっちの小刀であれば効くんじゃがの・・・」
「どういった違いがあるんです?」
「これを抜いて相手に刃を見せると言う事は権田家が戦争を覚悟したという意味になる。鎺の家紋を見せた場合は最終勧告ぐらいかの。それでも引かないと言う事は、将軍家と全面戦争を辞さないというぐらいの意味になるんじゃ。バッジにはそういった意味は無いからの。権田の縁者だと知っても軽視してくる奴は早々おらんと思うが・・・」
それって西日本でも充分通用しそうに思うけど違うのかな。確かにこの世界の日本は西日本が皇族や公家、東日本が将軍家と華族の影響が強くて、美濃県と近江県の間辺りで国柄が変わると聞いた事がある。
俺の印象だとどうしても西日本とは親父とお袋の実家である筑豊県や長門県の男尊女卑なイメージになってしまうけれど、実際にはどうなんだろうな。
現在、京都から全国に向けて放映されている人気のトレンディドラマは、田舎から上京した優しくてワイルドな男性に惚れる京都の女性の恋愛話「京都ラブストーリー」、下町の貧民からボクシングを通して成り上がる男性とそれを支える女性とその周辺の人たちを描く群像劇「下町ボクシング」、お笑いを目指している女性とそのマネージャーをしている男性のすれ違いの悲恋「おもろければええんやで」の3つで、そこまで男尊女卑という感じはそれほど受けない。
東洋と違い、欧州の方では王族や貴族の当主に女性がなる事は一般的になっている。そのため、日本の男系主義に対しても批判的な事を国際組織から言われる事がある。現政府に批判的な傾向にあるメディアがそれを匂わせる趣旨の番組を作る事もあり、男系的な考え方は時代遅れという考え方を持つ人が日本でも増えているらしい。
△△△
家に戻ると、カオリの家に車があった。マサヨシさんは今日は早めに店を閉めたのか、既に家に帰って来ているようだ。
今日の事を説明するために、俺とカオリとシオリはカオリの家に入ると、マサヨシさんはリビングで辞書を片手に書類を見ていた。どうやらハルカさんの転院に関する書類を翻訳しているらしい。
英語が得意な俺かカオリかシオリに任せればすぐに翻訳できるものだと思うけど、マサヨシさんはハルカさんのために急ぎたかったのだろう。カオリの帰りを待てなかったようだ。
話をすると、マサヨシさんは、病院から提示された転院先の中から、日本語で会話できるスタッフがいる法人との契約に前向きになっていたらしく。今日は送られて来ていた契約書を翻訳していたらしい。渡航許可がおりていない段階であるにも関わらず、その法人から契約書が送られて来るのはかなり怪しいなと思った。
「日本語訳は無かったんですか?」
「入っていたよ、ただこの契約書に比べて文章が少ないんだ」
「何か怪しいわね・・・私達が翻訳するわ」
「すぐ終わるからマサヨシおじさん待っててよ」
日本語訳もそれなりの文字数があったけれど、確かに英語で書かれた契約書に比べて少ないように感じた。
「15枚あるな・・・5枚づつ手分けして翻訳しようか」
「そうね」
「じゃあ競争だね!」
「契約書だし、早さより正確性が大事だからな」
「私は間違えないわ」
「うっ・・・」
英語が得意な俺とカオリとシオリの3人がマサヨシさんに代わって翻訳したところ、カオリが6分、俺が10分、シオリが12分で5枚づつの翻訳を終えた。
カオリは読みながらそのまま翻訳を書き続け、俺は読んで日本語にして翻訳するのに1拍時間がかかっていた。俺とシオリの差はその1拍の時間の長さの差だった。
「カオリお姉ちゃんの倍もかかっちゃったよ」
「ここの漢字が間違ってるわ」
「正確性が大事なんだぞ」
「うっ・・・」
翻訳されたものを繋げて読むと、手術の事についてはその病院に一任し、結果について一切の異議申し立てが出来ない事になっている事や、違約に関する条項がかなり細かく設定されていて、こちらにかなり不利な文面になっている事が分かった。日本語訳らしものには、その罠とも言える部分が全く翻訳されておらず、それを読んだだけでは分からないようになっていた。
「手術費用は事前に聞いてたよりかなり安価ですけど、違約金がすごく高くなるようになってますね」
「違約される事を分かってて送って来たみたいだわ」
「これは酷いよ・・・」
「電話ではかなりフレンドリーな感じだったんだけどね・・・」
「詐欺師は天使の顔をしているっていいますから」
「お母さんの命を預ける相手が悪魔なんて笑えないわ」
「アメリカって怖い・・・」
シオリにアメリカに対する変な印象を与えてしまったらしい。
「詐欺師はどこの国でもいるからな。ハンコついて泣きを見る事はどこでもあるから、契約書は良く見ないと駄目だぞ」
「うん・・・」
「まるで経験者みたいに言うのね・・・」
「日本語訳が入っているのを見て、良心的だと思ってしまった私には耳が痛いな」
マサヨシさんが権田に渡されていた坂上病院の担当者に問い合わせたら、ハルカさんを転院させる話も含めて既に伝わっていて、こちらで全て準備しますと言われたそうだ。
契約書の件についても伝えたら、送り返していないなら特に相手先の病院との問題は起きないと言われたらしい。ただ、どこからかハルカさんの個人情報が流出している可能性があるので、転院手続きを急いだ方が良いとも言われたららしい。
つまり現在ハルカさんが入院している病院が怪しいと言う事なのだろう。アメリカの病院を懸命に探してくれていたように聞いていたけれど、海外の詐欺師と繋がっていたとしたら笑えない話だ。
「お父さん、良かったわね」
「あぁ・・・危ない所だったみたいだね。でも坂上病院は大丈夫だよね?」
「えぇ、そういう病院では無いと思うわ」
「それなら安心出来るけど、ハルカに嘘をつかなければならないのは、裏切るようで嫌な事だね」
「確執があろうと、お母さんは田宮の家にいるお爺ちゃんやお婆ちゃんにとっては可愛い娘なんだよ。先立たせる悲しみを背負わせたくないし、お金の面で不幸になって欲しくないって気持ちを汲んで欲しいって。それにまだ会った事は無いけど、私のお爺ちゃんとお婆ちゃんなのよ?」
「そうだね・・・もちろんこちらも助かる話だし受けるよ。海外のちょっと怪しげな病院で手術を受けさせるより、近い場所でハルカを支えられるというのはとても良い事だしね」
「うん・・・」
田中家と綾瀬家で進めていた色んな話もこれで必要なくなるのかな・・・。俺とカオリの縁という意味では鎖というか楔というかそういうものはもう必要ないわけだし。
「今親父が進めている話をどうするか決めなければならないと思います。それに俺とカオリの婚約も解消となるのなら早めにした方が影響が少ないと思います」
「そう「しないわ!」」
マサヨシさんがそれに答えようとした時に、カオリがそれを否定するように叫んだ。
「私はミノルとの婚約を解消する気は無いわよ!?ずっと一緒にいるわっ! 支え合うのよっ!?今回の件で私は弱いんだと知ったの! ミノルに支えて欲しいのっ!」
「・・・カオリ・・・」
「そうなのかい?」
カオリは早口で俺との婚約解消の件を否定した。確かに色んな事で、カオリの精神的な脆さが露呈してしまっていた。だけどそこまで俺との婚約解消を否定する事は無いんじゃないかと思う。
「カオリはハルカさんと同じ様に、暴力的な事に対して耐性が無いみたいです。今回そういった事が続いて、カオリは少し取り乱しているんだと思います」
「・・・暴力的な事にあったって・・・」
「権田家に招かれる際に少しだけ怖い思いをしました。その際にカオリは小学校の時の誘拐騒ぎを思い出して取り乱してしまったんです」
「そうだったのかい・・・」
カオリと婚約解消などは本当はしたくない。でも俺はちゃんとカオリに追いついてから告白したいと思っていた。
「カオリも落ち着いて考えて欲しい。俺はカオリから離れたりしない。でも俺はカオリに追いついてから告白したいと思ってたんだ」
「そんな事無い! もうミノルは私に追いついているのよ?」
「どこが追い付いているんだ?」
「私を支えてくれているじゃないっ! ミノルがいないと私怖いのっ!」
こんなカオリは今まで見た事が無かった。いつもの強くて落ち着いたカオリの姿はそこには感じられなかった。
「ミノル君」
「はい」
「今の私にはミノル君がカオリを捨てようとしているようにしか見えない。カオリは色んな事があって自身がミノル君に支えられていると気が付いたんだと思う」
「俺にですか?」
「カオリにはミノル君が必要なんだよ。悔しいけど今回私はハルカだけを見てしまい、娘であるカオリを見きれていなかった。今、カオリを支えているのはミノル君だよ」
「そうですか・・・」
それは俺にとっても願ったり叶ったりだと思う。でもそれで良いのだろうか。何かカオリの弱みに付け込んで婚約を続けているような、後ろめたい気持ちがするのだけれど・・・。
「お兄ちゃん・・・良かったじゃん」
「そうだな・・・」
そうだな、俺とカオリは婚約者のままだ。良かったのだと思わなければいけないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます