IF40話 縁は異なもの味なもの
その後、部屋に運ばれてきたのは軽い食事とは思えない御膳だった。
新米と栗のご飯、イナダの塩焼き、鮑の刺身、桜海老のかき揚げ、蕪の白煮、松茸の茶碗蒸し、銀杏と生麩のお吸い物、ゴマ豆腐で、少しづつ盛られているため、多すぎるという訳ではないけれど、心と体にかなり満足感を感じる食事内容だった。
「凄い美味しいね」
「目でも楽しませるといった感じだな」
「この家では少し良い程度の食事ではあるの。夜に招かれた時はそれこそ豪勢といった感じになるからの」
「これで豪勢じゃないんだ・・・すごいなぁ・・・」
「これだけのお屋敷を構える家って事だろうね」
「そうじゃの・・・」
爺さん達の話だと、俺達が招かれた藤の間というのはこの家では3番目に格式の高い部屋なんだそうだ。
1番目の部屋は名前がなく、身内だけの催事や上位の客をおもてなしする時に使われる部屋で、そこに招かれる事はあり得ないそうだ。
2番目の部屋は葵の間と呼ばれる、この屋敷の中で1番庭が綺麗に見える部屋で、基本的に当主が大事にしている客をもてなす部屋らしい。桃爺さんや桜爺さんも、先代から小刀を拝領した時に、その部屋で食事を振る舞われたそうだ。
「リュウタ坊が主催の席で藤の間を使うという事は、かなり異例な事じゃの」
「藤の間は当主が普通の客に食事を振舞う部屋なのじゃが、嫡男であるリュウタ坊が使うには格式が高いんじゃよ」
「それは桃爺さんと桜爺さんたちの身内だからでしょうか?」
「あり得んの、儂ら程度でも4番目の梅の間か、5番目の牡丹の間じゃよ」
どうやらこの屋敷には結構客を招く部屋があり、客層によって部屋が変えられているようだ。
「今回、藤の間で招かれる理由は何故でしょうか?」
「それはカオリ嬢ちゃんじゃの」
「カオリですか・・・」
「まぁ、それはリュウタ坊から話があるじゃろう」
「分かりました、今は聞かないでおきます」
カオリは食事によって少しは顔色が良くなっていた。目と匂いと味で楽しませる食事は緊張をほぐすのに効果的だったようだ。
「御歓談中申し訳ありません、リュウタ様の準備が出来ました。お食事がおすみであれば応接室にご案内しますので、宜しくお願いします」
「分かりました」
お膳が下げられ、お茶のお替りを飲んでいる中、山岡さんがやって来て部屋の移動を伝えて来た。
当主が対応しないという事もあり、爺さん達から「ミノルがおれば大丈夫そうじゃの」「付き添いはここまでとするかの」と言われ、俺とカオリとシオリの3人で向かう事になった。山岡さん的にも問題無いらしく「こちらへどうぞ」と案内された。
案内されたのは毛足の長い絨毯がひかれ、革張りのソファが置かれた煌びやかな洋室だった。壁側には装飾品が飾られた棚や本棚があり、落ち着いた雰囲気の藤の間よりも金持ちの家だなと庶民が感じるような部屋だった。
部屋の中には3人の同じ歳ぐらいの男性が立っていた。その内2人はあの日接触した木下と石川だったので、見覚えのないもう1人がカオリを攫うように指示したリュウタなのだろう。
「本日は当家へご来訪下さりありがとうございます。私は権田リュウタと申します。本来は当主リュウゾウがお招きすべきところですが、所用で出ております。私が代理でこの場を仕切らせて頂きますのでご理解を下さいますようお願い申し上げます」
「私は田中ミノルと言います、後ろにいるのが私の婚約者の綾瀬カオリと妹の田中シオリです。よろしくお願い申し上げます」
奥の右側の上座から俺、カオリ、シオリの順で座り、左側の上座に権田、木下、石川の順で座った。
「まずはこちらの不手際によりそちら様にご迷惑をかけた事をお詫び申し上げます」
「「申し訳ありませんでした!」」
まずは向かいに座る3人が深々と俺達に頭を下げてきた。
「謝罪を受け入れます、カオリもシオリもそれで良いよな?」
「うん・・・」
「えぇ・・・」
美味しい食事も食べられたし、蟠りなく解散となる方が俺達にとっても都合が良いだろう。
「ただ、何故カオリが狙われたのか理解が出来ません、その辺を説明頂けるとこちらも胸の痞えが取れます」
「その話は内密にした方が宜しい話になります、木下、石川、外に出ろ」
「「分かりやした!」」
そういうと木下と石川は立ち上がり部屋を出て行った。これからするのはハルカさんの出生の話になるのだろう。こんな屋敷の住人が内密な話と言って切り出す事だ。かなりの大きな話になる気がして背中から嫌な汗が噴き出すのを感じた。
「まずは、綾瀬カオリさん。あなたはお母上から産まれについて何か聞いておりませんか?」
「・・・天涯孤独だったと聞いております。孤児として生まれ、流れ流れてこの街にやって来て、父と出会い結婚したと私には話していました」
「お母上の旧姓は?」
「田宮です」
ハルカさんの旧姓は田宮だったのか。それは初めて知ったな。
「田宮ハルカ様は、京都の田宮本家の御息女に当たります」
「田宮本家?」
「田宮銃剣術を全国に広めらた開祖の家です。全国各地にいる田宮家と分けるために田宮本家と呼ばれています」
「・・・」
またとんでもない家の名前が出て来たな。
その家は、全国で数百あると言われる田宮銃剣術道場を取りまとめている家だ。門下生だけでも約1万人いる。
日本軍や警察などの戦闘訓練の指導者を担っている事が多いため。田宮銃剣術を嗜んだ人の数だけなら、日本だけでも30万人を超えているとジュンは言っていた。江戸時代以降、武道では無くスポーツ競技として発展していった柔道や剣道の競技人口が約10万人前後と言われているので、それよりも多い事になる。
ただジュンから聞いたところ、田宮流銃剣術の前身となる、田宮流居合術は歴史上どこかの有力者に囲われた事は一度もないらしく、あくまで武の研鑽と流派を広める事に注力し続けたため、家格自体は低いらしい。
有力者同士が争う際には同門同士が殺し合う事があったそうだけど、田宮本家自体は中立を貫いたそうだ。
そういった政治的な中立性を貫き、派閥を作らなかったため、警察や軍部の上層部には一門は殆どいないらしいけれど、現場指揮官クラスの多くは田宮流から輩出されているため、日本の武の最高峰と言われる事がある家らしい。
ちなみに俺が通っている田宮銃剣術道場の息子であるジュンも田宮家ではあるけれど江戸時代に別れた、全国に数百カ所ある田宮道場のいくつかを任されている家になるらしい。それでも親父さんが武蔵府の日本軍や相模県警の戦闘訓練の指南役として出向いていたりと、日本軍や警察にそれなりの影響力がある家なんだそうだ。
「ハルカさんの出生の秘密については分かりました。権田様は、それが理由でカオリを攫うよう配下に命令したのですか?」
「それはこちらの手違いです。元々は連絡が取れるかとある者に伝えたのです」
「あるもの?」
「そちらから転校して来た立花タカシという者にです」
「彼ですか・・・」
ここで立花の名前が出て来るとは思わなかった。確かに姉妹校に転校はしたけれど、こんな風に干渉できる奴には思えなかったからだ。
「配下をつけたら私の前に連れて来れるというので、私の手のものに立花タカシの指示を聞くように言って任せてしまいました。まさか攫おうとしてたとは思わず、こちらも経緯を聞き驚いた次第です」
「なるほど・・・そういった手違いがあったのですか・・・」
3回連続同じデートスポットに行ったから不良に絡まれるというゲームのイベントでは無かったのかもしれない。まぁどちらにしても平和裏に済みそうなので安心できた。
「それでカオリを呼び、どうするつもりだったのですか?」
「実はハルカ様が難病にかかっている事を知り、助けたいと伝えたかったのです」
「えっ?何故?」
「田宮本家の嫡男である田宮ソウジ様は、権田家当主の権田リュウゾウの義兄弟にあたります。田宮ソウジ様は綾瀬ハルカ様の実の弟にあたり、権田リュウゾウにとっても義理の姉の様な存在となります」
「・・・なるほど・・・」
権田家は田宮本家とつながりが深い家だという事か・・・。
「ハルカさんを助けるとは、具体的にどういう事ですか?金銭的に援助を頂けるという事でですか?」
「ハルカ様のご病気は骨髄移植をする事で完治が可能と聞いております」
「はい、現在早期にドナーが見つかりそうな海外にハルカさんを渡航させる準備をしている所です」
「田宮本家にはドナーとなれる可能性の高い親族が多くいます。身体的にも金銭的にも負担が大きい海外での手術は不要になる可能性があります。また、我々の様な存在が利用している坂上病院には骨髄移植を何例も成功させた医療スタッフが存在しています」
「坂上病院・・・」
坂上病院は街から少しだけ離れた所にある私営の総合病院だ。だけど地元ではあまり評判が良くはなく、藪医者だと言われていた。
「坂上病院は、所謂闇医者と呼ばれる存在が運営している病院になります。我々の様な存在は、無防備な時に敵対勢力に狙われたりします。それに銃創や刀傷などあまり公にできない傷の治療をお願いする必要があったりします。死亡を隠匿するため極秘裏に亡骸を保管したり、自裁の場を提供しその死を辱めないよう自然死として処理したりと、一般的には理解が得られない事もしていたりします。だから来訪者が来にくい場所に建っていますし、あまり良い評判が流れないようにしています。だから藪医者などとも呼ばれていたりしますね」
「そういう事ですか・・・」
どうやら坂上病院は色々訳ありな病院らしい。
「闇医者と言いましても、医療スタッフは全員国家資格の医療免許を取得していますし、正式な病院として開業しております。専門家にしか取り扱えない道具や薬剤を確保したり、死亡診断書を発行したりと、無免許で開業するよりも体裁を整えておいた方が便利なんです」
「なるほど・・・」
「ハルカ様の施術には日本有数の腕を持つ医師を複数付ける予定です。ですから坂上病院に転院させて頂いて欲しいのです」
話の内容は良く分かった。これはカオリにとって嬉しい話だろう。けれどこの話をカオリが最初に聞くのは間違っている気がする。当事者とその旦那が真っ先に聞くべき話だからだ。
「それは我々にではなく、マサヨシさんかハルカさんに言えば良いのではないですか?」
「えぇ、確かにそうなのですが、ハルカ様は御実家とかなり確執がある方のようでして、我々が動いたと知ると拒絶するかもしれないと田宮本家から言われているのです」
「確かに母は、私が田宮道場に通いたいと言った時にすごく嫌がったわ・・・」
カオリは俺が親父から田宮銃剣術道場に通うよう言われた時に、同じように通いたいと言っていた。けれど暴力的な事が嫌いなハルカさんに大反対された事で断念したと聞いた。実際は実家との確執で娘を関わらせたくないと反対したのかもしれない。
「私もその確執の内容については当主リュウゾウから聞いておらず分かりません。ただハルカ様は御実家の手で助けられるぐらいなら死を選ぶのではと田宮本家が思う程の事はあったようです」
「それでカオリに声をかけたという事ですか・・・」
「はい・・・」
娘を残して先に逝く事も許容する可能性がある確執って何だろう。平民には理解出来ない話なのだろうか。
「海外での手術を準備している段階と説明を受けましたが、現在それらの契約に必要な渡航許可の発給手続きをこちらで止めています。あの国は、契約した後に解約すると莫大な違約金を請求してくるので、進めてしまうと非常に面倒なのです」
「なるほど・・・」
丁度今海外の転院先を選んでいる最中でまだ決まっていないと聞いている。けれど決まらない理由がそういう事なら納得だ。
国内で手術出来る事で金額の負担が減るというのは大きい。ハルカさんの治療を行うというのは、田中家と綾瀬家の現在の資産を全てつぎ込むに等しい費用がかかる事だからだ。それに、海外への移動というハルカさんへの体への負担も減るし、親族というドナーとして最適な相手が見つかる可能性が高い提案だ。はっきり言って乗らない方がおかしい。
「父に話しても良いでしょうか」
「ハルカ様にご内密に頂けるなら問題無いと思います。あっ・・・そうでした。33年前、綾瀬マサヨシ様に店舗を紹介したのは田宮本家の当主であるゲンサイ殿です。そして、それを実際に手配したのは当家の先代当主のリュウノスケになります」
「えっ!?」
「田宮ゲンサイ殿が、京都で贔屓にしていた職人であるマサヨシ様が家を追い出されたと聞き、勿体ないと思い、遠い地に住むわが祖父リュウノスケに相談して店を用意させたそうです。マサヨシ様がハルカ様とご縁が出来ているとまでは把握しておらず、先代も急逝したためそういったご縁があった事を現当主リュウゾウが知ったのは最近だったそうですが」
「そんなご縁が・・・」
「縁は異なもの味なものと聞きますが・・・」
「えぇ・・・その通りね・・・」
なんか滅茶苦茶縁が深い家だな。こんなに近くに住んでいたのに、お互いに知らないでたのはとても驚きだ。
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