IF39話 接遇

「何か面倒事に巻き込まれたようじゃのう」

「すいません、勝手に名刺を渡してしまって」

「いいんじゃよ、別に困っておらんからの」


 翌日、桜爺さんから電話があり、権田リュウタという人が謝罪の場を設けたいと言っていると伝えられた。謝罪の場所は権田というヤクザの家で、そこに俺とカオリとシオリを招くそうだ。どうやら俺はかなりヤバい人と関わりを持ってしまったらしい。


「俺達、かなりヤバい事になっているんでしょうか?」

「あちらが謝罪をしたいと言っておるんじゃ、大丈夫じゃよ。あの家はだまし討ちを嫌う家だからの」

「そうですか・・・」


 権田という家は、地元でヤクザと恐れられているけれど、その実態は良く分からない。悪さをしたとか構成員が捕まったとか、そういうニュースを聞いた事が無いのだ。

 ただ権田の関係者を名乗り悪さをする人は時々出てくる。そういった人が知らずに消えてしまうので、それらを含めてかなり恐れられていた。

 

 この街は、かつてかなりヤクザ同士の抗争で荒れていたそうで、そのせいでそれを恐れている。ただ現在は周囲の街よりかなり治安が良くなっているため、権田の家が幅を利かせて敵対的な勢力を排除したからだと言われている。


「儂と桃もその場に同席するからの」

「良いんですか?」

「問題ないわい、儂も桃もあの家に出入りしておるんじゃぞ?」

「そうだったんですか?」

「儂と桃の小刀もあそこの先代から貰ったものなのじゃよ、だからあの家の身内なんじゃ」

「えっ?」

「まぁ大っぴらに言う事では無いからの。ここだけの話にするんじゃよ?」

「・・・わかりました」


 先代というと、かなり武闘派のヤクザだったそうだけど、抗争が激しかった頃に敵対勢力の襲撃を受けて亡くなった人だよな。


「少しは安心したかの?」

「はい、かなり安心しました」


 ヤクザと思っていた相手の身内が身近にいたとは知らなかった。そういえば爺さん達だけじゃなくサクラやジュンも、この家の事になると口が重くなってたな。多分色々知ってはいるけど言えない事があったんだろうな。


「当日は儂が家まで迎えに行くからの」

「分かりました、宜しくお願いします」


 俺とカオリとシオリの3人招かれているし、普段桜爺さんが乗っている軽トラで迎えに来るって事は無いよな?もしそうなら、俺とシオリは道路交通法に違反してるけど荷台かな?

 そういえば恰好はどうしたら良いのかな?学生だし無難に制服が良いかな?


△△△


「こんな車も持ってたんですね」

「あぁ、色々うるさい家に行く時の車じゃな」

「なるほど・・・」


 桜爺さんが俺達を迎えに来た車は黒塗りのライトバンだった。国産の最高グレードのもので、セダンタイプではないけれどかなりの高級感をその車体からは感じた。後ろに普段は植木職人としての機材を乗せていると思われるスペースがあるけれど、運転席と助手席の他、あと3人は座れそうな座席があったので、俺とカオリとシオリが乗っても大丈夫だった。助手席に桃爺さんが乗っていたので、俺とカオリとシオリが後部の座席に乗り込んで、ヤクザの家に向かう事になった。


「そこまでの距離は無いが、一応説明するからの」

「説明ですか?」

「あぁ、ただのヤクザの家に行くんだと思っておるようじゃからの」

「という事は・・・違うんですね?」

「そうじゃの」


 桜爺さんが運転している間、桃爺さんが権田家という家がどういう存在かを俺達に説明をしてくれた。

 権田家は対外的にはあまり知られていないけれど、将軍家の祭事を司り、現在、相模県とその周囲を縄張とするかなり位の高い華族らしい。

 俺達庶民がヤクザの抗争と思っているものは、海外貿易港、軍港、国際空港、外資系企業などかなり国際色が豊かな土地柄に目を付けた仮想敵国の意を汲んだマフィアが、権田家の利権に介入した事から始まり、それを軍や警察の特殊部隊などまで出てそれを撃退したという静かな戦争が表に現れた部分だったそうだ。

 国家間の戦争にならないよう、対外的には民間組織の縄張争いだったとういう形を取っているため、権田家に関する情報はかなり隠匿して流すようになっているらしく、一般的には知られていないらしい。


「そんな話をなんで俺達にするんですか?」

「これからお前達も身内になるからじゃよ」

「えっ?」

「・・・どうやらカオリ嬢ちゃんは、かなり厄介な立場にいるみたいでの」

「カオリがですか?」

「うむ、あちらで説明を受ける筈だから儂らは言わんが、御母上の出生に関わる事での」

「ハルカさんは天涯孤独という事でしたが・・・」

「違うようじゃの」


 カオリの方を見るとかなり驚いた顔をしていた。

 ハルカさんはかなり雰囲気のある女性だ。出生に秘密があると言われたら、そうなのかと思ってしまう所がある。とはいえ実際にそうだと言われても信じられないというのが現実だろう。特に実の娘であるカオリからするとそうなのだろう。


「さぁついたの、まぁ徒歩でもそこまで遠くない距離じゃからすぐじゃったの」

「今回はこちらが客人じゃ、大きな粗相がない限り特に何も言われんから、普段通りで問題無いからの」

「分かりました、さぁ降りよう」

「うん・・・」

「えぇ・・・」


 シオリもカオリもかなり緊張しているようだ。特にカオリの顔色はかなり青ざめていた。オルカと違い、カオリは部活の前に日焼け止めを塗っており、そこまで日焼けが強くないため顔に出てしまっていた。


「大丈夫だよ、爺さん達もいるしね」

「えぇ・・・」


 カオリはこういう逆境のような事にあまり強くない事が最近分かった。優秀すぎたため、ある意味順調に生きて来たから慣れていないのだろう。

 俺やシオリは田宮銃剣術道場で精神鍛錬で、圧倒的強者である先生との組手で、かなりの威圧感をぶつけられてきた、その中で気合を入れて立ち向かうなどの経験があるので、ある意味慣れている部分があった。


「ふむ・・・、ミノルとシオリの嬢ちゃんは問題無さそうじゃの」

「えぇ、田宮の道場で強者に向き合う経験をしてきましたから」

「私は少し震えているよ」

「声が出せるだけ充分じゃよ、初めて連れて来た奴は真っ白になって何も言えなくなるからの」


 まだ家の中に入って無いのにこの威圧感が出せるというのは凄いものだな。もちろん桃爺さんや桜爺さんが手入れしている庭を含めた、家の持つその格式によるものもなのだろうけどな。


「ふむ・・・せっかくじゃし何事も経験じゃの。ミノルのお手並み拝見としようかの」

「桃はなかなか意地悪じゃのう」


 どうやら今後の対応は俺任せにするつもりらしい。まぁ何かあったらフォローはしてくれると思うけどね。


「お待ちしておりました、本日は当家にご来訪頂きましてありがとうございます、私は本日皆様の案内役を務める山岡と申します」

「こちらこそお招きいただきありがとうございます、私は田中ミノルと申します、こちらにいますのが婚約者の綾瀬カオリ、そして妹の田中シオリです。そして付き添いで来て頂いた桜山マツゾウ殿と桃井ハナミチ殿です。宜しくお願いします」

「・・・本日は御当主様が不在となっており、御嫡男のリュウタ様の主催の席となっております、まずは藤の間にお食事を用意しますのでお寛ぎ下さい」

「ご丁寧にありがとうございます」


 案内役らしいかなり細い目をした男性が車を降りた俺達に声をかけて来た。俺がちゃんと返答した事に驚いたのか細い目が一瞬目が見開き、少し口ごもったけれどその後はスラスラと用意していたと思われる言葉を続けた。


「こちらが藤の間になります」

「ありがとうございます」


 案内されたのは見事な庭と池が見える部屋だった。席が5人分作られているので相手側は同席しないのだろう。

 俺は奥の上座の席に桜爺さんを座らせ、2番目に桃爺さん、3番目に俺、4番目にカオリ、5番目にシオリを座らせた。本来は男系の祖父である桃爺さんが上位に立つべきなのだが、今回の俺達の窓口に立っていたのが桜爺さんなのでそちらを上位にするのが正しいと思ったのだ。


「すぐにお食事を用意しますのでお待ちください」

「分かりました」


 山岡さんが部屋の襖をスッと閉めると、早速ニコニコしていただけの爺さん達が口を開いた。


「ミノルはなかなか見事な対応をするの」

「そうじゃの、まぁ上座は儂らじゃなくミノルと嬢ちゃん達が座るべきじゃがの」

「謙遜と捉えられるし問題無いじゃろ」

「まぁそうじゃの」


 どうやら爺さん達のお手並み拝見については合格点と言える対応が取れたらしい。こういうのは前世の社会人の時、接遇の研修とやらでやらされたからな。すぐに会社が倒産してその後は使わなくなったけれど、大事な顧客に不快感を与えるなとかなり厳しく指導されたので、今でもそれが身についていたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る