IF38話 フラッシュバック
「お嬢さん、ちょっとついて来て貰えねぇか?」
「えっと・・・あなた達は誰ですか?」
「兄ちゃんには用事はねぇんだ、その綾瀬って女にだけ用事があってな」
「・・・なるほど・・・」
日曜日、シオリがカオリと参考書を買いに出かけると言っていたので俺も一緒にショッピング街に行くことにした。丁度ランニングシューズがヘタってしまい、買い替えたいと思っていため、八重樫の実家であるスポーツ用品店に行こうと思っていたからだ。
しかしもうすぐでショッピング街の丹波書店という所で、突然不良達5人に声をかけられてしまった、どうやらゲームで3回連続で同じデートスポットに行くと不良に絡まれるというイベントが発生してしまったらしい。
先々週の日曜日は、桃爺さんの手伝いで城址公園内の花壇の手入れをした時に、苗が足りなかったので桃井生花店に寄って不足分を補充したため、そこでサクラと会っていた。
そして先週は、俺とカオリと依田とオルカの3人でダブルデートでシュッピング街に来ていた。
そして今日、カオリとショッピング街に向かったため3回連続だとカウントされてしまったらしい。
「お兄ちゃん・・・」
「ミノル・・・」
シオリが怯えているようだけど道場で鍛えている分まだ精神的に平気そうだった。けれど、ターゲットになっているカオリは震えていて完全に怯えている感じだ。見様見真似である程度の護身術が使えるようになっても、俺達のように道場で精神的に鍛えたりしていない事が大きいのだろう。
「シオリはカオリを守ってくれ、俺がヤバそうなら手を引いて逃げてくれ」
「分かった!」
「・・・」
以前、こいった状況からは逃げろと親父から言われたけれど、ゲームでは逃げるというコマンドが無い強制イベント戦闘だった。だからそのつもりで対処しなければならないと思って気合を入れることにした。
「おいおい、俺達5人に向かって来るのか?」
「あぁ・・・これでもカオリの婚約者でな。それに俺は怪しい奴に女を引き渡して平気な精神構造はしてないんだ」
「その根性は好きなんだが・・・困ったな・・・」
何だろう?ゲームでは不良達は問答無用でかかって来たけれど、リーダーっぽい奴は結構理性的だった。
「なんだよ、この兄ちゃんボコしてその怯えてる女を攫えば良いんだろ?」
「そうだぞ! 女2人を連れている様な軟派野郎だ!」
「さっき、そっちの元気な方が、こいつをお兄ちゃんと言ってたぞ?兄妹なんじゃないのか?」
「なんか気が乗らねぇ・・・」
「さらった後にでも確認すりゃ良いだろ!」
なんか意見が分かれているようだ。そういえばゲームでは不良達は3人で襲い掛かって来たな。なるほど、理性的なのが2人で戦闘意欲が高そうなのは3人だ。リアルだとこういう風になるんだな。
「妹の参考書を買って早く帰らなければならないんだ、戦うのか戦わないのか早く決めてくれ」
「おいおい、俺達舐められてるぞ?」
「それを聞いたら引くわけにはいかねぇな」
「うーん・・・なんか俺達が間違っている気がするぞ、それにこの落ち着きようは普通じゃない」
「俺は反対だ、リュウタさんにちゃんと伺いを立てるべきだ」
「全員でかかれば一瞬だろ!」
やっぱり戦闘意欲が高いのは3人だ。
「そこの積極的な3人だけでもかかって来たらどうだ?」
「舐めやがって!」
「おいっ! その言葉後悔するなよっ!」
「あー・・・じゃあ、小和田、豊島、徳井の3人でやってくれ、俺と石川は様子を見させて貰うわ」
「それが良いな・・・」
「絶ってぇ許さねぇ!」
そんなやり取りのあと、5人の中で仕切っている理性的な奴と交渉し、カオリとシオリには絶対に暴力を振るわないという約束をさせ、周囲に迷惑をかけない場所が良いという事で、河川敷に行って喧嘩をする事になった。
確かにゲームで戦闘パートになる時は背景は、どのデートスポットでも河川敷になっていた。なるほど、リアルではこうやって移動するものなのか。なんか不思議なもんだな。
5人を仕切っていたのは一番冷静な木下という奴だった。河川敷につくと、そいつの「始め!」の合図で俺1人対不良3人の喧嘩が始まった。
結果としては余裕だった。田宮流には合気道的な技があって、多人数を少ない労力で制圧する術に長けていたからだ。
不良達は、空手や柔道を嗜んでいて、喧嘩慣れもしているようだけど、攻撃は単調だった。シオリやジュンに比べたら素人同然で、2人を躱しながら1人を制圧する事に何の問題も起きなかった。
「つえぇ・・・」
「何か武術をしてやがるぞ・・・」
「あぁ・・・田宮流銃剣術の護身法だな・・・しかも結構な熟達者だ」
「木下さんじゃねぇと勝てねぇよ」
「俺は手を出さねぇよ、そういう約束だからな」
どうやら木下は、見た目に反して紳士的な奴のようだ。
「俺が勝ったんだから帰って良いよな?」
「あぁ、迷惑をかけて悪かったな」
「その用事があるって奴に直接来て貰った方が良いんじゃないか?リュウタだっけか?」
「まぁ・・・それが筋なんだが・・・リュウタさんは不器用な人でな」
「不器用だからって男5人で女1人を婚約者の目の前で攫うって、かなりヤバいぞ?」
「まぁそうだな・・・だがリュウタさんからそう命令を受けているみたいで仕方なくな」
なんか人づてで命令を受けたみたいな言い方だな。本当にリュウタって奴がカオリを攫えと言ったのか?
「そのリュウタっていうのは、あんたみたいな奴が慕うぐらいの人なんだろ?そいつは集団で女を攫って喜ぶような人間なのか?」
「いや、女に手を出すのは許さねぇお人だ」
「じゃあ変じゃないか?」
「あぁ・・・だから俺は様子を見させて貰った」
なるほど、この木下って奴は命令の指示者と内容に違和感があった訳か。不良っぽい見た目だけどかなり理知的な奴だ。将来インテリヤクザ的な奴になりそうだな。
「そうか・・・あんたが信頼する人なら俺も直接会っても良いと思っている、カオリになんの用事か聞きたくもあるから、ちゃんとそのリュウタって奴と話をしてからまた来てくれ」
「あぁ分かった、だがリュウタさんをあまり舐めない方が良い、あの人はスゲェ人なんだ」
「了解した、だがそれなら猶更その人の顔に泥を塗る様な事をするなよな」
「こちらもその件了解した」
感情的だった小和田、豊島、徳井と呼ばれた3人は随分と大人しくなっていた。こういう人種っていうのは力を示すと急に大人しくなるんだな。
「じゃあこれは俺の名刺だ、知り合いの爺さんの会社でバイトしている時のもので悪いが、ここに電話をして伝言すれば俺にも連絡が付くぞ」
「分かった・・・って桜爺さんの会社!?」
持ち歩いている財布には桜爺さんの会社と桃爺さんの会社の名刺を3枚づつ入れていた。時々、仕事ぶりを見回りに来る役所の人が初対面だったら、どちらかを渡すよう言われていたからだ。
まだ運転免許証などの身分証は持ってないので、学生証かこの名刺が俺の一番の身分証になっていた。
どちらを渡しても良いと思うけれど、桜爺さんの会社の方が家から近いので、そちらを渡しておいた。
木下って奴は俺の桜爺さんの会社の名刺を見て驚いていた。そういえば爺さん達は、チンピラ風の人にも道を譲られる程の人達だったな。
「あぁ・・・後ろの2人も含めてだが、俺は桜爺さんや桃爺さんの孫のサクラの幼馴染でな、その縁で俺も時々爺さん達の公園整備の仕事を手伝っているんだ」
「し・・・失礼しやしたっ! おい! この方々は桜爺さんと桃爺さんの縁者だぞっ!」
「「「ひぇ~」」」
なんかもう絡まれる事は無さそうだ。ゲームのイベントでは、不良達は負けると「畜生っ! 番長に報告だっ!」という捨て台詞を吐いて去っていくものだったけれど、随分と違う感じになってしまった。
「すいやせん! あとでちゃんと謝罪をさせていただきやす!」
「いいよ、特に被害は無かったから。それよりちゃんとリュウタって人に言っておいてくれよ?」
「へいっ!」
そんな感じで5人の不良達は駆け足で去っていった。逃げ足とは違う筈だけどそんな感じの慌てっぷりだ。
「お兄ちゃん、私と組手するとき手加減してるでしょ?」
「例え武道でも妹を相手に本気で戦えないよ。でも、シオリでも今日相手した奴らなら制圧出来ただろ?」
「あの3人なら2対1ぐらいまでなら出来そうだけど、後ろに控えてた木下って人と石川って人には1対1でも敵わなかったかもしれない。体格からして凄かったし、隙が無さそうだった」
「あぁ・・・木下の方はかなり体の厚みがあったし、石川の方はタッパがあってリーチが長そうだな。確かにあの2人は俺でもきついかもな」
「だね・・・、はぁ・・・あんな人に絡まれるなんて、もっと鍛えないといけないなぁ・・・」
「こんな事なんて早々無いだろ」
「だって・・・またあの小学校の時の様な事になるんじゃないかって思ったんだよ?」
「一応正面から話しかけて来たからな、誘拐とは違うと思ったんだ」
俺やシオリは結構落ち着いた態度で当たる事が出来ていた。けれどカオリはそうではないようだった。
「カオリちゃん・・・大丈夫だよ?」
「あぁ・・・あの時の事を思い出させちゃったようだな・・・っておっと!」
カオリはその言葉で緊張が解けたのか、その場にへたり込みそうになったので、抱き留めた。河川敷で下が土なので、カオリの服が汚れてしまうからだ。俺の服もさっきの喧嘩で土埃がついているけれど、一度も倒れてはいないのでそのままへたり込ませるよりマシだろう。
「もうあいつらはいなくなったから大丈夫だよ?」
「ごめんな、カオリがこんなに怖がるなんて思わなかったんだ」
カオリは俺の胸に顔を埋めて泣き出した。誘拐のターゲットとして男達に狙われた過去の事件と今回の男達に狙われた事がリンクして記憶がフラッシュバックしてしまったのだろう。
なかなかこういった事が今まで起きなかったため分からなかったけれど、今回の件で、カオリが大きなトラウマを抱えている事がハッキリと分かってしまった。
どんなに優秀な頭と体を持っていても、心が弱ければその能力はうまく発揮できない。親父の言う通り、カオリが誘拐されそうになった時に俺はカオリの心を守れなかったようだ。
俺はちゃんとカオリを支えてあげられる人にならなければならないと段々と服の胸の辺りに湿り気を帯びて来るのを感じながら思った。
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