IF35話 般若

「ほんと昨日の件は驚いたな、まさが科学部が刺激臭のするものをまき散らすような実験をするとはよ」

「でも大事に至らなくて良かったわよね」

「あれを大事に至っていないというのがおかしい気がするけどね。まぁ文化祭が中止にならなかったんだから大丈夫だと判断されたんだろうね」

「・・・」


 あの校庭での騒ぎの後、消防と救急と警察が学校に駆け付けたけれど、悶えていた生徒はその場で介抱され、警察の現場検証でも刺激臭がするけど無害なものがふりまかれただけだと言われ、事件性無しだと帰っていった。前世では刺激臭がすると言っただけでも大事になったし、周辺住民から健康被害を訴える人が続出していたと思うのだけれど、この世界ではその辺の動きが若干違うらしい。

 後継作で、ヒロインの忍者っぽい従者が、ヒロインを守るために、刺激臭のする煙幕を投げつけるような描写があるので、そういったものに緩い社会になっているのかもしれない。


「当事者じゃないのに俺と依田は発見者と報告者扱いされて、校長や教頭に拘束されて文化祭を回る事が出来なかったな」

「それは災難だったわね」

「水辺さんが落ち着いたら、一緒に体育館で出し物を見る事ぐらいしか考えて無かったし大丈夫だよ」

「・・・」


 なんか、文芸部で随分と官能的な作品が出品されて生徒会が没収に走ったという話を聞いたので、少し興味を抱いたけれど、他はあまり回りたいと思う部活は無かった。

 ちなみに、職員室に向かう時に会った今和泉背後にいた生徒会員が持っていた紙袋の中身が没収されたという官能的な作品だったらしい。


「サクラの演技は見なくて良かったの?」

「それを見ようと体育館の近くでカオリとオルカを待ってた時にあの事件に遭遇したからな」

「まさか、警察まで来るような事件が起きるとはね・・・」

「・・・」

「私達はそれに気が付かず演劇を見てたのね」

「ほんと、校舎と運動場ではすごい騒ぎだったのに、体育館は平然とプログラム進行していたんだよな」

「軽音部の演奏が御近所の迷惑にならないよう締め切っていたみたいだね、だから外が騒ぎになっている事が分からなかったみたいだよ」

「・・・」


 せっかくのデートだっていうのに、オルカは随分と静かだな。さすがに顔を手で覆ったりはしていないけれど、大人しいのは普段と違い過ぎて少し違和感があるぞ。


「依田・・・、オルカに声をかけた方が良いんじゃないか?」

「それもそうだね・・・水辺さん?」

「ひゃいっ!」


 依田に声をかけられたオルカはピョンと少し飛び上がって驚きを現した。


「オルカって、ここまで免疫無かったのね・・・」

「慣れれば大丈夫と思うけど、昨日突然の告白だからなぁ・・・」

「いやぁ・・・昨日は突然にゴメンね・・・」

「・・・ううん・・・嬉しかった・・・」


 依田に返答をする事が恥ずかしいのか、また手で顔を覆ってしまったな。うん、すごく新鮮で可愛い反応だ。


「なんかすごい可愛い反応だな」

「うん、なんかとても良いと思う」

「2人はオルカみたいな感じが良いのね」

「恥ずかしい・・・」


 カオリはこういった可愛い反応は今更しないからな。長い間幼馴染という間柄だし仕方ないと思うけどな。


「俺はずっとカオリが好きだったぞ?」

「それは知ってるわ」


 こんな感じが俺とカオリだ。ほんの少し前に婚約者という関係になったとしても、十数年連れ添った夫婦のようにお互いに慣れ切ってしまっている。


「田中君と綾瀬さんって凄いね」

「俺とカオリは隣の家同士だし、両親共々家族ぐるみの付き合いがあったという感じだからな」

「なるほど・・・」


 俺とカオリは、下手な夫婦より熟練の域に達していると言っても良いと思う。


「それってお互いが初恋だったの!?」

「えぇそうね」

「あぁそうだな・・・」


 突然オルカは顔から手を離して俺達に質問をしてきた。手で顔は覆っても俺達の会話はちゃんと聞いていたらしい。

 カオリは即決でそうと答えたけれど、一瞬だけカオリより回答が遅れてしまった。俺は前世で恋愛を全くしなかった訳では無いので、少しだけ答えるのに躊躇いが出てしまったからだ。


「カオリの口から俺に恋をしていたと聞いたのは初めてだな。幼いころの態度からそうじゃないかと察してはいたけれどな」

「えぇ、今更誤魔化す気は無いわよ、私はミノルと共に歩くのだもの」

「なんか田中君と綾瀬さんって凄い域に居るんだね・・・これは誰も手が出ない訳だ・・・」

「うん・・・、ミノルはカオリと付き合っていないと言ってたけど、そんなに関係なく2人の間に入れる気がしなかったよ・・・」


 なんだ?まるでオルカが俺とカオリの間に入ろうと考えた事がある言い方だな。


「オルカもミノルに思いを寄せた事があるのね・・・」

「うん・・・少しだけね・・・」

「田中君ってやっぱモテるんだねぇ・・・」

「はぁ!?俺が!?」


 カオリやオルカと違って、誰かに告白された事なんて無いんだが?


「ミノルが私しか見ていないと周りは知っていたのよ、だから誰も告白できなかったの」

「やっぱり・・・、他の子もそうなんだね・・・」

「凄いね田中君」

「一体どこの田中の話をしているんだ?」


 だってシオリから「どっちが本命なの?」と聞かれるような状態だったんだぞ?それ程俺とカオリの距離は開いていた筈だ。


「ミノルって鈍いのよね・・・」

「うん・・・」

「おかげで僕は水辺さんと付き合えたのかな?」

「俺がオルカと付き合う事は無いと思うけど・・・」

「はぁ・・・」

「そうだと思ってたけど、本人の口から言われたらショックだよ・・・・」

「僕は田中君を殴った方が良いかな?」

「俺が悪役になってるんだが・・・」

「えぇ・・・悪役だわ・・・」

「スケコマシだよ・・・」

「後で殴らせてね?跡が残らないようボディにしておくから」

「コマした覚えが無いんだが!?」


 依田が俺の肩をガシっと掴んで威圧して来た。先日握手した時は優しいと手だと思ったけれど、今日は随分と肩に食い込むような握力を出して握って来るじゃないか。依田ってもしかして砲丸投げの練習とかもしているのか?


「これからは私の婚約者なんだし、あまり周りの人を魅了する様な事をしないでね」

「カオリの方が周囲を魅了していると思うんだが?」

「私は黙ってても魅了してしまうもの、でもミノルはその懸命さと優しい態度で女の子を魅了しているのよ?」

「あれ?懸命さとか優しい態度って悪い事じゃないよな?」

「えぇ、でもこれからは注意してね?ちゃんと相手を選んで優しくするのよ?」

「・・・あぁ・・・」


 カオリの背後に般若の様な顔が見えた気がした。もしかしてカオリでもこんな俺に嫉妬とかするのだろうか?

 急にカオリを見てブルブル震え出した依田とオルカの様子に、俺は何となくそう思っていた。

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