IF34話 人間味
「なるほど・・・既に成立してたのね・・・」
「あぁ、まさかこんな展開になってるなんて思わなかったよ」
「でもお似合いじゃない、走ることと泳ぐことの違いはあるけれど、好きだからしているという点では全く同じだもの」
「確かにそうだな・・・」
俺やカオリは泳ぐことが好きだからしている訳では無かった。俺は今世では溺れたくないから泳ぎ始め、そしてカオリに抜かれて意固地になって続けているだけだ。
カオリは多分俺に追いつくために泳ぎ始めた。そしてお俺を追い抜いたあと、俺が追いついたという確認のために俺の前を全力で走っているのではないかと思う。
もし俺がカオリを追い抜くために泳ぐことを辞めたら、カオリは競技者として泳ぐことをやめてしまうような気がしている。そして今までと全く違うジャンルで全力で走り、俺との接点が永遠に無くなるような気がしている。
俺がカオリを目指して泳ぎ続ける限り、カオリも同じ土俵で待っていてくれているのだと思っている。
「中間テストは大丈夫?」
「あぁ、カオリに教わっているお陰で、引っかかっていた部分が随分と無くなったよ」
文化際の一週間前に中間テストがある。テストを控えてお祭の気分にはならないという事なのだろうけど、準備に忙しい文化系の部員は、少しだけ勉学が疎かになって成績が落ちる傾向にあるそうだ。
カオリは俺と婚約者になって以降、俺の勉強をみてくれるようになった。まるで早く追いついて来いというかのように、俺のサポートを始めたのだ。
今まで1人で追いかけていた時と違い、カオリのサポートありの方がずっと上達が早かった。とてもありがたいけど複雑な気持ちもしていた。
「これじゃあカオリに追いついても、変な感じがするな」
「そんな事ないわ、だって私がミノルを追いかけていた時は、ミノルから教わっていたもの」
「そうだったか?」
「えぇ」
かなりの幼少期の頃にあった気がするけれど、カオリはその時の事を覚えているのだろうか。それとも他に俺がカオリに教えた事があったのだろうか。
「私がミノルに追い越されたら、今度は私がミノルに教わるわ?」
「そうか・・・並んで歩かなくてもそういう方法があるんだな」
「えぇ・・・私はその方が楽しいわ」
カオリは学校帰りのバスを待ちながら、微かに夕暮れの気配が残る空にかかる丸い月を見上げていた。
「月が綺麗だな」
「今年の月見の日は雨だったものね・・・」
残念ながら、海外の本を翻訳をした前世の有名な文豪はこの世界には存在しておらず、カオリに意味は通じなかった。
△△△
「水辺さんっ! 僕と交際して欲しい」
「ハイッ!ってえぇぇぇぇっ!」
文化祭当日、翌日にダブルデートを控える中、俺とカオリと依田とオルカという4人で文化祭を回っていた。そしてケンタにおすすめされた美術部の展示を見に行ったのだけれど、ある前衛的な絵を見た直後、依田がいきなりオルカに交際を申し込み、オルカがそれに了承をしたあと戸惑うという一幕があった。
依田はスプリンターだからか、思い立ったら即告白したとかそういう事なのだろうか。それにしてもなぜ美術部の絵の鑑賞中に?疎い俺でも、もう少しムードのある場所ですべきだろうと思うのだが。
「まただよ・・・」
「この絵のせいかしら?」
背後で美術部員の呟きが聞こえた気がしたけれど、鼻息荒く迫る依田と、顔に手を当てて蹲ってしまったオルカをフォローしている俺達には何の事を言っているのか分からなかった。
「ごめん・・・なんかあの前衛的な絵を見ていたら、急に水辺さんに告白しなきゃって思ったんだ」
「まぁ良かったじゃないか、応じて貰えたようだしな」
「うん、でも良いのかなぁ・・・」
「何がだ?」
「なんか水辺さん、勢いで「ハイッ」って返事したみたいじゃない?」
「でも嫌だったらそう答えないし、間違えたのなら否定してくるだろ?」
「数回デートに行った後に告白しようと思ってたんだけどね・・・」
「朝のロードワークがデートみたいなものだと思えば充分じゃないか」
「女の子ってムードを大事にするっていうじゃない?」
「確かにあそこは無いよな・・・、まぁクリスマスとかバレンタインとか誕生日とか、そういう記念日にそういったムードを気にしてやれば良いんじゃ無いか?」
「それもそうだね」
「とりあえず交際スタートおめでとう」
「ありがとう」
依田の顔を見ると顔を手で覆って蹲ってしまうオルカを落ち着かせるため、カオリが付き添って飲み物を買いに行っていた。
俺と依田は、吹奏楽部の演奏が聞こえる体育館横の校舎の非常階段の石段に座って校庭で科学部がしているらしい実験を眺めていた。何やら煙がモクモクと立ったあと、周囲の人が目と喉を抑えて悶え始めた。
「あれ、マズいんじゃない?」
「だな・・・ちょっと職員室まで行ってくる」
「僕も保健室に救援要請してくるよ」
いちおう、見ていた人全員が倒れた訳ではないようで、風上にでもいたのか大丈夫だったらしい人が、蹲っている生徒を介抱し始めていた。
「田中君、廊下は走るもんじゃないよ」
「そんな事より校庭で人が倒れているんだ」
「何!?」
依田と別れて職員室を目指して校舎に入った所で、文化祭の見回りをしていると思われる、生徒会という腕章を付けた今和泉と出会った。後ろにいる他の生徒会の生徒が冊子が入った紙袋を持っているので、何か文化祭のプログラム的なものでも配っているのかもしれない。
「倒れているとはどういう事だ!」
「なんか科学部が実験の実演のような事をしてたんだが、煙がモクモクとあがって、それを吸ったらしい人が目と喉を押さえて悶え始めたんだ」
「そうか! すまないが保健室に連絡して貰えないか!? 私は職員室に向かう」
「保健室は依田が連絡に向かってるよ」
「そうか! ではすまないが職員室まで付いて来て貰えるか? 状況を知りたい」
「それより警察か消防か救急に連絡した方が良いんじゃないか?」
「そっ・・・そうだな、うん、遅れて生徒の命に影響があってはいけない、早速連絡しよう、すまないが職員室へは田中君が報告してくれ、私の名前を出して校長や理事長にも伝えるように言ってくれると助かる」
「分かった」
今和泉はそう言うと、ポケットから携帯電話を取り出して、まずは救急らしい場所に電話を始めた。
学校の建前のために隠蔽しようとするんじゃなく、生徒の命を優先するとはやるじゃないか。少し焦っているけれど、そこが人間味があって、普段の今和泉より好感が持てるぞ。
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