IF33話 優しい握手
「・・・というわけでオルカから水族館に行こうって言われたんだが、一緒にどうだ?」
「えっと・・・僕で良いのかい?」
依田へのデートの誘いは、オルカがチケットを4枚たまたま手に入れ、俺とカオリを誘ったけれど、あと1人分余っているという事にして話をする事になった。
「俺が知ってる中で、オルカと気が合いそうなのは依田ぐらいなんだよ」
「坂城くんは?水辺さんと結構気が合ってたよね?」
「ケンタは最近仲良くしている女生徒がいるんだよ」
「そうなのかい?」
「あぁ、隣のクラスの今井なんだがな」
「へぇ・・・あの可愛い子か。坂城くんやるねぇ」
「それでどうだ?文化祭の2日目とかなら水族館も混んでないしゆっくり見られるだろ?」
文化祭は2日間かけて行われるが、1日目の朝に校庭で行われるで行われる開会式に出れば、その後は自由にしていい事になっている。
当事者として参加している文化系の部員は2日間参加するけれど、見たい催しが特に無ければ、運動部員は1日目にすぐに帰り、2日目に登校しない事もあるそうだ。
特に体育館やグラウンドは会場としても使われ、部活が出来なくなるため、その日を休みにする運動部は多かった。
「僕は総合運動公園にでも行こうと思ってたけど、大会が近い訳じゃ無いし出掛けるのも良いね」
「じゃあ決まりだな、折角だし文化祭の1日目でもあるし、オルカと回ったらどうだ?」
「ははは、周囲からのやっかみがすごそうだ」
オルカも中々人気があるからな。俺が受けている不幸の手紙の3割はオルカ関連だ。
「俺が受けてるもののいくつかを引き受けて貰えると助かるぞ?」
「水辺さんみたいな素敵な人と付き合えるなら、安いものなのかな?」
おや?依田もオルカに気があるのか?
「あれ?依田ってオルカと結構会話とかしてるのか?」
「最近僕も田中君を見習って朝のロードワークを始めたんだけど、時々水辺さんと会って走るときがあるんだよ」
「あぁ・・・家が近いもんな・・・」
それで最近ロードワーク中にオルカとあまり会わなくなったのか。依田と合流して別の方に走る事が増えたんだな。
「うん、僕の家は水辺さんの家と商店街を挟んだ反対側ってだけだからね、小さい頃は水辺さんの家の駄菓子屋や向いの公園にもお世話になってたよ」
「あれ?という事はユイとも結構な顔見知りなのか?」
「ううん、小学生の頃は女の子と遊ぶなんて無かったからね。中学校では部活に忙しくて公園には行かなくなってたし、立花さんも水辺さんも顔を知っている程度だったよ」
「俺は妹がいたから、小学生の時から男女関係無く遊んだけどな・・・」
「うちの小学生は、男の子と女の子が仲良くすると囃し立てられる学校だったんだよ。確か立花さんは、男子より背が高かったから、男女って囃し立てられていたね。あと色白だからかお化けとかね。学年が違ったからそれぐらいしか覚えてないけど」
「気になる女の子にイタズラするタイプの男の子が多そうな小学校だな」
「うん、そんな感じ。だから中学校に上がった時に、女の子に不器用で、他の小学校出身の男子に先を越される同窓生ばかりだったよ」
それは嫌な思春期の突入の仕方だな。まぁ俺も前世では小学校で女の子のスカートめくりとかする馬鹿なガキだったし、似たようなものだったかもな。
「もしかして依田もそうだったか?」
「あはは、好きな子はいなかったけど、女の子に不器用なのは同じかな」
依田はクラスメイトの女子達にも余裕の態度を持つ紳士的な奴だ。顔立ちも整ってるし何人かから惚れられててもおかしくない気がする。
「どこが不器用なんだ?」
「あはは、演技しているだけだよ、だけど最近本気になって変わろうと思ってるんだ」
「変わる?」
「うん、田中君を見習ってね」
「俺?」
依田は何を言っているのだろう。俺より成績が良くて足も早い依田が、俺を参考にする意味が良く分からない。
「僕は走るのが好きなんだ。でも別にトップになれるほど早いわけじゃない。でも風を切って全力で走り切るのがとても好きなんだ」
「練習風景見てれば分かるよ、1人で走っているのに楽しそうだもんな」
うちの高校はそこまで陸上が盛んでは無い。2年生に砲丸投げで全国大会に出場している男子生徒がいるけれど、それ以外の活躍は無いに等しく活動も活発ではない。その陸上部の中で依田は異彩を放っている。1学期の頃は早朝にグラウンドを走り込んでいて、放課後は日が暮れるまで練習している。最近朝は見かけないと思ったら、オルカとロードワークしていたようなので、今もその走る姿勢に変化は無いのだろう。
「田中君が綾瀬さんの隣を目指して懸命なのはすぐに気がついたよ、最初は無理だと思っていた。綾瀬さんの目が田中君に落胆していたかたね」
「えっ?」
「婚約するというのは意外だったけど、追い上げていて、綾瀬さんの目が田中君に向かい始めている事も気がついていた。それを見てうらやましくなったんだ」
「ちょっと待て、何故そんな事が分かるんだ?」
「何でだろう、昔からこうだったから分からないんだ」
ゲームのお助けキャラの立花のように、依田は、人を見抜く才能でも持っているのか?
「僕も自分が楽しいから走るんじゃなく、誰かのために全力で走ったらもっと強く風を切れるんじゃないかと思ったんだ、そして田中君を真似して朝のロードワークをしたら、同じぐらい走るのが好きな水辺さんと走るようになった」
「オルカは泳ぐことだけじゃ無く走ることも好きだったのか」
それは知らなかったな。ゲームでのオルカは、カオリが水泳部に入った時は陸上部に入るという設定で変だなと思っていたけれど、走るのも好きだったのなら納得だ。
「水辺さんは僕より走る事に真剣だったよ」
「真剣?」
「うん、フォームをとても大事にしているんだ。それどころか今の自分の体調の把握をとても大事にしていて、その日の走るペースを調整していた」
「あぁ、オルカは泳ぐ時と同じことを走る時にもしてるんだな」
オルカはフォームをとても大事にする。そして体調に合わせてその日の負荷を調整して泳いでいる。我武者羅に距離を泳いでいるのでは無く、泳ぐ事に関するオルカは普段のポンコツぷりと打って変わってとても理知的だ。
「中学校は公立だったし、まともな指導者がいなくて、僕の走り方は我流なんだよ」
「なるほど・・・」
「この前、初めて自分の走る姿をビデオで撮ってスローモーションで見てみたよ、そしたら「もっと流れるように走ったほうが良い」と言われた理由が分かったんだ」
「陸上部員の依田に、走り方のアドバイスをしたのか!?」
「うん、とても驚いたよ」
オルカが依田と既に深い交流を持っている事が分かった。別にダブルデートのお膳立てをしなくても2人はそのままゴールインしそうだった。
「今は、固まりつつあったフォームを修正中なんだよ。大変だけどもっと先で知ったら修正はもっと時間がかかる事になったと思う」
「まだ固まる前に知ったから早く直せるって事か・・・」
ケンタもそんな感じで中距離から長距離にコンバートしたあと、オルカから長距離向きのフォームのアドバイスされて改造してたもんな。でも元々多いスタミナが活かせるようになって記録がグンと伸びていた。
「僕も田中君が綾瀬さんを追いかけていたように、世界に飛び出す水辺さんを追いかける立場になりたいと思っていたんだよ。だけど水辺さんには坂城くんがいると思ってたから躊躇してたんだ」
「もしかして不器用って?」
「うん、田中君に言われる前に、水辺さんをデートに誘えなかった僕は不器用だと思ったんだ」
完全にオルカと依田はカップル成立直前となっていた。あとは依田が、ケンタと今井といい感じだと知ればゴールインだっただろう。
「ダブルデートにする必要あるのか?」
「あはは、水辺さんも不器用なんタイプだと思うから、フォローしてくれると嬉しいな」
「随分と器用な事を言うじゃないか。依田はともかくオルカが恋愛に不器用なのは間違いない、3人であのポンコツをフォローしような」
「あはは、分かったよ」
依田はそういうと、俺に手を差し出した。握手をしたら、依田は佐野のように握力が強くは無いのか優しく手を握って来た。
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