IF31話 蟹は倒れないよ?
「本当に指輪してるんだ」
「さすがにこれだけ噂になれば他のクラスでも知っているか」
「うん、私のクラスで泡吹いて倒れた人がいたよ?」
「蟹みたいだな・・・」
「蟹は倒れないよ?」
「・・・蟹は元々腹ばいの生き物だったな」
「蟹なら倒れるよりひっくり返るって感じじゃないかな」
「確かに・・・」
病院で俺とカオリの婚約が決まった5日後に婚約指輪が出来上がり、俺とカオリは同じ指輪をして登校した。その噂はすぐに校内を駆け巡り、休み時間のたびに教室のドアの方からチラチラと覗いて来る人がでてきた。
こういう噂が飛び交う事態になると教室に現れる今和泉は、何故かやって来る事は無く、特に咎める意思は無いようだった。
「クラスで何か言われた?」
「まず、早乙女に「うわぁ・・・」って言われた」
「何それ?」
「良く分からん」
早乙女は普段ハッキリと物を言う奴だが、今回は何も言わず「うわぁ・・・」と言ったあと遠巻きにしてくるだけだった。
「他には?」
「サクラが来て「嘘・・・」っ言ってたな」
「なるほど・・・」
何が「なるほど」なんだ?
「あとは数人肩を叩かれて「頑張れよ」と言われた。あとは遠巻きにされていただけだな」
「うわぁ・・・」
こういうのをシカトと言うのだろうか。まぁ田村と丹波と望月と依田は応援してくれた、気にしなくて良いか。
「それでカオリは?」
「あぁ、担任に呼ばれて職員室に行ったよ」
「もしかして今日の事?」
「俺が呼ばれてないし違うんじゃないか?」
「変な噂が立ってたし、その事情聴取を受けてるのかもよ?」
「変な噂?」
「ミノルがカオリの弱みを握っていて脅迫したんだってさ。カオリが国体で記録を落としたのもそれが理由だって」
「ほんとこの学校ってどうなってるんだろうな」
ほんと変な噂が立ちやすいし酷いものが多い。ゲームでは、お助けキャラである立花から「最近お前の悪い噂を聞くぜ」と言われる演出があって、ヒロイン達の好感度が下がる設定だった。実際にカオリの近くにいるのでこういうものなのかと思っていたけれど、少し異常だと感じるようになっていた。
前世の記憶を持ち、なんか色々仕掛けて来そうな立花が原因かと思っていたけれど、転校していってもこういった噂が流れている所を見ると違ったようだ。
「ケンタは今井の所か・・・」
「うん、なんか付きあちゃいそうだよね」
最近坂城の事を下の名前のケンタと呼ぶようになった。オルカが「坂城君だけ名字で呼ぶなんて変だよ」と言い出したためだ。その結果、1年生部員同士は下の名前で呼び合おうという事になり、坂城をケンタと呼ぶようになっていた。
「そうなると特定の相手がいないのは1コースではオルカだけになるな」
「まっ・・・まぁ私は結構モテるしっ・・・大丈夫だよっ」
「確かにオルカはモテるみたいだな」
「うん、でも告白はしてこないんだよねぇ・・・されても困っちゃうんだけどさ・・・」
オルカと同じクラスのサッカー部の佐野曰く、オルカは結構モテるらしい。けれどそういった連中は、お互いに牽制しあってアクションを起こさないんだそうだ。俺の下駄箱に不幸の手紙を入れ続ける奴らと違い大人しい連中らしい。
「今日は水も冷たいし、日が落ちる前にさっさとメニューこなしちゃおう?」
「それもそうだな・・・、だが柔軟は大事だからな」
「分かってるねぇ」
最近日が落ちるのが早いので、放課後すぐに練習を始めても三分の一程メニューを残した頃に日が落ちてしまう。海から吹いていた暖かい風が、陸側からの冷たい風に変わったりして体が冷える事があるので、早めにメニューをスタートさせた方が良かった。
それでもオルカから柔軟の重要性を聞いているので手を抜いてすぐに泳ごうとは思わなかった。
△△△
「何で担任に呼ばれたんだ?」
「文化祭の件で仕事があると言われて呼ばれたのよ」
「そういうのは大会を控えているカオリに頼む事じゃ無いだろ、文化部の人にやって貰った方が良いと言わなかったのか?」
「言ったわよ、でも文化祭の事は、私を呼び出すための建前だったのよ」
「はぁ?」
「だからチエリも呼ばれなかったの。だから担任には文化祭の件じゃなく婚約した事をずっと聞かれたわ」
「その場を立ち去るべきじゃないか?」
「仕事を断ったら内申がどうなるかって言われたのよ、仕事の話をなかなかしないのにね」
「職権乱用じゃないか!」
おいおい、担任がそんな奴でこの学校大丈夫か?
「えぇ、おかしいと思った教頭先生が注意してくれたから解放されたわ」
「カオリは、担任にもそういう目で見られてたのか・・・気が付かなくて悪かったな」
「大丈夫よ・・・私も今日知った事だもの」
カオリは小学校や中学校の時にも教員にそういう目で見られていた事があった。この高校に入ってそういった事が見られなかったため、私立の名門校だから大丈夫なのだろうと思ったけれど違ったようだ。
「あの担任がずっといるのは怖いな」
「えぇ、早速生徒会に行って、その場にいた今和泉君に伝えたわ」
「信じて貰えたか?」
「えぇ、録音していたものを聞かせたもの」
「なるほどな・・・」
カオリは中学校の頃にも似たような目にあった頃から、ボイスレコーダーを持ち歩くようになっていた。今回も何となく怪しんで録音ボタンを押していたのだろう。
「録音記録を渡して欲しいと言われたから、コピーしてから渡すと言っておいたわ」
「当然だな」
前世では、学校というのは隠蔽気質があると言われていた。中学校でも校長や教頭が、教員に寄るカオリに対する過剰な行為を、穏便という言葉で内々に済ませようとしていた。その時初めてカオリはボイスレコーダーを使い、そのコピーを教育委員会に送りつけた。
「今和泉はどんな感じだった?」
「苦々しそうな顔をしていたわ」
「どうやら生徒会に所属していても、学校の体制側にいるようだな」
「えぇ」
生徒会は生徒による自治権の為にある組織で、生徒会役員は生徒の側に立ち学校と生徒の仲立ちをする立場だけど、今和泉は学校という組織側の中枢である理事長の孫でもあるため、こういった学校側の失態は隠蔽したいのだろう。
「ちゃんと対処してくれればいいけどな」
「中学校での事を知っていれば、何もしないって事はないんじゃないかしら?」
「とはいえ今和泉の家は華族の名家らしいし、工作をしてくる事は無いかな?」
「もしそうなら、教育関係の名門という名が泣くわね」
結局、中学校の時はカオリに色々してきた教員は出勤停止となり、校長と教頭は減給という処分が下った。そして学年が変わった時に、全員県内の僻地の方にある学校に散り散りに移動していった。
「でも大事になったな・・・」
「えぇ・・・大きくなり過ぎている気がするわ」
「カオリもそう思うか」
「えぇ」
カオリに関する噂が一気に広がる事が中学校時代からあった事だ。けれど。生徒が泡を吹いて倒れたり、大人である教員が暴走したり、他にも学校の雰囲気がここまで変わってしまうという事は起きなかった。今まで自意識過剰だろうと考えて来なかったけれど、何か気持ち悪いと感じ始めていた。
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