IF29話 並んで歩く
親父はお盆休みも返上して頑張った結果、大口の契約が軌道に乗ったとかで、会社から「何かあったら呼び出すから市内から出ないでくれ」という拘束付きだけど長めのお盆休みの代休を貰っていた。親父はお袋はスナックのマッチの件も和解できたようで、俺とカオリが親父とお袋のいるリビングに入った時、ブリ大根をメインとした肴にして、夫婦水入らずで晩酌をしていた。
相変らず仲が良い事だと言いたい所だけど親父が限定的な休みに入る3日前にお袋がスーツのポケットからキャバレーのマッチがまた見つかりちょっとした夫婦の危機が訪れていた。
その日の夕飯はビーフステーキだったのに、お袋は親父に夕飯として灰皿に入れた白飯と、ステーキ皿の上にキャバレーのマッチを乗せたものを出した。
親父はすぐに男らしく見事な土下座を慣行。その後、親父(被告)、お袋(原告)、俺(被告弁護人)、シオリ(現子機被告人)という、まさしく家庭裁判での調停が行われた。
まずは原告サイドのお袋は、マッチの裏に「いつも来てくれてありがとうサリナ(ハートマーク)」と書かれている事から常連である事を指摘し精神的苦痛を感情的に述べた。
続いてシオリが、お袋に対する誠意ある謝罪と賠償を要求し、それが納得できない場合は離婚もやむ無しで、その時は自身もお袋について行くという条件提示を行なった。
そのあと被告サイドの親父が反省の弁を述べ、仕事が一段落つき次第、賠償としてお袋が行きたいと言っていた平日早朝の連続テレビドラマのロケ地である京都に行くことを提案した。
続いて俺が、離婚した際のメリットとデメリットを並べて、いかに離婚する事がデメリットが多い事を冷静に述べた。
さらに、スナックの営業時間に、親父がマッチの裏に書かれた番号に電話をし、「仕事外でも来てくださいよ」という言葉を引き出し、プライベートでは訪れていないという事実を証明した。
その結果、年末年始は帰省をせず、家族旅行をする事が決定し和解に至り、家族の危機は去った。
その後、冷えて固くなったビフテキを切り、親父の分を取り分けみんなで食べた。反動からか翌朝から親父とお袋はいつもよりベタベタとするようになった。条件付きの休暇となった今は、こうやって晩酌をしながら、「サリナのお酌で飲むより、私と向かい合って飲む方が良いわよね?」「勿論さ」という事を言い合っていた。
普段仕事で飲んでいるんだから休肝日にしてあげたらと思っているけれど、なんか妙な威圧感があるので、シオリと共にそのまま見守るようにしていた。
「親父とお袋に相談したい事があるんだけど・・・」
「おっ!・・・ついに決心を固めたかっ!」
カオリを連れてリビングに入り相談事があると述べると、親父に交際に関する相談だと勘違いされてそんな事を言われてしまった。カオリが家に来る事は良くある事だけど、どちらかというとカオリはシオリに会いに来ているので、この家で俺とカオリが並んでいる事は結構珍しかった。
「あなた・・・違いそうよ?」
「そうみたいだな・・・」
俺達の表情から察したようで、別件である事が分かったようだ。さすが長年共にいる親子という事なのだろう。
「酔ってるならまた後日にするけど・・・」
「いや大丈夫だ、酒の席で契約の話が出来なければ俺のポジションは務まらんからな」
それは、将来内臓疾患で苦しみそうなポジションだ。やっぱ休肝日は作った方が良いと思う。お袋はそれを狙ってたりしないよね?
「ハルカさんの事で相談があるんだ」
「病気の事か・・・」
「うん・・・すごくお金がかかるみたいなんだ」
「いくらだ?」
「取り敢えず1億円かかるらしい」
「1億!?」
俺はさっきカオリからされた話を説明した。合ってるか確認するためにカオリの顔を見ると頷いたので間違ってはいなかったようだ。
「なるほど・・・それで1億か・・・」
「うん・・・」
「それでミノルはどうしたい?」
「カオリが身を売らずハルカさんを助けたい。だけど俺は1億円を用意するなんて事は出来ない」
「普通の人には無理な値段だしな・・・」
親父は真剣な目をしていた。この目を見たのは家庭裁判以来の事だ。
その前が、俺が怪我で入院した後、俺が警察から聞き取り調査を受けているとこに立ち会っている時で、その前が、男尊女卑である親父の実家で、お袋とシオリが祖父から酷い事を言われ、親父が法事以外ではもう来ないと啖呵を切った日だ。
「普通って事はもしかして方法があるの?」
「あぁ・・・あるにはあるが、マサヨシさんもいない場では出来ない話だ。カオリさん、マサヨシさんはご在宅か?」
「いえ、病院にいるお母さんに付き添っています。私は水泳で疲れているだろうと言われて帰されたんです・・・。でも家で一人でいるととても不安になって・・・」
それでカオリは銀玉鉄砲を取り出し、俺の部屋の窓に撃った訳か・・・。
「今から病院に行ったらマサヨシさんに会えるか?」
「はい、私がいれば連絡は付けて貰えるから大丈夫だと思います」
「では早速行こう。酒が入っているから車では行けないな。タクシーを呼ぶからしばらく待っていなさい」
「分かりました」
さすが親父は営業マンだけあってフットワークが軽いようだ。
「母さん、タクシーを頼む」
「分かったわ」
親父は自分でタクシー会社に電話をせず、お袋にかけさせた。そして俺達をジッと見ていた。
「ジッと見て何?」
「あぁ・・・もうこんなに大きくなったんだなと思ってな」
「まだ身長止まってないしもっと大きくなるよ」
「そういう事じゃなくてな・・・」
人間的にとかそういう事だろうか?精神的な年齢なら親父よりずっと年上ではあるのだけれどな。
「ミノルはカオリさんと将来は結婚したいんだよな?」
「・・・うん・・・、でも俺はまだカオリに釣り合っていないよ」
「確かにカオリちゃんとは釣り合ってないな」
親父はカオリの顔を見て話しをした。
「これから俺はマサヨシさんに生き方を変えるような話をするつもりだ」
「それはどんな話?」
「それは後で分かる。ただ、マサヨシさんは職人みたいな人だ。俺はそのマサヨシさんの職人としての矜持を汚す話をするかもしれない。けれど、それが俺が考えるハルカさんを助ける最も良い方法だ」
「矜持をお金に変えるって事?」
「マサヨシさんは俺より1周り年上で50歳を超えている。実家である呉服屋で職人たちを見続け、さらに個人で長年研鑽を重ねてその腕は培われている。それだけじゃなく、最新の流行も取り入れる事も出来る柔軟な頭を持っている」
「凄い人なんだね」
「あぁ・・・ミノルは京都で春の園遊会があったというニュースを見たことがあるだろ?」
「うん」
「今年の春の園遊会で、マサヨシさんの仕立てた服を着て参加した人がいたんだ」
「・・・すごいね・・・」
「あぁ・・・」
それは国を代表とする人が、マサヨシさんの作る服を認めたという事だ。
「マサヨシさんの作る服って言うのはそういうものだ。そんなマサヨシさんの職人としての矜持を売らせるのは本当はしたくない。だが1億円を作る手段として最も良いと俺が思うのがその矜持をお金に変える事だ」
「そうなんだ・・・」
職人が数十年培ったものというと人生みたいなものだ。それを売るっていうのは良くない事だというのは俺も分かる。
「ただ、そんな事をマサヨシさんにさせる俺も責任は取る」
「いえ・・・うちの問題ですから・・・」
「いや、ミノルはカオリちゃんと将来結婚したいと言っている、けれど金が絡むと人は変わるんだ」
「はい・・・」
「そんな時にミノルはカオリちゃんを見捨てはしないと思う。だけどカオリちゃんが身を引いてしまうのではないかと思っている」
「それは・・・あるかもしれません・・・」
むしろそれより、カオリが俺が足手まといだと捨ててしまう可能性があるのではないだろうか。
「それにカオリちゃんがミノルを借金返済の足手まといだと思って見捨てる可能性もある」
「そんなことは・・・」
やはりその可能性はあるよな。
「だから、俺はミノルとカオリちゃんの間に鎖をつなげたい。そうすれば何があっても同じ方向に進むだろう」
「はい・・・」
まるで親父は、その鎖とやらが無いと俺とカオリが離れてしまうような言い方をするな。
「カオリちゃんにはミノルの婚約者になって貰う。18歳になって以降どうするから本人達に任せるが、それまでは共に歩んで欲しい」
「分かりました」
「はぁ!?」
親父が突然言い出した事に俺は驚いてしまった。
「カオリちゃんは今井物産の広告塔になって貰おうと思っている。これから自身の価値を高めて価値を上げれば1億円は早く返せるようになる筈だ」
「分かりました」
「ちょ・・・ちょっと待って!」
親父は俺の静止を聞かず、俺の方を見て話しを続けた。
「ミノルはカオリちゃんに相応しい男になるため今から全力を出すんだ。カオリちゃんに追いつこうとして頑張っているのは知っているがまだまだ遠い。カオリちゃんは自身の価値をあげるため全力で先に進むぞ?今のままだったらミノルは一生釣り合う人間になれないだろう」
「まだ努力が足りないと?」
「いいや、人としても俺の息子としても充分過ぎると思っている。でもカオリちゃんの相手としてはそれでは不十分だ。その差はその程度で埋まるものじゃない。ミノルは努力をするだけで追いつくと思っている。そして追い抜いたあと引っ張ろうと考えている。カオリちゃんの横に寄り添ったり後ろから支えてやろうとは考えていない。なぜカオリちゃんを見ないんだ?俺はこのまま潰れる息子は見たくない。だからな・・・」
そこで親父は一旦言葉を切って息を溜めた。
「もっと並んで歩くような努力をせんかっ!」
親父は部屋がビリビリする大声で雄たけびをあげた。怒声では無く腹の底にズンと来るような重さがあるため、思わず背筋がピンと伸びた。
「カオリ大丈夫か?」
「えぇ・・・大丈夫」
暴力的な事が苦手になっているカオリも大丈夫だという事は、俺と同じ様に怒気は感じなかったのだろう。
なるほど、今世の親はすごい奴だったんだな。前世の俺より若いと侮っていた事はあった。けれど多分修羅場の様なものをくぐっている人の空気をその雄たけびには感じた。
スーパーの店員として頑張っていたけれど俺は時代に流されているだけだったといえる。一部上場企業で営業としてバリバリ働いている親父は伊達ではないのだろう。
俺も、前世で親父の言うような全力を尽くせば、違った生き方が出来たのでは、寂しく死ぬなんて事にはならなかったのではと考える事はあった。そんな脅迫感を持ち焦っている事を親父に見透かされている様に感じた。
「・・・あぁ・・・分かったよ。でも水泳だけはカオリを抜くよ。俺はそれから並んだり後ろから支える事を考える。そうしないと、小学校の時に追い抜かれたショックでカオリに凄いと言ってやれなかった自分を許せないんだ」
「そうかよ・・・頑固だな・・・」
「親父の息子だからな」
「俺は柔軟だよ、でないと、あの会社で営業の最前線は務まらないんだぞ?」
「外の話じゃない、家での事だよ」
俺はチラッと満足気な顔をしているお袋をチラッと見た。
「何よ・・・」
「あの時すぐに土下座した親父を凄いと思ったんだよ。だから親父を信じてやろうよ」
「分かったわよ・・・」
変な威圧感がある夫婦水入らずの晩酌なんて見たくないからな。
「あと親父は休日ぐらい酒を断って肝臓休めないと、早死にするよ?」
「うっ・・・」
グラスに半分残った温そうなビールに口を付けようとしていた親父は、飲まずにそれを机の上に戻した。うん、親父の咆哮には驚かされたし、これぐらいの反撃は良いよな?
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