IF28話 まだ絶望する段階じゃない
シオリに呼び止められいた時間の差の分で遅れたのか、カオリは既に公園に来ていて、小さな藤棚の下にあるベンチに座っていた。
春先は藤の花が垂れ下がって綺麗だけれど、今の季節のこの時間だと、蔓が絡まっていて風でガサガサと揺れて不気味なだけだった。
「それで話って何だ?」
「呼び出してみたけれど何を話したら良いのか分からないの・・・」
「なるほど・・・」
多分答えの出ない問いを繰り返し考え続けたのだろう。けれどカオリの頭をもってしても答えが出なかったようだ。カオリは優秀な分、自分で正解を導き出し解決できる力がある。けれどこうやって詰まったとうい事は、答えが無い若しくは、カオリの力だけでは解けない問いなのだろう。
「横に座るぞ?」
「えぇ・・・」
俺はカオリと同じベンチの右隣りに座った。
「この公園で最後に遊んだのはいつかな?」
「小学校6年生の2月28日よ」
「カオリの誕生日で俺が入院した日か・・・」
「えぇ・・・」
今の俺の言葉は、ゲームで高校3年生の2月に俺とカオリの誕生日を同じにし、高感度を高い状態にした時に起きるイベントのセリフを真似たものだ。カオリの部屋に招かれてそこで2人で誕生日を祝ったあと、近所の公園に行き思い出を語ったあと「公園で最後に遊んだのはいつかな?」と言うセリフを主人公がカオリに問いかける。
昔は仲良かったのに中学校ぐらいから距離が空いてしまったふたりの関係を表し、それを修復しようとする心情を表すセリフだ。
しかし返って来たのはカオリが誘拐されそうになり、俺が庇って怪我を負った日だった。
「その日から俺とカオリはこの公園で遊ばなくなってたんだな」
「えぇ、また帰りに襲わるんじゃないかと思って避けてたのよ」
「ごめん、そんな風になってたなんで気が付かなかったよ」
「良いのよ、私がそう思ってただけだもの・・・」
前世ではこれはPTSDと呼ばれていたもだと思う。丁度公園とかで遊ばなくなってくる時期だったし、そのあと段々カオリと距離が開いてしまっていたので、自然なものだと俺は思い込んでいた。けれど、俺が寝ていた10日間の間、カオリはシオリと共に頻繁に病院に来ていたと病院のスタッフから聞いていた。あの事件はカオリに色々と心の傷を負わせていたのだと俺は改めて思い知った。
「それで、今抱えている問題は何なんだ?」
「お母さんを助ける方法が分からないの」
俺は水泳の記録の事も問題じゃないかと思ったけれど、カオリが問題としているのはハルカさんだけの事のようだ。血液を作る機能が衰える病だとは聞いていたけど、そんなに深刻な状態だとは聞いていなかった。
「そんなに悪いのか?」
「えぇ・・・でも治療法はあるわ」
「それなら助かるんじゃないのか?」
「お母さんを助けるには骨髄移植が必要なの。技術的にも成功率は高いそうだわ。でも私のものでは適合しなかったの・・・」
「他にドナーが必要って事か・・・」
「えぇ・・・」
前世で、骨髄バンクでドナーになれる確率は兄弟で4分の1、親子で30分の1の、他人がドナーとなれる確率は数万分の1から数百万分の1だと言っていた。カオリとハルカさんは30分の29の方だったようだ。
「ドナーバンクに問い合わせたのか?」
「えぇ・・・でも日本ではドナー制度が始まったのは最近で、まだ殆ど登録が無いらしいの。そしてお母さんと同じように骨髄移植が必要な人は2000人づつ新たに生まれるらしいわ、そしてお母さんはその人達の最後尾に並んだ状態なの。運が良くてすぐに見るかる場合もあるけれど、今のままだと数年はかかるらしいわ、そしてお母さんは間に合わない可能性が高いの・・・」
「そうなのか・・・」
前世で骨髄移植のドナー制度が始まったのはいつかは知らないけれど、CMを見るようになったのはバブルが崩壊して就職も決まらず、家でボーっとテレビを見ていた時期だったと思う。前世の俺と今の俺は10歳差なので、その時は数年後という事になる。今の世界は同じ歴史をたどっている訳ではないけれど、同じだとすれば数年後からドナー登録を推奨するCMが流れるようになって、爆発的に登録者が増えるのだろう。
「ドナー登録が進んでいる海外で移植を受ける事も可能らしいわ」
「それは無理なのか?」
「最低でも1億円かかるらしいわ、日本の保険の対象外だから全額負担になるのよ」
「高いな・・・」
1億円は、平均的なサラリーマンの生涯賃金より多いけれど、定年までに貯蓄できるような金額では無い。
「お父さん、親戚の人にお金を貸して欲しいって頭を下げに行ったわ」
「ダメだったんだな?」
「えぇ・・・お父さんの実家って京都の老舗の呉服屋だって話した事あったでしょ?」
「あぁ」
マサヨシさんは、腕の良さに嫉妬して、家を継いだ兄に疎まれて追い出されたんだったな。
「絶縁状を叩きつけられたそうよ」
「絶縁状?」
「兄弟の縁は既に切っている、一切関わるなって紙を付きつけられたらしいわ」
「死人に鞭打った訳か・・・」
血が繋がってなくても同じ日に死のうなんて誓い合う兄弟だっている一方で、弟の才能に嫉妬して追い出す兄もいるというのは人間関係の難しい所だ。俺もカオリの近くにいるから要らぬ場所で嫉妬を買っていそうだし他人事とは思えない事だ。
「ハルカさんは天涯孤独なんだよな・・・」
「えぇ・・・だからドナーになれそうな親戚もいないわ」
ハルカさんは自身は天涯孤独な身の上らしい。生まれつきの孤児で流れ流れてこの街に住み着き、マサヨシさんと出会って結婚したそうだ。所作が綺麗なので良い所のお嬢様の出っぽい雰囲気があるけれど、実際はそういった寂しい人なんだそうだ。
「お父さん店とか家を全て売りに出したらいくらぐらいか調べて貰ったわ」
「なるほど・・・」
「でも1億円にはならなかったそうよ」
「なるほど・・・」
以前親父が家が売れたらいくらか調べた事があった。景気が良く不動産が高騰しているためか、家を買いたいという人が来た事があって、売る気は無かったそうだけど、気になって調べたそうだ。そうしたら6000万円になると出て大はしゃぎしていた。約20年前に買った時は4000万円しなかったらしい。
今も高額なローンを払い続けていて、まだ3000万円近く残っているので、売ってしまって3000万円で別の家を買ったらどうなるかなんて話をしていたっけ。
そういった人が家を担保にお金を借りて、いくつもの不動産を購入して、それをまた担保にお金を借りてと繰り返した結果が、前世の不動産バブルで、不動産価格が一気に下落した事により持っている不動産を売ってもローンが支払えなくなる状態がバブル崩壊だったと記憶している。
カオリの家もほぼ同じ条件なので同じぐらいの値段だと出たのだと思う。残り4000万円なら駅前のショッピング街の店を売れば出来そうに思うけど、足りなかったという事は、店は賃貸とかで、営業権的なものを売ろうとしたのだろう。
「お父さんの店を贔屓にしてくれている人の所にも行ったわ」
「お客さんか・・・」
「その人は私を担保にするなら貸すと言ったわ」
「なるほど・・・」
人を担保に金を貸す事は良く聞く話だ。カオリならさぞ良い値段が付く事だろう。けれどそれの殆どは貸し倒させて、風俗とかに売り飛ばす事と同義だ、金が無いと知られた瞬間にハイエナがすり寄って来て、ありとあらゆる手で借金返済を出来なくしてしまう。
「私、お母さんの為ならそれでも良いと言ったわ。でもお父さんとお母さんは反対したの」
「そりゃそうだろうな・・・」
マサヨシさんやハルカさんは、娘を犠牲にしてまで幸せになろうとする人たちではない。マサヨシさんは「嫁に欲しかったら儂を倒してからやっ!」と小学校低学年の俺に言うような人だし、ハルカさんはカオリの事を、長い間不妊でやっと授かった可愛い子だと言って憚らないぐらいに溺愛していた。
「なぁ、親父に相談してみないか?」
「ケンジおじさんに?」
「親父は「女の子は守らねばならん」と俺に言い続けた人だよ、そして俺が今守りたい女の子はカオリだ、でもまだ子供だから無力だ」
「えぇ・・・」
「今、大人である親父が家にいる、助けて欲しい、大人の力が借りたいって言うんだ」
「・・・」
ボーっとした目で俺を見ていたカオリ目に光が宿った気がした。希望はまだあると思ったのだろう。
「俺達はまだ子供なんだ、だから無力なんだ、でも大人なら違う、そして親父にとってもカオリは半分娘のようなものだ、助けてくれるかもしれないじゃないか」
「えぇ・・・お願いしたいわ・・・」
カオリは感情が爆発したかのように目に涙を溜めて落とし始めた。
「まだ絶望する段階じゃない! 出来る事はある!」
「えぇ・・・そうだわ・・・その通りだわ・・・」
カオリは涙を手で拭って力強い顔をすると、俺の目をグッと見て頷いた。
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