IF27話 元気づけてよ

 ユイの誕生日があったらしく、そこで集められたカオリとシオリは、オルカとユイに言われてプリンで乾杯という訳の分からない方法で姉妹の契りを交わしたらしい。意味が分からないけれど誕生会から帰宅したシオリから聞いた翌日の登校中にカオリからも同じ証言を得たので本当のようだ。


「私、今日部活に参加出来ないわ」

「何か用事があるのか?」

「お母さんの夏風邪がぶり返しちゃって早く帰りたいのよ」

「それは心配だな、ハルカさんは病院へ行ったのか?」

「えぇ、薬を飲んで少しは楽になったって言ってるんだけど、今朝は熱が結構あったわ」

「なるほどな」


 夏風邪はぶり返すと厄介と聞いた事があるからな。最近海外で厄介な肺炎が流行っているというし気を付けた方が良いだろう。


「国体もあるし早く治ると良いな」

「さすがにそこまでかかる事は無いと思うわ、着付け教室が休みにならないよう無理しちゃっただけなのよ」

「あそこって儲け度外視の教室なんだろ?」

「でも元々勤めていた着付け教室から引き継いだお客さんだから、大事にしたいみたいなのよ」

「それで無理しちゃったのか・・・」

「えぇ・・・」


 ハルカさんは元々ショッピング街の着付け教室に講師の補助として勤めていたらしい。しかしそこの先生が急逝してその教室を閉める事になったそうだ。

 その時に助けたのがカオリの父親であるマサヨシさんで、マサヨシさんが経営する呉服屋の2階にある居室部分を教室として開放したらしい。その縁でハルカさんの心を掴み、かねてから申し込んでいたプロポーズを受けて貰えたと聞いている。


「そういえば特等席になってたわね」

「教卓の前の席の事だろ?声の小さい稗原先生の時は良い場所だけど、声の大きい東郷先生の時は耳が痛くなるかもしれない」

「あの先生たち、足して2で割ると丁度良いのよね」


 その時にバスが来たので乗り込んだ。バスの車内は静かにするものなので、その話題は素通りとなってしまった。


△△△


「最近部活に少しだけ遅れて来るけど何かあるのか?」

「うん、今井さんの所に行ってるんだよ」

「今井って美術部のか?」

「うん、そうだよ」


 3日連続で坂城が部活に20分ほど遅れて来たので聞いてみたら美術部に寄っているという事だった。


「もしかして今井に気があるのか?」

「違うよ。駅前のシャッターの絵の件で相談した手前、ちゃんと顔は出さないとと思ってるんだよ」


 なるほど、坂城らしい随分と義理がたい理由で遅れているようだ。


「何か手伝う事があるか?」

「ううん、シャッターに描く用の図案を見ているぐらいだからいらないよ」

「図案?」

「うん、とっても綺麗な絵なんだよ」

「そうなのか・・・」


 今井の絵はかなり前衛的な絵の筈なので、綺麗とは程遠い気がするのだけど、もしかしてこれから画風が変わっていくのか?


「シャッターの状態を見たりはしているのか?」

「今週の日曜日に行くつもり。シャッターが閉じてる時間が良いだろうと、早朝の部活前の時間に見こうって話しているよ」

「それならサクラに話しておくよ。商店街の責任者に話を通してくれるはずだから案内してくれると思う」

「それは良いね、お願いするよ」


 ショッピング街と言っても広いからな。メイン通りは駅から神社に続く通りと、それと交差する城址公園からヤクザの家や田宮銃剣術道場のある方に続く道だけど、他の枝分かれした道も入れたらかなり回る事になる。

 深夜に人の出入りの多い居酒屋街や風俗街やライブハウスがある楽器屋や24時間営業をしている早乙女の実家の喫茶店のがある辺りは被害が少ないけれど、サクラの店のあるメインの通りと、夜になると閉まる雑貨や衣料品や食料品などを扱う店が並ぶ丹波や田村の家の近くは結構被害が多い。


「俺は早朝ロードワークしてるからショッピング街通るかもな」

「もし見かけたら声をかけてよ」

「あぁ・・・」


 もしかしたらデートのつもりなのかと思い、デレデレしている所を見られたら嫌だろうとカマをかけたのだけど、涼しい顔をしていた。どうやら坂城の方にその気は無いらしい。


「カオリは今日も休みなの?」

「今日は出て来るよ、ハルカさんが検査入院したからなんだけどな」

「そうなんだ・・・心配だね」

「あぁ・・・」


 カオリの母親であるハルカさんは風邪の具合が一向に良くならないため血液検査する事になり、その結果異常が見つかって精密検査のための入院をする事になったと聞いている。


「俺達が心配してもハルカさんの具合が良くなる訳ではないからな。カオリは学校では普段通りにしているから、俺達も普段通りに接するようにしような」

「うん」


 カオリは動揺はしていて顔が青ざめていたけれど、態度だけは普段通りを心掛けていた。カオリが普段通りを心掛けているなら俺達もそれに合わせて普段通り接した方が良いのだろうと思ってオルカにもそう伝えた。


△△△


 国体の試合が地元の相模県であり、出場を決めていたカオリとオルカが出場したので水泳部総出で応援をしに行った。その結果、2人ともそれぞれ出場した種目で準優勝という結果だった。

 オルカは得意の800mが国体の種目に無いので400mだけに出場していた。記録はを伸ばしたものの国内の第一人者である大学生に及ばず準優勝という感じだった。

 しかしカオリはインターハイで出した記録より遅いタイムを出したため相手に上回れたという感じでの準優勝だった。記録が伸びなかったのはハルカさんの不調がカオリの精神に大きく負担になっているからじゃないだろうかと思う。


 インターハイで出したカオリの大会記録が、今回の国体で優勝した相手の記録を上回っいて、それが今季同種目の国内1位の記録であるため、カオリは2月のアジア選手権出場選手の最有力となっていた。しかしさらに記録を落とした場合は、今回国体で優勝した控えとなっている選手と交代させられる可能性があった。その試金石となるのは翌週の新人戦になるのではないかと思っている。


 国体は、カオリとオルカが優勝しなかったというだけだったが、あまり盛り上がれず現地解散する事になった。カオリやオルカは当然優勝するものと周囲が期待し過ぎている部分が多いからだろう。こんなプレッシャーの中で戦っているカオリやオルカはタフな部分が必要なんだと思う。


 その日の夜、俺の部屋の窓ガラスにコツンという音がした。勘違いでなければ、カオリが自分の部屋の窓から俺の部屋の窓に銀玉鉄砲の弾を当てた時の音だ。

 それはカオリが小学校低学年の時に、俺が部屋にいるのか確認するためにしていた行為だ。俺の部屋とカオリの部屋は向かい同士で距離が近いため、銀玉鉄砲でも充分射程距離だからだ。


 カーテンを開けて外を見ると、カオリが自分の部屋の窓から、暗い顔で俺の部屋の方をジッと見ていた。窓を開けると肌寒い風が室内に吹き込んで来た。この時期に庭で騒ぎ出す虫たちの鳴き声も、いつもより大人しいように感じる。


「まだそれ持ってたんだな」

「えぇ・・・」


 銀玉鉄砲は幼稚園の時に俺がカオリに渡したものだ。その前はカオリは大声を出して俺の部屋に声をかけたため近所で騒いでいる女の子がいると噂になってしまった。別の手段として考えた結果渡したのが、お祭りの景品のハズレで貰ったこのおもちゃだった。すぐに玉切れし、落ちてる銀玉を拾って使っていたようだけど、銀玉は土を固めて銀色の塗料が塗られたもので半数が割れて使えなくなる事が多かった。

 無くなった時は、おもちゃ屋を探し見つからなかったけど、親父が1000発ぐらい玉が入った袋を買って来たためその問題は解決していた。


「随分と久しぶりな事をするんだな」

「えぇ・・・」


 カオリが銀玉を俺の部屋に当てる事は、中学校に上がったあたりからしなくなっていた。そういった幼稚な事をしなくなってくる年齢だし、丁度その頃に俺の部屋の下を歩いたお袋が、転がる銀玉を踏んで滑って転ぶといった事が起きたため、カオリにも伝わり、しなくなったのだと思っていた。


「弾はまだ残っていたのか?」

「えぇ・・・」


 1000発以上撃ち込んでいるはずなので、小まめに拾っていたのか、それとも別口で銀玉を手に入れていたのかは不明だがまだあったらしい。


「何か話があるのか?」

「えぇ・・・」


 もう夜も更けた時間なのでここで話すわけにもいかないだろう。


「近所の公園でいいか?」

「えぇ・・・」

「すぐに着替えて出るからな?」

「えぇ・・・」


 長く話し込むかもしれないから少し厚着をして出た方が良いだろう。

 俺は防虫剤の匂いを抜くために外に出していたトレンチコートを持って部屋の外に出た。


「あれ?お兄ちゃん出かけるの?」

「あぁ、少しな」


 部屋を出て階段を下りると、丁度階段をシオリが登ろうとしているところだった。風呂から上がったばかりらしく、Tシャツにトレパンだけでブラジャーをつけていないため形が出てしまっていた。


「ふーん・・・じゃあプリン買って来て?」

「買い物に行くんじゃないぞ?」

「じゃあ何しに出るの?」

「・・・」


 なんかシオリから誘導尋問的なものを受け引っ掛かったのかもしれない。


「カオリちゃんに銀玉で呼び出されたの?」

「・・・あぁ・・・」


 シオリは俺がカオリに銀玉で夜中に呼ばれて外に出ていた事を知ってるからな。


「そっか・・・元気づけてよ・・・」

「あぁ・・・」


 そういうと、シオリは俺の横を抜けて階段を上がっていき自分の部屋に入っていった。


 カオリの母親であるハルカさんは、免疫不全系の病気だと判明し、これから限りなく滅菌された部屋に隔離され、僅かにいる菌には抗生剤の投与で凌ぐ入院生活になると聞いている。カオリは国体で記録を落として優勝を逃したショックを含めて色々限界になっているのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る