IF24話 サンマ

「何これ?」

「いつも出してるサンマ料理じゃない」

「いつも?」

「何が言いたいのかしら?」


 お袋が作った事を覚えているサンマ料理は、焼きサンマとサンマの蒲焼き風しか覚えていない。けれど今食卓に並んでいる料理はどちらでも無く、小鉢やお椀や平皿に分かれた小洒落た料理だった。


「焼きサンマじゃなかったの?」

「勿論焼きサンマもあるわよ?」


 廊下には、キッチンの換気扇では吸いきれなかった魚の焼ける匂いが漂って来ていた。だから俺は食卓を見るまで焼きサンマを食べる気でいた。


「これは?」

「さんまのなめろうよ?」


 小鉢に大葉が敷かれ、その上にのっている何かのミンチに胡麻がふりかけられているのは、サンマのなめろうらしい。


「これは?」

「サンマのつみれ汁よ?」


 味噌汁用のお椀に入っている団子と三つ葉が入った透き通ったお吸い物はサンマのつみれ汁らしい。


「これは?」

「サンマのマリネよ?」


 平皿に薄く広がるように盛られた青魚の切り身に、薄くスライスされた玉ねぎとドレッシングのようなものがかかっているのはサンマのマリネらしい。


「お袋、無理をしてない?」

「この子は何いってるの?普段通りの夕飯じゃない」


 お袋は目力を入れて俺に余計な事を言うなと訴えて来た。お袋は最後までユイに見栄を張り続けたいらしい。


「お父さんは?」

「今日も残業で遅くなるらしいわ。だから食べちゃいましょう」

「はーい」


 俺とお袋の問答に割り込むようにシオリが質問をしてきた。定時にあがっているならば親父が帰ってくる時間だったからだ。けてど食卓には親父の茶碗が並べられていないので何となく察していた。年末のボーナスは期待できると言っていたので大型の営業案件でも取って忙しいのだろう。


「ミノルさん、どうしたんです?」

「せっかくこんな美味しそうなものを食べられない親父が可哀想に思ってね」

「あの人は良いのよ、出張とか接待で美味しいもの食べて来るんだから」

「そうだよ、お父さんこの前、回らない寿司食べたんだってよ?」


 最近お袋は、スナックのマッチを親父のスーツのポケットから発見したらしく、お冠気味だ。

 シオリもお袋に同調しているらしく、親父に少し冷たくなっている。


 俺は一応バブル崩壊前に社会人になっていて、取引先との接待や、慰労会と言う名の上司の愚痴を聞く会に参加していたので、そういう場での食事が決して美味しくない事を知っていた。

 女性が接客してくれるお店も大した面識が無い相手に対して間を持たせるための場だったりして結局は仕事だ。男はすべからくスケベで、若い女性を横に座らせると大概機嫌が良くなり、友好的な雰囲気を作りやすくなるからだ。酔わせて情報を引き出したり、ある程度の口約束を交わして「あの時の話ですが・・・」なんて話を持っていったり出来るので、取引先の夜の接待は大事だと当時の先輩の教わっていた。


「はいシオリとユイちゃんのはハラワタ取ってる奴よ」

「はーい」


 どうやらサンマが焼き上がったらしい、コンロの下のグリル部分から取り出された焼きサンマが乗せられた横長の皿が、お袋によってテーブルに運ばれた。

 シオリはサンマの内臓の苦い部分が苦手なので取ってから焼いたものを食べる。

 ユイもどうやらサンマの内臓が苦手なようだ。


「お兄ちゃんはご飯大盛りで良いよね?」

「あぁ」


 非常に美味しそうな秋の味覚に食が進みそうだ。


「ミノルさんお茶です」

「ありがとう」


 見事なサンマ尽くしだな。

 毎日、こういう手の込んだ夕飯だと良いのにと思うけど。こういう贅沢って慣れてしまうものだしな。たまにだからこういうのが嬉しいんだよな。


「じゃあ揃ったから食べましょう、いただきます」

「「「いただきます」」」


 手を合わせたあと箸を取りなめろうに手をつけた。生姜とアサツキと味噌で青魚特有の臭みが取られ、細かく叩かれたサンマの身から、ほのかに甘い脂が溶け出し口の中に広がっていった。


「味が濃く無かったかしら?」

「ご飯と食べるには丁度いいよ」


 お椀の方を見ると、脂は多少浮いているけれど、汁は全く濁っていなかった。

こちらも生姜の香りがするのでつみれの中に入れているのだろう。

 お袋はどこかでレシピを調べて作ったのだろう。まだ家にはネット開設は繋がって無いし、繋げていてもレシピを掲載している便利なサイトなどまだ作られて無いので、料理本を見たに違いない。


△△△


「食べ過ぎた・・・」

「おかず多かったもんねぇ、私ご飯少な目にして正解だった」

「このプリン、食べる気がしないぞ・・・」

「夜食にすれば?」

「そうだな・・・冷蔵庫に入れておくか・・・」


 ユイに影響を受けたのか、うちのおやつはずっとプリンになっていた。

 家にいる2人は3時前後におやつとして食べているけど、俺は大概その時間は外に出ているので夕飯のあと食べるようになっていた。


「明後日でユイちゃん戻っちゃうんだ・・・」

「高校に合格すれば一緒に通えるさ」

「うん、そうだね・・・」


 ユイは3週間居候していた。今考えるとここにいるのは結構偶然だ。

 たまたま俺とオルカが同じ部活で、そこでたまたま知ったオルカとユイの一時的な仲たがいの仲裁の様な事をした。

 その後はオルカと祭りに行く事になり、そこでユイも参加して俺が誘ったシオリと知り合った。

 その後ユイが立花とトラブルになり、オルカに庇われ、シオリを頼って俺の家に逃げてきた。


 普通ならよその家の事情だと深入りを躊躇するものだと思う。けれどそうなっていないのは、親父が「女の子は助けねばならん」という主義を持っていて、うちの家族はそれに賛同しているので可能な限りで実行したのでこうなっている。


△△△


「そう、ユイちゃん戻るのね」

「あぁ立花の引越しと入れ違いらしいけどな」


 カオリは、夏休みの間、時間がある時にユイとカオリの受験勉強を見てくれていた。苦手だった所が分かるようになったと喜んでいた。カオリは人に教える事も上手いらしい。


「今日家でささやかな食事会をするけどカオリも来ないか?」

「えぇ行くわ」


 カオリはシオリの姉のような存在なので、シオリの親友のようになっているユイも半分妹のような存在になっている感じがする。何せユイはかなり優しくていい子だからな。

 ゲームでのユイは天真爛漫の明るい子という感じだったのに、オドオドした挙動をする女の子になっていた。同じ家で立花と顔を合わせないように生活していたらしいので、気配に敏感で臆病になってしまったようだ。


 俺や立花の行動によってゲームの世界とはかなり変化が起きているように感じる。世界にとっては大した差では無いのだろうけれど、ゲームを知っている俺にとってはその変化が大きなもののように感じてしまっている。


「うちのお母さんもユイちゃんを助けなさいって言ってたのよ」

「ハルカさんが?」

「えぇ、お母さんは天涯孤独の身の上なんだけど、父さんから助けられるまで結構大変だったんだって」

「へぇ・・・」


 マサヨシさんの実家は京都で有名な呉服店の次男坊だったらしいけれど、職人として腕の良いマサヨシさんを疎んだ長男から追い出されてしまったらしい。その際に腕を買ってくれていた人が、店を畳もうとしていたこの街の老夫婦が経営する呉服店を紹介されたそうでやってきたそうだ。

 そして店に顧客が付き軌道に乗った頃、ショッピング街の着付け教室に納品に行った際に、この街ではあまり聞きなれない故郷の言葉を使うハルカさんと出会い一目惚れして猛アタックしたそうだ。

 多分その頃にマサヨシさんはハルカさんを助けたのだろう。マサヨシさんはうちの親父より一回り以上年上だけど、結構仲が良いのは、その辺りの女性を助けるという部分に共感する部分があったからなのかもしれない。

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