IF23話 浮かない顔

 夏休みが終わるまであと3日となった。

 部活を終え家に帰ると、ユイから立花が街に帰って来たという電話が義母からあったと伝えられた。立花は以前住んでいた街に潜伏していたらしく、その街に住む知り合いに事情を話し確保して貰ったそうだ。


 翌日、公園整備のバイトがあり、それを終えて家に帰ると、ユイからユイの父親が俺達の家にやって来て、立花を姉妹校に転校させる事が決まったから、新学期から帰って来ても大丈夫だと言われたと教えられた。


 姉妹校は全国からスポーツ特待生を受け入れている関係から寮を完備しており、立花がそこから姉妹校に通う事で、ユイに顔を見せずに生活させる事が出来るという事になったそうだ。

 新学期というタイミングに合わせての転校なので、受け入れられやすいという事だった。


 ゲームでは3作目と4作目が姉妹校が舞台だった。学園長がかなりキャラが濃く、ヒロイン達も特徴的な女生徒ばかりだった。

 各ヒロインのエンディングが、ノーマルエンドとトゥルーエンドの2パターンになったのは3昨目からで4昨目にも引き継がれていた。

 部活バトルという元々1作目と2作目のお遊び要素だった戦闘イベントが増えており、それにより獲得したアイテムで能力の向上効率があがったり、デートの成功率があがったりした。

 2週目以降は獲得したアイテムを引き継げるモードがあり、それが無いとトゥルーエンドを目指すのが困難で、最難関のヒロインは数周してかなりアイテムが揃った状態でスタートしないと攻略がかなり困難だった。

 後に1周目で最難関ヒロイントゥルーエンドを達成したというものが動画サイトにアップされていたけれど、かなり綿密なスケジュール管理と運が必要らしく、俺には無理だと思いやる気すら起きなかった。


「お父さん、ユイカさんと離れたくないそうです。ユイカさんどことなくお母さんに似ているし、私がユイカさんに懐いている様子を見るのが涙が出るぐらい嬉しいみたいです。だから離婚したり別居したりという選択はしたくないそうです」

「ユイの望んだ通りの結果だね、でも浮かない顔をしてるのは何で?」

「親子を引き離したみたいだって気が咎めてるみたいだよ?」

「私・・・お母さんが死んだ時、すごく悲しかったから・・・」


 なるほど・・・。

 ユイはまだ幼かった頃の母親とのプリンの思い出を大事しているからな。

 色白なのも、母親がずっと日焼けしないようにクリームを塗ってくれた事を覚えていて、今も続けているからなんだそうだ。


「多分、高校が立花を相応しくないと判断したんじゃないかな。でも学校内で問題を起こした訳でも刑事事件になった訳でもなく、退学させる理由が無かったんだよ。だから姉妹校に転校っていう提案をしたんじゃないかな」

「そうかもしれません」

「ユイが望んだ形になったけど、それは立花を守るための結果でもあるんだよ」

「はい・・・」


 不謹慎だけど、色白美少女がシュンとなっている様子は絵になるな。色白って少し不健康そうで、幸薄そうに見えるんだよな。


「ユイのお母さんが務めているのって駅前の保険会社だろ?」

「そうです・・・」

「姉妹校って駅から結構近いの知ってるか?」

「知ってます・・・」

「だからユイの義母さんは仕事の帰りに立花の様子を見に行くんじゃないかな」

「そうかもしれません・・・」

「ユイの義母さんの帰宅時間が遅い日が増えるから、そんな日は家の手伝いをして待ってあげれば、きっと喜ぶとおもうぞ?」

「っ・・・はい! そうします!」


 立花と顔を合わせたくないから、家では部屋に閉じこもってたと言ってたからな。立花が家にいないなら、部屋の外で色々出来ることが増えるだろう。


 暗い表情が少しだけ明るくなって来てうつむき気味の顔が明るくなってきた。

 うん、どんなに儚げな雰囲気が似合ってても、明るい表情の方がいいな。バスケが大好きなスポーツ少女らしいし、元気な姿が本来なのだろう。

 それにしても色白だからか顔色が良く変わるな。少し青ざめていた顔だったけど、頬が紅潮し始めていた。


「そうだ、今日、ユイとうちの中学校の行って、バスケしたんだよ?」

「部外者が入っても大丈夫なのか?」

「チエリちゃんが連れてってくれたから大丈夫だよ。息抜きにショッピング街にいったら後輩の様子を見に行くって学校に向かってたからついてっちゃった」

「なるほど・・・OGだもんな・・・。バッシュは持ってたのか?」

「ううん、バスケ部の人の体育館シューズを借りたよ」

「なるほどな・・・」


 ユイが明るくなり大丈夫そうだと事を察したのか、ユイの隣に座ってたシオリが別の話題を振ってきた。


「それでユイちゃん、ジュンと1on1したんだけど、なんと勝っちゃったんだよ?」

「えっ?ジュンがいたのか?受験生だろ?」

「ジュンってうちの学年の成績トップだよ?」

「あぁ、そういえば頭良いんだったな」

「ジュンも時々息抜きで来てるって言ってた」

「ふーん・・・本当にバスケが好きなんだな」

「そうみたい」


 恵まれない体格なのに大会のMVPになるぐらいだしな。好きだからこその成果なんだろうな。


「でもジュンって凄い選手なんだろ?ユイは良く勝てたな」

「なんかミスマッチらしいよ?ジュンって凄いシューターらしいんだけど、ディフェンス力が弱いみたい。そしてユイちゃんって長身だしマークするのが凄くうまくて、ジュンが殆どシュート打てなかったの」

「なるほどな・・・」


 ジュンは身長が170cmに満たないし手足も長くないもんな。長身でスラッと背の高いユイが相手だと分が悪かったようだ。


「だからチエリちゃんが絶対に欲しいって大絶賛だったよ?来年入部したら即スタメンだって言ってた」

「そりゃ凄いな・・・」


 早乙女は今の2年生が来年に引退したら、かなり選手層が薄くなると嘆いていた。今のキャプテンが八重樫みたいな選手で、あと2名1年の時からスタメン入りしていた選手がいたらしい。他の2年生もその先輩に触発されて奮起した人達らしく、引退した3年生に匹敵する選手ばかりなんだそうだ。

 それに対して今の1年生は、近隣の有力選手を殆ど姉妹校に取られているらしく、層が薄いらしい。だから中学校時代に現役のバスケ部員並みにバスケが出来ていたカオリに、助っ人を頼みたいと頼んでいた。けれどさすがのカオリも五輪出場選手にほぼ指名されると言われている状況で、ラフな接触プレイが多い団体球技の助っ人をして怪我をしてしまうのは、既に支援してくれる人達に申し訳無いと思ったようで断っていた。どんな天才だろうと、病気や怪我というリスクとは無縁ではいられないかららしい。


「ミノル、もうすぐ夕飯だから、さっさと洗濯物を置いて着替えて来なさい」

「今日の夕飯は何?」

「サンマよ、今日はとっても安かったの」

「良いねぇ」


 今年はサンマが大漁だって言ってたもんな。

 そてにしても、ユイが来たばかりの頃、お袋は、サーモンのカルパッチョやらローストビーフやらエビフライやら、今まで食卓に並んだことが無いものや、誕生日やクリスマスなどの特別な日に作る料理ばかりをユイに対する見栄で続けていた。けれどやっと今日サンマという平常モードになったらしい。


「シオリは大根をおろして頂戴」

「はーい」


 お袋がおろし金と1/4ほど カットされ皮を剥かれた大根をのせた丼ぶり鉢を食卓テーブルに置きながら言った。


「私も何か手伝います」

「じゃあユイちゃんは、ご飯と味噌汁をよそって貰える?」

「はい」

「ほんとユイちゃん良い子ねぇ、ミノルがカオリさんにフラれたら、お嫁に来てくれない?」

「えっと・・・」


 リビングから出る俺の背後から、お袋の下世話な言葉が聞こえたような気がしたけど、聞かないフリして脱衣所で作業着を脱ぎ、風呂場に入ってシャワーを浴びた。


△△△


「お兄ちゃん、ここに着替え置いとくからね」

「ん?・・・ありがとうシオリ」

「もうユイちゃんの前でタオル一丁で出歩かないでよね」

「あぁ、分かってるよ」


 髪を洗ったあと体を洗っていたら、大根おろしを終えたらしいシオリが俺の部屋から着替えを持って来てくれた。

 ユイが家に来た3日後に、油断していつものようにシャワーのあと、タオルを腰に回した状態でリビングのエアコンに当たるりに来た所をユイに見られ、恥ずかしがらせて以降、毎回のように言われるようになっている。

 一応脱衣所の洗濯機乾燥機の中に、俺のトランクスとTシャツが乾いた状態で入っていたので、それを身に着けて部屋に行こうと思っていたけれど、俺が部屋にいかず風呂に入った事をシオリが察したらしく、俺の部屋から着替えを持ってきてくれたらしい。

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