IF20話 色んな花火を見たな

「兄がご迷惑をかけました」

「いいよいいよ、ご両親にも謝ってもらったからさ。弁償するって言われたけど実は被害は無いんだよ。売れない本って出版社に返品出来るからね。実は僕ら本屋は出版社に店の棚を貸してるって関係なんだよ。売れたらその分の貸し賃を貰うって感じでね。だから万引きとかされたら丸損だけど、散らかされたぐらいなら平気なんだよ」


 ユイに謝罪され、丹波は顔を赤くして早口で説明をしていた。中学校時代に「胸の無い女は女じゃねー!」と言ってクラス中の女子から総スカンを食った丹波はもういないらしい。

 まぁユイぐらいの美少女だったら、胸が無くても胸が高鳴るものだよな。


「はぁ〜、立花君の妹に思えないほど綺麗な子だね〜」

「血は繋がって無いらしいぞ」

「それであんな事したんだ」

「かもしれないな」


 ここにいるメンツは全員立花が妹の下着でイタズラした上、知られた事に逆上して手を上げた事を知っていた。田村が丹波に聞かれてペラペラと話したからだ。

 丹波は善人なクセに調子に乗って失言をする奴だし、田村は普段は大人しくて良いやつなのに丹波といる時だけ同調して空気が読めない奴になる。2人を呼んだ時点で、こうなることは予測すべきだった。


 ただ田村と丹波をここに呼ぶことには意味があった。ユイが良い子だと知って貰うことが、彼らが立花への怒りを立花家への怒りにする事を防ぐことが出来るからだ。


「立花が何処に行ったか知ってるか?」

「駅前の方に走っていった事はわかるんだが、それ以上はわかんねぇな」

「そっか・・・」


 立花の行方はわからなくなった。立花の両親は遂に警察に失踪届を出しにいったそうだ。


「そろそろ良いんじゃないっすか?」

「あぁ・・・始めようか」


 縁側に切って並べていた西瓜を手に持ちながら空を見上げていたジュンが夕暮れを感じたようなので花火を始める事にした。

 まだ少し空が明るいけれど、太陽は完全に山陰に隠れ、蝉の声はアブラゼミの「ジリジリジリ」という声から、ひぐらしの「カナカナカナ」というものに変わっていた。


 女性陣は手持ち式の花火をつけて、男性陣が吹上式の花火をつけていった。

 水泳部の花火会は戦争のように始まってしまったので無秩序だったけど、普通は派手なものから始めて、段々と落ち着いたものにしていって最後は線香花火で締めるものだと思う。


 ただし女性陣は吹上式の花火の着火を怖がるので、こういったものは女性陣に自信が勇気がある存在である事をアピールしたい男性陣の出番なのかなと思う。


「綺麗・・・」

「オルカからユイも花火をした事が無いって聞いて今日しようと思ったんだよ」

「お母さんがいた頃にしていた写真があるけど、まだ小さい頃で覚えて無いんです」

「そうなんだ・・・思い出せると良いね」

「はい・・・」


 ユイの母親はユイがかなり幼い時に亡くなったんだな・・・でもプリンの事は覚えていたのか。数少ない母親との思い出を大事にしていたって感じなんだろうな。


「これ7回も色が変わる花火だってさ」

「へぇ・・・虹みたいだな」


 虹は色が変わる訳じゃ無いけど、丹波の発言を聞いて俺も虹みたいと思ってしまった。


「あれ? あっちで花火が上がってるね」

「今日は港の方の遊園地で花火を上げる日だったわ」

「遠すぎて音が聞こえないね・・・」

「聞こえても10秒以上遅れて聞こえるだろうな」


 耳に手を当てて花火の音を聞こうとしたらしいサクラだが聞こえないようだ。今は陸から海に向かって風が吹いているので、海の方の音を運んでくれないのだろう。


 みんな通りの奥の建物の隙間から微かに見える花火に注目して自分たちが花火をしているのを忘れたように見ていた。


 少しづつ我に返った人から残りの花火をつけ始めた。そして最後に線香花火をみんなで座り込みながら、この楽しい時間の終わりを少しでも延ばすために、火を落とさないように大事に楽しんだ。


「ユイ、こっちのヒラヒラした方じゃなくこっちの膨らんだ方をつけるんだよ」

「オルカちゃん私はそれぐらい知ってるよ?」

「そうなの?」

 

 オルカは自分が間違えたことをユイに教えて感心されたかったようだけど失敗していた。


「これをすると花火が終わるって感じになるわね」

「あぁ・・・今年は色んな花火を見たな・・・」


 大空に大輪のように咲き腹の底まで響くような音を立てる神社の花火、戦争のように騒がしく打ち合う公園での花火、男たちが小さな度胸試しをする自宅の前の道路での花火、遠くの遊園地で打ち上がる静かな花火、そして好きな相手と向かい合ってする儚く美しい線香花火、こんなに幸せな風景と共にある花火を見た夏は始めてだ。


「随分と風情のある例えをするのね」

「そうか?」

「えぇ・・・好きな例え方だわ」

「それは良かった」


 こういう芸術面の事でカオリに褒められたのは久しぶりかもしれない。

 カオリは写実的な芸術も好きだけど、侘び寂びに関する芸術が好きだ。だから俺の言葉の中に、琴線が触れる部分があると、こうやって褒めてくれる事が時々あった。


△△△


 花火が終わりそれぞれが帰って行く中、サクラと早乙女が残っていた。どうやら2人もカオリの家に泊まるらしい。

 早乙女はカオリの家に入っていたけどサクラはまだ俺の家の庭にいて縁側に座っていた。


「カオリの家に行かないのか?」

「あの2人は勉強してるのよ、真面目なんだからさ・・・」

「さすが1組の1位と2位だな、サクラも勉強に加わった方が良いんじゃないか?」

「私、高校を卒業したら女優目指そうと思ってるのよ」


 ゲームではサクラは演劇部だと卒業後の進路は女優になっていた。カオリが演劇部に入ると軽音部に入り、その場合はアイドルになるんだけどな。


「もう将来の夢を決めてるのか・・・すごいな」

「親に反対されてるけどね。婿を取って店を継いで欲しいみたい」

「サクラなら選び放題だろ」

「まぁね」


 中学校時代、サクラはカオリと双璧をなすアイドルだった。けれど彼氏を作ったという話は聞かなかった。


「うちの高校なら、将来有望なのいっぱいだろ」

「そうだね・・・頭が良くて、家柄も良くて、顔も良い人からも告白されたよ」

「おぉ?決まりか?」

「値踏みするようにジロジロ見て来たから断ったけどね」

「家柄良いのならマナーぐらいしっかりと息子に教育しろよ・・・」

「多分、私の事を綺麗なアクセサリー程度にしか思ってないのよ、女には不自由してないだろうしね」

「スレてんなぁ」


 サクラも、カオリと同じ様に容姿の良さで色んな目に遭っているらしい。

 小学校の頃には集中的にスカートめくりのターゲットにされて泣いていた事があった。

 だからかサクラはカオリと同じくスタンガンと痴漢撃退スプレーと防犯ブザーを持ち歩いている。

 少し前に男に絡まれてるの見かけたから助けようとしたら、自身の手でそれを使い撃退していた。


 ゲームでは同じデートスポットに3回連続で出かけると、不良に絡まれるようになるという設定があった。その場合は3年の2学期にヒロインとデートすると、ラスボスである番長という奴と戦闘する事になる。その際にデート中のヒロインも戦闘に加わるのだけど、サクラの場合「お仕置きよ!」という名前の雲を呼び稲妻を落とすというものだった。

 リアルな世界なので、スプレーで雲、ブザーで音、スタンガンで雷を表現しているのかなと思ったっけ。


「そういえば商店街のシャッターのイタズラ書きしている奴を捕まえたんだって?」

「えぇ、でも初犯だったみたい。なんか学校の先輩に言われて書きに来たって言ってたわ」


 最近、サクラが桃井生花店にイタズラ書きに来た犯人を捕まえたという話をカオリから聞いていた。多分3種の神器を使ったのだろう。


「その先輩とやらは特定出来たのか?」

「えぇ、姉妹校の生徒だったわ」


 あそこは不良が多いらしいしな。今年は地元のヤクザの息子も入学してさらに荒れているとも聞いている。


「じゃあいたずら書きは無くなったのか?」

「それが減らないのよ・・・」


 イタズラ書きの全てがその先輩の指示じゃ無かったのか。


「綺麗にしたいけど、いたずら書きさてるたびに塗装すると費用がかかるのよね・・・」

「自分たちで塗る訳にはいかないのか」

「小規模なイタズラならやってるわよ。でも汚された部分だけ塗ると貧乏くさく見えるのよ。だからって業者に頼むと馬鹿に出来ない値段がするしね」

「被害届は出してるのか?」

「毎回出してるわ、警察も見回りを増やしてくれている。でも犯人は警察がいたら実行しないし、警察も犯人の特定まではしてくれないのよ」


 こっちの世界の警察も犯人の特定に至る証拠が無いと動かない訳か。


「防犯カメラを設置できないのか?」

「市議会で反対されたわ」

「市議会?」

「善良な市民のプライバシーが損なわれるとか、密告社会に繋がるって言われてさ」

「善良な市民なら外を歩いてるところを見られたり密告されたりしても平気だろ」

「私に言っても意味ないわよ」

「まぁそうなんだが・・・」


 国家が統制するためにつけてる監視カメラじゃ無いんだし、道に監視カメラを付けるのは問題ないと思うがな。前世では商店街に監視カメラはあるのは当然だったし、車載カメラを搭載する事も当然になっていた。何かが起こればスマホで撮影し、その結果犯罪行為が暴かれる事も多くあった。


「シャッターに絵を描いたらどうだ」

「絵?」

「イタズラ書きの上にイタズラ書きされている事はあまり無いだろ?無地のキャンパスだから描かれるんじゃないかと思ってな」

「なるほど・・・でも看板屋は塗装屋より高いわよ?」


 看板屋か・・・映画館の上の絵を描く人だな。確かにああいう人に頼むと高そうだ。


「それなら素人に道具だけ渡して絵を描いて貰う手もあるぞ?」

「素人?」

「中学校とか高校には必ず美術部があるものだろ?大学にも芸術系のサークルがあるだろうしな」

「なるほど・・・」


 小学校だと、標語をモチーフにした絵を生徒に描かせて自治会の掲示板に貼るなどしていた。前世でも俺が死んだ海岸の波除ブロックには地元の小学生が絵を描いていた。そんな感じで描いて貰う方法もあるんじゃないだろうか。

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