IF19話 この日のこと

 合宿の最終日、午前中に最後の泳ぎ込みをし、午後に合宿所を清掃したあと学校を出て、水泳部のみんなでオルカの家の前の公園向かった。そしてオルカの婆さんの駄菓子屋で各々好きなアイスを買って食べながら暗くなるのを待った。下校時刻である6時を越えてもまだ明るかったからだ。


 みんながアイスを食べ終わる頃、オルカがバスケットボールを家から持って来た。

 この街ではバスケがかなりの人気スポーツで、体育の授業もバスケが行われる事が多いのでバスケ部ではなくてもそこそこ出来る生徒が多かった。


「それにしても綾瀬と水辺はバスケも上手いんだな」

「もう1人メンバーを加えて港の3on3大会出たら優勝とか出来るんじゃないか?」

「それならユイが良いよ」

「ユイ?」

「オルカの幼馴染です、中学校3年生でうちを受験予定らしいです」

「開山中のキャプテンだったらしいわ」

「開山中の女子って県大会ベスト4だろ?」

「詳しいですね」

「こいつの妹、港東中のバスケ部なんだよ、そしてこいつはシスコンなんだ」


 なるほど、部長はシスコンか。


「そっ・・・そろそろいい時間だし始めるか・・・、で・・・では第1回水辺さんの家前公園大花火大会を開催します!」

「あっ・・・誤魔化した」


 副部長がぶっこんだシスコン話を続けられるのが嫌なのか、部長が話を変えるために花火大会のはじまりを宣言した。

 シスコンってそんなにヤバい話なのか?俺もシオリと仲が良いけど変な風に言われた事無いぞ?


 急な展開にみんなついていけてないけれど、一番お金を出したスポンサー的存在である部長が宣言したなら仕方ない。俺がパチパチと手を叩くと他の部員もバチバチとまばらに拍手をする人が出て来て開会式が始まった。


「で・・・では聖火点灯っ! 水辺さん、この蝋燭に火をつけて下さい!」

「はーい」


 そういう事に頓着しなのか、100円ライターを持ったオルカがウキウキした感じに部長に近づき、部長が手に持っていた仏壇に置かれているような蝋燭に火をつけた。


「では・・・床に立てて・・・野郎ども! 自由に花火をしやがれ!」

「ちょっと! 淑女もいるんですけどっ!」

「淑女ぉ?」

「「「あ”あ?」」」


 そんなグダグダな開会の後に続く部長の失言で、男女険悪な感じで花火大会は始まった。

 花火の袋に書いてある「人に火を向けてはいけません」という注意書きを無視した男子VS女子による闘争が一部で始まっていた。

 テレビなら「よい子は真似をしないで下さい」とか「彼らは特殊な訓練を受けています」とかてテロップを出さないと放送できない状態だ。

 でもそんな事をしていている内に楽しくなり笑顔になって、各々楽しく花火をするようになった。


「綺麗だね~」

「ちょっとこれすぐに消えちゃったんだけど! ってまたついた!」

「うわっ! ちょっとこっちに向けるな! 人に向けるのはもう無しっ!」

「これ大きな音が出る花火じゃ無いよね?」

「床に置いて火を吹き上げるタイプみたいだから大丈夫だよ」

「あっ・・・風で聖火が消えた~、ちょっと坂城、その花火で付けて~」

「えっ? あっ・・・わかりました・・・」

「これ全然パチパチしないよ?」

「それはこの膨らんだ部分に火をつけるんだよ」

「オルカさん、線香花火知らなかったんだね・・・」

「花火すぐ終わっちまうな、俺が出すから追加を買って来てくれ」

「駄菓子屋に売ってましたよ」

「それなら水辺頼んだ」

「毎度あり~」


 花火が終わってシスコン話が始まるのが嫌なのか、部長が3000円の軍資金を追加で提供したので、オルカがそれを持って花火を調達に向かった。そして何故か花火の他にラムネの入った籠をガチャガチャ言わせながら戻って来た。


「お婆ちゃんから差し入れだって」

「おっ! ありがたい!」


 みんなが駄菓子屋に注目すると、オルカのお婆さんは店の前にいてニコニコしながら手を振っていた。みんなが思い思いに手を振って感謝を言うとペコっと頭を下げて店の中に戻っていった。


「優しそうなお婆ちゃんだね~」

「実際に優しいだろ」

「この店って正月も開いてるんだよね」

「えっ?正月に!?」

「お婆ちゃん公園で遊ぶ子供を見るのが好きでここに店を開いたんだよ。お正月はお年玉握りしめてお菓子を買いに来た子が、店が閉まっていてガッカリした顔で帰るのを見て、悲しくなって開ける事にしたんだって」

「そんな理由があったんだ・・・」

「優しすぎだろ!」

「うわ~私この店のファンになるわ~」

「よし! 水泳部で飲み物を買う時は部長命令でここで決定!」

「異議なし!」

「スーパーで買った方が安いし買わなくて良いよ〜、お婆ちゃん、もう年金だけで食べてけるって言ってるしさ」

「誤差だよ誤差」


 笑顔はプライスレス、俺も前世ではスーパーに勤めていたけれど、地元密着の小さな店が割高なのに潰れず残っていることはあった。

 当時、俺はそれを不思議に思っていたけど、オルカお婆さんのような方が店を切り盛りしているとか、そういう理由があって存続出来ていると聞いたのなら得心した事だろう。


「うわっ! 噴き出した」

「私この瓶好きなんだ~」

「分かる~」

「久しぶりに飲むな~」

「夏の味~」

「家で飲むと大して美味くないんだよな」

「お祭りで飲むと美味しいんだよね」

「今日はお祭りって事だな」

「私、この日のことをずっと覚えてそうな気がする」

「夏の思い出だね~」


 その気持ちすごく分かる気がする。俺も前世で死んだ日に海岸に行ったのは、陸から海に真っすぐ向かう風を感じて、兄さんと海岸で凧あげをして遊んだ日の事をなんとなく思い出し、吸い込まれるように向かったからだ。

 小学校に上がったばかりの頃の思い出なのに、俺は68歳で死ぬまでその日の事を覚え続けていた。

 それにしても非常に波が穏やかな日だったのに、急に波が襲って来て足元を掬われた。沖合に大きな船でもいたんだろうか。でもこんな夏の日の思い出を得るために海に呼ばれたのだとしたら、溺れた事を嫌な思い出として怖がるのは間違っているだろう。

 既に、かなりの荒波が来て沖に流されたとしても、陸まで泳ぎつける力を持っている。海を過剰に怖がる必要はもう無いだろう。


△△△


 合宿から帰宅した翌日、オルカがカオリの家に着替えを持ったバッグを持ってやって来た。

 家の前でユイを囲んで花火をしたあと、そのままカオリの家に泊まるらしい。

 花火大会は、祭りの日に神社に行った8人の他、サクラと田村と丹波と早乙女が加わっていた。


「何で早乙女が?」

「私が呼んだの、悪い?」


 どうやら早乙女はサクラが呼んだらしい。両親がショッピング街に店を構える同士で、カオリと3人で幼馴染みたいな間柄でもあるからな。


「八重樫は呼ばなくていいのか?」

「カズ君は県選抜の合宿に行った」

「なるほど・・・」


 八重樫というのは早乙女の彼氏だ。実家がショッピング街でスポーツ用品店をしているので、俺も水着やゴーグルやキャップなどの調達でお世話になっている。

 長身でイケメンの八重樫と小柄でチンチクリンな早乙女のコンビは城前中ではかなり有名なカップルで、八重樫に女性の影があると、早乙女が激しい嫉妬をしてヒステリックになる事から2人合わせてアンタッチャブルと呼ばれていた。

 「ムキーっ」と言ってグルグルパンチをする早乙女のおでこを押さえて「助けてくれ」と周囲を見渡す八重樫を暖かい目で見守るのが城前中の同期生の男子の伝統だった。


 ちなみに早乙女はかなり小柄だが女子バスケ部に所属している。素早しっこくボールキープ力があるため、現女子バスケ部キャプテンの交代要員のポイントガードとして出場しているそうだ。

 もしユイが俺達の学校に合格したら早乙女が部活でも先輩になるだろう。


「私とカオリとユイで来年の港の3on3出ない?」

「私はいいわよ」

「うん!」


 カオリとオルカとユイは、水泳部がオルカの家の前でしていた港の祭りの3on3大会に出るという話をしているらしい。


「早乙女は港の祭りに出たりするのか?」

「男女混合チームの部もあったし、カズ君と出ようかな・・・」

「3人目は?」

「あそこにいるでしょ?」


 早乙女の見ている方に目を向けるとジュンがそこにいた。少し前まで城前中で八重樫の次のキャプテンをしていて、去年冬の大会の地方予選で優勝しMVPを取って全国に行き、今年の夏の大会はベスト3止まりだったけどベストメンバーに選ばれた逸材なので確かに適任だった。


「早乙女が八重樫とジュンで来年の港の3on3出ようってさ」

「良いっすけど気が早いっすね、合格出来るか分からないっすよ」

「いつも学年1番だってシオリから聞いてるぞ?」

「いつもじゃないっすよ、たまに2位になるす」

「2位でも充分だよっ! 10位前後の俺でも入れたんだぞ!?」


 実はジュンはかなり頭が良い。カオリみたいな超人的良さはないけれど、うちの高校に入学程度で躓く事は決して無い秀才だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る