IF16話 予想外だぞ(立花視点)

「くそっ!」


 俺はあてもなく街を彷徨っていた。

 ユイちゃんの下着をオカズにした程度でこうなるなんて思わなかった。


 電話のケーブルは切っておいたし、まだお袋が帰って来るような時間ではない、連絡はされていない筈だ。義理の親父は毎日残業で遅いしな。


 取り敢えずほとぼり冷ますまで逃げようと思い、家を出るときお袋のヘソクリを盗んでおいた。だが酒の酔いと股間を蹴られた怒りが落ち着いて来た事で、ヤバい状況になっていると段々分かってきた。


 取り敢えず夏休みが終わるまで逃げ続ければ何とかなるだろう。人の噂なんてすぐに消えるもんだしな。

 化粧台の引き出しの奥とクローゼットの昔のブランド服の内側。お袋のヘソクリは合わせて20万もあった。

 赤ん坊の頃に、そこにヘソクリをしているのを見ていたので、こっちの家でもしてるんじゃないかと探したらバッチリ的中した。こういう勘だけは俺は昔から良かったんだ。


 生活資金には不十分だけどしばらく逃走する資金には充分だ。着替えも5着持って来たしな。

 拠点になりそうな場所で思いつくのは駅前の漫喫とカプセルホテルだ。

 他にはクラスメイトとヒロインの連絡先。あと少し遠いが小学校の頃の友人の連絡先だ。何名か電話して、釣れた奴の家にしばらく居候するという手もある。


 俺は、人の顔と名前と電話番号とざっとしたプロフィールは小学校の頃からすぐに覚えることが出来た。だからこっちに引っ越す前は友達が多かった。まぁただ餓鬼どもと群れてただけだけどな。


 とりあえず2つ後ろの席の田村に電話する事にした。奴はクラスの中でもかなり人当たりが良い奴だし話しかけやすかった。同じ中学校出身の奴の方が間違いないけど、近所だし俺の失態を知ってしまう可能性が高い。


「はい、田村酒店です」


 田村酒店?あぁ店舗兼住宅って奴か。桃井の家もそうだったもんな、店には名前が書いてない癖に、電話すると「はい、桃井生花店です」って言われるから分かるんだ。


「もしもし、立花と言いますけどリョウマ君はいますでしょうか」

「えぇ、ちょっと待ってて・・・」


 受話器を置いたと思われるゴトっという音がしたあと、遠くの方で「リョウマ、友達の立花君から電話よ?」「立花君?何の用だろ・・・」という声がして田村がいる事が分かった。


「もしもし立花君?君が連絡してくるなんて珍しいね」

「あぁ、ちょっと夏休みで暇でな、遊びに行っても良いかと思ってさ」

「別に良いよ、サッカー部はレギュラーがインターハイに行っちゃって、残留組は自主練で暇なんだよ」

「それは良かった、でも家が分からないんだがどこなんだ?」

「駅の北側、ショッピング街の中だよ」

「じゃあ駅前広場まで迎えに来て貰って良いか?」

「うん良いよ」

「じゃあ30分以内には到着すると思うから迎えに来てくれ」

「うん了解」

「じゃあまたな」


 行き先はすぐ決まった。サッカー部の田村の家だ。サッカーはあまり上手くないらしく、部活ではボール拾いばかりさせられていると話していた。

 家も駅前に近いので好都合だ。誰も捕まらなかった時に漫喫やカプセルホテルに泊まれるからな。


△△△


 バスがすんなり来たので20分ぐらいで駅前に到着した。日差しが強くて暑いので、屋根のあるバスターミナルの方から街頭テレビを見上げていると、田村がショッピング街入口の信号機で待っているのが見えたのでそちらに向かいつつ手を振った。


「やぁ、終業式ぶりだね」

「あぁ、すごい日焼けしてるな」

「あはは、ずっと外でボール拾いしてるからね。そういう立花君は白いねぇ」

「家でゴロゴロしてたからな」

「それは暇そうだねぇ」

「とりあえず田村んち行こうぜ」

「うん良いよ、うちにはテレビゲームか漫画ぐらいしか無いけどね」

「充分だよ、俺も家ではそればかりだったからな」


 田村はお調子者の丹波と仲が良かった筈だ。同じ中学校だし近所なのかもしれない。


「そういえば丹波とは会っているのか?」

「うん、家も近いし結構遊んでるよ」

「なるほど・・・」


 2件目の拠点ゲットかな?


「クラスで他に同じ中学の奴はいるのか?」

「うん、田中君と望月君と早乙女さんと綾瀬さんかな」

「田中かぁ・・・」

「田中君がどうかしたの?」

「いや・・・妹が少し厄介になってるみたいでな・・・」

「立花君って妹さんいるんだ」

「あぁ、中3なんだがな」

「へぇ・・・でも田中君すごいね、綾瀬さんや桃井さんや8組の水辺さんだけじゃなく、立花君の妹さんも惹きつけちゃったんだ」

「あぁあいつは手が早い奴なんだよ」


 田中の悪い噂は広がったほうが良いからな、ネガティブキャンはさせて貰おう。


「そうなの?僕は中学校の頃の田中君を見てるけど、田中君はずっと綾瀬さん一筋だったよ?クラスの女子の中でも田中君を好きな人いたけど、綾瀬さんに遠慮して声をかけられなかったみたいだね。例外は3組にいる桃井さんぐらいじゃないかな?」

「そうなのか?」


 マジか・・・田中は綾瀬狙いだったのか。あと桃井が田中を好きだというのは初耳だ。


「田中君って小学校の頃に誘拐されそうになった綾瀬さんを助けてね、頭に大怪我して入院してた事もあるんだよ」

「そうなのか?」

「うん、それからかな、田中君が毎朝ジョギングして体を鍛えるようになったのは」

「マジかよ・・・」


 もしかして、頭を打って人格が変わったパターンか?その時俺みたいな転生者が乗り移ったとかあり得そうだな。でも、そんな事でゲーム設定とズレるとか予想外だぞ。


「ほら、ここが僕の家だよ」

「酒屋だな・・・」

「うん、ちなみに丹波君の家は本屋で早乙女さんの家はバスターミナルからからも見える喫茶店だよ」

「なるほどな・・・」


 クラスの奴らが結構このショッピング街に固まっているらしい。


「田中と望月と綾瀬の家は遠いのか?」

「田中君と綾瀬さんは神社の方に近いかな。望月君は城址公園の方だね」

「なるほどな・・・」


 神社というとこのショッピング街のメイン通りを真っすぐ抜けた先にある。このショッピング街は駅前の1等地という事もあり客が多く広い。

 城址公園はショッピング街の東側にある。このショッピング街は城の神社の間に栄えた門前街で、そこの近くに駅が作られさらに広がった形で結構広い。

 城址公園と反対側には地元では有名なヤクザのお屋敷と、田宮銃剣術と木の看板がかかったでかい道場もあるしな。

 ただ駅の南側が官公庁や会社のビルが立ち並び高層化しているのに対して、ショッピング街は3階建てぐらいまでの建物が多い。だからこの街は駅の南側と北側でかなり様相が変わる。

 北側は古くからの旧市街で、南側は海岸側の埋め立て地に商業地や工場が出来ていくに従って広がった比較的若い街だからだと中学校の時に、地理の授業で聞いた気がする。

 ゲームの背景のバリエーションのためだろうに、授業中に噴出さないように我慢するのが大変だった記憶がありよく覚えていた。

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