IF14話 交わした約束
ユイは話しながら悲しくなったのか涙声になって食卓に水滴を垂らしていた。
シオリもオルカも目に涙を溜めて今にもユイと同じ状態になりそうだった。
「まず、ユイはどうしたい」
「あいつと一緒にいたくない」
「それは当然だな、他にはあるか?」
「お父さんとユイカさんに別れて欲しくない」
「なるほど・・・夫婦仲は良いんだな?」
「うん・・・」
「つまり兄だけ排除したい訳だ」
「うん・・・」
立花は相当嫌われてるな。舐め回すような目で見ていた事から明らかに性的な対象としてユイを見ていたという事が分かる。
気持ちは分からないでもない、こんなに綺麗なお姉さんみたいな女性が身近にいたら、懸想しても仕方ない事だ。
「でもそれ基本的には無理だ」
「・・・うん・・・」
「親には子を成人まで育てる義務がある」
「うん・・・」
「でも子供は親に育てて貰わなければならないという義務は無い」
「・・・えっ?」
「子供は親に20歳までの養育を要求する権利がある。だけど養育されないといけないという義務は無いんだよ」
「うん・・・」
権利と義務というのは時に全然違うものなのに混同される事がある。子供は親を選べないけど、親は産んだ子供を捨てられない。だけど子供の方から親を捨て事は可能だ。
「子供は親が駄目だと思ったら児童相談所に助けを呼べる。そして児童相談所は親を不適格だとなした時は親権を剥奪するんだ」
「うん・・・」
自己判断が出来ない小さな子供の場合は児童相談所が判断する事もあるけど、子供が助けを呼んでいるのに児童相談所が助けなければ大問題だ。だから助けてと言い続ければ親は排除される。
ただしそれは強権過ぎるのでなかなか振るわれない。だからその強権が振るわれないよう子供に助けてと言わせないようにしてくる親は多い。しかしそれに逆らい続ける事が出来れば親の排除は出来る。
「あと16歳以上なら20歳以上の成人と自分の意思だけで養子縁組をする事が出来る、つまり法的に親を捨てられるって事だな」
「私、お父さんやユイカさんを捨てたい訳じゃない・・・」
そこが1番の矛盾点だ。義母と暮らすというのは義母の連れ子と暮らすという事と同義だからだ。
「うん・・・でも最低でもそのユイカさんは兄を20歳まで養う義務があるんだ、だからユイカさんと同居をする限り兄は離れない」
「・・・うん・・・」
「親がユイに対してどういう生活を用意するのか聞いて、その中に兄とユイが同居しないという選択肢が与えられないのなら、親はユイを幸せにする事が出来ない存在だと思わないといけない」
「・・・」
ユイは話は理解できるけど、親たちと同居し兄がいないという求めている答えが無いため納得できないようだ。
その時、コンロにかけたヤカンが沸いた音がしたので俺はキッチンに向かってコンロの火を消した。
そういえば冷蔵庫の中にプリンがあったな。脳を働かせるには甘い物と相場が決まっているし、出してみるか。
俺は冷蔵庫の中のプリンのパックをバラして4個取り出し、小皿とスプーンと共にお盆に乗せて持っていった。
容器から小皿に移したプリンを持っていっても良いけど、このプリンは、自分で爪を折って出したいって人もいる奴だからな。
「甘いものでも食べて頭をスッキリさせよう」
「お兄ちゃんプリンなんて買ってたんだ」
「美味しそう〜」
「えっ?嘘っ・・・」
プリンを見たユイの反応が少し変だった。もしかして卵か牛乳アレルギー?・・・ではないよな・・・屋台でベビーカステラ食べてたもんな。
「お母さんの・・・」
「えっ!これが!?」
ユイの言葉にオルカが反応していた。どうやらユイの反応の理由がわかるらしい。
ユイはプリンを見て放心していた。そんなユイを見てオルカも放心していた。
俺とシオリは意味が分からず顔を見合わせているだけだった。
△△△
「なるほど・・・そんな思い出が・・・」
「うんっ」
ユイはプリンの容器の爪を折り、小皿にプリンを乗せたあと、小皿を持ち上げ揺らして、プリンがゆらゆら揺れるところをニコニコしながら見ていた。
この爪を折ったら容器から簡単に取り出せるプリンは、ユイの母親が生前よく買ってきたもので、プリンが落ちるところやゆらゆら揺らす事を一緒になって楽しんでいたそうだ。
ただ母親が亡くなったあと、母親が良く行っていたスーパーや商店街を探してもそのプリンは売っておらず、母親が何か特別な方法で仕入れた特別なプリンなんだと思い込んでいたそうだ。
パッケージには製造元の企業名と所在地である摂津県の住所が書かれていた。京都の向こうにある企業なので西日本で出回っている製品の可能性が高いように思う。
俺が夕飯の材料を買い物に行ったのは、全国チェーンのスーパーだったので、仕入の流通ルートに入っていたのだろう。ユイは個人経営やローカルチェーンのスーパーなどを探して見つけられなかったんじゃないかと思う。
「揺らし過ぎて少し形がべシャとなって来たぞ、お代わりもあるし早く食べたほうが良い」
「プリンを2つ食べて良いのは特別な日だけなの」
「それは母親の言葉か?」
「うんっ!」
それなら仕方ないな。
きっとプリン自体の価値では無く、母親との思い出、そしてその中で交わした約束、そういったものが大事なんだろうしな。
家出した記念とか、母親のプリンを見つけた記念とか、理由をつける事はできるかもしれないけど、小さな事を特別にしてしまうと、本当に特別な事の感覚が薄れてしまうだろう。
△△△
プリンによって話が中断したけれど、ユイがプリンを食べ始め完食したため再開する事にした。
「とりあえず、ユイのご家族には事情を話すべきだと思う。そしてユイの親たちの反応を見てから答えを出すべきだ。ただこちらが子供だけだとユイの癇癪と思われる可能性がある。親父とお袋にも事情を話して協力を仰ぐべきだと思う」
「うん」
「1番の前提はユイ本人の意思が1番大事だという事だ。親が嫌だと思うことを強要してきた時にははっきりとNOを突きつける必要がある。子供を幼いと侮り、無理矢理元の生活に戻れと言ってきたら拒絶一択だ」
「うん」
「ただユイの意思が1番大事というのは、ユイの意思が揺らいだらそれも大事にされるという事だ、大人がお涙頂戴や怒鳴ってきた時、ユイの意思が揺らいでNOと言えなくなったら、俺達はユイのその言葉を尊重するしかない。意思を強く持ちい伝えたい事を伝える事が大事だと思ってくれ」
「うん」
俺がこのプリンを買って来た全国チェーンのスーパー、家と高校の真ん中ぐらい、の坂城の家の近くにも店を構えていた。多分ユイ母親はそこにそのプリンを買いに行っていたのだと思う。ユイの家からはそのスーパーは少し遠いけど、ユイが喜ぶ顔が見たくて行っていたんじゃないかと思う。
「ユイの母親はユイに笑顔になって欲しくてこの特別なプリンを離れたスーパーから買ってきたんだろうな」
「うん」
「ユイが幸せになって笑顔でプリンを食べられなくなったら、ユイの母親も悲しくなって泣くからな」
「うんっ!」
母親の話を持ち出すのはズルいと思ったけど、こんなに幸せそうな顔でプリンを眺め続ける純粋なこの子を悲しませたくない。女の子は守らねばならんのだからな。
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