IF13話 マスコット

「お兄ちゃん、今からユイちゃんが家に来るから」

「遊びにか?」

「ううん、家出」

「家出!?」


 もしかして立花に何かされたのか?


「あとオルカさんもついて来るって」

「何で水辺が!?」

「ユイちゃんを1人にしたくないんだって」

「なんか深刻そうだな・・・」


 水辺は明後日インターハイに出発だけど大丈夫なのか?


「ユイちゃんは私達の家を知らないから、私が駅前まで迎えに行ってくる」

「俺が何かする事は無いか?」

「夕飯の買い出しして。ラーメンの麺も具も2人分しか無いよ?オルカさんとユイちゃんがそれだけで足りると思う?」

「無理だな」


 親父とお袋は、親父の会社の部下の結婚式に出席するため留守だった。お袋から夕飯代は貰っていたけど、収納と冷蔵庫にラーメンの材料が2人前分はあったのでそれで済まして夕飯代はお小遣いにしてしまおうとシオリと話していた。

 非常食としての即席麺やレトルトカレーもあるけど、そんなのでお招きしたら田中家の名折れだろう。まぁ田中家は爺さんが零細兼業農家っていう特に名家でも何でもない家だし、俺達は好きでは無い相手なので名折れしても良い気がするけどね。


 シオリが急いで家を駆け出して行ったので俺も買い物に出ることにした。夕飯は何にしようか・・・。

 無難に誰もが好きなカレーが良いかな?


 スーパーで玉ねぎ、人参、ジャガイモと中辛のルーを買ったあと、精肉コーナーを見た。

 牛肩ブロックが安いな・・・、うん今日は英国風カレーにしよう。


 この世界では牛肉を使ったカレーを英国風とか欧州風とか呼んだりする。

 江戸時代に鎖国していた日本は前世と違いオランダではなく大英帝国の門戸を開いていたそうだ。日本は獣食を禁じていたけれど、英国人のために生きた家畜を売っていたらしく。そして取引していた商人の中には料理を振舞われる人もいて、獣食に目覚めた人がいたそうだ。

 英国人は今でいうローストビーフを好んだそうで、日本では牛肉を使った料理を英国風や欧州風と呼ぶようになったそうだ。

 豚肉を使ったカレーは、豚を好んで食した琉球県から伝わったらしく、琉球風や和風と呼ぶそうだ。

 ちなみに鶏肉のカレーはチキンカレーと何の捻りも無く呼ばれる事が多い。


 水辺と立花の妹はラッキョウ派かな・・・福神漬派かな・・・。


 個人的にはカレーの付け合せはらっきょうの方が好きだ。だけどしばらく口臭が気になってしまう。年頃の娘さんが来る訳だし福神漬にしておこう。


 落ち込んでるようだし甘いものがあった方が良いかな・・・冷たいお菓子にしよう・・・うん、あいつら性格がお子様っぽいし、デパートのお子様ランチについて来るようなプリンにしておこう。


 日配のコーナーを見ると、ヨーグルトやゼリーやプリンがあった。


 おっ・・・この下の爪折ると落ちて来る奴ってこの世界にもあったんだ、名前は違うけど、やっぱ同じこと考える人はいるもんなんだな。


 なんとなくプリンを美味しそうに食べてるシオリの顔が思い浮かんだので、お代わりされることも考えて3個入りを3パック買い物カゴに突っ込んだ。


 家出って事は泊まるってことだし朝食も買っておくか・・・。パンと卵と牛乳とベーコンで良いかな・・・。ご飯と焼き魚と味噌汁の方が好きだけど初日だしな。


 あと予備の歯ブラシも買っておくか。他は・・・うん・・・分からないから、必要そうなら後で買い出しすればいいだろ。女性特有の買い物もあるだろうしな。駅の反対側だけど、少し遅くまで店が開いているドラッグストアやディスカウントストアもあるしな。


△△△


 家に戻り食材を冷蔵庫や流し台に置いたあと、少し散らかったリビングを片付けしていた所でシオリが帰って来た。


「ただいま〜」

「「お邪魔します」」

「良く来たね、とりあえず冷たい麦茶でも飲んでゆっくりしてよ」


 旅行カバンらしいものを持っているのは水辺だけだった。


「あれ?家出したのは水辺なのか?」

「ううん、ユイなんだけど、家に戻ると危険だと思って、ユイのものは殆ど持って来れなかったんだよ」

「・・・中に入ってからゆっくり聞かせてくれ」


 なんか結構大事になっている感じだ。うーん場合によっては児童相談所に連絡した方が良いのか?


「ふぃ〜エアコンが気持ちいいねぇ」

「そう思って設定温度下げてたからな」

「お兄ちゃん気が利くねぇ」


 冷蔵庫から出した麦茶を氷を入れたコップに注ぎお盆に乗せてリビングに持っていく。そしてコースターを置いたあとコップをそこに置いた。

 家族内で麦茶を注ぐときは氷は入れないし、コースターは使わないけど、一応来客だし初回は特別待遇にしておいた。


「くぅ〜生き返る! もう一杯!」

「お代わりは自分で注ぎなさい」

「はーい」


 麦茶を作った入れてあるポットを食卓に置き、俺はキッチンに戻ってヤカンに水を注ぎ、麦茶のパックを入れて火をつけた。

 外が暑かったからか麦茶の消費が早そうなので、早めに作っておくに越した事はなさそうだ。


「話す前に良いか・・・立花の妹って呼ぶのを改めたいんだが何て呼べば良い?」

「兄と混同するので名前で・・・あと年下なので呼び捨てで良いです」

「了解、これからユイと呼ぶな、俺の事はミノルと呼んでくれ、田中だとシオリと被るしな」

「はい、ミノルさんと呼びます」


 とりあえず立花の妹の呼び方が決まった。本当は部活に時に水辺に聞いて決めようと思ってたんだけど、カオリと手を繋いだ事で頭から吹き飛んで、家につくまで忘れてしまっていたんだ。


「それなら私も水辺じゃなくオルカって呼んで欲しいな・・・」

「日本の水辺だし、さすがに下の名前呼び捨ては・・・」

「うわぁぁぁん、日本の綾瀬はカオリなのに、私だけ仲間はずれだよ〜」


 水辺は隣に座ったユイに抱きついて泣いているような声を出すけど表情は笑顔だ。水泳部の1コースでは、こういうやり取りが日常となっているからだ。水泳部にいる時に抱きつくのはカオリかコースロープかビート板だけどね。


「冗談だ・・・じゃあ水辺はこれからオルカな? あと俺の事は田中さんと呼んでくれ」

「ミノルって呼ぶよ! 私に対して意地悪するの何でなの!?」

「オルカはマスコットだからな」

「もうっ!」


 ぷくーっと膨れるオルカは可愛いけど、この中で年齢は1番上なんだよな。

 オルカは6月生まれで俺は2月生まれだからな。

 シオリは背は少し低いけど顔立ちは可愛い系から綺麗系顔立ちに変わって来たし、ユイは元々モデルも真っ青な超美人だ。身長も高くて色白で手足が長いのに小顔で、カオリより綺麗だって思う人も多いんじゃないかな。

 そんな感じだからオルカが1番幼く見えていた。


「じゃあ話を聞こうか」

「ユイ、話せる?」

「うん」


 そこからユイから聞いたのは結構重い話だった。

 まずユイの実の母親と義母は大の親友で、実の父親と義母の元旦那は親友だったらしい。母親同士と父親同士は所謂幼馴染同士でもあって、大学で知り合い、お互いに親友同士で結婚したそうだ。

 ただ義母の元旦那が仕事中に事故死し、そのほぼ同時期にユイの母親も大病が見つかり数ヶ月で死んだそうだ。

 そのあとユイと立花は父子家庭と母子家庭で暮らしていたそうだけど、ユイが少し自閉症気味になっていた事と、義母が旦那と親友を相次いで亡くした悲しさを忘れるために仕事に逃避し立花を放任してしまったそうで、それでいけないと思った親同士が相談し、再婚する事にしたそうだ。


 義母は元々母親と仲良くしていたのをユイも見ていたのですぐに打ち解けたそうだ。けれど、立花とは初対面から不気味だと感じていたそうで仲良く出来なかったそうだ。今でも「ユイちゃん」と気持ち悪い声で近づいて来て、舐め回すような目で見て来て来るのが不快だったらしい。

 そしてもっと気持ち悪いのが、自身の下着が誰かに触られてる形跡がある事らしい。義母に聞いても心あたりが無いそうで立花が犯人だと思っていたそうだ。


 夏休み中家にずっといる兄といる事が嫌でオルカの家寝泊まりをしていたそうだけど、着替えを取りに戻るとタンスの下着が少し整理されていない状態になっていたそうだ。

 公園で体を動かして気分を発散させたあと、オルカがインターハイに行って不在の状態でお邪魔は出来ないと思い、公園でどうするかと話をしていたそうだ。

 その話をたまたま通りかかった立花に聞かれ、近づいて来たので、オルカがカマをかけたら下着を触っている事を自白し、カマかけに気が付いて逆上してきて殴りかかって来た立花をオルカが蹴りで撃退したそうだ。

 ただ周囲に人がいないユイの家で襲いかかられたら何をされるか分からないと思い、オルカの家にあったユイの荷物とオルカの予備の服を鞄に放り込んで逃げて来たそうだ。

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