IF11話 変わらぬ心

 神社の会場は大入りだった。やはり花火を楽しみにしている人が多く、綺麗に見える場所に陣取っている人が多かった。

 ちょっとした隙に女性陣声をかけてくるチャラチャラした男たちがいたけれど、パートナーがすぐにフォローしグループデートだと思わせた事で躱す事出来た。


 唯一立花の妹に絡んだ相手が小柄なジュンを見て、突き飛ばそうとして来たけれど、手をかわしつつ腕を取って引き付け、股間に膝を入れたあとそのまま投げ飛ばして鳩尾に肘まで入れるという悶絶物のコンボを決めて撃退していた。

 さすが実践護身術を教える道場の息子、エグい攻撃を淡々とこなしてしまう。


「風の方向はこっちだから祭具殿の裏手を登った方が良さそうね」

「二股クヌギのあたりが良いな、遊歩道にベンチもあるし、出っ張り岩の辺りに行けば東屋もある」

「何で風の方向を気にするの?」

「花火は破裂する時煙が出るから風下に流れて行くのよ、だから風下側でみてると煙で隠れた花火になって綺麗さが半減しちゃうの」

「今日ならVIP用の観覧席の次に良い風景が見える筈だよ」

「それは楽しみだね」


 神社の裏手には鎮守の森を兼ねる小山で原生の広葉樹林が残されている。登るコースはいくつかあるけれど、多くの人が登るのは石畳の階段が整備された方になる。

 ただそっちは花火が山の陰に隠れて見えにくい。今日は風上を考慮して花火が見える絶景ポイントがある祭具殿の裏手に登る事にした。


「浴衣の女性陣は手に持っているものをパートナーに渡して。あと男性陣はパートナーがつまづきそうだったらエスコートする事。ロープの手すりがあるし、階段になってるから浴衣でも大丈夫ではあるんだけど、下が土だし、倒れたら大変だからね」

「はーい」

「了解」


 俺はウェストポーチから防虫スプレーを取り出して全員に吹きかけた。そのあと懐中電灯を取り出すと先頭を歩いて誘導した。

 つまづく可能性があるところは振り向いて懐中電灯で照らし注意を促した。


「ここが二股クヌギ、ここでも充分綺麗だけど、まだ元気があるならもう少し登った出っ張り岩と言われる場所の方が綺麗だぞ、少し標高が高いから小型の花火が目の前に打ちあがって爆ぜているように見える位置なんだ」

「大丈夫よ、みんな体力が有り余ってるタイプだもの」


 少しだけ肩で息をしているのはシオリとジュンだけだった。


「シオリとジュンは平気か?」

「だ・・・大丈夫っす・・・」

「私も大丈夫、私だけ浴衣じゃないのにヘバッたら情けないじゃん」

「じゃあそのままいくぞ」


 先ほどと同じように歩いていくと、急に現れた一箇所だけポコっと出っ張ってる大岩があり、その横に東屋があった。


「はい到着したわ」

「お疲れ〜」

「先輩方、体力お化けっすね」

「オルカちゃん屋台のもの食べよう?」

「坂城くんありがとう」

「まだあったかそうだったよ」

「水辺と立花の妹は花火より団子感じだな」


 元気で性格の良い2人だな。一緒にいたらずっと楽しく過ごせそうな感じだ。


「依田も結構体力あるんだな」

「短距離が専門だけど、中距離や長距離が苦手って訳でも無いんだよ。だから田中君に1500m走で負けたのは結構ショックだったんだよ?」

「それはすまなかった」


 50m走では誰の目にも明らかに俺が負けていたけれど、100m走と200m走で競争した時はその後の差があまりつかずついていけた。依田は50mまではとても早く、それ以降にはあまり伸びないタイプのスプリンターのようだった。だからといってそれ以降がスタミナが落ちて遅くなるという事は無く、1500m走って何とか先行された分に追いついたという感じだった。

 ちなみに依田は県大会で初めて11秒を切ったけれど、全国大会の標準記録を超える事は出来なかったそうだ。


「アナウンスが始まったな、そろそろ打ち上がるぞ」

「わー」


 東屋でみても良いけど、展望台になってる手すりの先の方がよく見える。

 ここで誰かと逸れるような事はまずおきない。

 水辺と立花の妹のように女同士でペアになっていても何も問題は無かった。どうやら2人は東屋から見るらしい。水辺は少し高所恐怖症らしいから、手すりの近くまで来るのは怖いのだろう。


「お兄ちゃん、ユイちゃんの事、立花の妹って呼ばないほうが良いかも」

「あー・・・兄妹仲があまり良くないんだったな」

「うん」

「分かった」


 何て呼べば良いんだろう、後で水辺に相談した方が良いかな。


△△△


「綺麗ね・・・」

「あぁ・・・」


 例年、カオリとシオリの3人で見る事が多かった花火は今年8人に膨れ上がっていた。


「来年もまたみんなで来れると良いな」

「そうね・・・」


 シオリは依田の隣にいて話しかけていた。俺の隣にはいつの間にかカオリがいて花火を見ていた。どうやらカオリが俺の隣に来るようシオリがアシストしてくれたらしい。


「俺だったらカオリに赤紫のスターチスの花冠選んだよ」

「あら?花言葉は何?」

「変わらぬ心・・・」

「そう・・・私には残酷な花言葉ね・・・」

「そうだな・・・」

「でも嬉しいわ」

「あぁ・・・今の俺にはその言葉で充分だ」

「早くね・・・」

「あぁ、追い越すよ」


 その時、カオリが俺の手を握って来た。

 カオリと手を繋いだのは、小学校6年生の時に、頭に大怪我して入院したあとのリハビリで、倒れそうな俺を支えてくれた時以来だと思う。


△△△


「落ちてるゴミを拾いながら帰るぞ、男たちにはレジ袋を配るからそれには入れてくれ」

「ミノルさんのウェストポーチって何でも入ってるっすね」

「何でもは入ってないぞ、入れておいたものだけだ」

「わわっ、正論パンチっす」

「来た時よりも美しくで帰るからな〜」

「おいっす」


 神社の方や石畳の遊歩道であれば管理者が定期的に清掃しているようだけど、祭具殿裏手の道は人はそれなりに人は来るのに清掃される頻度がかなり低い。弁当ガラや空き缶やタバコの吸殻などが落ちていたりする。

 タバコなどはこんな火災になりやすい森林地帯でする神経が良く分からない。

 人が見ている所で綺麗な人でも、こういう隠れた場所でモラルを外す人が多いのは嘆かわしい事だと思う。

 朝のロードワークで走ることの多いショッピング街のシャッターはスプレー式のペンキで書かれた落書きで溢れている。

 これが放置されてしまうと、人が汚された状態に慣れてしまい、落書きをする人のハードルが下がりさらに落書きが増えてしまう。

 そして悪いことを考えている人には、落書きしても咎められない犯罪しやすい時間があると証明している状態になる。

 これは、前世のスーパーの店長をしていた時に受けた、店長講習会で教えられた割れ窓理論だ。店を清潔に保ち、陳列を綺麗にする事が、万引きなどの犯罪を抑止し、優良顧客を増やすといった内容だったと思う。


「分別は今考えずに放り込んで、後で社務所の人に聞いて処分決めるからね」

「はーい」


 去年は神職の服着た人に「ありがとう」と言われてそのまま手渡したんだよな。何か偉い人が来ているらしく、忙しそうに働いていたのに、そのまま引き取ってくれて、やさしそうな人だった。

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