IF10話 何で私は(カオリ視点)
私には初恋の男の子がいる。それは隣の家に住む幼馴染のミノルだ。
けれど今はもうその気持が冷めてしまっている。私はそれがとても不思議でならない。
私は幼い頃から優秀だった。誰よりも早く走れ、誰よりもすぐに勉強も習い事も覚えてしまう。
だから同級生と交流しても面白く無かった。彼らはすぐに私について来れなくなり、私は彼らが追いつくのを長い間待つ必要があったからだ。
けれどそれには例外が数人存在した。ピアノの才能を持つ飛鳥さん、絵画の才能を持つ今井さん、水泳の才能を持つ水辺さん、そして幼い頃私より前を歩いていた隣の家に住むミノルと、ミノルの妹のシオリだ。
ミノルは幼い頃唯一私が待つ必要が無い同世代の知り合いだった。私より多くの事を知っていて、深く物事を考える事が出来た。私より早く走れ、小学校の1年生の時、クラスの中で唯一ビート板無しで25m泳げる凄い子だった。
シオリはミノルのような凄い女の子では無かった。けれどシオリは、私が一緒にいたいと思っているミノルが、私より大事にしている唯一の相手だった。
ミノルは私よりずっと先にいて早く歩けた。だけど、ミノルはシオリといると、シオリの早さに合わせて歩き出す。当時の私は、それがとても許せなかった。
だからシオリとミノルを取り合って良く喧嘩をした。どっちがミノルと結婚するんだといってお互いに泣くまで罵り合ったのだ。当時の私やシオリはまだ幼くて、結婚の意味を知らず、最も仲の良い男の子と女の子がするものという認識しか無かった。
けれど私はシオリと喧嘩をするのをやめ、ミノルを譲るようになった。それは私が成長し、妹というのがどういう存在であるかを理解して来たからだ。
シオリはミノルの事がどんなに好きでも決して結婚する事ができない女の子だった。シオリは家族というミノルの1番近くに生まれているのに、将来は決して夫婦という1番にはなれない、私が競争する相手では最初から無かったのだ。
シオリと喧嘩をやめると、彼女は天真爛漫で、天使のように可愛いらしい女の子だった。そのため、ミノルと一緒にシオリのペースで歩くことが全然苦痛じゃ無くなっていった。そしてミノルがいなくてもシオリのペースで歩くことも問題無くなっていった。私はシオリを通して他人と同じペースで歩く事を覚え、同世代の子達に合わせられるようになっていったのだ。
当時の私はミノルに追いつく事に懸命だった。だけど私はそこで大きな見落としをしていた。追いついたあとどうするかを考えていなかったのだ。
小学校4年生の時水泳で初めてミノルの記録と並んだ。私は追いついた事にとても喜んでいたけれど、ミノルはショックを受けていた。通っていたスイミングスクールは屋内プールだったので、日焼けをする事は無く、記録会が冬場だった事もあり、ミノルの顔色が青ざめていてハッキリと分かった。
けれど、当時の私はミノルがそうなる理由が良く分からなかった。翌日ミノルの目は真っ赤に腫れていた。私は大好きなミノル以外の人に追いつかれた事が無かったので、そういった辛さを知らなかった。翌日ケロッとした態度をしているミノルを見て何事でもないと思ってしまった。その辛さの意味に気がつくようになったのは、私が中学生に入ったあとだった。
ミノルは小学校3年生の頃から駅前の田宮銃剣術道場に通うようになっていた。ミノルのお父さんが「男は女の子は守らねばならん」と言っていて、ミノルはそれを本気にして、私とシオリを守ると言いながら通い出したからだ。
また同時にシオリも通うようになった。シオリはプールに通う事は途中で辞めたのに、道場に通う事は今でも続けていた。中学校では柔道部に所属して試合でも良い結果を出すようになっていた。
ミノルが道場に通うなら私も通いたいと思って母さんにお願いしたけれど、真っ赤な顔をして猛烈に反対されてしまった。
お母さんは人と人が戦う事が嫌いでテレビで格闘関係の番組になるとチャンネルを変えるような人だった。その代わり、私はミノルとシオリが道場に通う時間にピアノ教室と絵画教室に通うようになった、そして上達する事でコンクールで入選などをするようになっていった。
但し、ピアノのコンクールでは同世代に、飛鳥さんという女の子がおり、絵画では今井さんという女の子がいたため、大賞を取れた事は一度も無かった。
私は何でも器用にこなしてそれなりの結果を出すけれど、ミノルを目指して頑張った勉強と水泳以外では、公の大会で1位を取る事は一度も無かった。私は自分に才能はあるけれど、ミノルを目指して頑張り続けるような事をしなければ、本当の天才には勝てない程度なのだと気が付くようになった。
小学校6年の時、私とミノルとシオリの3人で近所の公園で遊んだ帰りに、私は車に無理矢理押し込まれて誘拐されそうになった。それを防いでくれたのが道場に通って強くなっていたミノルとシオリだった。ただしシオリは私を庇っていて、大人たちとはミノルが戦っていた。そのため、騒ぎを聞きつけた大人がやって来た事で誘拐犯達は逃走したけれど、その間にミノルは頭に怪我を負わされていて、その場に倒れてしまい救急車で運ばれる事になってしまった。
私とシオリは時間の許す限りミノルのお見舞いに行った。
シオリは病院につくとミノルの病室に駆けていき、病室に入ると声をかけ続けた。そしてミノルの目が開かないと知ると段々と目に涙を溜めて泣き出した。
最初は私はシオリを慰めていたのに、いつの間にかシオリにつられて泣き出していた。ただ大声をあげると病室を追い出されるので、シオリに合わせてミノルのベッドのマットに顔を押し付けて泣いていた。
病院に入れない時に、シオリと近所の神社にお参りにいった。ミノルが早く元気になるように一生懸命祈った。そのおかげもあってミノルは入院してから10日後に目を覚ましてくれた。ベッドに顔を押し付けて泣いて疲れて、ベッド椅子に座ってベッドを枕にして眠ってしまった私の頭に、ポンと手が置かれる感触があり。起きたらミノルの目が開いていた。
ミノルは顔をあげた私を見ると、とても掠れた声で「助けられて良かった」と言った。
私は声が漏れるのもお構いなしに大声で泣いた。私の大声で目を覚ましたシオリも泣き出して、その騒ぎを聞きつけ看護婦が入って来て、すぐに医者が呼ばれた。
私とシオリは大声で泣き続けたけれど、その日は病室を追い出されなかったし、ミノルがちゃんと目を開け続けたので、私とシオリも泣き止んでいつの間にか笑顔になっていた。
10日ぶりに起きたミノルは数日歩く事が大変そうだったけど、リハビリを受けてすぐに退院した。
誘拐犯は捕まらなかったけれど、私が押し込まれそうになった車が海岸のふ頭にある倉庫街で燃えている所が見つかり、中から凄惨な状態の死体が3人分見つかったっらしく、それが犯人だと警察から発表があった。
ミノルは体が一時的に衰弱した影響からか水泳の記録が落ちた、しかもなかなか取り戻せなかった。私はどんどん記録を伸ばしてミノルを完全に引き離してしまった。ミノルはそれをなんとかしたいと思ったようで毎朝1時間走るようになった。
またミノルは頭を打った影響かテストで間違える事が増えてしまった。
今まで私とミノルだけが連続で満点を取っていたのに、私だけが満点を続けるようになってしまったのだ。
中学校に入り、水泳の大会やテストで結果が出る度に、ミノルが小学校4年生の水泳の記録会でミノルに追いついた時の表情をする事に気がつき始めた。その結果、私はミノルの先をいつの間にか歩いてしまっている事に気がつくようになっていた。ミノルの表情は私に追いつかれ距離が開いていく事の苦しさだとその時しったのだ。
しかし、私はミノルは怪我の影響で落ちているだけで、その内追いついて来ると信じていた。努力をしているのを近くで見ていたからだ。
けれどテスト結果が出る度には落胆している自分がいる事と、そして段々と恋が冷めていっているのにも気がついてしまった。
当時の学校の担任が私に過剰にスキンシップをして来たときや、クラスメイトの男子がしつこく付きまとって来た時、ミノルは誘拐されそうなった時のように私を庇って守ってくれた。しかし私は、誘拐犯に襲われた時にミノルへ感じていた頼もしさを感じなくなっていた。ミノルとシオリの護身術を見様見真似である程度できるようになっていたし、自分でも対処できると思ってしまったためだ。
私はスキンシップを取って来る担任の件は自身で追求を行い、それを内側の事としておさめようと恫喝して来た校長や教頭の言葉をボイスレコーダーで録音して教育委員会に送って責任を取らせた。つきまとう男子にもきっぱりと相手の両親に訴え、それ以上つきまとうなら警察に相談すると伝えた。
私はいつの間にかミノルに恋をしておらず、頼らずに対処出来ると思っていたのだ。
ミノルはとても女子に人気がある。私が近くにいるため遠慮して声をかけて来ないだけだ。
それと関係なく関わって来るのがシオリと、私の長い友人でもあるサクラと、ミノル以外に好きな相手がいるチエリぐらいだった。
サクラはミノルが好きだ。でも私とミノルの関係をシオリの次に見続け、ミノルの思いをしっているため、自身の思いを伝えられないでいる。サクラはミノルに好きと言えないために、非常に下手なアプローチを続けている。
高校に入りミノルは学力が上がり、水泳も記録を一気に伸ばして来た。身長が伸びて私は追い抜かれ、体に筋肉も付いて引き締まってきた。そのため見た目も結構かっこよくなっていた。
けれど何故か私はミノルへの恋心が取り戻せない。ミノルが勉強や水泳で私を追い越したら目覚めるのだろうか。もっと早く追い越してくれないだろうか。1人で歩くのはとても寂しい。オルカが「1500を泳ぐと、みんな周回遅れにしちゃうから淋しくて嫌い」と言っている気持ちがとても良く分かる。
今私は、神社の祭りに向かうために歩いている。ミノルが入院した時、回復を祈りに行ったあの神社だ。
ミノルが男女を1対1で分けると言った時、私のパートナーはミノルだと思っていた。けれど私の相手はクラスメイトの依田君で、ミノルが自身のパートナーに指名したのはシオリだった。
神社に向かう道中。サクラの店に寄り、依田君に花冠を買って貰った。綺麗だったけど何の感情も動かなかった。
ミノルはパートナーであるシオリと、サクラにねだられて花冠を選んでいた。どちらも2人に似合う花冠を選んでいた。
シオリは幼いころの様にミノルと手を繋いで喜び、サクラは素っ気ない素振りをしているけれど、頬が薄化粧では隠しきれなかったようでほんのり桃色に染まっていた。私はそれを見ても何も感情が動かなかった。
けれど何で私はこれを見ても嫉妬しないのだろうか。どうしてミノルへの恋を取り戻せないのだろうか。こんなにミノルは素敵な人で、この人以外はあり得ないと思っているのに、何で私はこんなに冷めているのだろうか。
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