IF9話 良いの?

 ショッピング街の駅から神社へ向かう通りは人で大賑わいをしていた。まだ花火の開始する時間には余裕があるのでそこまで多くないけれど、あと1時間もすると、なかなか前に進めなくなり、神社に向かう道すがら花火を見あげる事になってしまう。


 通りの丁度真ん中程にあるサクラの実家の花屋を見ると、サクラが店の前に露店を作り、花冠を並べて売っていた。生きた花の飾りなので1日だけで枯れてしまいそうだけど、とても綺麗だった。儚くはある飾りだけど、こういうお祭りの日に女性の髪を飾るものというのはとても良い売り物だと思う。


「いらっしゃい・・・」

「一応客なんだが・・・」

「じゃあ見るだけじゃなく買って」

「酷い接客だ」


 俺とサクラのやり取りを見て、坂城と依田が驚いていた。

 サクラは中学校時代はカオリと双璧と言われていた美少女だ。カオリが綺麗系で、サクラが可愛い系という違いがあったため、どっちが上と言われる事はなく、どっちが好みかという感じだった。

 そんなサクラは、自身が可愛い事を自覚していて、それを生かすためか、周囲にこういった不愛想に会話する事はなく、可愛らしい感じに演技をしている。けれど何故か昔から俺に対してはこんな感じに素を出し、無愛想な話し方をしてくる。

 坂城や依田にとっては、それがとても違和感のある状態に見える事だろう。

 

「ほらせっかくだしパートナーに買ってやろう。1個400円にまけてくれるみたいだしな」

「勝手に値引きしないでよ」

「良いだろ?4個も売れるんだしさ」

「それなら私にも買って」

「はぁ?」

「4個買って貰ったから1個サービスしたって事にするから」

「しっかりしてんなぁ」


 という事で男たちは500円を出して各々のパートナーに合う花冠を選んでいった。


「どれが良い?」

「お兄ちゃんが選んで」

「うーん・・・この黄色いバラの奴かな・・・」

「へぇ・・・私のイメージって黄色なんだ・・・」


 シオリのイメージというより、最近買ったスニーカーで黄色を選んでいたから、その色が最近好きなんだなと思ったんだけどな。


「幸福、思いやり、暖かさよ」

「何が?」

「花言葉よ」

「なるほど・・・シオリに向けた言葉として丁度良いな」


 愛とか恋と言われ無くて良かった。そんな感情は持って無いからな。


「ほら、私のも選んで」

「えっ?俺がか?」

「そうよっ!」

「うーん・・・じゃあこれかな・・・確かラナンキュラスだっけ?」

「えぇ合ってるわ」


 高校受験を始める直前の中学校最後のサクラの爺さんたちとしたバイトは、桃爺さんと城址公園の花壇にこの花の苗を植える事だった。その花が、梅雨の少し前にすごく綺麗に咲いていたから名前を憶えていた。

 球根植物らしく葉が枯れ始めた梅雨の終わり時期に掘り上げをして、今は桃爺さんの会社の倉庫で休眠させている状態だ。

 時期外れな気がするけれど、とても綺麗な花なので、冷涼な地域などで切り花用に育てていたりするのだろう。


「花言葉は何なんだ?」

「・・・とても魅力的よ・・・」

「なるほど・・・なかなか照れくさい花言葉だな・・・でもサクラに似合ってるよ」

「・・・ありがとう・・・」


 なんだろう・・・、サクラが照れくさそうに横を向いて、何か気まずい空気が周囲に流れているんだが・・・。


「僕が送ったのは何?」

「フリージア、友情と感謝ね」

「あはは・・・水辺さんにピッタリな感じだね」


 確かに坂城は水辺にフォームを見直してもらったり、中距離から長距離にコンバートするアドバイス貰って記録が伸びたから、友情や感謝という意味の贈り物は合っているな。


「俺が贈ったのも教えて下さいっす」

「白のアネモネは真実、希望、期待ね」

「うーん?」


 ジュンは立花の妹に何かを期待してるのか?まだ知り合ったばかりだし、そんな感情はないよな・・・。


「カオリのはバーベナよ。魔力や魅力って意味ね。白いから私のために祈ってという意味もあるわね」

「あら、怪しい魅力があるって感じかしら?」

「綾瀬さんには合ってそうだよ」


 カオリは祈る方じゃなく祈られる方っぽいけどな。


「ありがとうなサクラ」

「忙しいから買い終わったらあっち行って」

「本当に酷い接客だな、桃井生花店の将来が心配だよ」

「心配して貰わなくても平気よ」


 確かに常連客は多そうな店ではあるな。でもそんな接客だとさすがに離れて行っちゃうと思うぞ?


「桃井さんまたね」

「ありがとう」

「じゃあ新学期でね」

「バイバーイ」


 頭に可愛らしい飾りをつけた美少女達を連れた俺達はさらにショッピング街の奥に進んでいった。カオリと水辺と立花の妹が浴衣なので少しゆっくり目に歩いている。日が傾き出して空が少し赤くなり、露店の明かりも目立ち始めた。浴衣の美少女達は昼間だと少し浮いた感じだけど、こういう夜の気配を感じて来る時間になると、周囲とマッチしていてさらに魅力的に見えて来た。


「私も浴衣着てくれば良かったな」

「シオリはボディガード側なんだから仕方無いだろ」

「私も逞しい男の人に守られたいよ」

「守られたい人は、道場なんかに通わないぞ」

「ちぇ〜」


 ペアになると必然的に対象を意識するようになるらしく、4組みのカップルがいるような状態になっている。楽しい雰囲気につられて会話をする。立ち止まっている人を避けるとき、2人で同じ方向に避けるように動く。

 依田はカオリをうまくエスコートできているようだ。カオリに急な左右の動きをさせないようさりげなく誘導している。

 カオリもその心遣いに気が付き依田に笑顔を向ける。俺は胸がチクチクと痛み動悸が早くなっていく。


「お兄ちゃん良いの?」

「何がだ?」


 もしかして俺は顔を強張らせているのだろうか。顔をペタペタ触るけど表情に変化はない。


「私は妹だから気が付くよ」

「・・・そうか・・・」


 精神的な年齢は既に合計で80歳を超えてるんだけどな。老いらくの恋ではないけれど、肉体が若返った分、色んな事が活発に動き感情も動いてしまう。


「どっちか分かったから」

「あぁ・・・」


 シオリに手を繋がれ心がギュっと苦しくなった。カオリに初めてスイミングの記録会で負けたあの日のように、布団に顔を押し付けて泣き叫びたい気分になっていた。


△△△


 水辺と立花の妹は食道楽らしく、りんご飴とチョコバナナを買って交互に食べさせあいながら歩いていた。他にもたこ焼きと、焼きそばと、焼き鳥を買って、相方である坂城とジュンに持たせていた。まるでスーパーで母親の押す買い物カートの籠にお菓子コーナーから持ってきた商品をどんどん放り込む自制の利かない子供のようだと思った。


「本当の姉妹以上に仲が良いわね」

「私とカオリお姉ちゃんだって負けてないでしょ!」

「私はあんなに食べられないわよ、お腹が膨れると目立っちゃうし」


 オルカからりんご飴を一口だけ齧らせて貰っただけのカオリの口から、世にいる女性が聞いたら一斉に「お前何言ってるの?」という顔をするような言葉が出て来た。

 カオリは8分の1英国人の血が入っているからか、出ることろが程よく出て、出てない部分が思わず「細っ」と言ってしまいそうな日本人離れした体型をしていたからだ。

 水辺や立花の妹はどちらもスレンダーだけど日本人らしい凹凸が少ない体型で、腰がキュッと細い感じには見えない。お腹部分もストーンとしていて着物とか浴衣が似合う寸胴体型っぽく見えている。

 浴衣の美少女が3人いるわけだけど。カオリは、お腹が多少ぽっこり膨らんでも、「まだ細すぎじゃない?」という感じなので、その発言は嫌味に聞こえかねなかった。


 カオリはそこまで大食漢ではない。それなのにあれだけスピードとパワーとスタミナが持続する意味がわからない。俺はお袋から「燃費悪いわねぇ」と言われるほど食べる。それでも太る気配は微塵も無い。運動での消費カロリーが大きすぎるためだ。

 カオリが大食漢では無いと言っても少食という訳では無い、けれど食べる量は俺の半分以下でシオリの3分の2ぐらいだ。

 俺や坂城と同じ量を食べる水辺がペターンなのに、半分以下のカオリにはちゃんと付くべき場所にだけついて凹凸がある。なんかこの世の不条理を感じてしまう対比になっていた。


「田中君・・・どうして私を憐れむような目で見るの?」

「・・・イルカ柄の浴衣が珍しいと思ってね」


 水辺って少しポンコツなのに随分と勘が良な。


「あっ・・・これってシャチなんだよ?」

「えっ?・・・・あっ・・・本当だ・・・」


 確かによく見ると模様がシャチだ。


「お婆ちゃんが縫ってくれたんだよ」 

「へぇ・・・優しいお祖母さんなんだな」

「うん、子どもの喜ぶ姿が見たいって理由で駄菓子屋をしてるんだよ」

「すごい理由だな」

「えへへ」


 前世では、第二次ベビーブーム世代が子供だった頃、駄菓子屋やおもちゃ屋やゲームセンターやプラモデル屋など、子供を対象にした個人の店は多かった。けれど第二次ベビーブーム世代が大人になった時にバブルが崩壊し、経済的理由から結婚や出産を諦める大人が増え、第三次ベビーブームが起きなかった。その結果日本は少子高齢化が進み、子供が減った事で、そういった子供たちを対象にした店は経営が困難になっていった。

 この世界の日本は第二次ベビーブーム世代が既に親世代になっているけれど、バブル崩壊が起きておらず好景気が続いている。過去のベビーブーム程の勢いは無いけれど、人口統計調査のグラフでは第三次ベビーブームがある形状になっていた。


「なんか凄い難しい顔をしてるよ?」

「あぁ・・・第三次ベビーブームの世代が小学生になる頃に駄菓子屋の客が増えそうだと思ってさ」

「あはは・・・お婆ちゃんお金儲けのためにお店やってないんだよ、年金だけて充分食べていけるんだって」

「そうか・・・変な事言って悪かったな」

「ううん、別に良いよ」


 水辺の家の駄菓子屋か・・・前は立花の家の前まで行ったけど3件隣の水辺の家は寄らなかったな。

 今度部活帰りにでも行ってみるか。

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