IF8話 お父さんっぽい
夏祭りの日、神社に一番近い鳥居前というバス停近くは混み合うので多人数の集合場所には向かない。だから俺達は駅前広場に集合した。花火の時間までには余裕があるまだ日のある時間という事もあり、そこまで混みあってはいない。
それでも携帯電話がまだ普及していないので、グループデートの時は、分かりやすい場所で集まって、決して集団をバラけさせない事が重要だ。
神社は駅前から徒歩で行ける距離にあるし、途中の道でもあるショッピング街の通りも祭りの飾り付けをしていて出店を出している。だから楽しみながら向かうには駅前から向かった方が良かったりする。鳥居前という神社に近いバス停もあるけれど、そこは待機場所が狭く、祭りの日は非常に混みあってしまうので、集合場所としては不適だった。
「先輩方始めましてっす! 田宮ジュンって言うっす! よろしくお願いするっす!」
「僕は坂城ケンタ、田中君の部活仲間だよ」
「水辺オルカです、私も水泳部だよ」
「立花ユイです、オルカちゃんの幼馴染です、私も中学校3年生です」
「田中シオリです、ミノルお兄ちゃんの妹です、私も中学校3年生だよ」
「綾瀬カオリよ、ミノルとシオリの幼馴染よ」
「僕は依田カケル、田中君と綾瀬さんのクラスメイトだね」
「田中ミノルだ、今日は夏祭りに行くだけなんだが余りに綺麗所が集まり過ぎた。だから男達でナンパ野郎からガードしながら祭りをエスコートするっていうのが趣旨だ。最初に自己紹介したジュンは田宮銃剣術道場の息子だ。華族でさらに父親は県警の武術顧問をしているというこれ以上に無いほどのボディガードだ。女性陣は危ないと感じたらジュンに近づけば大丈夫だ」
最初は誰かが来るたびに挨拶していたのだけど、1人来るたびに繰り返すのが面倒なので全員集合してからする事にした。
「ミノルさん。俺は田宮家といっても分家の次男坊で権力とか無いっすよ」
「無いっていっても、あの田宮家っていうだけでみんなビビると思うぞ?」
「そうなの?」
「私も分からない・・・」
「お兄ちゃん、ここにビビらない人がいるよ」
「ある程度の立場になれば凄いと分かるけれど、知らない人には効かないわね」
「誰でもビビるっていえば権田家かな」
「語っちゃダメな家だろそれは」
依田が恐ろしい名前を口にした。誰もが恐れる地元のヤクザの名前だ。
「そんな恐ろしい事しないで下さいっす!」
「華族でもあの家は怖いんだね・・・」
「権田家って?」
「ほらっ駅前のショッピング街の近くのお屋敷だよ」
「水辺さんって権田家も知らないんだ・・・」
「知らないって幸せよね・・・」
水辺はここでもボケるか・・・ある意味すごい才能だな。
「それにしても凄いメンツっすね」
「あぁ・・・夏休みじゃなければ、学校でどんな悪い噂が蔓延するか考えただけでも恐ろしいよ」
「なんすか、その悪い噂って」
「学校一の美少女って言われてるカオリの幼馴染だからってやっかみが凄くてな。少し何かあるだけで校内の俺の悪い噂が蔓延するんだ。最初の頃は話したことが無い女子の事で噂になったりしたんだぞ?そして今は駄箱に不幸の手紙が入って無い日は無いってぐらいになってるんだ」
「凄いっすね・・・でもそうなるのも納得っす」
ジュンは綺麗所の面々を見回しながらそう言った。実際にこんだけの美少女達を集められちゃってるし説得力があるのだろう。
「あの・・・城前中の田宮さんですよね」
「そうっすけど・・・」
「ファンですっ! 握手して下さいっ!」
「へっ!?」
そうか、ジュンは冬のバスケットボールの地方大会でMVP取ったもんな。ゲームでも立花の妹はバスケ部に所属していたし、中学校でもバスケをしているんだろう。
「水辺、立花の妹ってバスケしてるの?」
「うん・・・ユイは開山中のキャプテンで県大会ベスト4だよ」
「確かに身長も高いし向いてそうだな」
「私とユイは、小さい頃から公園のバスケットゴールで1on1してたしかなり上手いよ?」
「じゃあ水辺もバスケは得意なのか?」
「小学校の時はユイと張り合えたけど、今は無理だよ。ユイの身長が凄く伸びてるし、私も中学校の3年間離れてたブランクあるしね」
「なるほどな・・・」
どうやらグループは高校生5人と中学生3人の組に分かれそうな感じだ。男女比が1対1になるように呼んでいたけれど、元々カップルではないし仕方ないだろう。
「神社には簡易トイレが設置されてるけど結構混み合う、だからなるべく今済ませた方が良い。だから10分後に出発するから危ない奴は駅のトイレで済ませてくれ」
「これは本当よ、特に花火が終わった直後は長蛇の列よ、だからまだ大丈夫と思ってても行ったほうが良いわ」
「わ・・・私行ってくる」
「あっ・・・オルカちゃん待って! 私も行くっ!」
どうやら行くのは水辺と立花の妹の2人だけのようだ。まぁ男はいざとなったら物陰で出来るからな。
「さすがカオリとシオリは慣れてるな」
「えぇ・・・毎年の事だもの」
「ね〜?」
神社は、お祭りだけじゃなくや初詣でも結構行くからな。
△△△
水辺と立花の妹がお花摘みから帰って来たので、出発前の諸注意をする事にした。
「まず、お祭りの案内図を配るぞ」
「用意良いっすね」
「近所だからな」
お祭りの案内図は神社と駅中と公民館と自治会に置いてある。ただこの案内図はあらかじめ用意し書き込みをしていおいた。
「この案内図に時間が書いてあるが、これが予定の通過時間となる。時間には余裕を見てあるから、はぐれたらその時間にここにいれば合流できると思ってくれ」
「なるほど・・・」
8人もいれば人混みではぐれてしまうのは想定しなければならない。祭りはスーパーの迷子と違って呼び出しが出来るわけではない。だからどこに行けば合流出来るのか決めて置くことが大事となる。
「男女1人ずつペアにする、これはその2人がカップルになって遊ばなければならないという意味ではない。男側が必ずペアとなった相手の位置を認識し、逸れそうなら別の誰かと遊んでいてもペアに寄り添うという決まりのためのペアだ。こういった場で女性が1人でいる事が危険だというのは誰でも分かるだろ。特にこの女性陣の綺麗所っぷりだ、絶対に1人にしていけないと思ってくれ」
「そうっすね」
「確かにね・・・」
「うん、それがいいね」
男女比を1対1にしたのはこれが理由だ。中学生のグループと高校生のグループに分かれそうだけど、ちゃんとそれをペアにしかなければならない。
「次は坂城、水辺と組になってくれ」
「うん、分かった」
ここは同じ水泳部同士なので真っ先に決まった組だ。坂城を呼ぼうって言ったのは水辺だしな。
「次はジュン、立花の妹と組になってくれ」
「了解っす」
ジュンはシオリと同じ中学校の同級生で道場の練習仲間だから組にしようと思っていた。そして依田は立花の妹と同じ中学校の先輩後輩の関係になるので組んで貰うつもりだった。けれど今の立花の妹の感じからして田宮と回りたいのは明らかだ。だから急遽変更する事にした。
「次は依田、カオリと組になってくれ」
「えっ?良いのかい?」
俺はカオリに思いを寄せているので少しだけ悩んだ。依田も俺とカオリが付き合ってると思っているらしく疑問に思ったらしい。でも初対面同士で認識し合うのは難しい。だからクラスメイト同士である依田がカオリと組になるのがこの場合正解だと思ったのだ。
「俺とカオリは付き合ってる訳じゃないぞ?」
「そうなんだ・・・」
「それとも俺の妹が良いか?それなら交代するぞ?」
「あはは・・・シオリさんは可愛いと思うけど、今日が初対面だしそんな事は思わないよ」
「じゃあカオリと組になってくれ」
「了解」
俺は、依田とは数ヶ月の付き合いだけど、硬派で良いやつだと認識している。誰もいないグラウンドで、黙々とスタートダッシュの練習を続ける真面目なスプリンター。クラスでは柔和な表情で誰とも仲良くなれるそういう男。
ゲームでは体育祭のミニゲームがあったけれど、100m走の出場を選択した時、同じコースで並ぶ走者はランダムだった。100m走は決定ボタンの連打で速度が変わり順位が決まるのだけど、運動の能力値がほぼカンストした状態で連射パッドで最速にしてなんとか勝てるというバグとしか思えない対戦相手がたまに出て来る事があった。多分それが依田だったんじゃないかと思っている。
依田は、ゲーム中に描写されていないのが本当に不思議な人物だと密かに思っていた。ゲームの後継作となる2作目ではライバル的なキャラが登場したけれど、1作目でもいたとしたら、依田がそのポジションじゃなかったのかと密かに思っているのだ。
他にもこの1年生は他の学年よりもスポーツが得意な生徒が多い。ゲームでは同じ運動部に3年間所属し、部活をするというコマンドを多く選択していると、全国大会で優勝する事ができた。けれどチームで戦う部活ではちゃんとメンバーが揃っていなければ全国大会での優勝など出来ないだろう。ちゃんとゲームの設定に合わせた人間が周囲にいると思うと、この世界というのはリアルでありながら何か流れの様なものがある気がして不思議な感じがしている。
「シオリ、お前の相手は俺だ。こんないい男ばかりのなかすまないが我慢してくれ」
「仕方ないね。お兄ちゃんで我慢するよ」
俺とシオリの兄妹仲は良好だし問題ない。神社の地理にも明るいし護身術も使える。女性陣の中で、はぐれた時に一番心配無用なのがシオリだったりする。
「じゃあショッピング街の方に進もう、案内図の時間は結構余裕を持たせてるから遊びながら行くからな」
「分かったわ」
「了解っす」
「田中くんって修学旅行とかのリーダーさせたら間違いない人だね」
「それ言えてるね、2年で同じクラスだったら田中君と同じ組に入った方がいいよ?」
「何で私にそれを言うの?」
「オルカちゃんイジられキャラだったんだね・・・」
「お兄ちゃんって時々お父さんよりお父さんっぽいんだよねぇ・・・」
そりゃ親父より俺の方が中身の実年齢は高いからな。
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