IF7話 勘のいい奴
「全国行きたかったねぇ・・・」
「あぁ・・・」
「でも来年は期待できるかもね」
「あぁ・・・」
水泳の県大会はなんとか決勝まで出て入賞は出来たけれど、全国標準記録にはまだまだ及ばずインターハイの出場は出来なかった。卒業式の日に行われたインターハイ出場者の壮行会で壇上に登るカオリと水辺を見上げるのが今の俺の状態だった。
坂城も水辺に触発されたためか、中距離から長距離にコンバートし、目標の入賞標準記録には及ばなかったものの400mと1500mの2種目で県大会に出場できた。カオリや水辺に引っ張られてかなりハードなメニューをしていたので、スタミナが大幅に伸びたおかげで記録は伸びたものの、それでも入賞は出来なかった。俺も坂城もまだ1年生だし今後に期待という感じなのだろう。
カオリは200mと400mの個人メドレーで大会新記録出して優勝し全国大会に出場した。3年生の先輩2人と水辺と出たフリーリレーとメドレーリレーでも全国標準記録を突破しインターハイに出場を決めた。
水辺は400mと800m自由形でカオリと同じく大会新記録で優勝しフリーリレーとメドレーリレーを合わせた4種目でインターハイに出場する事になる。
男子部員は誰も全国大会にまで進む事は出来なかった。そのため3年生はカオリや水辺と一緒にリレーメンバーとして全国に進む女子部員の2名以外は部を引退する事になった。進学を決めていて推薦入試の予定外無い運動部の3年生の多くは、夏の大会が終われば引退するらしい。過去にはプロ野球から指名を受けた生徒が、選抜大会の予選大会まで引退しなかったそうだけど、どちらかというと学力主義なこの高校では稀有な例らしい。
高校になったら急成長するという俺の予測は当たっていた。
期末試験で学98位で、水泳の記録も県大会出場クラスから県大会決勝クラスにまで上がったのだ。今までなかなか付かなかった筋肉が付き始め、体が締まってお腹が割れ始めた。スタミナもついて1時間で15kmだった朝のロードワークも16kmまで距離が伸びている。
それとカオリに見立てて貰った服が良かったのか、たまたまショッピング街で会ったサクラから、「見れるようになって来たじゃん」とお褒めの言葉を貰った。
「カオリに水辺・・・しっかりと聞くんだぞ?」
「何よ」
「なぁに?」
「讃岐県は小麦の産地だ。だからうどんがおいしい」
「知ってるわ」
「そうなの?」
一度聞いた事は殆ど忘れないカオリは知っているようだが、水辺は讃岐県の事をあまり知らないようだった。
讃岐県は、前世ではうどん県と自称していた香川県とほぼ同じ位置にあり、うどんが県を自称してはいないけど県民食にはなっているらしい。
前世では、かなり数多くの讃岐うどんのチェーン店が展開していたり、乾麺や冷凍うどんも軒並み讃岐うどんをうたっていた。俺が若い頃はまだそこまで普及しておらず、40代になった頃から急速に普及したので、この世界でももう少し後ぐらいから展開し、誰もが知るうどんの名産地になるのだろう。
「うどんが美味しいからと言って、生麺をお土産に買うのはダメだ。この陽気だしカビる可能性が高い」
「確かにそうね」
「火を通せば大丈夫じゃない?」
カオリはすぐに理解したけど水辺は分かって無いようだ。
夏休み中に部活の合宿があるのだけれど、その時に2割の確率で食中毒事件が発生する。
カオリの場合は父親の知り合いから送られて来たという山菜に、毒草と毒キノコが混入していたことにより起こる。
水辺の場合は全国大会でお土産で買ってきた生物が腐っていた事によって起こる。
これはゲームのサウンドCDでの情報なので実際に起きるか分からない。分からないけれど、ゲームではこれにより能力値がダウンし、1週間休憩しか選択出来なくなるというペナルティが発生した。そんな事のために貴重な高校1年生の夏を消費したくはない。
万が一影響があって9月の新人戦に影響が出るのも絶対に嫌だしな。
「カオリ・・・水辺を頼んだぞ」
「えぇ」
「あれ?私って信用されてない?」
ちっ・・・勘のいい奴め、気がついてしまったようだな。
「水辺!」
「なっ・・・何!?」
俺は水辺の両肩にがっしりと手を置いて説得モードに入った。
「水辺は日本だよな?」
「私は日本じゃ無いって言ったでしょ!?」
「いや、お前は日本だ!」
「うわーんカオリぃ」
肩に置いた俺の手を振り切りカオリに抱きつく水辺と、よしよしと水辺の頭を撫でるカオリ。うーん・・・これは尊いっていうんだっけ?
「ミノル」
「なんだい同じく日本の綾瀬」
「結局何が言いたかったの?」
「要はこの水泳部には、日本水泳会の期待を背負っている逸材が2人いるわけだ」
「・・・まぁそうね・・・」
「そんな宝を食中毒ごときで毀損させられないだろ?」
「・・・なるほど・・・」
ポンコツ気味の水辺と違って賢いカオリはすぐに分かってくれたようだ。
「だからお土産は乾麺が正解だ」
「乾麺?」
「それに日本三大そうめんの1つが讃岐県にはあるそうなんだ」
「あっ・・・そうめん良いね!」
水辺でも、そうめんの素晴らしさは知っているようだ。
「要はお土産にそのそうめんを買って来いってことなのね」
「正解! さすが幼馴染だ! すぐに理解してくれる」
「大げさね・・・まぁ分かったわ。作るの簡単だし、季節的に丁度いい食べ物だものね」
夏にはやっぱりそうめんだよな。俺は少しだけ柑橘系の香りのするつゆが好きで、ポン酢と柚子の薄皮を入れたものが好物だ。
「というわけで、部長から合宿の食料費の一部が渡されたんだ、それで部員全員分のそうめんを宜しくってさ」
「分かったわ・・・」
「ねぇ・・・何で封筒に「綾瀬さんに渡して」って書いてあるの?」
「世の中には知らない方が幸せな事ってあるよな」
「気にしたらダメよ?」
「じゃあ何で私はここに呼ばれたの?」
「それはカオリに水辺の・・・」
「それ言ったらダメよ」
カオリが俺の口に手を当てて塞いだ。柔らかい感触と少し甘いいい香りがした。部室でチョコレート食べたな?
「あれ?私馬鹿にされてる?」
「そんな事は・・・ナイヨ」
「そんな事は・・ナイワネ」
「ねぇ・・・何で目を逸らすの?どうして語尾がカタコトになったの?」
中間も期末も全教科赤点ギリギリなのに、勘だけは随分と良いようだな。
△△△
夏休みの間は朝1時間ロードワーク日課の他は、部活の他に、サクラ爺さん達が請け負っている公園の整備の手伝いのバイトをしている。
夏場は草が伸びる速度が早く、すぐに植栽の景観を悪くしてしまう。花壇に虫がついて一気に食い荒らされる事もあった。
草を刈って防虫剤を撒いて手入れが終わった夕方頃に水を撒いて引き上げる。桃爺さん曰く夏場は夕方に蒔いた方が良いんだそうだ。
そう考えると夏場に多い夕立っていうのは植物にとってとても良いものなのだろう。サクラの爺さん達の公園の整備のバイトをするようになってから、朝のロードワークで、夕立があった翌朝は植物がピンとしていて元気な事に気が付くようになった。そういう日は城址公園や神社や並木道も植物が呼吸で発散していると思われる匂いがして、普段より気持ちよく走る事が出来た。
「おはよう」
「おはよう」
朝のロードワーク中に水辺と一緒になることが時々ある。水辺は毎日少しづつコースを変えて走っているらしく、同じ時間に同じ場所を走っているわけでは無いため会うの10日に1回程度だ。ただ同じになった時は一緒に走るようにしている。何故なら水辺は、「1500mを泳ぐとみんなを周回遅れにしちゃうのが寂しい」というぐらい寂しがり屋なのだ。
聞いたところだと、母親が物心つく前に亡くなっていて、父親は母方の祖母に水辺を預けて海外赴任をしているらしい。そんな中、近所に住む立花の妹と遊ぶことが一番好きな時間だったそうで、喧嘩した事と、中学校の時に父親が海外から帰国したため、父親と共に社宅に住んで離れてしまった事で、寂しさに弱い水辺になってしまったようだ。
ちなみに立花の家はお互いに連れ子を持った状態での再婚らしく妹とは血が繋がっていないそうだ。立花の妹は立花の事を嫌っているらしく、夏休み中家でゴロゴロしている立花と遭遇するのが嫌で、最近はずっと水辺の部屋で寝泊まりをしているそうだ。
ゲームではお助けキャラの立花タカシと妹の立花ユイが血の繋がらない兄妹という描写はなかった。立花が新聞部でどちらかというと小男な感じなのに、立花の妹はバスケ部に所属し長身っぽい感じだったが。グラフィックの髪と目の色が一緒で顔立ちが似ているので、兄妹である事に違和感は無かった。
けれど改めて違うと聞くと、確かに立花兄妹は全然似た部分がない事が分かるようになってきた。
でもゲームでは仲良さそうだったのに、嫌われるって立花は一体何をしたんだろう。
△△△
高校は文武両道をうたっているけれど、偏差値が高いように学力優先な所がある。そして水泳部は個人競技の部活だからか、夏休み期間の練習は個人の裁量での参加する事となっていた。
坂城や水辺のように、毎日、朝から下校時刻までずっと練習している部員もいれば、諸見里のようにバイトに精を出したり、豊前のように夏期講習を受けたり、神谷のように親と海外旅行に行ったりと、部活を休みがちな部員も多かった。
俺は3日に1回、バイトがない日に参加している。
カオリは午前中に勉強して、午後から夕方まで泳ぐという参加をしている。
8月の第3周に5日間の合宿があり、そこで9月の新人戦に出場する選手を決める部内の記録会が行われる。不参加は新人戦に出場出来ないと言われているので、休みがちの部員も出て来るらしい。
新人戦の前の週に国体があるけれど、それに出場を確定させているカオリや水辺が市が主催する新人戦程度の結果に影響される事は無い。
「夏祭りはどうするの?」
「俺とカオリは家も近いし毎年行ってるぞ」
「良いなぁ・・・」
朝のロードワーク中に遭遇した水辺と神社の近くを走っていたら、予告の立て看を見たのか夏祭りの事を聞かれた。
毎年、7月の最後の土日に開催されるのだけど、特に日曜日は花火が打ち上がるので出入りが多く、人でごった返してしまう。
「一緒に行くか?」
「良いの?」
「俺とカオリは付き合ってる訳じゃ無いし遠慮しなくていいぞ」
「ユイも連れて来て良い?」
「勿論良いぞ、でもそうなると男が俺だけだと変なのに絡まれた時に面倒だな・・・」
「えっ?」
「カオリは綺麗だから良くナンパされるんだよ。水辺可愛いし、立花の妹は綺麗だった、俺一人ではかばいきれないかもしれない」
「かっ・・・可愛い!?」
カオリはある程度の護身術が使えるんだが、夏祭りでは浴衣を着てくるんで、ちょっと戦えないんだよな。1人だったら手を引いて人混みに紛れるとか出来るけど、人数増えればそれも無理だ。
「男手を増やしておきたいな・・・」
「坂城くんを誘おうよ」
「それは良いな」
坂城の家と神社はバスの停留所2つ分ぐらいの距離なので結構近い。あとはジュンに頼んでみるか。道場の息子だけあって素人程度なら余裕であしらえるからな。
「俺も知り合い連れて来て良いか? 田宮道場の息子だから腕っぷしは問題ないからな」
「えっ?勿論良いよ」
シオリも誘ってみよう。護身術を嗜んでるし大丈夫だ。受験生だけどたまの息抜きぐらいはいいだろ。テストの成績的には合格圏内だったしな。
「妹も呼ぶよ、同じ道場に通ってるからさ」
「うん・・・って田中君も道場通ってるの?」
「週1で2時間ぐらいだけどな」
「そうなんだ・・・」
あともう一人ぐらい男手欲しいけど・・・そういえば依田が毎日グラウンドで走り込んでたな・・・見かけたら誘ってみるか。
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