IF6話 ゲーム感覚
「君は少し節操が無いようだね」
「はぁ・・・」
昼休みの時間、理事長の孫であり生徒会に所属するクラスメイトの今和泉が教室にやって来た。
今和泉は、ゲームで登場するキャラクターの1人で、所謂お邪魔キャラに近い存在だ。複数のヒロインと知り合い、好感度を一定以上にするとこうやって登場して嫌味を言いストレスというバッドステータスを与えて来る。
最近まで知らなかったのだが、実は今和泉は1年1組の生徒らしい。ゲームでは「お前どこのクラスにいるんだよ」的な会話があるような、神出鬼没に現れるくせに、探しても見つからないキャラクターとして設定されていた。
今和泉は勉学については家庭教師で個別に学んでおり、授業が行われている時間は理事長室にいて祖父の仕事を手伝っているらしく、普段は高級そうな黒塗りの車で登下校している所しか見かけないという変なクラスメイトだった。
「綾瀬君、桃井君、真田君に引き続いて水辺君までとはね」
「だからそれは勘違いだって」
そもそも真田とは、会話すらしていないのに変な噂が立つ事がおかしかった。放送部に所属する真田はゲームではヒロインの1人だけど、たまに廊下ですれ違う事と、校内放送でたまに流れて来る声で存在を認識する程度でしか俺は認知していない女子生徒という状態な筈だ。
「火のない所に煙は立たないのだよ」
「ただの同じ水泳部員というだけだろ・・・」
「ただの部員が抱きついたりするのかね?」
「喧嘩の仲裁みたいな事したから感謝されたけだって」
「でも抱きつくものかね」
喧嘩の仲直りのアシストした翌日、水辺が1組の教室にやって来て「ありがとうっ! おかげで仲直り出来たよっ!」といって抱きついて来た。その結果、俺がカオリ、サクラ、真田に引き続いて水辺に手を出したという噂が広がってしまっていた。
「親父さんが海外で働いてるらしいし、欧米的な挨拶しただけだろ?」
「そういう事もあるかもしれないがね、でも女性とお付き合いするならちゃと誠意を持ってあやるるべきだろう」
「だから誰とも付き合って無いんだって」
これは本当だ。水辺はともかく、カオリもサクラも俺はお眼鏡に叶うような存在ではないようで、恋愛対象としては見られていない。
「君と綾瀬君や桃井君とデートをしているという目撃情報があるんだがね」
「カオリは家が隣同士の幼馴染で、サクラはサクラの爺さん達がしている公園の手入れを手伝うというバイトをしてるんだよ」
「桜爺殿と桃爺殿か・・・」
「知ってるならどういう方か分かるだろ?」
「あぁ・・・」
サクラの爺さんは、母方の「桜爺」と呼ばれる植木職人の桜山マツゾウさんと、父方の「桃爺」と呼ばれる造園業者の桃井ハナミチさんだが。腕がかなり良いらしく、公園の植栽整備のほか、有力者の庭の管理で出入りしている事もあって、地元でも一目置かれている存在になっていた。
一見ただの好々爺な雰囲気の2人だが、地元のヤクザの子分達も頭を下げて道を譲るほどの人物だったりする。実際2人はヤクザが懐に忍ばせていてそうな形状の小刀を持っていて、ただの好々爺では無いと分かる。
俺はそれぐらいしか知らないけれど、今和泉のこの反応からいっても、有力者すら恐れ入る存在だというのは間違いないのだろう。
「気を付けてくれ給え、私でもあの方々を怒らせたら父上から勘当を言い渡されかねない相手だ」
「あぁ・・・」
今和泉は理事長の孫だけあって地元ではかなりの有力者だ。その今和泉がそこまで恐れおののくサクラの爺さん達って何者なんだと思わずにはいられない。ただサクラは口を濁すし、サクラ爺さん達も「ホッホッホ」「カッカッカ」と言いながらニコニコするだけなので良く分からない。
もしかしたら過去に諸国漫遊しながら悪を懲らしめる先の副将軍か、右側と左側に控えていた人か、突然風車をシュッと投げてくる人とかだったりしないかと疑っていた。まぁこの世界には、そのモデルになった先の副将軍は存在してないらしく、微妙に登場人物や設定が違う時代劇をやっているのであり得ない例えだが。
ここは日本が舞台のゲーム世界だけど、俺が知る日本と少し違う日本だ。
テレビに映る芸能人もスポンサーとなっている企業も前世では見たことも聞いた事も無い名前ばかりが流れる。
歴史を調べると鎌倉時代の後期ぐらいから少しづつズレが生じ、似ているようで違う日本になってしまっていた。
首都は京都にあり、地名も相模県や武蔵府など古い名前をしていて行政区分にも違いがある。
第二次世界大戦に相当する戦争は枢軸国側が無条件降伏となるまで敗北しておらず、連合軍の進駐はあるものの日本軍は存在し続けており、大陸側の利権は失ってしまったけれど、台湾、樺太、千島列島などは残されている。
皇族、将軍家、公家、華族など、貴族階級があり、サクラの爺さん達のような刃物を腰にさしている人を街で見かける事がある。
ゲームの後継作で語尾が「のじゃ」となる公家のお嬢さんがヒロインで出てきたり、日本刀を腰に差した大和撫子風の武家のお嬢様が出てくるので、その世界観にあった日本になっているのだろう。
他にもゲームの後継作では、騎士剣を持ったツインドリル金髪のお嬢様が出てきたり、手に聖書を持ち異端審問をかけてくる銀髪シスターのヒロインが出てきたり、チャイナ服に暗器を忍ばせた語尾が「アル」のヒロインが登場するため、世界観を合わせるために、世界の歴史も日本の鎌倉時代とほぼ同時期にズレが生じていっているように思う。
△△△
「田中君、足早いね、陸上部に入らない?」
「俺は暑いのが苦手なんだよ。水泳の方が夏に涼しく運動できて好きなんだ」
「そうなんだ、勿体ないなぁ」
入学早々の体力測定の50m走で、陸上部の依田に僅差で負けて2位、1500m走では2位の依田に僅差で勝ち1位となった事で、勧誘されていた。
「新春の学校別駅伝っていうのがあるから出ない?各校10名代表選んで出るんだけど、田中君はスタミナありそうだし、校内10位以内になれると思うよ?」
「1人でどれぐらい走るんだ?」
「3kmから5kmの間だね」
中学校のマラソン大会と同じぐらいか。中学校時は1年の時から全校で8位、5位、2位と良い結果だったし、今でも早朝ランニングをしているから一応マラソン系には自信があった。
「それって女子の部もあるのか?」
「無いんだよ・・・あったら綾瀬さんと水辺さんの2人でぶっちぎりの優勝しそうなのにね」
「水辺も早そうだもんな・・・高校受験鈍った体を鍛えなおすと言って毎日50km走ってたらしいぞ」
「・・・それは化け物だね・・・」
100日フルマラソンを走った人が世界にはいるというニュースが出るぐらい、毎日50km走り続けるというのは異常な事だ。まぁ水泳部は夏場フルマラソンの距離を連日泳ぐぐらい異常な運動量してるんだけどな。
「だよなぁ・・・俺でも毎朝だと15km走るのが精一杯だよ」
「それでも充分すごいんだけど・・・、僕も少し頑張らないといけないかな・・・」
カオリに追いつこうと頑張り出した事が習慣になっちゃったんだよな・・・。
でもさすがゲームで最も脳筋ヒロインであった水辺だ、50kmといのは恐ろしい。まぁ本当に恐ろしいのは、勉強の息抜きにたまに城址公園でジョギングしている程度で水辺に僅差だというカオリなんだけどな。
「文武両道をうたっているとはいえ、一応ここは進学校なんだろ?運動ばかりするのも良くないんじゃないのか?」
「両親がこの学校出身なんだ、家も近いし頭もそこそこ良かったから入ったけど、僕は走る事が好きなんだよ」
「そうなのか・・・」
この高偏差値の学校の中では依田は異質な存在かもしれない。中間テストでも学年50位以内でクラスでも6番に位置していた。走るのも早いので運動も得意そうだ。特質するほどイケメンというわけではないけど顔立ちは整っている。そして話しぶりから性格は穏やかで優しそうだ。声が良いので、前世で人気だった動画実況者とかになったら人気が出そうだ。
もしかして依田ってゲームでは主人公がカオリとゴールインしなかった時のカオリのお相手とかなのだろうか。
「その学校別駅伝だが、2人を男装させて出場させられないかな?」
「水辺さんはともかく綾瀬さんは無理かな・・・」
「胸の差か・・・」
「うん・・・」
髪がそこそこ長く、モデルのようなメリハリを持つ体型をしているカオリに対して、水辺は髪はショートだし体型は泳ぐのに特化したかのようなメリハリの少ない流線型な体型をしている。とはいえ水辺も小顔で可愛らしい顔立ちだし、性格も男らしい部分は見当たらないので男装はかなり頑張らないと無理かもしれない。
「序盤でその早さかよ・・・やっぱ水辺狙いなんだな・・・」
「それは勘違いだって言っただろ」
ひいこら言いながら1500m走を走り終えた立花が、俺と依田の近くに寄って来た。
立花は俺と同じで前世の記憶を持っている。だからこの世界の日本には多分無い「お前どこ中だよ」や「勝ち組」や「リア充」という言葉を知ってるし、カオリと水辺が同じ水泳選手と知って「水辺と一緒かよ」と言ったり、俺が毎朝ジョギングしている事を知って「水辺狙いなんだな」と言ってくるなど、ゲーム設定を知らなかったら言わないような言葉を口にする。
それにブツブツと「フラグを立てさせなければ・・・」とか「能力値が達して無いからデレないのか・・・」と邪悪そうな笑顔をしたとき呟きが漏れ聞こえるのでバレバレだった。周囲の人は変に思わないのだろうか。確かゲームではヒロインでもある妹がいたよな?
「立花は短距離は早かったのに長距離は遅かったな」
「俺はスタミナが無いんだよ」
立花はゲームで登場する人物で、主人公とヒロインの仲をサポートするお助けキャラとして登場する。実際に、入学式のあと教室で「女の子の事で分からない事があれば俺に聞けよ」というゲームでの立花のセリフを俺に言って電話番号の書かれた紙を渡してきた。
でも俺は立花に女生徒の情報を聞くために電話をかけた事は一度も無い。どう考えても碌な事を考えていない事が分かっているからだ。
それに、俺はこの世界がリアルであると思っていて、ゲーム感覚で女生徒を攻略したいとは思っていない。特にカオリと共にあるためには、努力の積み重ね以外に出来る事は無いと思っているのだ。
「立花君も頑張れば僕ぐらい速くなるかもしれないよ?陸上部に入らない?」
「俺は運動が嫌いなんだよっ!」
「そうなの?もう息が整ってるし運動に向いてそうなのに・・・」
ゲームでの立花は、高校の修学旅行でトラブルが起きたとき、「タカシの奴、いつの間にかかいない!?」と忽然と目の前から消えたかような逃げ足さを示す描写があった。もしかしたらゲームでの立花も、足の早いキャラクターだったのかもしれない。
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