IF5話 前世の俺
前世の俺は、「勝ち組」と言われる人達から「底辺」と呼ばれる存在だったと思う。
第二次ベビーブーム世代である1970年生まれで、学生だった頃の日本は高度経済成長ピークで好景気に湧いていた。
テレビで放映されるトレンディドラマに憧れて、そこで映る人達が身につける高級ブランド服バッグや時計を20代の若者どころか、親から沢山のお小遣いを貰って買ったという公立高校に通う女子高生もいたぐらいだった。
俺の親父は真面目なサラリーマンをしていたけれど、親父の同僚は株や不動産に手を出し小金持ちになって会社を辞めていた。
金があっても暇なのか時々親父の所に遊びに来て、自慢をしつつ親父にも投資を勧めていた。
親父は色々悩み、俺達家族を集め、新聞の株価が書かれた欄を見せ、もし100万あったらと想定して株の売り買いをして1ヶ月で誰が一番儲けるかという遊びを提案してきた。俺と兄貴には1番を取ったら、まだ発売したばかりのテレビゲーム機を買ってくれるという飴玉付きの遊びだった。
親父は取引のある会社の株を買い、お袋は使っている化粧品の会社の株を買い、兄貴は誕生日に親父に買って貰っていたプラモデルを作っている会社の株を買った。
しかし、平均株価が上昇する中、3人の買った株は下落し、まだ中学校になったばかりで、株と言われても良く分からず、100万円をそのまま持っていた俺だけが損をしなかった。
余談だが、半年後ぐらいに、ゲーム機が爆発的に売れて株価が急騰した会社のテレビゲーム機を、やっと手に入れたと言われながら親父から渡される事になった。
俺がそのゲームが面白すぎて勉強に集中できなくなり、成績を落とし、兄貴と違っていい大学に入れず、一流企業に就職出来なくなるのだから、ゲーム機というのは今考えると恐ろしい遊びだと思う。
お陰でバブル崩壊と共に、失業なんて目にもあったけど、俺がいた世界の元となっているらしいゲームを、あまりお金のかからない娯楽として遊び続け、その結果自身の境遇にすぐに気がつけたのだから、色々皮肉なものだと思っている。
とりあえず、親父は株の仮想取引ゲームの結果を受け、俺達家族がそういったギャンブル的な事には向かないと思ったらしい。そのため投資は確実に損はしないという国債と郵便貯金の定期預金と、万が一に備えて積立式の生命保険に加入にする程度にして、サラリーマンを続ける事を選んでいた。
それが良かったと分かったのはバブル崩壊のあと、借金で首が回らなくなった親父の友人が温泉の素を使った自殺をしたという訃報を親父から聞いた時だった。
その訃報の少しあと、当時俺が勤めていた会社がいきなり倒産した。親会社から仕事が回って来なくなった事と、社長が会社の金を親会社に勧められるまま投資に回した結果、資金が回せなくなり不渡りを出したためだ。社長は多分、親会社の不良債権を整理する際のカモにされたのだと思う。
何かしらの補償を受けられないかと思ったけれど、社長も被害者のようだし、1社員でしか無かった俺にはどこに訴えれば良いのかすらよく分からなかった。だから、失業保険の申請をし、日々悪化していく日本の景気の中、再就職先を探す事になった。
けれど、新卒社員の採用すら厳しいご時世で、20代とはいえ後半に差し掛かった、特に就職に優位ば資格などを持たない、元請けになれなかった倒産した企業の元社員を歓迎する会社などはなく、失業保険が切れる時期に人材派遣会社に登録し、非正規雇用のビル清掃や深夜のビル警備などをする生活をする事になってしまった。
就職活動は続けていたけれど、後に氷河期世代と言われる俺たちに世間は厳しく、非正規雇用の仕事を転々とする生活が続いた。
経済的に恵まれず、休日はあまりお金のかからないテレビゲームをして過ごしていた事もあって女性とは縁がない生活を続けた。
ただ、仕事はとても真面目にしていたからか、俺は40歳を目前にした時に、当時派遣されていたスーパーから正社員並みの待遇をするから店長をしないかと言われた。人材派遣会社から貰えるサービス残業ばかりで時給換算すると最低賃金以下となる給料から、パート店長という良くわらない肩書ながら、最低賃金は保証され、社会保険も受けられる立場になり、焦燥感にさらされる生活は無くなった。
その後50代の時に少子高齢化による社員の確保の必要性という理由で正社員店長になり、60歳を前にエリアマネージャーという複数店を掛け持ち店長みたいな状態になり65歳の定年を迎えた。
既に両親も鬼籍で、一流大学卒業後にバブル崩壊でも倒産しない大手企業に勤めていた兄貴は、両親を看取ったあと、あとはのんびり過ごしたいといって田舎に家を買い、奥さんと引っ越しをしていた。だから俺が定年後、両親が残した実家を仏壇とお墓の面倒を見るという約束で譲り受け、そこで海溺れて死ぬまでの3年間、兄貴がたまに法事で訪れる程度の、孤独な時間をテレビゲームと共に過ごす事になった。
生まれ変わった時、俺はまたやり直せる事が嬉しかった。しかも俺は高校1年生の時に底辺でも3年間努力をすれば、一流大学への入学や、一流企業への就職や、プロスポーツ選手や、歌手や画家や俳優や作家にだってなれる成長性を持った人物に転生していた。
それに天使のように綺麗で優秀な幼馴染であるカオリと、少し生意気だけど可愛い妹であるシオリが身近にいるという恵まれた環境にいた。
俺が幼稚園に入った頃には、前世の親父から貰ったテレビゲーム機に相当するものは売っていたけれど、もう前世でかなり発展的なゲームまでかなり遊び倒したので興味を持たなかった。
今世は、カオリに並び立てる人を目標にし、シオリに慕われる兄にばろうと努力する事で、高校入学時に学力と運動が立花のいう底辺ではなく、高校最初の学力試験で学年155位、100m走クラス2位、1500m走クラス1位、水泳で高校1年で県大会2種目出場という結果でのスタートを切る事が出来ていた。
「最近頑張ってるわね」
「遅めの成長期なのか急に記録が伸び出したんだよ」
「せっかく元は良いんだしお洒落にも気を使ったら良いと思うわ」
「ありがとう」
「買い物に行くなら付き合うから言ってね」
「あぁ、カオリはセンスが良いから助かるよ」
日曜日に公園の整備のアルバイトを半日して結構稼いでいるのでデート代の問題は無かった。
さすがにブランド物までは買えないけれど、センスが良い服を買うぐらいの貯金は出来ていた。
「田中・・・水辺狙いじゃ無かったのか?」
「・・・何の事だ?」
「何でテスト結果があんなに良いんだよっ!」
確かにゲームでは、入学当初から運動ばかりを選択し行動したら、1年目で体育祭で1位を取ってカオリや水辺の好感度を上げられる。その代わり体育祭直後のテスト結果は酷いものになり、カオリの好感度が下がる事になる。
ゲームでは100位より上を取れば上昇し、200位以下だと下がるので、155位というのはカオリにとっては変化なしのどうでもいい程度の成績でしか無い。
「そんなに良いか?150位台って真ん中より下だぞ?」
「お前は俺と同じ底辺スタートの筈だろっ!」
立花は確か220位台だったと思う。いい成績ではないけれど赤点は無く、学力の高いこの高校の中では良くやっている方で、決して底辺では無いように思う。テストの点数で底辺というなら全教科赤点ギリギリで回避しつつも281位というかなり下の成績を取った水辺の事になるだろう。
「お前は何を言ってるんだ?カオリの近くにいて目標にして来たんだから、ある程度出来て当然だろ?むしろあのカオリの幼馴染なのに、真ん中より下にいるっていうのが情けなくなるぐらいだよ」
「・・・」
俺はカオリの隣に立てるよう生きてきた。あんなに天使のように綺麗な幼馴染がいて好きにならないわけが無かった。だから小4の時に水泳の記録を抜かされた時には布団に顔を押し付けて、声を殺しながら泣き叫ぶぐらい悔しかった。
その後、中学校の時にテストで満点が取れなくなってカオリに点差をつけられるようになった時も情けなくて仕方無かった。
俺は、中学校の頃からカオリが時々つまらなそうな顔を俺に向けている事に気がついていた。幼い頃から、優秀過ぎるカオリについて来れたのは、前世の記憶によるアドバンテージを持っていた俺だけだった。けれど、俺は既にカオリに追い越され、そのまま離され続けていた。カオリは既に、俺を自身について来れる人では無いと判断するようになっていた。中学校入学の時にはまだあった対等な関係であるものに向ける目が、学校のテストの度に落胆に変わっていくのが見えてしまった。
カオリが意図してその表情をしていた訳では決してないし、初対面では分からない微かな違いだった。けれどずっと近くで幼馴染をながらカオリを見ていた俺は、それを敏感に察してしまっていた。
表面的には親しげにしてくれるカオリに合わせて、俺も親しげに話している、それが俺とカオリの今の関係だった。
カオリが水辺に対してしているあの目は、昔は俺にも向けられていた。カオリより一芸において勝っていると見なした人にする目だ。
シオリから、サクラとの事を聞かれたあとに、「どっちが狙いなの」と言われて苦笑いするしか無かったのはそれが理由だ。
俺は一貫してカオリが好きでいるのに、シオリにそう思われてしまうぐらい、カオリと俺には距離が出来てしまっていたのだ。
俺とカオリが付き合ってるように見えると言う人は中校時代にも多くいた。けれど、小学校の頃の低学年の頃の俺とカオリは、どんな時でも一緒にいる恋人のような間柄だったし、中学校の最初の頃はまだ親密だった。
今のように、腐れ縁だから付き合っているみたいな感じがある、距離感のある間柄では決して無かったのだ。
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