IF3話 前世の記憶

「同じ部活になるんだな・・・そうだよな・・・だって水泳の五輪代表候補が陸上部に入るなんて変だもんな」


 家に帰り自室に入ると思わず口で呟いていた。

 俺の知ってる水辺は、カオリが水泳部に入ると陸上部に入る存在だったからだ。だから新入生の部活登録の日の集まりにカオリと水辺が同時にいた事が少し驚きだった。


 実は俺には前世の記憶がある。

 1970年の日本で生まれ、68歳の時に海岸近くで散歩した時に、突然やってきた波に足元を掬われ沖に流され溺れた記憶だ。

 けれど生まれたのは1980年の日本で生まれ変わるという変な生まれ変わりだった。ただ名前だけは前世と全く同じ田中ミノルという偶然にしても凄く違和感があった。


 ただその違和感の理由が分かったのは生まれ変わってすぐだった。お袋に抱っこされながら見た隣の家の形に見覚えがあり、約1ヶ月あとにその家の子として生まれた女の子の名前に聞き覚えがあったからだ。


 この世界は俺が20代の頃に遊んだ事がある恋愛SLGの世界だった。

 女の子はそのゲームのヒロインの一人で、隣に住む幼馴染となる俺は主人公という事になる。

 そして、今日同じ水泳部に入った水辺オルカも、小学校と中学校が同じだった桃井サクラのようにゲームに登場して来たヒロインだった。


「ミノル、強い男に育つんだぞ、女の子を助けられるような強い男にだ」


 この言葉は生後すぐに耳にタコが出来てしまうぐらい親父に何度も聞かされた言葉だ。今世の親父はフェミニストのようで女性に優しい人らしかった。

 最初は「あらあら、元気に育ってくれれば良いですよ」と言っていたお袋も、「あなたの様な優しく強い人になったら良いわねぇ」なんていう風に親父の言葉を後押しするようになった。


 両親はとても仲が良かった。だから俺が寝付いたフリをすると、夫婦の寝室らしい別室に移動してお盛んに致していた。だから約1年後に妹のシオリが生まれたのは必然だった。

 ただ俺は中身が大人だったけれど、シオリはそうではなかったようで、激しく泣き叫ぶ普通の赤ん坊だった。

 両親はシオリの世話に追われて疲れているようで、俺の時と違って寝付いたあとにお盛んになるといったことはあまり無かった。


「赤ん坊ってこんなに手のかかるものだったのね」

「ミノルは大人しかったもんなぁ」

「隣のカオリちゃんも大人しいそうなのよ」

「赤ん坊によって違うのか・・・3人目は落ち着いてからにしたほうが良いな・・・」

「そうね・・・私も最近寝不足がきついわ」

「すまないな、今は仕事が忙しい時期であまり手伝えなくて」

「景気が良いんだもの、仕方ないわ、その分ボーナス期待してるわよ」

「あぁ、落ち着いたら家族揃って旅行にでも行こうな」

「えぇ」


 そんな家族計画があったからか、シオリの次に弟や妹が生まれる事は無かった。

 ただ、ゲームの主人公に妹がいるなんて描写が無かったので、とても違和感を感じていた。もしかしたら俺が大人しい赤ん坊だったから両親が寝不足にならず、お盛んになって出来ていたのだとすると、俺の行動によって恋愛SLGの舞台に変化が起きるのではと思い至った。確かにゲームの主人公として産まれているようだけどそれに縛られた人生は嫌だった。自然のままに生き、その結果魅力的なヒロインと恋に落ちる人生の方がずっと良いと思ったのだ。


 近所の公園、駅前広場、ショッピング街、神社、城址公園、遊園地、動物園、植物園。全てがゲームの舞台として見覚えがある風景だった。だけどあまり世界がリアルだった。ドット絵で作られた2次元的な世界ではなく3次元で実写な世界で、人はコンピュータープログラムされた同じ会話を繰り返しする存在ではなく生きている存在だった。

 リセットボタンなどなく生を繰り返すようなものでは無いだろう。この現実の世界だと思って生きるべきだと確信していった。


 カオリとはすぐ仲良くなった。隣に住み、実家が遠く離れていて同じ年の子供がいるという状況で、母親同士が育児相談をしたり子供を預け合ったり子連れで一緒に出掛けたりと仲良くしていたからだ。

 親父とカオリの父親とは一回り程歳の差があったけれど、フェミニスト的な思考が似ていたようで、家族ぐるみの付き合いになるのに大した時間はならなかった。


 ゲームでは、カオリは最も難易度が高い攻略対象だった。美人で勉強も運動も出来てそれを相手に同レベルを求めるというヒロインだったからだ。

 前世の記憶がある分、俺の成長は早かったが、カオリは元々の才能の高さから猛烈に成長していき、読書感想文や絵画コンクールでは毎回のように入賞し、学校のテストもずっと満点だった。俺も前世の知識のよるアドバンテージあったため幼少期はなんとか同じ土俵に立っていた。けれど、俺が前世のように溺れて死ぬのは嫌だと思い、小学校1年の時から通わせて貰ったスイミングも、1年遅れで入って来たカオリに小学校4年の時に抜かされたし、勉強も毎回満点を取れなくなった中学校の時に置いてかれ既に逆転されている事が分かった。


 ゲームの舞台でもある県下ナンバーワンの私立の高校に、カオリと共に入学したものの、勝っているのは身長と体重と、「女の子は守らねばならん」という親父の教えのもと田宮銃剣術道場に通わされた結果覚えた護身術ぐらいで、それ以外は全て負けるような状態になっていた。

 まぁカオリは俺の見様見真似でそれなりに護身術が使えるぐらいになってしまったので、本気になればそれすらも追い越されると思っている。


「なんか浮かない顔っすね」

「あぁ、カオリに本気になられたらこの道場で学んだ事も置いてかれそうだと思ってな」

「あの人すごすぎるっすよね」

「俺はそれをずっと隣で見てきたからなぁ」

「ミノルさんも充分すごいんすがねぇ」

「隣にあんな凄いのがいたからなぁ」

「シオリっちは普通じゃないっすか」

「シオリはカオリに甘えすぎて育ったからな・・・」


 妹のシオリは一時的にスイミング通ったけれど、護身術の方に興味があったようで、俺が田宮銃剣術道場に通い出した頃からスイミングをやめそちらに専念するようになった。

 学校の成績はそこそこといった感じだったけれど、護身術の方はなかなかの腕で、道場の家の次男でシオリ同じ中3の田宮ジュンにも射撃術以外は勝ち、同世代で一番強くなっていた。

 ジュンは射撃術の天才らしく、その部門の試合で勝てるのは田宮流道場の大人部門で優勝する人ぐらいで勝てないだけで、シオリは射撃の腕もジュンを除いた同世代で一番なので、シオリもかなり凄いと言われていた。


 射撃の腕が天才的だと言われているジュンだが、小学校のミニバス時代からやっいるバスケットボールの方が性にあっているようで、道場での練習より中学校の部活の方を熱心にやっていた。


「そういえば今年は全国行けそうか?」

「どうっすかねぇ・・・ミノルさんに言われてシューターとして活躍して、確かにチームは強くなったっすけど、去年活躍しすぎたからかマークがきつくなって来たんすよ」

「マークを引きつけられるって事は、他のメンバーが楽になるって事だろ?それに、足腰鍛えてスタミナをアップさせれば引き離してシュートも打てるようになるだろ」

「ミノルさんって妙にバスケに詳しいっすよね」

「この街に住んでいればな・・・」

「確かにそうっすね・・・」


 この街には国際貿易港があり、近くには国際空港もある事もあって、外国からの移民が多く、アメリカの外資系企業の日本法人が拠点を構えていることから、バスケットボールをする人が多く人気も高い。

 3on3用のバスケットコートがある公園があったり、庭側の壁にゴールを貼り付けている家もある。

 港で行われる祭りでは3on3大会が開かれるぐらいで、野球やサッカーという人気競技に匹敵するぐらい競技人口が多い変わった街だ。

 体育の授業も生徒が喜ぶのでかなりの頻度でバスケットボールとなっていた。


 けれど俺がバスケットボールに詳しいのはそれが理由ではない。実は前世務めていた会社がプロバスケットボールのスポンサー企業をしていて、試合を見ているうちに好きになり、目だけは肥えてしまったのだ。

 小学校4年生の時、カオリにスイミングで抜かされた時悔しいと思って意固地にならなければ、ミニバスにコンバートしていたんじゃないかと思っている。

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