IF2話 守らねばならん

「綾瀬さんはどうするの?」

「放課後は部活で土日は強化合宿に参加するわ」

「私と一緒だね」

「じゃあ一緒に行きましょう」

「うん! 今まで1人で向かっていたから、誰かと行けるのが嬉しいよ」

「私も仲間が出来て嬉しいわ」


 カオリと水辺は土日は県が主催している強化合宿に参加するようだ。2人は五輪代表候補クラスの選手なので水泳界での扱いが既にVIPとなっている。


「まさか同世代最速の2人と同じ練習をする事になるとはねぇ」

「確かにすごい2人が揃ったもんだな。一応中学校の頃はカオリと同じ練習してたから何とかなるだろ」

「田中くんは100フリーのベストタイムは?」

「1分00秒12だ」

「思ったより早いね」

「一応全種目泳ぎこんでいたからな」

「ちなみに綾瀬さんのベストは?」

「55秒台だったと思うが・・・」

「フリーでも全国余裕だね」

「あぁ、カオリは短水路ではあるけど、中学校の練習中に取った記録で、大会全種目で中学校の全国標準記録超えてたからな」

「それは長距離も?」

「あぁ800フリーも超えてたぞ」

「すごいね・・・」


 全国標準記録は男女で違っており、100m自由形では5秒程度の差があった。けれど、俺はカオリより5秒も負けていた。


「俺等はとりあえず2人についていく感じで練習だな」

「だね・・・」


 100mのベストタイムを確認すると、自由形に関しては坂城の方が早いけど、他の種目では俺の方が早い事が分かった。

 自由形の練習の時は水辺、カオリ、坂城、俺の順で泳ぎ、他の泳法を練習する時はカオリ、水辺、俺、坂城の順で泳ぐ事が決まった。

 ちなみにメニューは1時間あたり3500m程度のメニューを交代で作っていくことになった。


「水辺は家が近いんだったな」

「えっ?何で知ってるの?」

「同じクラスの立花って奴に聞いたんだ。3軒隣に住んでるんだろ?」

「あはは〜、うん立花君の妹さんとは幼い頃に良く遊んだ仲なんだよ」

「あれ?水辺って成美中だろ?それなのにここの近所の奴と幼馴染なのか?」

「お父さんの仕事の都合で小学校の頃もこっちに住んでるお婆ちゃんの家に居候してたんだよ」

「なるほど、じゃあ3年ぶりに再会したわけだ」


 そんな話をした時、水辺は悲しそうな顔になった。どうやらその幼馴染とうまくいっていないようだ。


「実は小学校の時に喧嘩しちゃってさ・・・仲直り出来てないんだよ」

「えっ?でも3軒となりに住んでるんだろ?」

「うん・・・」

「顔を合わせたりするだろうし気まずくないか?」

「私は朝と夕方ランニングしてるし、ユイはまだ中学生で登下校のタイミングも違うからね・・・」

「なんだ・・・でも、これから世界と戦おうって奴が幼馴染との仲直りが怖いのか」

「うん・・・怖いよ・・・」


 水辺は少し目に涙を浮かべていた。とても仲直りをしたい事がそれで分かった。


「水辺って迷子の子供みたいだな・・・」

「えっ!?」


 俺は遠い昔・・・迷子の子供を見ることがあった。水辺の顔は、その時の子供がする表情をしていた。


「家は近いんだよな?」

「うん・・・」

「じゃあ今から謝りに行くぞ」

「えっ!?」


 諸見里、豊前、神谷の3人と話していたカオリを見ると、俺と水辺の話が聞こえていたようで、「仕方ないわね」という顔をしていた。

 カオリは頭が良いので3人ぐらいの人が同時に話した事を聞き取れるすごい能力を持っている。そして俺が親父の「女の子は守らねばならん」という言いつけをずっと守っているのを知っているので、そうなることを理解してくれたようだ。


「俺は水辺の家に寄っていくな」

「私もついて行くわ」

「僕もついていくよ」

「私も大丈夫」

「みんなで行こう!」

「うん近くなら大丈夫だよ」

「みんな・・・ありがとう・・・」


 結局水泳部に入ったばかりの1年生全員で水辺が立花の妹と仲直りするのを後押しする事になった。

 どうやらみんな付き合いの良い奴らしい。


「こっちの方って商店街あったよね」

「うん、その手前にある公園の向かいが私が居候してるお婆ちゃんの家だよ」

「確かバスケットゴールがあったよね」

「あったあった!」

「こっちの方って入った事ないわね」

「僕はあそこ団地に親戚がいるからここはたまに来るよ」

「裏道っぽいのに結構歩いている人いるね」

「うん、高校と大学と団地と商店街が近いから、車通りは少ないけど人と自転車は結構多いんだ」

「なるほどね・・・」


 確かにこの道を進むと、うちの高校からも毎年結構受験するという私立の名門大学がある。自転車や徒歩の人が多いのも頷ける。


「この家だよ」

「テレビの音は聞こえるし誰かはいそうね」

「じゃああとは水辺が頑張るだけだな」

「うんっ」


 俺達はインターホンに向かう水辺の見送りながら心の中で応援した。


「はーい・・・あれ?高校生・・・兄は出かけていますが・・・」

「ユイ・・・」

「えっ!?・・・オルカちゃん!」

「・・・お婆ちゃんの所に戻って来たよ」

「オルカちゃん・・・」

「ユイ・・・」


 立花の妹は玄関からつっかけのまま水辺の所に駆け出して抱きついて来た。

 どうやら仲直りしたかったのは立花の妹もだったようだ。


「仲直り出来そうね」

「あぁ・・・」

「良かったねぇ」

「スラッとしてて綺麗な子だね」

「うん、私もそう思った」

「肌も白くてお姫様みたい」


 確かに立花の妹は綺麗な子だった。身長は175cm前後あるんじゃないだろうか。色白で手足が長くてモデルでも通用しそうに思う。

 今は泣いているので笑顔が張り付いた様な立花と比較しにくいけど顔立ちは似ていると思う。ただ立花が170cmに届かない感じだから妹の方が随分と背が高いという珍しい兄妹であるようだ。


「心配いらなそうだし私達は帰りましょう?」

「水辺さん、また明日ね」

「うん、今日はありがとう」

「オルカちゃんのお友達の人たちありがとうございます」

「喧嘩しても仲良くな」

「水辺さんバイバイ」

「さようなら」

「妹さんもさようなら」


 俺達は姉妹のように仲の良さそうな2人に手を振ってお別れした。

 開山中出身の神谷は家が近く徒歩通らしいが丁度学校を挟んだ反対方向に家があるらしい。

 港北中出身の坂城と瀬良中出身の諸見里と豊前は俺たちと同じ駅前方向のバスでの通学らしい。

 坂城は俺達より手前でおりて、諸見里と豊前は駅で乗り換えとなるようだ。


「今日は良いことしたね」

「親父に「女の子は守ってやらねばならん」って酸っぱく言われてるからな。あんな顔されたら弱いんだよ」

「昔っから変わらないわよねぇ」

「田中くんってそういう人なんだ」

「結構ポイント高いかも〜」

「そういうのサラッとできちゃうの良いね。僕も困ってる女の子がいたら助けられる人を目指すよ」

「あぁ、父親から「嫁に欲しければ私を倒してからにしろ!」と言われるぐらい助けちゃってくれ」


 俺はカオリの父親の声真似をしながら言った。


「それって私のお父さんの真似かしら?」

「えっ?田中くんと綾瀬さんってそんな関係?」

「田中くんは桃井さん狙いだって聞いたことがある」

「田中くんモテるんだねぇ」


 カオリと付き合ってると噂される事は何度もあったけど、サクラと噂されるようになったのは高校に入ってからだ。

 サクラとは高校に入ってからクラスが違うし接点は少ない、窓から雨が吹き込んで廊下が滑りやすくなってたので、走って帰るサクラに気をつけるよう言った事があるぐらいだ。


「それって悪質なデマだからな?カオリの幼馴染だからって変な噂を立てられやすいんだよ」

「えぇ、ミノルは誰とも付き合ってないわよ」

「あっ・・・お互い名前で呼び捨てなんだ」

「仲が良い幼馴染って良いなぁ」

「同じ部活で同じ種目の選手して仲良さそうにしてれば、ればそう思われても仕方ないよ」


 それはそうなんだが、家が隣同士で、家族ぐるみで付き合いあるから、そうなるのは必然だろう。


「そんなこと言ったら、坂城は水辺とそういう風に言われようになるぞ?」

「なるかしら?」

「水辺さん可愛いし競争率高そう」

「もし水辺さんと付き合いたいなら応援するからっ!」

「まだ今日出会ったばかりだし気が早いね」

「そうなったら良い噂を立ててやるぞ、俺にかけられるような変な噂を打ち消すぐらいにな」


 ほんと、この高校に入ってから悪質な噂が立つことが増えたんだよな。何故か会ったこともない6組の真田を狙ってるって噂が立てられたしな。


「僕は次の停留所だからまたね」

「また明日な」

「部活でね〜」

「バイバイ」

「さようなら」


 坂城は丁寧にバスが発車したあと俺たちに手を振っていた。礼儀正しいし育ちの良さが伺える。穏やかな優しい顔をしてるし結構モテていそうだ。

 案の定、諸見里と豊前は「坂城君って結構良いよね」、「分かる」なんて話始めた。2人は同じ中学校だしかなり仲が良いのだろう。

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