第95話 私達の負けよ(マコト視点)
「はい、これありがとうってさ」
「おー、もう返って来たんだ。 さすがにやるねぇ」
マモルが立花君に貸していた理科Ⅰ類からⅢ類向けの過去の赤本が返って来た。
さすが国内最難関の大学の赤本だけあって熟読するのには期間を要する。 優秀な弟であるマモルでも2週間を要した。 それなのにマモルの友人である立花君は冬休みの間だけで返却してきた。 彼は冬休みの前半は、バスケットボールのウィンターカップに出場していて京都にいた、だから勉強は年始あたりから始めた筈だ。 つまり年始の浮かれやすい時期にちゃんと勉学に励んでいた事になる。
「姉さん、立花君は合格?」
「うーん、まだまだ分からないね。 暴発しはじめた忍野君にどう反応するかで分かったらいいな」
私は浮かれ過ぎている日本社会を変革させようと考えている。
現在の日本は狂乱の20年代と言われている過去の米国と同じような状態になっていて、社会が崩壊する前夜だと判る。 このままでは第2の世界恐慌が起き大戦の足音が聞こえて来るようになるだろう。 次の戦争は高い確率で核戦争だ。 人類が滅亡するかもしれない状況だった。
日本は先の大戦で国土までは余り焼かなかった。
すんでのところで英国の仲介により連合国側の降伏条件を飲んで、敗戦ではあるけれど体制転覆までには至らなかった。 そのため未だに敢闘精神があれば勝てたとか、神風が吹いて蹴散らせたという馬鹿な事を言う権力者が残っている。
しかも大戦後に核兵器の開発に成功した事によって増長し、次は勝って戦勝国の立場を得ると息巻いている奴らもいる。 つまり次の大戦の引き金を引きかねない状況だ。
枢軸国の同時降伏の直後に米国が実験に成功した核爆弾。 その威力を知った当時の米国大統領が、これがもっと早く完成していれば、鳩時計野郎と軟弱パスタとアジア猿を駆逐出来たのにとのたまわったのは有名な話だ。
大戦後、自由主義陣営と共産主義陣営に分割統治されたアジアの国で起きた代理戦争において、米国は嬉々として共産主義陣営の侵攻を受けて占領されていたその国の首都と、元々共産主義陣営の統治下にあった第2の都市に核爆弾を落として住民ごと街を焼き払った。
日本が敢闘精神を持って大戦を長引かせていたら、その核兵器は京都と江戸の上空で爆発し多くの国民が街と共に灰になっていた事が証明されたようなものだ。
その後、ユーラシア大陸東部を中心とした共産主義陣営、環太平洋と環大西洋を中心とした自由主義陣営、ユーラシア大陸西部とアフリカ大陸を中心とした帝国主義陣営の主要国が相次いで核兵器の開発に成功しなければ、米国は世界中に核の雨を降らせて、自国のための自由を世界に押し付けていただろう。
なのにそれを伝えるべきメディアは沈黙している。 政府が天皇の助命を承諾した米国に恩義を持っているため遠慮しているため、それを国民に伝えない様に検閲をしているためだ。
それならば私が真実を伝えてやると考えていたけれど、高校の放送部や新聞部にすら検閲がある事を知って幻滅してしまった。
凄腕のハッカーであるマモルが、公安の調査室の端末から、米国が日本に原子力発電を輸出した際に、あえて脆弱性が残された設計のまま作られた可能性が高いという資料を見つけて来た。
米国は経済力を増した日本に対して友好国のフリをして、既に戦争という手段ではない方法で日本に戦を仕掛けて来ている。 先の大戦で日本に核兵器を使えなかった事が悔しいと考えている権力者がいるのかもしれない。
そして、それを見抜いて解決に導くきっかけを作ったのが、同じ中学校に通っていた生徒会長の立花君という驚きの記載がその資料にあった。 その資料を疑った私は本当にそれをしたのが立花君なのか試す事にした。
マモルは交換留学制度を申し込んで英国に行く予定だったけれどそれを取りやめさせた。立花君と接触する手伝いをして貰いたかったからだ。
私はマモルにクラス編成のデータを弄らせ立花君と同じクラスになるよう操作させた。 私の目となるよう近距離で観察して貰うためだ。 同じ中学校出身という共通項はあるけれど、私もマモルも立花君と同じクラスメイトになった事は無くほぼ他人だ。 同性同士という共通点があった方が懐に入りやすいと思ったのだ。
それに立花君は結構モテていたのに、女の子を身近に近づけさせる事をしなかった。 私が観察した感じからすると、血が繋がっていない妹のユイさんに惚れているんだと思う。 女の私が下手に近づく事は墓穴となってしまう恐れが高いと思ったのだ。
高校入学後、私は早速立花君と友人となってくれたマモルに変装し、立花君に何かと絡んでいた武田君の欲望を暴発させて反応を見るというテストをしてみた。
他にも周囲に立花君の悪い噂を拡散して反応を見たり、今回の赤本を渡してどれぐらいで解けるか試すような学力を試すような事もしてみた。
立花君と恋人関係になっている水辺オルカさんのファンクラブの会長を狂信者になるよう誘導したのもその一環で、今日その仕込みが動き出すのを確認した。
「どういう結果になれば合格なの?」
「被害なく対処が出来るのが最低ライン。 誰かに仕組まれてると勘づいたら合格。 黒幕が私だとたどり着いたら私は彼に全てを賭けるかな、あの綾瀬さんも篭絡されたっぽいしね」
「僕はどうすればいい?」
「情報を集めつつ友人関係の維持をお願い。 しばらくは入れ替わる予定はないわ。 立花君は理科Ⅰ類を希望しているみたいだから、そこを目指して。 マモルなら余裕で入れるでしょ?」
「まぁね」
マモルは私に似てとても優秀だ。 二人合せれば私達の夢は叶えられるだろう。
---
「立花君は特に動いている様子は無いね。 当然、何者かの誘導があったと気づいてもいないよ」
「そう・・・」
「立花君は良くも悪くも善人だよ。 自分の周りに陰謀が渦巻いているなんて考えていないんじゃないかな?」
「そんな善人が、米国の遠大な陰謀を暴けるわけ無いでし」
「実際は権田家が暴いたんじゃ無いの? 伊勢の那智家と駿河の草薙家と信濃の山本家と近江の田宮家も同時に動いているんだよ?」
マモルは立花君の力に懐疑的だ。 立花君を、津波被害を抑えようとして地震学者を目指している人畜無害のただの人としか見ていない。
「権田家が一介の平民である立花君に小刀を渡しているのよ? あの家がそんなダミーを張るわけ無いでしょ。 実際に立花君は米国の陰謀を暴いてその実績を買われてる。 実際に先を見通すような発言もしてるでしょ?」
「ネット配信の話? でも誰かが考えつきそうな話でしょ?」
「それによるメディアの凋落とネット配信者の影響増大まで予想出来るもの?」
「それは・・・先が見えてるとは思うよ?」
マモルからネット配信の話を立花君からされたと聞いた時、私はゾッとしてしまった。 マモルの後ろにいて時々入れ替わる私の存在がバレたと思ったからだ。
「立花君は何故マモルにそんな話をしてきたと思ってるの?」
「えっ? それは僕達がそういうのに向いているからでしょ?」
「私がアナウンサーを目指していて、マモルがそれを手伝うと公言しているのに、何で立花君は私達がネット配信者に向いてると言って来たの?」
「それは・・・」
「まるで私達が既存メディアに幻滅している事を知っているみたいじゃない」
「あっ・・・」
マモルはやっと私と同じ考えに行き着いたようだ。
「私が暴発させた水辺オルカ非公式ファンクラブの会長が動いた直後にマモルにこの話をしてきたんだよ? つまり私が裏にいるとバレたって事だと思わない?」
「そんな馬鹿な・・・」
私はスッとマモルに紙を差し出した。
「何これ・・・」
「ネット配信サイト開設のお知らせ」
「えっ!? どういう事?」
「留学生のジェーンって子が今日渡して来たのよ、立花君の存在を匂わせながらね・・・」
「もうネット配信はあるって事?」
「えぇ、ジェーンのお父さんの会社が作っているわ。 もし利用するなら機材はかなり高額ね。 マモルが使っている端末よりハイスペックなパソコンが必要よ。 あと通信も遅いからこのサイトって場所に映像を送るのにえらく時間がかかるし、それにかかる通信費も高いわ。 でも10年以内に現在より1万倍以上も早くなってほぼ時間差無しの相互接続が可能となるって書いてあるわ」
「今のメディアよりずっと凄いじゃ無いか」
「えぇ・・・私たちの負けよ・・・」
ジェーンは私に紙を渡して来る時に「タチバナサマカラデス」と言った。
留学生のジェーンさんが立花君の存在を匂わせる理由が分からない。 彼とジェーンは妹通じて若干縁はあるようだけど、そこまで強い接点は無かったからだ。
けれどジェーンの言い方は、まるで立花君が主で、自らが副であるような印象を受ける。 でも私はそれはブラフだと感じている。 立花君と留学生のジェーンのさらに後ろに黒幕がいると思った方があり得るからだ。 権田家と米国の巨大企業にこれだけ影響力がある黒幕に私は想像がつかない。 以前マモルにジェーンのお父さんの会社を探らせたけど至極真っ当な買収をし、その会社を見事に再生させているだけで、変な資金の流入など一切無くクリーンだった。
米国の中央情報局や連邦捜査局や陸海空の情報部でも白と断定していたし、日本の公安どころか公家や将軍家の暗部も調査を継続中とあったけど何も無しとの報告ばかりだった。
買収した会社が過去に侵害していた特許関係で、英国とプロイセンと大清の企業から訴訟を起こされたという程度のトラブルがあるぐらいで、怪しい所は全く無かった。
でもそんな事はどうでも良いことだ。 誰が主だろうが、私達は彼らに察知された。 逃げ道は無いと見たほうが良い。
「従うの?」
「当然よ、私達は負けたんだから。 そして利用価値があるとみなされたからこの紙を渡された。 天皇家や将軍家程度なら海外に逃げる手があった。 でも世界企業にも動かれたら、逃げられる場所はあの世だけよ」
「・・・」
彼らは私とマモルの両方を所望した。
良いじゃない、検閲という法整備も整っていないネットという世界で、既存メディアに縛られない自由なメディアを作る。 私が望んでいるそれをしろと言ってきているのだ。 作ったあと何を私達にさせる気なのかは分からないけど、私達にとって悪い事にはならない気がしている。
とりあえず同時接続が可能となりそうな10年後まで私は顔を世間に売る事にする。 大手メディアに就職しアナウンサーとしての実績を積み信用を得たあと、動画配信に参入するぐらいが丁度良いはずだ。 そこで世間に言いたい事を言ってやる。 「日本人よ目覚めろ」ってね!
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