第94話 コンバート

 アジア大会でオルカは400mで4位だった。 インタビューは行われたけれど、残念ながらテレビでは次の日本人選手が出るレースが始まったため、冒頭の部分が少し流れただけで、あとは談話としてアナウンサーが読み上げただけだった。


 オルカは翌日に行われた800m女子自由形の予選で1位で通過し、さらに翌日決勝のレースで優勝してゴールした。 こちらのインタビューはテレビで長く流されていて、元気な様子が伺えた。すぐに指輪をつけたようで、左手を胸の方に持っていきテレビに映るようアピールしていた。


「オルカちゃん、指輪をみんなに見せたいんだね」

「そうみたいだな・・・」


 インタビュアーからは指輪の件に突っ込まれる事はなく、オルカは質問にハキハキと答えていた。


「指輪の事聞かれないね」

「400mで同じ人がインタビューしてたし、その時に質問受けたのかもよ?」

「あっ、そっかぁ」


 でもこれでオルカはアジア1位か。確か国際大会のメダリストって京都の御苑で行われる春の園遊会に呼ばれるんだったよな。

 女性は振り袖かドレスで男性は紋付きか燕尾服で参加だったっけ? オルカってそういう服持ってるんだろうか、無いなら仕立てて貰わないといけなさそうだな。


---


「坊、今日は呉服屋呼んでるから来てくれ」

「呉服屋ですか?」

「園遊会に参加しないといけねぇだろ」

「えっ? 俺がですか?」

「当たり前だろ? お前は嬢ちゃんの婚約者だろ?」

「あっ!」


 そういえば園遊会はパートナーと同伴で参加するものだった。 前列で陛下の玉音を賜るのは招待された方だけらしいけど、その際に同伴者は後ろに控えて立つものだと聞いた事がある。


「あと多分坊も陛下から玉音を賜るからな?」

「えっ?」

「坊の情報は皇家や宮家にも言ってるからな、嬢ちゃんの番の時に侍従が口添えをするだろうよ」

「なるほど・・・」


 この世界の天皇陛下は生き神そのものとして扱われている。 太平洋戦争に相当する戦争の前には一般に姿を見せる事なく、国家への貢献が認められた人でも御簾の後ろから、公家の方の伝聞により言葉が伝えられるだけだったらしい。


 けれど今の国際社会では、多くの王家が開かれた皇室を目指しているように、開かれた天皇家を目指すようになっていた。


 戦後復興の時から陛下は一般の人々の前に姿を見せられるようになったらしい。

 春と秋の園遊会の開催や天皇誕生日や一般参賀で顔を見せる行事が行われているのもそれが理由らしい。


 最初の園遊会では、陛下は遠目に座しておられるだけで、奏上に上がった殊勲者には、書状と記念品が陛下の名で贈られるだけだったそうだけど、今では直接玉音を賜る場が設けられているそうだ。


 今生陛下は大変聡明な方らしいけど、下々の事を全てご存知という訳では当然無いとの事だ。 だから陛下の記憶を補填するために、後ろには侍従が控えていて、殊勲者への声掛けの前に口添えの耳打ちを受けられるそうだ。

 オルカに関する情報の中には婚約者である俺に関する情報も入っているため、侍従の方はそれを陛下に耳打ちする事になるらしい。


「なんてお声をかけられるのでしょう」

「普通に、国に貢献した事を感謝されるだろうよ」

「何て返事をすればいいんでしょう」

「坊の気持を素直に言えば良いと思うぞ」

「素直にですか・・・」


 素直にか・・・、公務員や公益法人の社員になって安定した生活を、なんて事を高校入学時には思っていたけど、今ではもう変わってきている。


『朕、そなたの具申により、将来の国難が取り除かれ、万民が救われる事になったと聞いている、心安らぐ思いぞ・・・と声がかかります』


 スミスの憑依体がアドバイスをくれたので、それに沿った答えを考えておくことにした。


「来週は嬢ちゃんたち2人を連れて来てくれ」

「ユイもですか?」

「念のためだな、雰囲気に合わせて決めてくれる店だから、いざって時の為にな、あとは参加する場を伝えれば、それに合わせたものを用意してくれる、便利だぞ」

「色々ご配慮くださりありがとうございます」

「いいって事よ」


 自分の好みに合った服を選ぶのではなく、場に合わせた服を仕上げてくれる店らしい。 確かに俺達では、場にあった服を選べと言われても無理だからな。


---


 オルカは帰国後、学校の集会での発表の他に、市民栄誉賞や県民栄誉賞の式典参加で大忙しとなっていた。 学校のマラソン大会もオルカが欠席したため綾瀬が優勝している。


 ゲームだとオルカが2年連続で優勝するという設定になっていたので、リアルだからこその修正があるようだ。


 オルカの活躍もあって、県内の水泳の有力選手が受験に来たようで、水泳部の成績がさらに上がりそうという話が出ている。

 ただしそうなると今まで選手として出場した人の枠が削らけるといった事が起きてしまう。


 基本的にどの種目も各校最大2名まで出場となっている。 100mや200mの自由形は希望者が多いので調整が必要になってしまうのだ。

 今年受験に来た中に、中学校の全国大会で男子100m自由形と200m自由形で共に3位に入賞した選手がいたらしい。

 100m自由形と200m自由形は俺と坂城が県大会出場を超える記録を持っているため出場者として固定している。 その生徒が入って来ることで、現在それに出場している現在1年の秋山が出場出来ないという事になってしまうのだ。

 他にも秋山より速い新入生が入部すれば、100mフリーリレーでの出場も出来なくなってしまうだろう。


「秋山どうする?」

「仕方ないですよ、俺不器用でフリー以外が苦手なんで、400をやってみますよ」


 どうやら中距離の方にコンバートしてくれるらしい。


「あー、僕は200じゃなく1500に出るよ」

「良いのか?」


 坂城が中距離から長距離の変更を申し出てくれた。


「200は最近伸び悩んでて県大会決勝は無理そうだしね。 立花君や水辺さんのトレーニングに付き合ったおかげでスタミナ上がっているし、1500の方が上を目指せそうな気がするんだ」


 確かに坂城はスピードもあるがスタミナもある。 形が綺麗で巡航スピードに伸びのあるタイプで、現在100mも部内2位と短距離を専門としている秋山より早い。 なんとなく勿体ないように感じるけれど、本人がそういうならコンバートも良いだろう。


「分かった、坂城が400と1500やってくれるなら200があくな。じゃあ秋山は100と200から200と400に変更の線で練習メニューを調整して貰おう。坂城に感謝しろよ?」

「坂城先輩、ありがとうございますっ!」

「でも他の新入生に取られたら知らないからな?」

「はいっ!」


 水泳は個人競技なので実力主義だ。 チームワーク二の次で出場選手はタイムが早い順で割り当てられる。

 男子1500mや女子800mの自由形は1回で10分や20分かかる競技だ。 途中失速する選手が出てくると競技プログラムが大幅に遅れるので、所持タイムによっては市の大会から出場出来なかったりする。

 なるべく部員は出場させたいので、公式大会記録という条件がない地区ブロック大会まではある程度サバを読んで出場させたりするけれど、あまりに遅いと運営の人に注意を受ける。

 県大会以上は公式の大会での成績順だし、全国大会は県大会での記録が必要になるのでサバを読む事は出来ない。


 秋山は2年ほど前に亡くなった母の月命日に墓にお参りを続けているという家族思いの良い奴だ。 そして1年同じプールで練習をした仲間でもある。 だから俺も坂城も応援したい気持ちはある。 けれどそれを理由にして出場を優先させる事は出来ない。 個人競技のスポーツというのはそういう世界だからだ。

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