第55章 悪魔の手(サイコ視点)

「お前はいついつもどうしてこうなんだ!」

「私何か悪い事をしたかしら?」

「みんなに迷惑をかけただろ!」


 修学旅行中の集団行動中に迷彩生地のフードを被り隠れてみる実験をしたのだけれど、それが担任には気に食わなかったようで怒鳴られている。


「集合時間には間に合っていたわ?」

「だったらなぜ点呼に答えない!」

「班員を点呼し担任に報告するのは班長の役割でしょ?」

「お前が班から離れたから班長が点呼出来なかったんだろ!」

「私はずっと班員達と一緒にいたわよ?」

「こんなものを着てたら分からないだろ!」

「ただの雨合羽じゃないの・・・」

「ただのじゃないだろう!」


 確かに内側に独自開発のバッテリーが内臓されてるし、ただの雨合羽では無いけど、怒鳴る暇があったら、この雨合羽の凄さを褒めるべきでは無いかしら?

 これがどれだけ凄い発明かわからない人が先生と呼ばれる立場でいられるなんて、日本の高等と言われる教育機関はなんて程度が低いのかしら。

 

 世の中には未知で溢れている。 なのに学校では既に知っている事か、未来のために役に立たないどうでも良いことしか教えてくれない。

 既に滅んだ国やその支配者の名前なんて覚えて何の意味があるのかしら? カビの生えたような古い物語を読まなければならない理由は? 地面の下に埋まった古代のガラクタが見つかったからって何?


 私には、図書館に行って科学の専門書を読み漁る方が為になる。

 仕方なく通いながらも、ここが全国でも有数と言われる高校のレベルだと知って私はがっかりしている。 日本に海外みたいに飛び級制度が無いことが本当にもどかしい。


 日本の高校の教育の程度が知れているので、私は海外で学びたいと思っている。 けれど高校を卒業しないと海外の大学への受験資格が得られない。

 それに海外に行く事は親が同意してくれない。 同じ世代の友人を作り社会性を持たなければ外には出せないと言って、私を無理やりこの高校に受験させるぐらいだ。 仕方なく言いつけを守って高校に通っているけれど、出来ない事が多くて退屈で退屈で仕方ない。

 早くこの支配から解放されて好きに生きたい。


 とりあえず迷彩素材の屋外実験は成功したといってもいいだろう。 10m以上離れた状態で条件さえ揃えば目視で見つかる事が無い事がわかった。

 あくまで背景に同化しているので一方向にしか迷彩効果が無い事と、近づかれると歪んで見えてしまうため10mが限界ではある。 背後からの影は隠せ無いので相手の順光側にいなければならない。 あと赤外線は出てしまうのでそれも防ぐなら断熱スーツとの併用が必要になる。 その場合は熱が内部に籠るので、その対策が必要となる。

 あと物理的に透ける訳ではないので雨や雪が降っていたり、砂が舞っている環境だと何かが当たったり伝う事が見えるのでバレてしまう。 視界はピンホールカメラの穴だけではあるので分からなくなっているけれど、液晶画面が市販のものでは解像度が低くさらにバッテリーを食うのが結構難点だ。 予備のバッテリーを詰むと雨合羽が重くなり過ぎて移動するのが大変になる。

 それを注意しながら立ち回れば問題無く姿を隠せる事が分かった。


 修学旅行から帰ったあと、屋内でのテストをしようと思い、放課後に体育館の角の隅で迷彩素材の雨合羽を着て立っていた。

 男女のバスケ部とバレー部が練習していてかなりの人数がいるのに、誰も私がいることに気がついていない。 


「ジェーン、ありがとう」

「イイエ」


 私の方に飛んで来るコースのボールを、1年の留学生が取ってコート内に返した。


「あっ、ジェーンまたごめん」

「イイエ」


 また私の所に飛んで来るコースのボールを留学生が取ってコート内に返した。

 留学生が私の前に立っているわけではない、練習に参加して走り回っている。

 ただし私の方にボールが飛んで来るコースの時はその留学生がいてボールを取る。

 留学生は私の方向ではない場所に逸れたボールは取ったりしていない。 ただ私の方に飛んで来るコースのボールは必ずその留学生が取る。


 どういう事かしら?

 留学生には私が見えているという事?

 いや見えていたとしても、ボールが私の所に飛んで来るタイミングだけ私の周囲にいるってそんな事が可能?


 未知・・・。

 そんな言葉が私の脳裏によぎった。


 面白い! 面白過ぎる! こんな未知がこの退屈な高校にあるなんて思わなかった。


 翌日、私は時間の許す限り留学生を追った。

 不思議な事に留学生は見つからなかった。

 授業中だろうが休み時間だろうが部活中だろうがだ。

 別に留学生が休んでいるわけでは無い。

 その日に留学生と交流した生徒の話を普通に聞いたからだ。


「えっ? ジェーンちゃんは普通に授業うけてたよ?」

「そうなのね・・・ありがとう」


 私はそのクラスの授業中に異彩素材の雨合羽を着て教室内を観察し留学生がいないことを確認していた。 クラスの席は全て埋まっていたのに私には留学生が認識出来なかった。


「えっ? 部活に参加しているよ? ほらあそこにいるじゃん」

「なるほどね・・・ありがとう」


 私には、その部員が指差した方向には留学生が見えなかった。


「ジェーン! ナイッシュー!」


 留学生に声をかける生徒はいるのに、私が見渡しても体育館に留学生はいない。

 選手が5対5で試合をしているのに、その中に留学生がいる事が認識出来ない。 ちゃんと10人コート内に人がいるのに、全員留学生ではない。 でも留学生に向けた声援がコート内されている。

 さっき入ったシュートを打ったのが留学生だと思うけど、記憶力がいい筈の私には誰が打ったのか認識出来ない。

 女子バスケ部員の顔を全員記憶していて誰がどこにいるのか把握出来ているのに、コート内にいると確定している留学生が探せない。


「カメラにも写らないのね・・・」


 携帯電話のカメラ機能でコート内を撮影すると10人いる事が確認できるのに、その中に留学生はいない。 何度撮ってもその中に留学生が見つからない。


 こんな完璧な迷彩を見せられたら、私のただ視覚を誤魔化しているだけの雨合羽が下らないものに思えて来た。


「チョットイイデスカ?」

「ひやっ!」


 私が完全敗北を悟りながら帰宅している所に、留学生が目の前に現れた。


「あ・・・あなたは一体なにもの?」

「フツウノアメリカジンデス」

「そんな訳っ」


 思わず大声で叫び続けたかったけど、思いとどまった。 私が騒げば私の目の前には二度と現れなくなると感じたからだ。 どんなに留学生がおかしいと私が叫んでも、留学生が見えないのは私だけであれば、おかしいのは私だとみんなが思うだけだ。


「それで何の用かしら?」

「ワタシノカイシャニキマセンカ?」

「へっ?」


 ここで仕事の勧誘?


「あなたの会社って?」

「スミスケミカルコーポレーションデス」

「なるほど・・・」


 最近急成長している、この街にも支社がある外資系企業だ。 最初は弱小の素材メーカーだったのに、数々の企業買収をして、それを全て成長させているらしい。


「そこで私に何をさせるつもり?」

「シンソザイノカイハツデス」


 留学生はそういうと、私に1枚の折りたたまれた布切れを渡して来た。 今何処から出した? まぁいいか、未知は多ければ多いほど楽しいのだから。


「変わった手触りね・・・」


 タイツ地よりも伸縮性があるのに復元力が高いのか戻しても皺が寄らない。

 不織布ではなくきちっと整然とした網目をしている。 繊維の目が細かいのに薄くない。 爪で軽く引っ搔いても殆ど引っ掛かりを感じずストッキングの様に伝線が起きない。 裏と表で手触りが違うのは折り方なのか表面処理なのかさっぱり分からない。

 私は迷彩生地を作るために世界中の生地をかき集めた。 だけどこんな生地の存在は知らない。

 目の前にあるのに未知。

 素晴らし過ぎて鼻血が出そうなほど興奮している。


「コノソザイヲ、キゾンギジュツデゾウサンシタイノデス」


 既存技術って・・・既存じゃない技術で作ったって事ね。 しかも増産か・・・確かに実験室では作れても工場で大量生産が難しいものってあるわね。 これもそうなのかしら?


「これは何のために使う素材?」

「トリアエズ、キョウエイミズギヨウデス」


 競泳水着? 何でそんなものを・・・。 でも取り合えずって事は別の目的もあるのね。 軍事目的かしら?

 民生品と偽って軍需品を製造したり、逆に軍需品が民生転用されたりするものね。 別におかしな話じゃ無かったわ。

 日本はウラン資源国じゃ無く原発は安価な軽水を使える炉が適しているのに、プルトニウムやトリウムの生産効率の良い重水を使った炉を多く稼働させ核兵器の材料を獲得しているものね。


 それにしてもこの布、伸縮性と復元力が高いわね、ストッキング以上じゃないかししら? 体に密着させやすい事と、繰り返しの着用によって布地が劣化しないようにという事でしょうけど、ここまでの柔らかな伸縮性が必要なのかしら? 身に着けて動いてもこれだと抵抗感が殆ど無いでしょ。 素肌のままのような感じになるのではないかしら? もしかして全身タイツのように手足の可動部分も覆うタイプの水着を作るのかしら?

 手触りが変わっているのは水の抵抗を抑える効果? 実際に試してみたいわね。

 あと、プールの水や人間の体液や紫外線や耐久性も確認したいわ。 実際に着用させてテストしたいからそれに付き合ってくれる相手が欲しいわね。

 最初は私が着用して試すのでも良いけど、確実性を上げるなら私より体力があって泳ぐのが早い人が必要ね。 誰か実験体になってくれる人はいないかしら?


 五輪代表確定と言われている水辺オルカが脳裏に浮かんだけれど、彼女はだめね。 あの小刀をもっている相手に手を出して壊した時に無事で済まないわ。

 どこかに、泳ぐのが早くて素直に言う事を聞いてくれる相手はいないかしら?

 そういえば中学校の卒業式の日に突然私に告白して来た子が、泳ぐの得意って言ってたわね・・・確か当時は1年で相良って名前だったかしら? 今は中学3年生ね。


 ふと思い立って携帯電話を開き、先ほど女子バスケ部の試合風景を撮った画像を見てみた。 そこにはハッキリと目の前の留学生が全てカメラ目線で写っていた。 なるほど・・・凄いものね・・・。 私の脳に働きかけ認識を操作していると考えた方が良さそうね。 どうやっているのかは全く分からないけれどいつか解き明かしてやるわ。


「ふふふ・・・いいわ、あなたの会社に入る」

「アリガトウゴザイマス」


 留学生は私に手を伸ばして握手を求めてきた。

 これはきっと悪魔の手だろう。 握るという事は魂を売り渡し自由を失う事に違いない。

 けれどそれに抗う気が全く起きなかった。

 この圧倒的未知に触れる事が出来るなら、私の魂と自由程度なら安いと思ったからだ。


 

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