第35話 桜(サクラ視点)
今日は植木屋をしている桜爺ちゃんについて城址公園にやって来た。 桜爺ちゃんはお母さんの父親で名字が桜山だからそう呼んでいる。
ちなみにお父さんの父親であるお爺ちゃんの事は桃爺ちゃんと呼んでいる。
桜爺ちゃんは、市から公園の植栽管理を任されていて、定期的に市内の公園の見回りをしている。
今日は城址公園を見回りに行くと聞いていたので、お店の手伝いを休ませて貰ってついてきた。 城址公園には私にとって分身の様な桜の木があって、桜爺ちゃんがそれを手入れする日は、なるべくついていくようにしている。
「お花見客もいなくなってゴミが随分と減ったね桜爺ちゃん!」
「最近はボランティアのゴミ拾いが増えたからのぅ」
「ボランティア?」
「ほれ、あそこにいる若者達じゃよ」
「えっ? あれって・・・」
思わず「不良たちじゃない!」って言いそうになった。
確かによく見ると手に火箸を持って、ゴミ袋に空き缶やペットボトルや弁当ガラなどを入れている男子高校生が2人がいた。 ただし2人とも奇抜に加工された学ランを着ている。 さらに1人は髪がリーゼントでズボンにチェーンをジャラジャラさせてるし、もう一人はパンチパーマで額にソリを入れ 眉毛も剃っていて、周囲に威圧感を与えていた。
こんな格好が許されている市内の学校は、スポーツの強豪ではあるけど、地元では不良が多いと有名な私が通っている高校の姉妹校ぐらいだ。
ボランティアではなく、学校で悪い事でもして、地域清掃の罰を受けているようにしか見えない。
「今日もやっとるのう」
「桜爺さんチーッス!」
「あっ! 今日はどの辺の手入れなんです、荷物持ちましょうか?」
桜爺ちゃんがその2人に声をかけると、気さくに挨拶を返してきた。 桜爺ちゃんの様子からどうやら顔見知りのようだ。
「今日は南東側の桜とその周囲の手入れをしようと思ってのぅ」
「あの一本だけ離れて生えてる桜の辺りっすね?」
「あの桜だけは、俺らが花見をした時にはもう結構散ってたっすね」
「あの桜はソメイヨシノじゃなくオオシマザクラじゃしのぅ、本来はソメイヨシノより少し遅く咲くんじゃが、街灯が近いんで狂い咲きするようなんじゃ」
「そうなんすか?」
「知らなかったっす」
城址公園の南東側の桜とは、桜爺ちゃんが私が産まれた日に、こっそりと城址公園に植樹した、桜爺ちゃんの故郷の山に多く生えている種類の桜だ。
花や葉の香りが強いので、桜餅用の塩漬けの葉っぱに使われているらしく、桜爺ちゃんの故郷の名物になっていた。
最近は、香りの良さから燻製用のチップとしても需要があるらしく、道の駅などで結構売れているらしい。
「ふむ・・・痛んでは無いようじゃの・・・」
「桜は病気をしやすいもんね」
桜はあまり剪定に向かない。 傷が付いた場所から病気になりやすいからだ。 それでも桜は成長が早く枝葉や根を伸ばしていく。 時には自分の枝の重さで折れて、そこから病気になる事もある。 風で自らの枝同士が接触し傷ついてそこから病気になることもある。 だから、専門家である桜爺ちゃんが考えて剪定し、傷ついた場所に薬を塗って病気にならないようにしている。
「脚立と荷物ここにおきやすね」
「俺らは掃除の続きがあるんで行かせてもらいます」
「有難うのぅ」
「桜爺ちゃんを手伝ってくれてありがとう」
「べっ・・・別にお前のためじゃねーよ!」
「すっ・・・すいやせん、こいつ女に免疫が無くて!」
私が不良っぽい2人にお礼を言ったら、パンチパーマの方が急に大声をあげ、リーゼント頭の方にガツンと頭を殴られていた。
「儂の孫は気が強いから、これぐらいなら平気じゃよ」
「ちょっとお爺ちゃん!?」
「じゃあな!」
「桜爺さんと孫さんだぞ! ちゃんと挨拶しろい!」
ペコペコ頭を下げながら去っていく2人の様子から、彼らが桜爺ちゃんに敬意を払っている様子が見て取れた。
「何であの不良達はボランティア清掃をしているの?」
「うむ、確かサクラと同じ高校の立花という子が、街が好きなら街が汚いと、街を好きな自分たちが汚いと思われるぞって言い出したのが始まりらしいのじゃ」
「えっ? 立花!?」
「知っとる子か?」
「同級生の立花・・・君なら一応顔見知りだよ」
あまり良い顔見知りでは無いけどね・・・。
「最近、ショッピング街のシャッターを綺麗に塗り替えようって話が出ておるじゃろ?」
「うん、姉妹校の美術部の生徒が主導して、シャッターのイタズラ書きを絵で上書きして綺麗にしようっていう話でしょ?」
「うむ、その話も立花君のその話から始まって、権田のお坊ちゃんが動いた事で進んだ話らしいんじゃよ」
「権田のお坊ちゃん? 立花君と何か関係があるの?」
権田の坊ちゃんというのは権田リュウタさんという権田家の次期当主だ。 権田家は地元の名士で、一部ではヤクザと間違われているけれど、決して反社会的な組織ではない。 権田リュウタさんは数年前に反抗期だったらしく、かなり荒れていたけれど最近大人しいと聞いている。 さっきの不良たちも権田リュウタさんの舎弟だとすれば納得の格好だけど、公園で清掃するという大人しさになるのはあまりに変わりすぎている。
「知らんかったのか? 立花君は権田のお坊ちゃんの兄貴分じゃよ?」
「はぁ!?」
「御当主より小刀も賜ったと聞いとるから間違いないじゃろ」
「えっ・・・それって」
「ほら、これじゃよ」
お爺ちゃんは先々代の頃から権田の家の庭の手入れを請け負っている。 その腕の良さから先代の権田家の御当主様の時に小刀を賜った。 権田家の御当主とは、非公式の場限定だけど、「桜爺」、「リュウ坊」と呼び合える関係で、その界隈でも一目置かれる存在になっている。
桜爺ちゃんだけじゃなく、園芸店を経営し盆栽の管理で権田家に出入りしている桃爺ちゃんも先代様から小刀を賜っているので、私の家は華族では無いけれど、それを持つ意味を良く知っていた。
校内で立花が小刀を持っている事を知らない人はいない。 けれどそれは筑豊県の方にある立花家の縁者だからだろうと言われていた。
だけどそれが権田家から賜った小刀だと意味が変わる。
権田家はあまり知られていないけれど、立花家よりずっと将軍家に近く、影響力の大きな家で、その当主から小刀を賜ると言う事は、その辺の公家や武家では手出し出来ないという意味になるからだ。
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「何か難しい顔をしていますね」
「うん・・・ちょっと考えさせられる事があってね」
「何かあったんです?」
「うん・・・あっ! そういえば秋山君って水泳部だったよね」
「えぇ、あまり早くはないですけどね」
秋山君は私が通っている高校の後輩だ。 去年秋山君のお母さんが亡くなり、その月命日に必ず私の家で花を買ってお参りに行っている優しい子だ。
最初に秋山君が来店した日は、どんな花を買えば良いかわからず店内で固まっていた。 それに気づいた私が秋山君から話を聞いてお母さんのイメージと予算を聞き花を用意した。
それ以来毎月私に花の事を聞きながら買うようになり、顔馴染のようになっていた。
「水泳部に立花って奴がいるでしょ?」
「立花先輩ですか? いますよ?」
「どんな奴?」
「練習の鬼ですね」
「練習の鬼?」
「短距離選手なのにあの水辺先輩と同じ距離練習してるんですよ」
「全国大会で優勝したっていう水辺さん? 男女の差があるしそんなもんじゃないの?」
「無理ですよ、水辺先輩がいくら女性といっても五輪代表候補になる程の人ですよ? 僕の全力ダッシュより早いスピードで延々と泳ぎ続ける事が出来るんです。 陸上部の男子部員の100m走のスピードでフルマラソンを走り続ける女性長距離選手って言ったら意味が分かりますか?」
「化け物ね・・・」
「そんな世界大会出場クラスの水辺先輩の練習についていけるのは、全国大会出場クラスの男子部員である立花先輩ぐらいで、その次にすごい県大会出場クラスの坂城先輩がなんとか付いていってるって感じなんです」
立花は、体と態度がデカいってだけの奴だと思ってたけど、実力もある水泳選手だったらしい。
「でも性格悪いでしょ?」
「えっ? そんな事無いですよ? 優しくて頼り甲斐がある先輩ですよ?」
「そうなの?」
「僕も立花先輩と同じ短距離選手なんですが、練習方法やフォームについてて取り足取り教えてくれるんです、おかげで僕も中学校の時より100mのタイムが4秒も縮まったんですよ?」
私は水泳の事が良く分からないので100mのタイムが4秒縮まるという意味にピンと来ないけど、秋山君の話しぶりから凄い事なんだとなんとなく想像できた。
それより私は「・・・あんた性格悪いわね」、「性格悪い奴にはな」と会話したあの日の事を思い出して、立花が性格悪い態度になるのは私の時だけなのかと思って腹が立った。
「そういう練習の指導って、顧問とか最上級生がするもんじゃないの?」
「3年の先輩方も立花先輩に教わっていますよ、立花先輩はフォームが綺麗で早いですからね。 短距離向きのフォームなんで、中、長距離の選手は水辺先輩や坂城先輩に教わりますけどね」
「確か吉岡先生昔は結構有名な選手だったんでしょ?」
「顧問の吉岡先生ですか? 活躍してたのは30年以上前ですよ? トレーニング方法も泳法も進化していて通用しないんじゃないですかね。 一応基礎的な練習メニューは作ってくれますけど、個人練習ではノータッチですよ。 それにあの体型だし・・・」
確かにユッサユッサと重そうな体を揺らしながら教鞭を垂れている吉岡先生を想像すると水泳が指導できるようには思えない。
「今年うちで全国まで行けるのは立花先輩と水辺先輩ぐらいです、2人とも凄い選手なのに全然驕った所が無くてとってもカッコよくて、部員全員から尊敬されてますよ」
「そうなんだ・・・」
どうやら立花は周囲から大絶賛される人のようだ。 秋山君の性格が良いからそう返されているのかと思ったけれど、部員全員となると本当にそうなのだろう。
それに桜爺ちゃんから聞いた公園の清掃ボランティアの話や商店街のシャッターを綺麗にする件もある。
権田の御当主様から小刀を預かっているようだし、目をかけられるような人物なのだろう。
「私、勘違いしてたみたい」
「何がです?」
「立花の事をずっと嫌な奴だと思ってた」
「何でです?」
「言いたくない・・・」
考えてみれば私の誤解から始った事で、立花を悪く思うのは逆恨みに近いものだ。 未だに胸がムカムカするけれど、それは私が幼いからだ。 そんな所を、最近良いなと思っている秋山君に知られたく無いと思って、答えをはぐらかした。
---
「カオリのクラスの立花っていい奴?」
「えっ? 立花君? とってもいい人よ?」
「そうなんだ・・・」
「どうしたの?」
「私、勘違いしていたっぽい」
「ビンタした時の事?」
「うん・・・」
以前、立花にビンタしたあと、カオリに対して立花の事を悪く言ってしまった事があった。 カオリに事情を聞かれそうになったけど立花から言われた「じゃあ親に言っても恥ずかしく無い生き方をしろよ」って言葉を思い出して、それ以上チクりになるような事は言わなかったけど、私が立花に良い印象を持っていない事はカオリに知られてしまっていた。
「最近、城址公園にゴミ拾いのボランティアがいるんだけど、どうやらそれは立花がキッカケだったみたい」
「立花君が?」
「あと、ショッピング街のシャッターを姉妹校の美術部の生徒が綺麗にするって話にも関係しているっぽい」
「立花君って徒歩通学だから、学校の近くに住んでいると思うのだけど・・・城址公園やショッピング街って学校からは遠いわよね?」
「・・・」
権田リュウタさんが関係している事みたいだけど、あの家の事情を身内意外に言う訳にはいかない。 だからカオリの疑問に答えられない。
「中学校時代に生徒会長だったからかしら?」
「えっ? あいつ生徒会長してたの!?」
「立花君は開山中学校の元生徒会長よ? 「きちんと挨拶しましょう」、「悪い事をしたらゴメンなさいって言いましょう」っていう運動あったでしょ? あれを始めたのが立花君だったらしいわよ」
「そうなんだ・・・」
娘が不良になり家庭崩壊するテレビドラマが話題となり、所謂不良と呼ばれる生徒たちを更生させようという動きが日本中であった。 その中でこの街で行われたのが、「挨拶」と「謝罪」を言い合おうという運動だった。
立花があの時私に「恥知らず」と言った事や、「しっかり謝れ」と言った理由が分かった気がした。 初対面なのに挨拶もせずいきなりビンタし、勘違いだと分かったのに謝罪をせず去ろうとした私は、恥ずかしい生き方をしている存在に見えていたのだろう。
「どうしたの?」
「うん・・・立花って思ったよりいい奴だった・・・」
「彼って人気があるから競争率高いわよ?」
「そんな意味で言ったんじゃ無いわよっ!」
「どんな意味だと思ったの?」
やられた、誘導尋問だ。 こういう所があるからカオリは油断できない。
思わず鼓動が早くなったけど私は決して立花が好きじゃない。 第一顔が趣味じゃない。 秋山君の方がハンサムで圧倒的に好みだ。 お母さんの月命日を欠かさないなんてすごく優しい一面があって凄い好感度が持てるし、立花みたく嫌味を言ったりしない。
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