第34話 にゃーん

 体育祭では100m送と色別対抗リレーに参加した。クラス替えの結果、このクラスで一番足が早いのが俺になったからだ。

 100m走では1位でゴールテープを切り、色別対抗リレーでは綾瀬から1位で受け取ったバトンを3年女子の生徒に1位のまま渡した。3年生の1人がバトンを落としビリになってしまったけれどそれはドンマイというものだと思っている。


 体育祭の翌日がオルカの誕生日で、俺とユイとオルカの3人でパーティを開いた。オルカの部屋に集まり持ち寄ったお菓子を食べながらジュースで乾杯というささやかなものだ。

 初めて入ったオルカの部屋は、ユイの部屋に比べて物が少なかった。でもペンギンやアザラシのぬいぐるみがあって女の子なんだなと思った。


 俺はオルカに爽やかな水色のワンピースを贈った。そして次のデートでは着て欲しいと言った。オルカは顔を覆って頷き、ユイから「お兄ちゃんやるじゃん!」とお褒めの言葉を貰った。

 ユイのプレゼントは去年と同じらしいプリンを箱詰めだった。お袋が何かの為にと取ってあるお歳暮やお中元の綺麗な箱や包装紙をガサガサと調べていた時に聞いたので知っている。

 ユイはどうやらオルカにプリンを布教しているようだった。もしかして駄菓子屋に入荷させるための計画かもしれない。


「ナイッシュー!」

「次は止めるよ!」


 休日、1on1をしているユイとオルカを見ながらも、砂場で砂をかいて居る野良と思われる白猫の存在が気になっていた。さっき気張っているように見えたのはあそこをトイレ代わりにしているからなのだろう。汚いなと思いながらも俺が強く思い出したのは、前世で猫を思って断念した時の思い出だった。

 

 前世では独居老人の状態で最後を過ごしていた時は、その寂しさを紛らわせるために、スマホに質問をしAIの回答と会話をして過ごした事がある。

 寂しさから猫を飼おうと考えたのだが、先が長くない可能性もあるし、最後の家族になる可能性があるそれが残されてしまった時にどうなるか考えてしまって断念してしまった。

 家猫のような自分の力で行き先を決められない存在を、責任を持って最後まで面倒を見る自信が無いなら飼うべきではないと思っていたからだ。

 後をお願いできそうな存在として定年後に田舎暮らしを始めた兄夫婦が遠くで暮らしていはしたけれど、俺よりも高齢だし先に逝く可能性があると思っていた。

 独り立ち後にほぼ交流が無くなってしまった兄貴の子供達に期待出来るかは分からない。家猫や室内犬のような自分の力で行き先を決められない存在を、責任を持って最後まで面倒を見る自信が無いなら飼うべきではないと思い、どうしても踏ん切りが付かなかった。


 最近俺にスミスの憑依体が住み始め、スマホのAIよりより人間らしい回答を貰っている。

 何かと水槽の手間のかかる金魚の世話もあるし、こうやって休日も一緒に遊んでくれる妹と同級生が居る。前世と比べて随分恵まれた環境だとしみじみ思ってしまった。


『にゃーん』


 俺の考えを読んでスミスの憑依体が猫の声真似をして俺に含み笑いさせた。


「あー、入れられちゃったぁ」

「やったっ!」


 試合が終わりすぐに駆けつけて来る感じなで笑う訳にはいかない。俺はなるべくポーカーフェイスを保って2人を迎えた。


 様子からユイの勝利で片が付いたようだ。けれどなかなか接戦をしていたのは後半の真剣な様子から分かった。ユイとオルカが俺の座った蔓の生えたタナが影になっているベンチにやってきて、横に置かれた自分の飲み物であるスポドリのペットボトルのキャップをあけグビッと飲み始めたので声をかける。


「お疲れ、なかなかいい勝負してたね」

「レイアップ以外のシュートを縛って貰っても勝てなかったよ」

「こっちは、本職、だもん! これぐらいの、縛りでは、負けられない、よっ!」


 持久力お化けのオルカはもう息が整っているのに、ユイの息はかなり乱れている。接戦になるような縛りを入れてるからだろうけど、オルカもバスケの腕があがり、ユイを追い詰めるようになって来たのだと思う。


「私だけ足を引っ張りたくないししね、もっとがんならないとさ」

「オルカちゃんは、バスケ部に来ても、充分通用するよ〜」

「スミスが付くんだし負けないだろ・・・」


 来週末、港のお祭りがあり、そこで市が主催するスポーツイベントととして、3on3の大会がある。去年は水泳大会と被ってしまい参加できなかったけど、今年は水泳部もバスケ部も試合と重ならなかったので、女子の部で、ユイ、オルカ、スミスの3人で参加する事になった。

 俺も男子の部にバスケ部の同級生と参加するけど、ここ数年外資系企業に務めるアメリカ人チームが連覇してるので優勝は難しいだろう。マークされてもされなくても変わらず3on3ではツーポイントとなる外からのシュートを決めてしまうスミスと違い、俺はマークされると20%を下回ったりするので決定力にはならない。


「じゃあオルカ大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 疲労しているユイをベンチに置いて俺とオルカがコートに向かう。


「今回はレイアップを縛るか」

「いいよぉ、外からのシュートなんて決めさせないよっ!」

「俺を外からだけの男だと思うなよ?」


 レイアップが使えないので、外からのツーポイントを決めるか、フックシュートや切り込んでダンクを決める流れになる。ダンクは練習では出来ていたけど試合形式だとうまく決まらない。それでも少しづつ入るようになって来たのでチャンスがあるなら打つようにしていた。

 さっきは外からのシュートを縛って負けたから、今回はレイアップを縛って外と切り込んでダンクするのを中心にしてリベンジするとしよう。


---


「なぁ・・・水辺って水泳部だろ?」

「あぁ」

「何であんなに上手いんだ? 水泳部ってみんなそうなのか?」

「オルカはユイの幼馴染で1on1の練習相手だったから特別だよ」

「そうか・・・そうだよな・・・」


 初戦で優勝候補チームと当たり敗退した俺と哀川、望月の男子バスケチームは、俺とともに準決勝まで進んでいたユイ達のチームを応援に来たのだけれど、バスケ部である二人はともかく、水泳部なのに上手いオルカを見て驚いてしまっている。


「お前の周りって化け物多いよな・・・」

「化け物?」

「あの3人だよっ! あれ俺達でも勝てねぇよっ!」

「まぁそうだよな・・・」

「お前も相当化け物じみてるけどな・・・」

「俺が?」

「なんか顧問のところに大学からスカウトが来たらしいじゃないか」

「スカウトじゃなく声かけな」


 実はバスケ部顧問に呼ばれて俺が卒業後の進路にどうだと言って来た大学があったと聞いた。実績は無いため推薦では無かったし、将来性を買っての申し出でという話ではあるが、俺は水泳部だし、将来が不安定なスポーツで食べていく気は無いので断る一択だった。


「俺達にはそれだけでスゲェ雲の上の話なんだがな」

「俺は水泳部だし、スポーツじゃなく勉強で大学に行くつもりだから関係無いよ」

「お前は成績も良いもんなぁ」

「努力の結果だよ」

「スポーツ万能で、背が高くて、勉強が出来て、綺麗な妹がいて、可愛い彼女が居るって、どんだけ恵まれてるんだよっ!」

「オルカはまだ彼女じゃないぞ?」

「そんな訳ないだろ・・・」

「事実だからなぁ」

「なんでだよっ!」

「今は大事な時期だろ?」

「・・・日本の水辺か・・・」

「あぁ」


 オルカはタイムを伸ばしていて、この前短水路の非公式戦に出場し。現在の世界トップクラスに迫った記録をだしていた。そのため現在オリンピック優勝の可能性ありと注目株になっている。


 3人は女子一般の部で女子大生チームを破り優勝をした。去年の優勝者だったというそのチームは、ほぼワンサイドゲームでの敗退にショックを受けていて、少し可愛そうだった。


---


「「「優勝おめでとう」」」

「「ありがとう!」」

「アリガトウ」


 試合後に男子バスケチームが3人を誘いシーサイドレストランでお祝いをした。

 俺が3人を誘い、他の2人が俺達も出すから参加したいと言ったので実現したのだが、2人は妹とスミス狙いなんだろうなぁ。


 2人に懸想する男子バスケ部員は多い、俺は良く妹を紹介してくれって言われるし、スミスは告白を良く受けている。

 俺は「妹に告白するのは自由だぞ」と言って直接的な紹介は断っている。こういうのって断られると紹介した方が恨まれる事があるので、受けない方が良いと思っているからだ。


「あ〜、美味しい〜」

「お腹空いてたもんねぇ」

「シアイチュモイッテマシタネ」

「相手チームに失礼だろ・・・」

「俺達が驕るから好きに注文して良いからなっ!」

「足りるかな・・・」


 元々俺は3人に奢るつもりだったから足りなくても問題ないけど、自分で注文した分は払ってくれよ?


「ユイさんはやっぱすごいね、全国出場確実って言われるわけだよ」

「ジェーンちゃんの方がすごいですよ、なんかアメリカの大学から卒業したら来てって言われてるみたいです」

「そんな事ないよ、ユイさんだって全国いけば注目されるよ」


 俺のクラスメイトの奴がユイにアタックをかけていた。一番最初に妹を紹介してくれって言って来た奴だしな。でも自分で告白もしない奴にうちの大事なユイはやれんぞ?


「アメリカのどこから来たのですか?」

「シカゴデス」

「シカゴって有名なチームありましたよね」

「ハイ」


 もう1人はスミスにアタックをかけていた。確実に無理だけど頑張れと応援しておいた。


「殆ど2人に任せっきりだったよ」

「良い立ち回りしてたじゃない、シュートも結構決めてたしさ」

「2人にマークが行くから必然的にだよ」

「それで決められるんだから大したもんだよ、相手は高校時代に全国に行った事もある人が居る大学生のチームだったんだからさ」


 必然的に俺がオルカの相手になった。海鮮パスタをフォークでクルクルもて遊びながら一番得点が少ない事に膨れているオルカが可愛い。足を引っ張る事無く優勝しているのにストイックな事だ。そういうところが日本の水辺になった理由の1つなものだろうけどさ。

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