第33話 坊と女たち(親分視点)

 坊と出会った事は儂にとっては天啓だった。


 一人息子であるリュウタは中学校に入ったあたりからメキメキと腕をあげ増長しだした。学校の不良や街のごろつき共を従えていっちょ前にチームを作って居やがる。しかも反抗期に入りやがったようで儂の言う事を聞きやしねぇ。あいつと死別し溺愛しちまったツケが出て来てしまったと後悔したがどうしたらいいのか分からねぇ。

 そんな風に感じて居た時にリュウタの仲間共が街で一人の奴を付け狙っていると噂に聞いた。手下どもに調べさせたらただの一般人のガキだった。素人に手をだしてイイ気になっているなんて情けねぇ。カタギに手を出すって事は儂らの名を貶める事になる。あってはならねぇしいざとなったらリュウタを自ら処分しなければならねぇ。しかしそいつはアイツの顔がチラついて出来る気がしねぇ。

 しかしカタギのそいつはリュウタの手下どもをどんどん撃退し、ついにはリュウタ自身とタイマンなんて自体になっていやがった。

 リュウタにはタイマンをする際に条件を付けた。カタギのそいつに何かがあったら儂らが廃る。

 儂は手下をそのタイマンの場に居合わせさで、何かあったらケリつけろと命じておいた。


 なんとそいつはリュウタに勝ちやがった。幼少期から権田流戦闘術を習い、最近では大人顔負けになってるあのリュウタにだ。リュウタには驕りがあった事とがこの結果になったと手下どもに聞いた時は、儂は育て方を誤ったと消沈した。


 儂は手下どもがリュウタとそいつを運んだ闇医者の所に行った。そこで見たのは、あり得ねぇほど打撲を負ってベッドに横になる大柄な若い男と、それを心配そうな顔をして寄り添う顔立ちが整った少女。そしてその二人を心配そうに見ているリュウタの姿だった。

 リュウタは完全に意気消沈していた。手下どもがその少女にちょっかいをかけ、その兄である男がその少女を守り戦った事が分かってはいたが。手下の手前ケジメは付けなければならないと思いタイマンをしたそうだ。けれど負ける訳はないと驕りがあった。そいつは妹を守るために全力で立ち向かい絶対に倒れなかった。なんとあの状態で病院につくまで意識を保って居たそうだ。


 リュウタを諫めるために声をかけたが、あいつはいい子になってやがった。しかも手下を持った責任感があったのに驕っていたために負けたおのれを反省していやがっった。あの男は最高の方法でリュウタの鼻をポッキリと折りやがったんだと喝采をあげそうになっちまった。


 儂はすぐにあの男の両親を呼びに向かわせた。辿り付いたあの男の両親はごくごく普通の夫婦に見えた。けれどよくよく聞いたら再婚同士で、あの男と寄り添う少女は実の兄妹じゃ無く3年前に始めて出会っただけらしい。儂がリュウタの反抗期に手を焼いて居た時に、この両親はこんなにいい子に兄妹を育て、兄妹は強い絆で結ばれた。完全に負けたと儂は思った。

 儂は自分の両親とあいつが、儂のつまらない意地の為に油断して死んだ時以来初めて泣いた。儂みたいな男が泣いた事にあの男の両親は黙って儂を見ていた。あの男の心配する声を出しはしたが、儂を罵りもせず黙って泣き止むのを見ていた。


 儂は儂の責任においてあの男を治療すると約束した。慰謝料として儂からしたら僅かばかりの金を包んだがそれじゃ足りねぇ。ぜってぇ恩返しをすると決めた。


---


 その男が起き上がったと聞いて病室に見舞いにいったがあの男は何だ?偉丈夫ではあるが、顔立ちはまだあどけなさが残っている。笑顔が貼りついてやがるのは、複雑な家庭環境がそうさせてるのか?

 それにあの威圧感は並みのもんじゃねぇ。誰もあれに気が付かねぇのか?

 そいつは儂がつい出てしまった威圧を受け流しやがった。平然とした顔で応対してやがる。威圧を感じて無かったわけじゃねぇ。一瞬だけ笑顔が真顔寄りになったから間違いねぇ。死に近い体験か、死線を何度もくぐり、運命を踏みつぶした奴しか辿り付かねぇ位置に居やがる奴が出す空気だ。儂とリュウタにとっての恩人とかそいうもんじゃねぇ。儂の直感があいつを絶対に離すなと言ってやがる。


 儂はそいつにリュウタとの五分の兄弟盃を提案した。リュウタが仕出かした不始末のツケだが儂の顔を立てて飲んでくれと嘘をついた。そいつは涼しそうな顔で了承しやがった。


 リュウタに話を持って行ったら歓喜しやがった。五分の兄弟盃ですると言ったのに、あいつを兄貴だと呼びやがって、五厘下りどころか明らかにあいつに六分飲ませ四分六の兄弟盃にしちまいやがった。


 四分六ではあるがあいつはリュウタと兄弟になった。儂にとっては自身の息子のようなものだ。儂はあいつを坊と呼んで贔屓にしていたが、いつの間にか心から可愛がるようになっていた。


 何かにつけ坊を呼んで話をしたが、中学生とは思えねぇ感性をしてやがる。まるで未来を見ているかの様な言葉を吐きやがるんだ。

 例えばこんなことがあった。関西で大きな地震があった翌日に坊が来た日だ。関西にいる儂の兄弟分やその仲間を気遣っていたところだった。だから儂は地震の話を坊とした。

 儂らの日本は石油が殆どねぇ。だからどうしても電気は原子力に偏っている。儂の街から少し離れた海岸にも大きな原発がある。


 坊は非常用電源が高い位置にないと、津波が来た時に電源喪失を起こしてメルトダウンを起こすと言いやがった。

 また液状化で地盤沈下すると冷却用の海水の取水に影響が出て加熱した炉の冷却に影響が出るとも言いやがった。

 日本は地震大国だ。だから耐震強度は充分に取られて作られて居ると完成前に原発を街に誘致した奴らから良く聞いて居た。けれど電源喪失や取水に影響が出る事によってそんな事があるなんて知らなかった。

 儂はすぐに手下を呼び付けて坊の話をメモさせた。すぐに原発の責任者に連絡を取って坊の言った事をチェックさせた。結果として津波による浸水により非常用電源が喪失した場合は、大惨事になる可能性が高いという見解が出やがった。さらにそんな原発が日本のそこら中にあるって話だった。


 儂はこの街の近くに原発を誘致した奴や、原発の良さを説明に来た奴らを呼び付け怒鳴りつけてやった。奴らのやった事は儂の街だけでは無く多くの街を同時に人の住めない街に変えちまう様な売国的な行為だった。


 すぐに全国の原発に対応できる非常用発電機を乗せた電源車の製造が決められた。そして原発の敷地にはかならず想定される津波以上の高い位置にその電源車を配置する事が決まった。

 また電源喪失した際も発生した蒸気を動力に弁の開閉を行い炉心を融解しない程度に空気で冷却する仕組みの開発が決まったと聞いた。


 他にも坊には色んなことを聞かされて驚く事になった。その度に部下に記録を取らせ関係者を呼び付けて問いただしていった。


 坊は日本の救世主だ。公務員になって国の為に仕事をしたいと言うのも、そこでしか出来ねぇ何かを成し遂げる為なんだろう。


---


 坊の周りには不思議と魅力的な奴が集まる。


 坊の妹は弱小バスケ部を全国に運んじまうぐらいの優秀な選手で、強豪校が欲しいと好待遇を投げかけていたらしい。坊と同じ高校に通う為に断ったらしいが、最近坊の妹が入った高校のバスケ部が全国制覇をしそうなぐらい強くなっていると言われるようになっちまった。


 坊の女は中学校で3年連続年代別最高記録を出し続けて全国制覇をし続けた有力な水泳選手だ。しかも最近国内最高記録を塗り替え名実ともに日本最高の水泳選手になった。


 そして困窮している家族を坊の紹介で助けたんだが、儂には普通の普通のカタギの家族にしか見えて無かった。しかしその中にとんでもない傑物が居やがった。それはリュウタが保護している少女だ。

 最初は勉強も出来ないオドオドした小便臭いガキだったのに、今では学年トップクラスの学力があって、権田流戦闘術はリュウタといい勝負する。しかも芋虫が蝶になるように綺麗になりやがった。リュウタを慕っているようだし、リュウタも満更ねぇと思っているようだし、いい雰囲気だ。坊はこれを予見して助けろと言ってたのか?


 あとその少女と姉妹の様に仲が良いという少女も坊と仲が良いと聞いたので部下に調べさせた。その結果が衝撃的なものだった。全国模試2年連続1位、運動万能、容姿端麗、人当たりが良く誰からも好かれる。完璧超人という奴がいたらこういう奴の事を言うのだろうか。


 そして最近坊と関わりがあるらしいと調査したあの留学生の少女。あれは一体何だ?目が合った瞬間に死を覚悟しちまった。成りは完璧だがあまりに完璧すぎる。ルネッサンス期の絵画やギリシャの彫刻から産まれて出て来てもあんなに完璧じゃないだろう。あれは本当に人間か?

 部下たちに調べさせて驚愕しちまった。学校のテストの記録、あれはなんだ?あれは化け物だ。見た目に見えるものは全て演技だ。坊ぐらいならあいつの異常性に気が付くだろう。一緒に居られるのは坊も同類だからか?


 坊も最近貫禄が出て来て化け物みたいな気配を感じる時がある。でも不思議と坊と話して居ると妙な安心感を感じる。こいつなら何をされても許せると感じちまうんだ。 

 花見の時に、坊がリュウタの舎弟達に話したという内容を聞いた時は、儂は坊にこの街を任せたくなっちまった。


 坊は地震学者になりたいらしい。儂は坊がそんなところだけに収まる器じゃないと思っている。坊は世界に通ずるすげぇ器だ。

 こんなことを昔の仲間に話したら儂が老いたとか頭がおかしくなったと笑い飛ばすだろう。


 最近過熱した投資に冷や水を与えたいからと消費税という奴を導入したいと役人どもは考えているらしい。過熱し過ぎた投資に冷や水は良い。けれど役人どもは懐に入る金をドブに捨てる気がしてならねぇ。

 日本は長い好景気で税収はうなぎのぼりだった。外国からの借款を全て返し終わってもまだ余る程の税収があった。

 けれど国の金を見て見ると、入って来た分を湯水のごとく使って実際の倉の中は空っぽだ。冷や水を浴びせて倉に入って来る金が減った時、この国は持つのか?


 坊は膨らんだ泡が一気に弾けて崩れ去る状態をバブル崩壊という言葉で表現した。急な消費の冷え込みによる経済崩壊が起きると儂に言った事がある。

 儂は急いで政府の御用経済学者という奴を呼んで見解を述べさせた。奴らは日本の経済は堅調でそういった事は起きないと楽観的な事を言いやがった。本当か?坊だったらなんて反論する?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る