第139話 パフォーマンス
駅のチケット売り場で一番早く京都に到着出来るチケットを指定席で購入して領収書と一緒に受け取った。駅の中は帰省客らしい人が多く見られたけれど、京都方面は首都に向かう方向であるためか、席は埋まっておらず問題無く取る事が出来た。
「梶原?何か問題が出たんか?」
「いえ、京都駅到着は14時33分予定ですけど、研究所にタクシーで向かう感じで良いですか?」
「スーツは持っとるか?」
「着ています」
「そんなら直接省庁に向かってや、入場パスは水野に持たせて警備ゲート前に待機させとくわ。来るのは3階の地震津波対策課やで?分かるやろ?」
「はい」
「じゃあ頼むわ」
「分かりました」
今年入ったばかりの水野も、俺の助手をしていたばかりに呼び出されたようだ。御用納めが終わったらすぐに帰省すると言っていたのに出来なくなったな。後で飯でも奢って埋め合わせしないと、プクッと膨れそうだ。
電話を切り、ホームで駅前で貰った号外を読むと、津波の被害の速報が書かれていた。地震は現地時間の8時頃に起きたらしい。
最も大きな被害を予測していた国は、地震により津波が起きる可能性について周知していたようで、海岸付近の住民の多くが地震のあった直後にすぐ高台に避難したそうだ。
ある街では建物は壊滅的だけど、人の被害は殆ど無いと書かれていた。丁度朝の動き出す時間に発生した事で比較的スムーズに連絡が行きわたり高台まで避難したようだ。
ただ被害規模が大きく連絡が付かなくなっている街もあるようで、全体がどういるのかは不明らしい。波は繰り返し襲ってきているので被害者の捜索までできていないようだ。
予測を信じなかった人が海岸を見に行ってしまったり、津波の恐ろしさを理解しなかった人が家の二階にあがっただけで、家ごと流されてしまったという声があるそうだ。自力で歩く事が出来ない障害者や老人などの事前避難が無かったようで、そのまま波に飲まれて多くの行方不明者が出ているとも書かれていた。
『津波体験ツアーと称して現地に向かった観光客の多くが流されています。あと沖合に船を出そうとして流された人や、引き潮の様子を見に行って流された人も多いです。1回目の波が到達したあと大した被害が無いと思って家に帰り次の波で飲まれた人もいます』
津波は全てを投げ捨ててでも逃げ続けなければならないものなのに、わざわざ近くに見に行く人がいるのか。アナウンスされたのなら、繰り返し波が襲って来ると言われてた筈だ。それが避難してる人にちゃんと伝わらず、助かる命が失われたとしたら勿体ない事だ。
もしこの話が知られたら、俺のせいで見に行ったんだから責任取れとかSNSに書き込む奴が出て来るだろう。SNSは、最近あまりに荒れてしまったから放置していた。情報発信ツールとして有効だと思いやってみたけど、本当に心ない言葉が届いて来る。
『当事者の約84.2%は感謝の言葉を書き込んでいます。苦情を書き込む人の約98.2%は当事者ではありません』
そう言われるとあの乱雑な言葉も意味のあるものに聞こえて来るな。スミスの憑依体は俺の荒んだ気持ちを和らげようとしてくれているようだ。
俺が帰省した日のユイの嬉しそうな顔と、今日家を出る時の寂しそうな顔を思い出すと本当に胸が締め付けられる。もっと楽で幸せな道があったのではと思ってしまう時があるのだ。
ある程度落ち着いたらみんなで遠くに旅行に行きたいな。タケルが小学校に上がったら長期の旅行がし辛くなる。ユイが育休貰えている間に消化したいな。
『現在、ペラウという国に富裕層相手に深海探査や宇宙旅行を提供する会社を設立中です。テスト旅行にお招きしますから楽しまれてはいかがですか?』
(宇宙旅行?)
『はい、民間企業が宇宙旅行をする事を禁止する国際法はありません、地球を周回する程度の小旅行であれば現在の民間技術でも充分可能です』
(なるほど・・・)
スミスの会社なら無事故での宇宙旅行が保証されているだろう。それとも平均的という理由で生還率50%だったりしないだろうな。
『そんな会社は成立しません』
(確かにそうだな・・・)
富裕層が局地旅行を好むと言うのは前世でも聞いた事があった。金をかけて刺激的な体験をし続けた結果、ちょっとぐらいの体験では楽しさを感じられなくなってしまう事があるそうだ。
南極や北極や8,000m級の山や火山の火口近辺や深海や宇宙や密林や砂漠など、一定の確率で死ぬような旅行にも出かけてしまうらしい。
(慰めてくれてありがとう、そういう話を聞くと元気が出るよ)
『それは良かったです』
(でも俺は貧乏性だからそこまでは望まないな、妻や子供達と凧あげして、それが綺麗にあがったぐらいの事で感動できる生き方がいいよ)
『あなた様らしいですね』
ホームに入って来た電車に乗り込み新幹線の止まる駅まで向かう。日曜日という事もあってスーツ姿や制服姿の客は少ない。1人、子連れ、アベック。車両の中には様々な人がいるけれど、東南アジアで起きた地震津波によって、予定していた行動を変えた人は、俺だけかもしれないと思った。
俺は大学に入ってから、地震に関する様々な資料を見た。その結果、俺は膨大なデータから違和感を見つけたり分析する能力に長けている事が分かるようになった。
不規則に見えるものから規則性を見つけるのが得意だと気が付いたのだ。それらをプログラムに落とし込み計算させ始めた事がきっかけで、いくつかの規則的なものが地震発生の直前に不規則になる事を発見した。
大規模な地殻の移動も小規模な移動も同じメカニズムで発生するものなら、小規模なものの性質からその地殻の性質が見えて来る。そうすると大規模な移動に至る前兆が見えて来る。3次元短い間隔で採取されたデーターの蓄積を続け、過去の変化の類似性をパターン化する。それによりどんどん予測の精度を上げていた。
スミスの憑依体は、そういったものを把握する力は俺の異能だと評していた。俺はスミス達の言う創造主様達より、情報収集と情報分析に長けた能力が与えられているらしい。お助けキャラとして女の子の情報を集めて分析し、ゲーム主人公に伝える役割は、その異能によって行われていたらしいのだ。
4年前の学生時分、地震研究所に出入りしていた俺はいくつかの地震の観測前に得られていた情報を見る機会に恵まれた。
またかねてより教えを請いたいと思っていた駿河県の大学の先生が過去に観測たいくつものパターンのゆっくりとした動きの地殻変動のデータと、そのあとに起きる早い動きの地殻変動のデータとその関連性についての考察を拝聴出来た。
俺は、その考察から、現在観測結果だけが垂れ流されていデータから過去との類似性に気が付き地震予測を立て、それが的中した。
けれど地震研究所内部と自身のブログ上で可能性だけ指摘していた事や、データの解析が途上だったためまとめきれておらず、事前に公開できなかったため、適当に言ってたまたま当たったと思われ、世界初の地震予測の的中とはみなされなかった。
地震研究所に入ったあと観測装置の開発を行いつつ、東北地方への観測機器の設置計画を立てながら、国際的な影響力を考え、アメリカの大学と協力体制を作っていった。
そしていくつかの地震予測を的中させていたのだけれど、今回の予測していた地震の規模があまりにも大きなものだったため、大げさだと言われてしまっていた。
前世も、この時期にそこで大きな地震津波が起きた事を知っていたので間違いが無いと思っていたけれど、地震学者達の中でも俺は新参者の若造で発言力が足りなかった。
被害が予測される国々の大使館には手紙を送っておいたけれど、半信半疑という返信が返って来ただけだった。
『でもこれであなた様の予測を疑う人はいなくなります』
(そうだとしても、罪が無い人達が亡くなるのは悲しい事だよ)
日本でも地震の予測はしていて的中させてきているけど、M7クラスの地震が起きても日本の建築物は堅固なので備えておくと大きな被害が殆ど起きない。そのため想定していない反応が起きてしまった。避難騒ぎが起きたので催し物が出来なかったとか、予定がキャンセルされて損をしたという苦情がいう人が出て来たのだ。
今回の大地震の予測は以前の二の轍を踏まないよう、ブログで大っぴらにデータと共に公表したのだけれど、その被害規模が大きかった事もあり、その当事国にある観光地の市長や議員から、観光客が激減して迷惑だとクレームが入るようになった。そして外務省の役人からは無責任な事を発信するなとかなりの剣幕で文句を言われた。
ワイドショーでは、俺が無責任な情報を垂れ流し、当事国に莫大な経済的損失を与えていると報じた。ピラニアとあだ名される議員が、パフォーマンスのため俺の研究室にいきなり来訪して怒鳴り始めたのも、その一連で起きた事だった。
俺がユイの出産立ち合いのために早めに休みを貰い帰省したのも、その騒ぎの様子が拡散され収拾つかなくなって来たため、研究所から避難しろと原先輩に言われたからだ。
だから家ではずっとテレビもラジオもつけていなかったし、原先輩と話をするまで地震が起きた事を知らなかった。
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