最終章 後日談
第137話 似ている
国立の地震研究所に就職してから約2年と9ヶ月、一般的な会社の御用納めを明後日に控えており、街はクリスマスから正月向けの飾りつけに変わりつつあった。
俺は仕事上でトラブルがあったため職場から休みを取るように言われていた。
元々小さなトラブルの連続だったのだけれど、「地震予測を撤回し謝罪しろ」と研究室に怒鳴り込んで来た野党議員に「誇りある研究者は大衆に迎合してデータを書き換える事はしない」と怒鳴り返した事が最後の一押しになってしまったようだ。
丁度ユイが臨月を迎えて出産間近だった事もあり、一足先に年末年始の休暇を申請し立花家のある街に帰省していた。
デパートで舞鶴の蟹や京野菜の漬物や灘の酒などのお土産で購入し、それを車に詰め込んで高速を走らせ、到着した昨日はカニ鍋を肴にお袋や義父と軽く酒を酌み交わした。
そして今日は朝から大掃除をしていたのだけど、オルカが少し息抜きをしたいと言ったので、久しぶりに公園で1on1をしていた。
京都で暮らしている間は、芸能記者らしい人が、子連れのオルカを撮影しようと付け回していた。そのため最近のオルカは外出恐怖症になっていた。
警察に相談して追い散らしてもいつの間にかそういう奴は近寄って来る。警察に説得されても、大衆に伝える責務があるとかなんとか非常に独りよがりな正義感を堂々と主張するのだ。
スミスの憑依体が、個人撮影を装った、警察に逆切れしている芸能記者の様子の映像を作り、ネットに公開した事で、記者に批判が向かって少し落ち着いたけれど、それでも全くゼロにはなかった。
けれどこの街は権田家が幅を利かせているため、そういった輩の活動はかなり抑えられていた。公園で1on1をしていてもいきなり近寄られて無許可で撮影されるなんて事は、この街で起きた事は無かった。
「ん?」
「どうしたの?」
「いやさっきオルカのコンビニから出てきた男が誰かに似ている気がしたんだ」
「私のコンビニじゃ無いって、オーナーはお義父さんなんだからさ」
「いや、立花家では、あれはオルカの店だからな?」
オルカのお祖母さんは、大学を卒業を控えていた時期に急に健康が悪化して病院に入った、しばらく小康状態が続いていたけれど、オルカが産んだ子であるタケルを見せに病室に行った翌日に静かに息を引き取ってしまった。
お祖母さんには相続人がオルカしか残っていなかったため、遺産は全てオルカが受け取る事になった。けれどオルカに駄菓子屋など経営をする事は出来ないため、うちの家族と相談してコンビニに建て替える事になった。
公園の前の道は、幹線道路では無いけれど、高校と大学と戦後のベビーブーム世代の住宅需要に合わせた公営団地と公園が近くにあり、その客たちの需要を当て込んだ商店街が近くにある事もあって、それなりに人通りが多い道だった。そのため集客が望める場所だからと以前からコンビニのフランチャイズの会社から誘いが来ていたそうだ。
土地と店舗はオルカが出資し、義父がフランチャイズオーナー研修を受けた。義父はオルカに近所の相場の9割程度の賃料を払いながら店舗経営をしている状態だ。
義父はフランチャイズオーナーの研修を行う前に、勤めていた会社の早期勧奨退職制度を使い辞めていた。
バブル崩壊によって義父が務めていた会社も営業成績が悪化しており、比較的給与の高いベテラン勢以上がやり玉にあがっていたそうだ。義父は親分さんとの縁もあって対象にはなっていなかったそうだけど自身の先輩にあたる人たちが追い出し部屋と呼ばれる部署に異動させられている様子を見て会社に不信感を持ったそうだ。
義父は以前から仕事が忙しくて家族との時間が取れないと思っていた事もあって、比較的優位な条件で退職できる早期勧奨退職制度を使い会社を辞め、コンビニのオーナーになる事を決めそうだ。
義父は、近所のシングルマザーと高校生や大学生のアルバイトを雇って店を切り盛りをしていて、自身は20時から24時のシフトと定期的な見回りと周辺の清掃とシフトの穴埋めをしていた。忙しそうに思うけれど、通勤に要する時間が無いことや、お袋やユイが助けている事や、事務関係の仕事を家に持ち帰ってする事で、家族サービスに費やせる時間が以前よりずっと増えたそうだ。
バブル崩壊後の不景気で仕事口が少なくなった事で、比較的安い時給でも応募があったらしい。
シングルマザーの2人は、ともにユイのバスケ部の後輩らしく、朝8時から16時まで託児所代わりに専業主婦になっているお袋に子供を預けて働いていた。シズカとシンジも小学校にあがり、あまり手がかからなくなっているので、家事をしながら幼児の世話をする事を問題ないと言っていた。
高校生の2人は現役の高校の生徒らしい。平日放課後の16時から20時まで2人づつ調整しながら働いているらしい。高校の先生になったユイによると、不景気の煽りで給料が減り経済的に困窮している親が多いらしく、高校に通いながらアルバイトする生徒はかなり増えて来たらしい。
20時から24時の4時間は義父が店内の商品の発注や清算や品出しや期限切れ商品の回収などを行いながらたまの来客に対応しているらしい。義父が調子が悪い時はお袋やユイが店に出て手伝っているらしい。
大学生の2人は近くの大学に通っている学生らしい。0時から8時の時間を交代で働いている。
1人目は陸奥県出身の大学3年生。普段は寡黙だけれど、これは癖の強い方言が出ないようそうしているだけで、携帯電話で実家と話している時はめちゃくちゃ早口で饒舌になるそうだ。方言を話している時は、隣で聞いていても、何を話しているのかさっぱり分からないらしい。
2人目は地元出身で去年までユイの教え子だった大学1年生らしい。
大学生2人はシングルマザーの2人といい関係らしく、お袋は彼らのデートの日にシングルマザー2人の子供を預かったりして応援しているらしい。
店のレイアウトは駄菓子屋だった名残りとして菓子コーナーが店の広さの割に広めにしていたり、ユイの好きなプリンが多めに置かれている。ユイが良く菓子や飲み物を自身が副顧問をしている女子バスケ部に差し入れする事もあって、それが結構な売上になる事や、ユイが毎日のように消費し、さらに周囲に布教をしているプリンのせいで、売上のバランスが周囲の店舗と違うということで、フランチャイズ会社の見回りの人が首を傾げたそうだ。
ちなみに6年前、オルカが好物の順番を当て合う番組に出演した際に、そのプリンが一番好きだと公表した事がきっかけで、企業側からオファーが来てCMに出ていた。
普通に3時のおやつの時間にプリンを食べているパターンや、水泳の練習後にプリンを食べているパターンなど数種類のCMが作られたけれど、ユイやスミスやカオリとシオリとチームを組んで、ストリートバスケの試合をしているといったパターンのCMが1番人気が高かったそうだ。
オルカ以外の女性陣がどこのアイドルかと話題になったそうだけど、ユイとカオリとシオリはそれぞれの通う大学でミスキャンパスになっていたので、すぐに個人が特定されてしまった。そして全員が高校時代の友達で既婚者だと調べられてしまった。
ちなみにその試合相手は、俺とジュンと八重樫と築地と望月で、ガチめに試合をしている所を撮影された。顔のアップは女性陣達だけだったためか、男性陣に対してどこのイケメン集団だという感じの話題には全くならなかった。
後に地震学者として頭角を現しだした俺と、オリンピックのライフル射撃で金メダルを取ったジュンの他、バスケの日本代表になっていた八重樫や、現在プロバスケチームになっている前身となる企業チームのメンバーである築地と望月が出演している事が、撮影風景の写真が週刊誌に流出した事によって暴露され、プリンの製造元も認めた事で少しだけ騒がれたぐらいだ。
元々プリンを製造している会社の本社は摂津県で、関西寄りに商品展開をしていた。そのため関東では最近まであまり取り扱っている店が少なかった。 けれどCM効果で関東でも有名になり仕入れる店も増えていた。
また今年プロバスケットボールチームが発足した際にプリンの製造元同業他社が哀川が監督し八重樫がキャプテンとなっているエイリアンズとスポンサー契約したため、スポーツ番組で関東でもその会社名を見る人が増えて来た。 またチーム応援パッケージのプリンを販売した事で地元の相模県では置かない店はほぼ無くなっている。
また、同業他社が原料価格の高騰を理由に一斉にプリンが値上げしたのだが、そのプリンメーカーだけが元々少しだけ高めの値段設定だった事もあったためか価格を据え置いた。
同業他社は値上げのタイミングで、丁度特許が切れた爪を折ったらプルンと落ちる仕組みの容器を導入したのだけれど、容器の為に値上げをしたと思われたらしく評価を落としてしまった。
逆に値段を据え置いたそのプリンメーカーの評価が上がる事になり、スーパーなど定番の入れ替えの際に、そのプリンメーカーに切り替えられる事が増えているそうだ。
「やっと体のキレが戻って来たよ、タイムも伸びて来たし現役復帰も出来るかな」
「俺は結構鈍ってるな・・・」
オルカは出産後から徐々に現役復帰に向けて体を調整している。最近、次のオリンピックに向けて「母でも世界一」という内容でCMに出てくれとオファーが来ているらしい。オルカは体が仕上がってきたためか、俺は身長差と体重差と経験差で対抗しているけど押され気味だった。
「お兄ちゃん、さっきから携帯が何度も鳴ってるよ〜」
「ユイ、無理しないでっ!」
「おいおい、出産も近いんだから・・・」
「カオリちゃんが、少しぐらいは動いたほうが良いって言ってたよ?」
「もうすぐ予定日なんだよ?」
「そんなツッカケで寒空の下に出てくるなんて危ないだろう」
「だってユイカさんが子供たちの相手で忙しそうなんだもん・・・お節の準備もしたいって言ってたしさ・・・」
ユイは高校の先生になった頃から、普段でもきちっとした口調を心掛けていたけど、産休に入って生徒達と接していないため、元の口調に戻ってしまっていた。
「タカシ帰ろう、息抜きは十分だよ、私もタケルの世話に戻りたいし」
「そうだな、俺も義父さんと大掃除の後始末に戻るよ」
俺は義父さんと大方の掃除は終えていたけれど、ごみの仕分けが丸々残っていた。最近ごみの分別項目が増えていて、ごみ出しもなかなか大変になっているようなのだ。
「はい携帯」
「ありがとうな」
ユイから携帯電話を受け取り着信を見ると気象庁や地震研究所の関係者から10件以上の着信があった。
どうやらあの予想が当たってしまったようだ。
「先に家に入っていてくれ、オルカはユイを支えてくれ」
「分かった」
「もうっ! お兄ちゃん心配症っ! 一人で歩けるよっ!」
俺は家から少し離れた場所で地震研究所に電話をかけた。もし内容がショッキングな内容を含んでいたら、妊婦のユイに良くない心配をさせるかもと思ったからだ。
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