最終話 どうしてこうなった!(武田視点)
約10年ぶりに踏んだ故郷は大きな変化が無く、俺はまたゲームの舞台に来た事を感じた。
駅前のクリスマスのイルミネーションの名残りなどは、まさにこの時期にヒロイン達とデートの待ち合わせを駅前でした時の情景そのものだった。確か3年の時のクリスマスデートで綾瀬とイルミネーションを見に行くと雪が降ってきて珍しくはしゃぐ姿が見れる。ゲームのRTAでは時間が取られるのでカットするイベントだけど、そういう事をしても良いから綾瀬に会いたいと思った。
そんな事を考えながら自宅があった場所まで歩いて行くと、そこには俺の家も綾瀬の家も無くなっていて今井物産のオフィスビルが建っていた。
ビルを出入りする人に聞いた所、7年前から建っていたそうだ。
今井物産は親父が勤めていた会社だった。だから行方を訪ねてみたけれど、武田ケンジという社員は今井物産のどこにもいないと言われた。それはそうだ、俺の戸籍を調べた時に俺以外は消されていた。つまり親父達はこの世にいないのだろう。
近所の人に聞き込みをすると、家族はヤクザに追われて夜逃げをしていったらしい。綾瀬の家も地上げ屋が雇ったヤクザによって追い出されたそうだ。
けれどたまたまビルの前を通りかかった妹のシオリの友達だった女から、シオリが近くのヤクザの親分の女にされているという話を聞けた。戸籍が消されているという事は、生きていたとしてもヤバい立場にいるような気がする。俺がマグロ船に売られた時の様に、攫われてヤクザに身売りされたのかもしれない。
綾瀬の事について聞くと、京都の大学に行き田宮という奴と結婚したそうだ。成人式の時に赤ン坊を抱きながら来ていたそうで、幸せそうだったそうだ。
どうやら、俺の知っている綾瀬はもういないらしい。
その女は俺が退学させられた高校に通っていたらしく、そこで3年生の時にユイちゃんとクラスメイトになっていたらしく、今でも年賀状の交換をしているそうだ。
ユイちゃんが京都の体育大学に通い、女子バスケの日本代表になっていた事は知っていた。立花ユイという名前で活動していたけれど、実はその頃すでに結婚していたそうで旧姓の通名で活動していたそうだ。その後活躍を聞かなかったけれど、どうやら大学を卒業したあと俺が退学させられた高校の先生としてこちらに赴任して来たらしい。旦那と別居して実家にいるらしく、同窓生の間では不仲ではないかと言われていたそうだ。けれど、急に妊娠していて産休に入ったので、実は不仲ではないかったという話と、不倫して別の男性の子供を身籠ったという話が出ているそうだ。
ユイちゃんといえば、兄貴であるタカシの奴はどうしているのだろうか?以前ユイちゃんの事を調べていた時、ついでに興味本位でネット検索かけた事があった。タカシが水泳部員だった事を思い出したのでさらに調べると、水泳選手として国体で入賞したりインターハイで優勝したという記録が引っかかった。けれど高校卒業してから辞めたのかそれ以降の記録は全く出て来なくなった。
タカシは比較的同姓同名が多いようで、この街にいる奴だけでも複数人引っかかった。川で溺れて助けられた小学生とか、挨拶運動で表彰された中学校の生徒会長とか、バスケの3on3 大会に出場した高校生とか、酒気帯び運転で捕まった大学生とか、電車内で痴漢で捕まったオッサンとか、立花という姓はこの辺ではありふれているし、タカシなんていうモブっぽい名前をしているのでそれだけでは特定できないようだった。
ゲームの通りなら今頃ゴシップ記事ばかり書く記者になっている筈だけど、野郎の事なんてどうでも良いと思いそれ以上調べるのをやめていた。
駅前に帰る途中、少し迂回してヤクザの事務所の近くに行った。シオリの様子を確認出来ないかと思ったからだ。そうしたら3人組のスジモノっぽい男が出て来て立ち去れと言われた。俺がシオリの兄だと言っても鼻で笑われるだけだった。
3人を良く見たらメガネチビから金を借りようとした時に俺の邪魔をした奴らだった。俺は恐ろしくなりすごすごと立ち去ることしか出来なかった。
ヤクザの事務所から離れたからか、奴らは追いかけて来なかったのでホッとする事になった。
俺は何となく高校の方に行ってみようと思い、ショッピングセンター抜けて駅前に向かった。
ショッピングセンターの中には桃井の実家の花屋があったなと思っていると、そこには大きく改装されていた花屋があり、そこでエプロンを付けた若い男が接客をしていた。店名も桃井生花店ではなくフラワーショップアキヤマという名前になっていた。桃井は学校卒業後に女優になっていた。花屋を継が無かったからか、別の人の手に渡ってしまったようだ。
そういえば桃井は1つ年下の会社経営者の男性と交際してると昨日のワイドショーで報じられていた。桃井は美貌を生かしてうまく玉の輿に乗ったようだ。
桃井の店の跡を見たからか、なんとなく他のゲームヒロインの事が気になり思い返した。
気持ち悪い絵を描く美術部の女は海外の絵画コンクールですごい賞を取ったらしく3年前ぐらいにニュースで取り上げられていた。ただその時にテロップで出されていた名字が坂城というものに変わっていた。賞を取ったという絵は、愛をテーマに書かれているらしいけれど、俺にはグチャグチャな汚物のようなものが描かれているようにしか見えなかった。相変わらず気持ち悪い絵を描き続けているんだと腹を抱えて笑ったのを今でも覚えている。
マッドサイエンティストは、スミスケミカルコーポレーションという外資系企業で研究者をしているらしい。宇宙船や深海探査船の画期的な素材になるという特殊なアモルなんとかという素材の開発に成功したそうで、その企業の記者発表で出ていてリケジョだと持て囃されているのを去年テレビで見た。
こいつもテロップの名字が相良に変わっていたので、あんな奴と結婚するモノ好きはいるんだなとテレビを見ながら爆笑し、隣の部屋の奴に壁ドンをされ、キレて怒鳴り込んだ事で警察を呼ばれたっけ。
ムッツリスケベ女は新聞の連続小説欄に連載を出していた。既に何度か連載を完了させているそうで、その文庫本がベストセラーになり映画化していた。その映画化されたものがテレビのロードショーで放映されたものを見たけど、エロシーンが多くて相変わらずそっち系統の話を書いている事が分かった。今も別の作品の新聞で連載をしているらしいけれど、俺は新聞なんて取らないから良く分からない。ただ今も精力的に創作活動をしているようだ。
こいつもいつの間にか名字が依田に変わっていたので、もの好きが多いものだと爆笑しそうになった。壁ドンされないように堪えたのが先月の事だった。
脳筋女は俺が日本に帰った少し後に京都で開催されたオリンピックで、3種目で世界記録を更新し優勝をしていた。けれどその半年ぐらいあとに妊娠による現役の休止宣言をしてテレビで見ることが無くなっていた。
脳筋女が梶原という博士と結婚している事は結構有名だった。なんでもそいつは学生の時にいくつかの地震の発生メカニズムの論文を出し、実際にそれを観測するシステムを開発して地震予知を的中させたらしく、世界中の地震大国が注目している研究者になっていた。
この前も東南アジアの方で大きな津波を起こす地震が起きる可能性があると警鐘を鳴らしたそうでネットで騒がれていた。ただ、テレビではその国の市長やホテル経営者やお土産物屋のインタビューを取り、観光客が減って良い迷惑だと激怒されている様子を伝えていた。
前世の記憶がある俺からすると地震によって大きな津波が起きて危険だというのは常識だけど、この世界の人は信じていないようだった。俺を騙して消えたマグロ船の船員の故郷も津波に飲まれると予測されているので、そうなったら面白いなと密かに思っていた。
駅前に到着し、バスターミナルで高校行きの路線バスを待ちながら、ビルの上にある街頭モニターを見ると、放送部にいて女子アナになった真田がお昼のニュースを読み上げていた。記事は佐野リオというピアノ演奏家が権威あるコンクールで金賞を取ったというニュースだ。
真田はアナウンサーとしてかなり人気で、入社3年目の今はゴールデンタイムの番組の司会もしていて貫禄が生まれつつある。一番脂が乗っている時期というやつだろう。
そういえば真田には男性と一緒に温泉宿に入っていく所がSNSに投稿され、特別な交際相手がいるとネットで騒がれた事があった。けれどその相手は実はただの弟で、さらにテレビの制作会社で働く仕事仲間で、温泉宿もロケのあとの延長で宿泊しただけだった事が分かりその話は聞かなくなった。
「あれ?武田か?」
「誰だ?」
「丹波だよ丹波、小中高と一緒だったろ?お前は高校を途中でやめちまったがな」
「悪ぃ」
「覚えてねぇか?・・・じゃあ田村の事は覚えてねぇか?同じサッカー部だったろ?」
「あぁ・・・覚えてる・・・」
田村は少年サッカーで一緒だったし、中高のサッカー部でも補欠にもなれない同士でずっと一緒だった。高校でも同じクラスだったと思う。
「武田は今まで何をしてたんだ?随分とその・・・くたびれた格好してるがよ・・・」
「海外でちょっとな・・・」
「海外か・・・それでそんな戦場記者っぽい恰好なのか?」
「そんな所だ」
ただマグロ船で稼いだ金が減ってきて、着替えをあまり買えていないだけだ。今日は寒いので重ね着をしたのだが、くたびれたものを多く身に着けた事で、たまたま最近テレビに出て来る戦場記者の様な恰好になってしまった感じだ。
「丹波君、誰と話してるの?」
「あぁ、武田だよっ! 田村はサッカー部で一緒だったろ?」
「武田君?・・・あぁ、僕とボール拾い仲間だった武田君か、懐かしいなぁ」
「なんか武田は戦場記者をしてるらしいぜ」
「それで頬や手にそんな深い傷跡あるんだ! 凄いねぇ!」
勝手に戦場記者にされてしまった。傷はサメやカジキとの格闘でついたもので、奴らが想像しているようなものじゃない。
「ちょっと私に子供の面倒押し付けてフラフラしないでよ!」
「あなたも・・・」
「殴るなっ! 暴力反対っ!」
「痛い痛い抓らないで!」
田村と丹波に小太り気味のベビーカーを押した女2人が合流した。
「早く行かないと八重樫達の試合が始まっちゃうわよ!? 陣痛が始まって来られなくなったチエリの分も応援するんだからねっ!」
「分かってるって、でも武田君がね?」
「武田ぁ?」
小太りの女の一人が俺の方をジロジロと見て来た。
「ほら、高校で1学期だけ同じクラスに居た武田君を覚えてるでしょ?」
「あっ! 先生を覗き見した変態の武田っ!」
「ちょ・・・言い方っ!」
学校での俺の悪い噂は未だに付きまとっているらしい。
「バスケの時間・・・」
「そうよっ! せっかくリーグ優勝が掛かった大事な試合なのに、遅れたら勿体ないわよっ!」
「ちょっ・・・耳を引っ張らないでっ」
「そんなに叩いたら子供の情操教育に悪影響だぞっ!」
「あっ! 小森先生達だ!」
「おチビちゃん達もいるね」
「教え子達の試合は気になるんだねぇ」
「折角だし合流しようぜっ! 先生〜」
「あっ!」
「もうっ!置いてくなー!」
「離れないからっ! 耳痛いってっ!」
「どわっ! 後ろから蹴るなっ!」
田村と丹波は子供を抱いた小太りの女2人とジャレつきながら、別の子連れ夫婦と合流し、プロバスケットリーグの試合をしているらしい体育館のある方へ歩いていった。
この街にあるプロバスケチームはマッドサイエンティストが勤めているスミスケミカルコーポレーションがスポンサーをしていて、地元出身の選手を中心に結成されたバスケチームであるため、すごい人気が高いそうだ。チケットがネット予約でもすぐに完売するらしく、発売直後にネットの前に張り付かないと取れないと聞いたことがある。きっと田村や丹波達は頑張って取ったのだろう。
街頭モニターを見ると、ニュースはスポーツコーナーに変わっていて、佐野という選手が決勝点をあげサッカーの国際大会のアジア予選の通過を決めたというニュースから、どこかで行われた国際的な陸上大会の100m✕4のリレーで日本代表が銅メダルを取ったというニュースに変わるところだった。アンカーの依田という選手が僅かな差で4位の選手から逃げきって3位でゴールを越えた所がスローモーションで流された。
あれ?臨時ニュースか?原稿のカンペ渡したスタッフってメガネチビの野郎に似て無かったか?えっ?大地震?津波?マジに?梶原博士のあの予測がマジに当たったのか?
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駅前からバスに乗って高校前で降りたけど、中に生徒はいるのに高校の門は閉まっていていた。関西の方で小学校に不審者が侵入したという騒ぎがあって以降、全国の学校では部外者の立ち入りを禁止するようになり、登下校の時間以外はこうやって門を閉じている学校ばかりになったと話を聞いた事があったけど、この学校でも同じ対応をしているらしい。
仕方ないので周囲をしばらく歩いてみたけれど、駅前のように田村や丹波のような、知り合いに会うことは無かった。
身長が2m超えてそうな大男と髪の長いモデル体型の女がバスケの1on1をしていた公園の前にあったコンビニで、残り3本になっていたヤニを補充したあと、小腹が空いたので飯屋を見つけるため、サッカー部の連中と買い食いに行った事がある商店街に向かった。
商店街は年末セール中らしく、呼び込みの声が商店街の外まで響いていた。
「そうか・・・今日は日曜日か・・・」
今年最後の日曜日という事もあり商店街に買い出しに来ている人が多いようだった。
商店街の中、人を避けるよう歩いていくと、田村と行った事があるラーメン屋があった。店内に客は多いけど満席ではなさそうだ。
俺はこの店にしようと入ろうとしたら、俺を高校の合宿の時に覗きで捕まえやがったサッカー部の顧問が子連れで前方から歩いて来るのを見つけた。俺はラーメン屋に入らず、思わず急いでUターンをしてしまった。
なんとなくあいつには会いたくない、あいつは俺がこういう事になったきっかけを作った奴だ。
Uターンしたあと小走りに人混みの間を抜けようとしたけど、トドの様な体型の女にぶつかりよろめいてしまった。俺が弾き飛ばされた被害者なのに、女の方が大きな叫び声を上げやがった。
なんとか立て直してバス停まで走り、到着したばかりのバスに飛び乗ったけれど息が切れてしまい、駅に戻るまで席でグッタリする事になった。
なんで俺が逃げなきゃならねぇんだとムシャクシャしたので駅前にあったパチンコ屋に入ったけれど、虎の子の3万円が1時間ぐらいで吸い込まれてしまった。
ここは俺が主人公の街だっていうのに、もう俺を受け入れてくれる場所では無いんだと思った。
財布を見ても小銭だけで532円しか残ってなかった。ボロアパートに戻るまでの足代に到底足りない。パチンコで興奮していて気が付かなかったけれど、小腹が空いたままだった。これだったら熱くならず3000円は残すべきだった。銀行で金を下ろさないと帰れもしない、その前に飯を食いたい。
ボロアパート帰ったからといって何かがあるわけでは無い。パソコンを立ち上げて最近お気に入りのネットアイドルのマモちゃんの実況を見ながら冷やかしのコメントを書きつつ、マスかいて寝るぐらいだ。
マグロ船で鍛えた体は自堕落な生活で既に衰えまくっている。商店街からUターンして戻る時に近くのバス停まで走っただけで、激しい息切れをするぐらいだ。
ATMで3万円金をおろしたあと残高を確認すると、船を降りた時に1500万円を超えていた残高が3万円を切っていた。休日の金の引き出しに係る手数料が無ければギリ3万円超えてた事がとてもムカついた。
どちらにしても月末の家賃と公共料金の引き落としとしには足りていないので、督促状が来てしまうだろう。何とか金を作らないといけない。
海外の売春宿で感染したAIDSで死なないためには薬を飲み続ける必要があった。健康保険は効くけれど、それでも病院での検査代と薬代が結構かかっていた。
ネットでAIDSは障害者手帳を貰えて生活保護も受給出来るという情報を得たので役所の窓口に行ったけれど、俺のAIDSの状態は日常生活に支障のない範囲なので障害者手帳は貰えず、逆にちゃんと働いて下さいと言われてしまった。高額医療がどうたらこうたらという説明も受けたけれど、かなり早口にまくしたてられて結局何が何だか分からなかった。
働こうにもバブル崩壊とやらの影響で景気が悪化していて、汗水して働いても大した給料は貰えなくなっていた。工事現場の交通整理のバイトを8時間しても日当は7000円も無かった。マグロ船の方がまだマシと思い応募してみたけれど、AIDSにかかっているせいで船員保険の審査に落ちてしまった。
2年前からネットの動画投稿を始めてみたけれど、潮風と酒に焼けてしまった俺の声は聞き苦しいものらしく、前世の様に視聴者は付かなかった。高性能な動画配信環境を整えるための道具の購入によって貯蓄を大幅に減らしただけになり、オンラインゲームをしたり動画配信を見るだけのものになっていた。最近いよいよ貯蓄がヤバくなってきたので、リサイクルショップに売って生活の足しにした方が良いのではと思うようになっていた。
パチンコ屋の目の前のビルにはサラ金の事務所があり、窓ガラスにはデカデカと「ほのぼのキャッシング」と書かれていた。
以前はそんな所で金を借りる奴は馬鹿だと思っていたけれど手を出したくなっている自分がいた。
「どうしてこうなった!」
パチンコ屋の前で叫んだけれど、周囲の人は俺を遠巻きに避けて歩くだけで、誰も答えてはくれなかった。
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