第135話 返上
京都から帰った翌日、親分の家に向かった。
親分はいつものように門の前に立っていたけれど「よく来たなっ坊!」と、いつもよりテンションが高い挨拶をしてきて「早く奥に来るんだっ!」と俺を急かすように先導した。既に俺が合格した事を知っているらしい。
「まずはおめでとうだな」
「ありがとうございます」
「まだ関門の1つでしかないが、それを越えられたというのは大きい」
「はい」
「リュウタは武蔵の大学に決まりはしたが、頭の方だけでは行けなかったからコネを使った」
「コネですか?」
「まぁ色々とな。本人は知らずに喜んでるから言うんじゃねぇぞ?」
「分かりました」
そんな会話をしながらどんどん奥の方に連れていかれ、俺とリュウタと田宮が兄弟盃を交わした時以来に招かれた、最上位の儀式をする時の座敷に案内された。
ここは、親分達の幹部級の慶事や忌事や、親分と同格の人が集まっての会合でしか使われないという非常に格式の高い場で、掃除すらも親分と後妻のキヨミさんとリュウタの3名でしかしないと言っていた。
その部屋を見ると俺と親分の2人分の座だけ出来ていた。まるで俺と親分が同格であると言っているかのような扱いだった。
「親分、俺にこの場は勿体ないですよ」
「良いんだ、今日は親子のサシで話したい席だから良いんだ」
「はい・・・」
そこまで言われたら断る事は出来ない。
「親分、合格してまいりました」
「ああ、儂もその話を聞いて安心した」
「それで何か話があるのでしょうか」
「あぁ・・・」
親分は言葉を濁しながら話し始めた。
「坊は梶原景時公の事は知っているか?」
「はい、源氏の頭領、源頼朝様の寵臣だった人です」
唐突な話に戸惑ったけれど、自身の家のルーツとなるので色々調べてはいたため、すぐに答える事が出来た。
「世間の評価との違いはわかるか?」
「かなり悪役として認知されてますよね」
「あぁ、義経公を英雄視する物語のせいでな」
「義経公は、頼朝様の弟君だったと思いますが」
「そうだな・・・」
親分の顔が少しだけ苦虫を噛み潰した時のような顔をした。
「儂の家に伝わる書き置きでは、義経公はただの粋がった男だったと伝わっておる、無茶な作戦を立て部下を死地に突撃させる男だったとな」
「自ら先陣を切ったのでは無いのですか?」
「昔も今も戦場は1人が突っ込んでもどうにかなるものではない、刀も数人切れば用を成さなくなる、時代劇で見るように何人も人を切るなど出来るものではない。手練れであっても1人切るだけで刀の歪みと血糊でまともに切れなくなる、一人切ったあとはもう1人に刺すぐらいが限界だ」
「たった2人ですか・・・」
「戦争で銃が使われる様になるまで、戦争の勝敗を決めたのは騎兵と弓兵の人数と練度と風向きだったんだぞ?」
「風向きですか・・・」
源義経は常に先陣を切っていたという印象があったけれど違ったんだな。
「源氏の頭領の弟君という理由で義経公は総大将に指名された。美丈夫で士気をあげるのはうまかったそうだが経験不足だったそうだ。だがらこそ経験豊富な梶原公がお目付け役となったのだが、勝手な行動ばかりで衝突しまくったようだ」
「それで義経公を主人公とした話では悪役になったんですね」
「それだけではない、勝利をあげ京に戻った時、奴は部下の手柄を独り占めしたそうだ」
「手柄ですか?」
「儂の祖先は東国生まれでな、京の文化には明るく無かった。だから、あちらの方で随分と馬鹿にされたそうだ。だから逆上した東国武将が暴れるなんて事もあったらしく、かなり京の民衆の印象が悪かったらしい。しかし義経公は京で育ち、あちらの高貴な方々とうまく話が出来たのでウケ良かった。だから帝の周囲や京被れの藤原殿にはいたく気に入られたそうだ」
「なるほど・・・」
京都の文化は独特で、外から来た人に対して嫌がらせとも取れる行動を取って来ると聞いた事がある。京都の人はそれを上手くあしらえるかどうかで人をはかるのだ。昔からそうだとすると、直情的な東国武将が馴染めないといった事は大いにあったというのは良く分かる。
「手柄を全て自分のものとして吹聴し、帝から官位まで受け取る義経公のやりように、儂のご先祖様も憤慨したそうだ」
「酷い男だったように聞こえますね」
「あぁ、お目付役の梶原公がいなければ、頼朝様に戦果が伝わらず、恩賞が与えられなかったと書き置きには書かれておる」
「大河ドラマの内容とはずいぶん違いますね」
「あれは京の物書きにによる創作を基にした話だからな、義経公が大陸に渡り英雄になったという珍説と同じようなものだ」
「なるほど」
落ち延びた義経公が大陸まで落ち延びて大陸で覇を唱えたという空想話は前世にもあった。そして義経の子孫による復讐が元寇だというわけだ。
「儂らのご先祖様のような東国武将は戦働きによる誉を大事にした。それがなければ周辺のならず者に舐められ、領民には慕われず、統治など出来なくなるからな。その手柄が総大将によって奪わたとなればついて行くものなどおらん」
「それで義経公が朝敵とされた時、味方が殆どいなかったのですか・・・」
「そこまでは儂の家の書き置きには書かれて無いが、多分そうだろうな」
悲運の英雄としての寓話は、後の世の創作か・・・確かに先陣をかけた英雄なら、東国武将中から狙われたりはしないだろうな。
「梶原公についての書き置きには、頼朝様亡き後、北条の謀略によって追いやられようとしていたため、助けに向かったが間に合わなかったという無念が書かれておる」
「なるほど・・・」
「その内に梶原公の汚名は払拭される、そして末裔である坊の・・・いや梶原タカシ殿の活躍により、名誉は回復される、それを儂は望んでおる」
「はい、権田リュウゾウ殿の願い、承りました」
「うむ・・・」
お互いにもう一つの家の当主同士だしな、親分から大人だと認められ、今後は対等な相手として扱うと言われた訳だ。親子としては今日が最後。だからこの場なのだろう。
「京にいる間、梶原殿の事は、儂の兄弟分である田宮ソウジに頼んでおる。親である田宮家当主、田宮ゲンサイ殿にも根回し済みだ」
「カオリのいる所ですか・・・」
「あぁ、住まいの件も任せてあるから訪ねるといい」
「分かりました」
カオリが合格発表後の別れ際にイタズラした時の子供のような顔をした理由が少し分かった。
「あとこれが坊が望む研究所への紹介状が入っておる。あちらの生活が落ち着いたらこれを持って訪ねてみると良い。悪いことにはならない筈だ」
「重ね重ね感謝します」
綺麗な組紐により封印された漆塗りの玉手箱を受け取る。ずっしりとした重さがあるので、かなり分厚い紹介状が入っているようだ。
「部屋を出たら、儂らは親子では無い。あとは対等の当主同士の、盟友の関係だ。今後も宜しく頼むぞ・・・坊・・・」
「はい、大変お世話になりました。今後もいい関係でありますようお願い申し上げます、お義父上」
「うむ」
俺は親分に権田の家紋が入った小刀を返上した。後でユイとオルカを連れて返上させないといけない。
梶原家の家宝として狐ケ崎という太刀を既に拝領している。国宝に指定さているらしく博物館に所蔵されているが、公式の場に出る際はそれを佩いての出席が許されているらしい。
ただ普段携行するにはあまりにも適していない。だから梶原家にあった携行品を作らないといけない。
これから俺は梶原家を背負って行くことになる。けれどそれがどんな家になるかは決まっていない。刃物を持つ事が多い武門の家か、錫杖を持つ事が多い文門の家か、法衣を持つ事が多い宗門の家か、宝冠を持つことが多い政門の家か。それを俺が決めていかなければならない。
これから毎週のように親分を訪ねる事も無くなる。この家を訪ねる際はこれからは伺いを立てる必要が出てくる。リュウタの代になるまでこの家では家族ではなく当主と対等な客人という色合いが強くなり、迎える方に準備が必要になってしまうからだ。
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「兄貴」
「リュウタか、そっちも無事に合格したんだってな、おめでとう」
「ありがとうございます、でも兄貴と同じ所に行けなかったのは悔しいです」
「仕方ないさ、人には向き不向きがあるからな。それに武蔵の大学も名門だろ?」
「2部でなんとかって程度です、でも格好だけはつきやした」
2部というのは定時制のようなものだ。元々昼間働く苦学生向けに夜間で講義を行ってくれるもので。1部より偏差値は低い傾向にある事と、卒業時の肩書は1部だろが2部だろうが変わらないためリュウタは2部のある名門大学を受験した。親分により少し下駄は履かせて貰ったそうだけど合格すればあとはどうにでもなることだ。
「花見は兄貴の出発に合わせて行いますんで是非いらして下さい」
「ありがとう、是非参加させて貰うよ」
そうだな、この街を離れる前に、あの城址公園の桜を見るのも良いかもな。
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