第133話 第二ボタン

「お兄ちゃんとオルカちゃん卒業おめでとう」

「ありがとうな」

「ありがとうっ!」


 卒業式が終わり証書の入った筒を持った学生が校舎から校門へ続く道で、卒業生同士や在校生との別れを惜しんでいた。


「オルカちゃん・・・これ・・・」

「なぁに?」

「兄ちゃんの第二ボタン」


 俺達が着ている制服はブレザーなのでボタンに特別な意味はない。この高校でそれに類するものは胸ポケットの部分に縫い付けられたエンブレムのワッペンになっている。


「これって・・・」

「お兄ちゃんが中学校の時の第二ボタンだよ」


 ユイはオルカに俺の中学校の時の第二ボタンというものを手渡した。確かに「中」と書いてあって中学校の時に着けていたボタンに見える。


「俺の中学校の制服のボタンは後輩に全部とられたと思うんだが・・・」

「卒業式の前日に第二ボタンだけ付け替えて、私がずっと持ってたんだよ」

「なるほど・・・」


 ユイはなかなか策士な事をしていたらしい。


「貰って良いの?」

「うん、私は妹だから持ってたら変でしょ? こういうのは恋人のオルカちゃんが貰うべきだと思うの」


 よく分からない理屈だけどユイの中ではそれが正しいのだろう。


「じゃあユイ、これを受け取ってくれ」

「私のも受け取ってね」

「うん!」


 俺とオルカはワッペンを外してユイに手渡した。


「寂しくなるっすね」

「本当っす」


 校門の近くでそんなやり取りをしていたらジュンと相良がやってきた。体格も顔も全然違うのに口調と雰囲気が似ていると思っている。


「ジュンは来年京都に来るんだろ?」

「そうっすね、そこで嫁さん貰うっす」

「お前の嫁さんは学校一の美少女だぞ?」

「知ってるっすよ・・・もう色々な不幸の手紙を貰ったっす」

「お前もか・・・」


 時々俺の机の中や下駄箱の中に色々恨み言が書かれた手紙が入っていた。ユイやオルカとの仲に嫉妬した奴からの嫌がらせだろう。


「相良はオルカと同じ実業団から声がかかってたよな」

「まだ卒業まで2年あるので早いっすよ。俺、地元が好きっすから、ここから通える所を目指しているんす。それに俺頭も結構良いんで、大学の方に行きたいんすよ」

「なるほどな・・・」


 水泳だけで食べていける選手というのは一握りだけだ。そこそこ有力な選手というだけではスポーツインストラクターやライフセイバーになるぐらいしか生かす道は無いだろう。だからちゃんと勉強をして大学に行きたいという相良の気持ちはよく分かった。


「あら、私の旦那様とお話し中かしら?」

「卒業生代表お疲れ様〜」

「ジュンは好きに引き取ってくれ、今後の話もあるんだろう?」

「何があるっすか!?」


 京都の大学の合格発表はまだだけれど、自己採点の結果、合格している可能性が高そうなので取り合えず安心している。カオリや真田も合格出来そうだと言っているし晴れ晴れとした顔で卒業式を迎えていた。


「坂城も京都でな」

「うん、あっちでね」


 坂城は元々地元の国立を目指していたけれど、最近できた恋人が京都の芸術大学に入学するため、京都の私立大学に志望校を変え合格していた。同じ京都内でもあるし大学は違っても会う機会はあるだろう。


 水泳部員である俺とオルカと坂城は京都に集まりそうだけど、バスケ部員たちはみんなバラバラに散っていった。地元の大学に行く奴、地方の大学に行く奴、京都の大学に行く奴、同じなのはみんな大学バスケの強豪校に行くという事だけだった。彼らはそれぞれの場所で別のメンバーと出会い、対戦する事になるのだろう。


「立ばっ・・・いや、梶原も達者でなっ!」

「バスケの試合で会おうぜっ!」

「お前のおかげで俺らすごい強くなった気がするよ」

「お互いにこれから敵同士だけどなっ!」

「築地と望月は同じだろう」

「あの二人が居る所は手強いよなぁ・・・」

「俺は立ばっ・・・いや、梶原が居る所が一番戦いたくないぞっ!」

「お前何度梶原の名字を間違えそうになるんだよっ!」


 地元でそこそこの成績だった男子バスケ部が、俺達の世代で全国優勝を果たし今では県下に轟くバスケの名門になっていた。一足先に優勝した女子バスケ部のものを含め、インターハイ優勝記念の記念の盾と、会場で撮られた記念写真は、学校のショーケースの中に長く残されるだろう。そして男子バスケ部の活躍が続けば、彼らは名門チームの初代と言われるようになるのではないだろうか。


「ほんとみんなバスケが好きだなっ!」

「あぁ、こんなに好きになったのは監督と八重樫とお前のおかげだよっ」

「得点王とMVPである田宮を忘れちゃだめだろ」

「それもあったなっ!」


 インターハイでの爆発力はジュンが結構担っていたぞ・・・。


「望月さん酷いっす・・・」

「お前は少し自重しろっ!」

「爆発しちまえっ!」

「くそぉ・・・なんで田宮なんかに・・・」

「不幸の手紙を送ったのお前らじゃないだろうな?」

「そうなんすかっ!」

「田宮っ! あとは頼んだぞっ!」

「男子バスケ部の未来はお前にかかっているっ!」

「女子バスケ部に負けるなよっ!」

「マジで送ってそうだな・・・」


 器用なバスケをする哀川、海野、大石の3人もそれぞれ別の大学に進み、そこでバスケを続けるらしい。


「築地も達者でな」

「あぁ」


 俺は築地とグータッチでお別れをした。

 俺と同学年の男子バスケ部員は、185㎝の築地がいちばん背が高く、他の高校に比べて高さという点で劣っていた。けれど望月と共にその非常に頑強な足腰でその高さに対抗をし続けていた。得点力はチーム内では低い方だったけど、リバウンド力という意味ではチーム内で一番という縁の下の力持ちとして支え続けていた。

 性格が明るく社交的な望月とは対照的だがすごくウマが合うようで、2人でゴール下で踏ん張っていた。築地が取り、望月がパスを受け取りそのまま決めるというパターンは、相手チームがゴール下の守備をおろそかに出来ないという印象を植え付けるには充分なものだった、そのおかげで、俺やジュンが外のシュートや八重樫もミドルを打ちやすくなっていた。


「チエリ交換しよう」

「うん、カズ君」


 早乙女がやって来た事で八重樫が甘い空気を作っていた。2人は同じ武蔵府にある大学に進む事が決まっている。きっといつまでも妻恐のカップルでい続けるのだろう。

 彼らが交換しているのは胸のワッペンだ。この高校では卒業式の日にワッペンを渡して告白して受け取って貰ったら幸せになると言われている。


 ゲームでも卒業式の日にヒロインに呼び出されてワッペンを差し出されながら告白される事がハッピーエンドの条件となる。

 こちらから呼び出してワッペンを差し出して告白すると言われるパターンもあるけれど、応じて貰えるのは告白した瞬間の好感度上昇分でクリア条件を満たした時に限られるらしく、ノーマルエンドと言われているのに普通にハッピーエンドを迎えるより難しかったりする。

 誰からもワッペンを渡されず帰ったら孤独な卒業式エンドとなり、ゲームの俺の声優役の人が歌う、物悲しい曲と共に黒塗りに白字のスタッフロールが流されるというエンディングとなる。そしてその物悲しいエンディングが終わったあとにタイトル画面になり、すぐに明るいメーカーロゴのあと、軽快なオープニングムービーが流れるというギャップを味わう事になる。


 既にワッペンをユイに渡している俺とオルカの胸にワッペンはついていない。ワッペンがついていない相手に告白するのはタブーとされているので、俺やオルカに声をかけて来るのは別れを惜しむ友人たちだけだ。


「ジェーンさん! ワッペンを受け取って下さい」

「オコトワリシマス」

「ハイ次~」


 恋人が居ない男子バスケ部によるジェーンへ当たって砕けろイベントが始まっていた。

 それと同時に、ジェーンに胸のワッペンの受け取りを拒否された男子生徒の、ワッペンの渡し相手探しが始まっていた。これをついたまま帰るというのは貰ってくれる異性がいなかったという証明になるため、顔見知りの異性の生徒を捕まえて受け取って貰えるように懇願を始める生徒が多かった。ワッペンを渡す事は告白を意味するけど、ワッペンを受け取っても交際するという意味にはならないらしく、特定の相手がいない場合は受け取る事もあるそうだけど、特定の相手がいる場合は受け取られない事が多いらしい。

 渡しても交際に繋がらないなら不毛な行為に思えるけれど、その結果付き合いが始まるケースもあるそうだ。だからと言ってごり押し気味に渡すのはアウトである事には変わらない。


 女生徒2人と口論している社会科の選択授業で同じだった田村と丹波がいたので、後ろから軽くチョップをしたあと親指をクイっとして制止をした。


「無理矢理は良くないだろ?」

「げっ!」

「ち・・・違うんだよ」

「ワッペンをごり押しで渡そうとしたんだろ?」

「違うよ、受け取って貰えたんだけど、彼氏なんだから卒業旅行に連れてけって言われたんだよ」

「うんうん」


 地理の授業で一緒だった佐々木と、その佐々木といつも一緒にいる篠塚がどうやら田村と丹波にワッペン受け取りの条件をつけられているらしい。


「あれ?付き合ってたのか?」

「今日から付き合うのよ!」

「入る大学も近いし彼女になっても良いと思うの・・・」

「えーっと・・・お幸せに?」


 俺は田村と丹波を見て親指をグッと立てて祝福をした。

 田村と丹波は俺の顔を見てブンブンと顔を振っているけど、ワッペンを渡すと言うのは交際を申し込むという意味だと知っている筈だ。受け取って貰ったあと断られる事を想定していたんだろうけど告白したからには責任はきちんと取らないといけないだろう。

 普通に受け取って貰うなんて不毛だとおもったけれど、目の前で付き合いが始まりそうなパターンがあったので、結構アリなんだなと考えを改める事にした。


「成人式ではいい酒を飲もうな!」

「はーい!」

「うん」


 佐々木と篠塚にガッチリと腕を組まれながら呆然としている田村と丹波・・・いや急にデレっとした顔になりやがったな。これは胸の感触でも腕に感じたな?デカいからな2人・・・大きいのは胸だけじゃないけど、安産型だし良い子を産んでくれそうじゃないか?

 強めに迫られて困った様な声を出すけど満更でもない顔になってる丹波に、腕を掴まれ上目づかいでジッと見つめられて赤くなってる田村。うん、すぐに落ちるなあれは。

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