第132話 リスタート(武田視点)
「もうすぐで高校を卒業する日か・・・」
約10ヶ月ぶりに上陸した港で日付を確認したら2月の25日。あと数日で俺が中退させられた高校を卒業する日だった。
「あまり羽目を外すなよ」
「分かってるよ」
今回の航海は最初はチョロかったのだけれど、10月頃に大型台風が近くで相次いで発生してしまい、予定外の港への退避が行われた。
台風が過ぎ去ったあとも遠くで大型台風が相次いで発生し波が非常に高い状態が続いたり、その波のせいで転送船が出港を見合わせたため冷凍庫の電源を守るために省エネモードに入り漁が出来ない時期があったり、それが解決しても船が非常に揺れ風渦巻く甲板上での延縄の投入と巻き上げが連日続いて非常に大変だった。
漁の成果もあまり芳しく無かったのに、さらに台風が寄港予定の港を直撃し被害が出たため、予定の日に港に入ったけれど沖合にしばらく停泊させられていた。そのため働いた期間の割に成果給などはかなり低くなるらしく船員達の空気は沈んでいた。
どちらにしても俺はあと2年程過ぎないと船を降ろして貰えないし、その時にしかお小遣い以上の金は受け取る事が出来ない。だから船員達の様な気分の悪さは感じていなかった。
俺はこの高校を卒業する日を少しだけ期待して過ごしていた。もしかしたらゲームが終了して最初からリスタートできるのではと考えたからだ。同じ世界をグルグル回り続けるというのもゾッとするけれど、0歳から18歳までの長い間の周回なので昭和58年の6月を田舎で延々と繰り返したり、高校1年の8月を1万回以上繰り返すような退屈をそうな事にはならないだろう。むしろこんなマグロ船に乗る様な糞ッタレな生活が終わるなら、永遠に繰り返しても良いと思っている。
卒業式のあとのエンディングで、俺と攻略したヒロインのその後の状況が少し流されるけれど、誰も攻略出来ていない場合は、自身の進路の事がエピローグで少し触れられ、タカシの声優が歌う物悲しいバッドエンドの曲をバックにスタッフロールが流れるだけだ。その世界なら俺とヒロインのその後は描かれないので、そのまますぐのゲームのリスタートが起こる可能性があると踏んでいた。
卒業式は3月1日の午前中に行われ、昼頃にヒロインから告白を受ける。
ここは日本と時差が殆どないため、早ければ同じ昼時ぐらいにリスタートが起こる筈だ。
俺は船長にお願いして多めに金を借りて港の外に出た。この港に来たのは初めてだったけど、同じ国の港に来た事があるのでシステム自体は同じだろうと踏んだのだ。
案の定、酒屋兼売春宿が近くにあり、俺はそこで強い酒をガンガン注文し、多めに金を払って女を2人指名し部屋にシケ込んだ。
翌朝起きたあとも、酒を部屋に持って来させ、追加の女を呼んで楽しんだ。食事もその部屋に持って来さた。ベッドメイクにやってきた女も金を払って押し倒し楽しんだ。そんな感じで部屋で女を侍らせたままずっと過ごした。
そんな事を3日続けた朝、窓を開け街の外から正午を知らせる鐘が鳴るのをずっと待っていた。
日が高くなり涼しかった風が熱気を帯び、じっとしていても額に汗をかくようになった。そしてついにゴーンゴーンと鐘の音が鳴り正午を知らせて来た。夜明けまで抱き続けたため疲れて寝ていた女が、窓の外を見ていたシーツを纏って俺の横に立っていた。
「もうこんな時間だったんだ・・・」
「あぁ・・・帰る時間か?」
「うん、本当は夜明けまでだったからね。延長するなら残るけど?」
「いいや、帰っていいぞ」
「また呼んでね」
「あぁ」
女は水差しの水で濡らしたタオルで体を軽く拭いた後、床に落ちたままだったワンピースだけを身に着け、下着とタオルを手に持って出て行った。
正午でのリスタートは起きなかったけれど、少し後かもしれないと思い俺は飯も取らず待っていた。ベッドメイクの女が入って来たけど買う気にならずそのまま返した。そしてそのまま翌朝になっても変化は無かった。
「お客さん、預かってた金はもう無いんだが、ツケで延長するか?出航は4日後だろ?明後日まで延長しても船まで取りにいけるから大丈夫だぞ?」
「いやもういい、出るよ」
既にワクワクした気持ちは無くなり酒を飲む気も無かった。誰にも干渉されない狭い船室に帰り泥のように眠りたい気分だった。
部屋を出ると昨日鐘の音が鳴っている時に帰した女が、丁度別の客を見送っている所だった。俺もついでにという感じですれ違いざま「またね」と言われたが、特に返事をせず店を出ていった。
「随分と派手に遊んだらしいじゃないか」
「あぁ」
「足りたのか?」
「あぁ」
「また遊びに行くなら貸すぞ?報酬から減らす事になるがな」
「大丈夫だ」
「薬は手配するぞ?良いか?」
「あぁ」
船長がまだ何か言ってたけれどもう何かを言い返す気力は無くそのまま船室に入ってふて寝した。
飯をしてクソを垂れてたまに体を洗えと言われて石鹸を使い水で体を擦った。
髪と髭を整えろと言われ、船室から連れ出されてバリカンで坊主にされ髭を剃られた。
船が港を離れた翌日、直近の新聞のまとめ読みしていた船長が、俺に話しかけてきた。
「最近元気が無いが何かあったのか?」
「いいや?」
「そういえばお前の国の水泳選手は凄いな」
「何が凄いんだ?」
「水泳で世界記録をどんどん打ち立てているそうじゃないか、新聞にも載ってるぞ?」
船長が見せてくれた新聞には髪が長くなった脳筋女が顔写真付きで載っていた。ただ俺はこっちの言葉は話せるが、読み書きは覚えていないので内容は分からなかった。
「何て書いてあるんだ?」
「あぁ、読めないんだったな」
船長の説明では、この脳筋女は半年前に行われたオリンピックで2種目で金メダルを獲得し、さらにアジアの代表が集まる大会で2つの世界新記録を出して、今度この国で行われる世界選手権でも優勝間違いなしだと書かれているそうだ。
そのコミカルな発言と容姿の可愛さと記録の素晴らしさから水泳界アイドルになっていて、アジアの国々でも人気が高くなっているらしい。この国でも来訪を心待ちにしているファンが多くいるので、会場がいっぱいになるだろうとの事だった。
ゲームだと脳筋女は高校の全国大会を3年連続で優勝するけど、世界で活躍するという描写は無かった。
確かオリンピックは優勝するとすごい額の報奨金が出るし、テレビ出演やCMにも出ることで凄い稼げる筈だ。しかも長髪になった事で俺好みな女になっていた。
「こいつは俺の女だ!」
俺は思わずそう叫んでいた。
「何を言ってる? このミズベって選手のしている指輪はお前が贈ったものなのか?」
「指輪が何だっ!」
「これは婚約指輪だぞ。お前が贈った指輪じゃないなら、婚約者はお前じゃ無い」
「ヒロインが在学中に婚約するわけないだろっ!」
「何言ってるんだ?こういう指輪をしている日本人には婚約者がいるっていうのは、この国でも常識だぞ?」
「そんな設定はゲームになかったぞ」
「人生はゲームじゃねーぞ・・・」
「この世界はゲームなんだよっ!」
こいつとの出会いイベントはこなしている。そして俺は船で体を酷使して、この女好みの運動のパラメーターがマックス近い男になっている。俺が近づいてデートに誘えばすぐに顔グラがデレ顔になって、あとは12回デートを成功させるだけで卒業式に告られる筈だ。
「あー駄目だぞ、こっちの新聞に近い内にカジワラって男と結婚すると書いてある」
「カジワラってどこのどいつだっ!」
「うーん? ハイスクールの同級生で一緒にスイミングをした仲間なんだと。ハイスクールの大会で1位にもなってるらしいぞ。あとなんか凄い家柄の御曹司らしいな。1000年ぐらい前のすげぇジェネラルの軍勢のまとめ役をしていた家だってよ。1000年といやあこの国の王家より歴史が長ぇじゃねぇか、すごい家だな」
「そんな奴は登場しなかったぞっ!」
理事長の息子が凄い家柄だった筈だが、今和泉って苗字だったから奴じゃない。誰だよ水泳部のカジワラって! 聞いた事が無いぞ。
下級生なのか?でもそれなら18歳に満たないから3月に結婚出来ないな。それなら上級生って事か?水泳部にそんなすごい奴がいたのか?
そういえばタカシの奴は、フラグを回収しきれていないヒロインがいると寝取って来やがったな。でもタカシの奴は苗字がユイちゃんと同じで立花だ。まさか俺が知らないだけで、攻略しなかったヒロインは、密かにモブ野郎に寝取られているのか?
「ミズベはお前の女じゃねぇよ、それに港で女と良いことしてきたんだろ? そんな男に、こんなイイ女は引っかからねぇよ」
「ぐっ・・・」
言いたい事は分かるがそんなんで納得できるかっ! あれは俺が手に入れるべき女なんだっ! 誰だよ横から奪っていったのはっ!
「それよりお前薬はちゃんと飲んでいるのか? 船で病気を蔓延させれたらたまんねぇぞ」
「飲んでるよっ!」
さすがに死にたくはねぇからなっ!
「ちゃんと飯は食いに出て来るんだぞ?漁場でヘバるぞ?」
「分かったよ!」
くそぅ! 脳筋女の所まで行く事が出来れば俺の女にして、こんな生活からもおさらばする事ができたのにっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます